169.夜空に浮かぶ星空に、届かぬ願いを心から
揺れる街並みの中、動揺する人々が僕達を目で追うが、以前のように叫び声を上げられたり、警備兵を呼ばれるほどの騒ぎには未だ陥っていない。
歩くソシレの背中には僕がのんびりと座り、まるで意に介さず、いやむしろ背中に存在する重みを心地良さそうに僕のペットは歩みを進める。
どこかの物好きな貴族がウェストハウンドを飼っている。そうした噂は十分に広がり、最低限ながらソシレを守る環境が出来上がってくれたと見ていいだろう。当然噂を知らなかったり、実際に大きな体躯を目の当たりにして動揺する人や、僕やヒカリ以外では制御しきれずソシレそのものが暴走する可能性も十分にあるので慢心など出来ないが。
「ん、走りたい?」
北の門から郊外に出て、人の手が届いていない北東の林に向かうとソシレが物言いたげな表情でこちらを見上げる。
街中で走ってしまえば当然人々に与える恐怖は増大し、屋敷でも走り回るには十分な大きさではないのだろう。
僕はヒカリに視線をやり、ヒカリは無言で頷いて。
「いいよ」
そう告げ、僕も背中から降りようと思ったのだがソシレは降ろすつもりが無かったようで。
咄嗟に走り始めたソシレにしがみ付くと、馬のような速さで視界は移ろい……当然鞍なんて用意していないので大地を踏みしめられる度に僕は体が痛くて悲鳴を上げたかった。
追走するヒカリはそんな僕を見てニヤニヤと笑みを浮かべ、一度自由に走り始めたソシレを今更止める気はあまり湧かずに、走っている最中に飛び降りたら負ってしまう傷を考えたら満足するまでしがみ付いた方がマシと判断し。
「……来客ね」
街中からとある視線を貰っていたことは知っていたが、ここに来て走り始めた僕達に追いつくため気配を隠す余裕など無い追っ手にヒカリとソシレは立ち止まる。
「はぁ、なんて野暮な……。
ソシレ、少しの間だけ離れて大人しくしていてね。絶対に関わっちゃダメだから」
何か不満でも言いたげなソシレがしっかりと命令通り離れていくことを見届け、僕達は町の方向へと振り返りそっと追っ手が追いつくのを待った。
- 夜空に浮かぶ星空に、届かぬ願いを心から 始まり -
追って来たのは三人の子供達。
先頭に立つのは勇ましく片手剣と盾を構えて、まるで物語の魔王を見るような視線を僕達に向ける少年。
少し後ろに居るのは短剣だけ装備し、身軽な格好をしている少女。一つの決意を胸に抱いていた、明確な敵から友人達を守る、そんな決意。
最後尾は槍を二つ構えた少女。恐らく精神的にも技術的にも、他の二人より優れているのだろう。僕達を仲間を、俯瞰し、必ずや望む結末を得ようと願う。
「あの時言ったはずだよ、二度目はないと」
「……」
言葉は交わせないと知っている。
前回対話の余地が無かった段階から、暴力という過程を得て僕達の関係は堕ちる所まで堕ちてしまった。
「獣は死して肉を残し、人は死して名を残す。
どちらも遺せず死に逝くお前達は、一体何者なんだろうねぇ」
まるで悪党のようなセリフを吐いて僕は駆ける。
望まれるならば魔王にでも、天敵にでも、乗り越えるはずの壁にでもなってやろう。
無垢で無謀で、愚かで未熟で。哀れむべき存在をこの手で屠るのならば、せめて死に逝く少年少女達には、僕がどれだけ悪い存在だったのかと覚えさせておきたかった。それがきっと彼らの正義の証明になるのだろうから。
「はい、一人目……あぁ、首を掻っ捌いても生き残れる程度には技術を培ったのね。凄い凄い」
重傷を負いながらも立て直そうとする少年にヒカリが風のように駆け、心臓にもロングソードを突き立てて絶命させる。
僕はその間に短剣の少女のほうへ切迫。これで二体二、ヒカリは残った槍の少女と戦闘を始める。
恐らく冒険者として獣と対峙する際には魔法をメインに扱うのだろう。生前の僕と同じそのスタイル、わかりきっている致命的な間合いまで僕は入り込み、抵抗する両の手を押さえて頭突き。込められた魔力が内部を破壊し、僅かに血液を吹き出して倒れ行く姿を横目で見る。きっと苦痛を感じる間も無く逝けただろう。
「ツカサっ! ユラギ……!」
叫ぶ名前は死んだ二人の名前か。ヒカリと対峙し、未だ生きながらえている唯一残った少女。
「ちっ、雑魚が。もっと楽しませてから死ねよ」
口から出た言葉は本音半分。
せめて安からに死んでほしいと願いながらも、僕達を殺そうとするにはあまりにも未熟なその腕は鼻で笑ってしまう。
「どうして、そんな顔で人を殺せるの」
「どうしてって、楽しいじゃん」
約束は相手から破られた。
命を奪うということは例外無く悪しき行為で、それを生業として生きている僕達は自身の行いを正当化するために個人のルール、基準を持つことが多い。
そして今回はどうみても一線を相手から超えてきた。竜を殺すと謳いながらも未だ未熟な僕の武力に、自身の神を守るために殺傷を殺傷と思わず襲い掛かるくせに力も、仲間が死ぬことによる動揺も隠せない子供達。一体どこに可笑しくない要素があるというのか。
「ヒカリは何故始末を付けられていないの?」
絶句する少女を放置し、僕は相棒にそう尋ねる。
ヒカリはこちらの相手が既に倒れていることを確認次第、刃に少し付着した血液を振り払い納刀を済ませる。
「戦えばわかるよ」
「殺るよ?」
「どうぞ。私はもう十分」
本当に用事は済ませたようにソシレの方向に歩き出すヒカリに代わり、僕は少女の前に敵として立ちふさがる。
「足りなかったのは覚悟?
それとも頭? 力? 何にせよあの世で教えてくれると嬉しいな」
答えを知りながらも尋ねる僕の様子に、少女は次に殺される被害者は自分なのだと認識したようで、友人二人を喪ったばかりの喪失感を振り払い槍を地面に向けて構える。
軽量とは言え槍は槍。重量も、サイズも剣とは比較にならないほど大きく取り回しは不便だろう。対して僕のメインは徒手格闘、懐に潜り込み一度掴んで離さなければ有利な相手。
ただ見たことの無い武術に、ヒカリが手を抜いていたとはいえ他二人と違い即死しなかった現実は気になる。
《夢断ち"土塊"》
詠唱を終え、展開された土の槍達に対抗するために少女も詠唱を行い、その数が僕の槍に追いつく前に飛翔させながら後を追うように駆ける。
数歩先で砕け、頭上で砕け、眼前で砕け、土で出来た槍達は僕と少女の間で相殺され続ける。けれど数が足りず、唯一残った僕の土槍を砕くために薙ぎ上げられた片方の槍に潜り込む様体を滑らせ、少女はそれに対抗するためすぐさま体を引いて迎撃に使わなかった方の槍をこちらに突き出す。
頬の皮を少し裂く感覚を確かめながら、掴み押し倒そうとした手が少女に……届く前に、腹部に鈍痛。それが膝を抉り込まれたのだと気づいた頃には少女の体はふわりと舞い、僕をもう片方の足で蹴りつつ踏み台にし距離を離す。
咄嗟にそれに追いつこうと歯を食いしばり、一歩踏み出したところで進もうとした領域に二つの槍が刈り上げ、それが過ぎ去るのを待てば既に詰めた間合いは無くなっていて。
「ふぅん……」
明確に以前対峙した時よりも能力が向上している。街中で思うように動けなかったのか、ここ数ヶ月死に物狂いで武術を学び成果を得たのか。
二本を抱えるというふざけた槍の戦闘スタイルかと思えば、リーチの優位さ、一本では生まれる隙を二本目で殺す特異点、それに片手すら使えない刃の当たらない至近距離が自分にとって致命的とよく理解している。
スカートに手を入れて、短剣を取り出しながら強敵を前にしていると認識を改めながらも……何かが欠けていると思った。才能もある、肉体もしっかり作られている、きっと優秀な師も付いているのだろうし、武器も悪くない。
今度は相手から槍の間合いまで距離を詰め、鋭く速い一閃を短剣で耳障りな金属が擦れ合う音を間近で聞きつつ往なす。
《打ち据える》
無造作に横へ流れる一撃を身を屈め避けつつ、先に繰り出された槍の位置関係上あり得ないだろう攻撃に冷や汗をかく。
武器が二本、けれど仕手は一人。さすれば先んじて置かれた槍の範囲に干渉するような攻撃は、武器を自在に扱える限り行い続けられるのだろう。これはわざわざ一人で二つの大きな武器を扱う利点の一つにも当たるのか、常識の外を叩く、その攻撃。
望むならば一本でもいいから武器を拘束したい。ただ強引に刃や柄を握ったとしても、ぶつかった衝撃で体が麻痺し振りほどかれる可能性が高い。
手では届かない距離、認識の外から叩くための武器。あわよくばその鎖が、絡みついて離さないようにと願いながら、僕は横へと腕に装着している暗器を展開しながら先端に付いた刃で少女を狙う。
《薙ぎっ、払う!》
意表を衝けるかと思ったがどうやら僕達のことは調べておいたようで、あまり動揺を見せずに予め考えていたような動きで距離を離す。回避と共に空いた距離を、今度は助走するための道程として活用し、繰り出されるは体重を乗せきった斜めに弧を描く両の槍の双撃。
柄ですら当たるわけにはいかないと判断し、望まぬ形ではあるが一度バックステップを挟んですぐさま二つ目の槍が通り過ぎる頃合で駆け出す。
未だ残留する詠唱によって展開された魔法陣の魔力を自身で散らすように、一つ槍を切り上げ、二つ斜めに切り上げ、最後に掲げた二つの槍を合わせて振り下ろす一撃を避けながらまだ距離を開けようとする少女に追いつく。
「戦いってのは、如何にリスクを切り落とせたかで勝負が決まる」
言葉を吐き出し、息を吸い呼吸を止めて。
詰めた距離を離すために行われる足による攻撃を真っ向から受け止め。
……あぁ、なるほど。さっきとほとんど同じだ。教えられたことをそのまま扱う型から抜け出せていない、結局のところ考える頭、自分の意思は無いままなのだ。
優秀な師から学んだことを正確に行い、十分な威力を持ちながらも綺麗な演舞を踊る以外に出来ることは無く。興ざめ、そう思った。
「でもな、相手を殺せるのは、多くのリスクを抱えた人間の特権なんだよ」
先ほどと同じように僕を散々蹴りつけ距離を離した少女は、一体僕が何を言っているんだと首を傾げかねない様な訝しげな瞳でこちらを見て、自身の足に突き刺さる投げナイフに気づけないまま膝を折る。
僕はゆっくりと短剣をしまいながら近づいて、適当に胸を蹴り上げると張り詰めた糸が切れるようにぽてりと仰向けに倒れこむ少女。
呼吸はまだ続いている、体の機能がまだ死に切っていない辺り麻痺毒に対する技術も持っているのだろう……が遅い。把握も遅ければ、対処も遅く、僕が彼女の武器を取り上げるには十分な時間だった。
一本、一瞬ヒカリやココロのような本物かと思わせて実のところそこまでは至れていない落胆に腹が立ち肩へ槍を地面まで貫通させ突き立てる。悲鳴は上がらない、声を上げる余裕が無いほど体の機能を取り返せていない。
「……」
期待していた声が聞けなくて、僕は解毒がある程度進むまでじっと少女を見下ろす。
戻ってくる感覚、痛みと共に吐き出しそうだった悲鳴を堪え、自身の解毒状況を知られないよう十分に体の機能を取り戻した少女の蹴りを、僕は素早く取り出した投げナイフを自ら刺さるよう置いておくだけで。
「いづっ……!」
今度は回りきる前に毒を隔離し解毒を開始したのだろう。僅かに毒が与える痛みに苦悶の声を漏らしたが、すぐに魔力は解毒に専念しつつ今肉体だけで行える行動として肩に刺さった槍を動く右手で抜こうとする。その手を蹴飛ばし、踏みつけ、見えた腕の腹に振りかぶって残っている槍を振り下ろす。
「――!!」
ようやく、聴けた。
自らの武力で、一瞬でも期待させた憐れで無力な少女の悲鳴。
楽にしてやろう、そう思い短剣を再び抜き去ると交わる視線、そして投げつけられる一つの単語。
「悪魔!」
「人を殺す人間は、殺すと決めた人間は全員悪魔さ」
僕達を襲ったお前も、自分本位に無闇に傷を与える僕もと笑う。
「……それより、竜信仰に悪魔なんてものは無かったよね。死の瀬戸際で信仰を捨てたか。
なんて愚かな。今お前達は何のために戦い、そして死んでいくのかすら見失った。
露呈したな、信じるものの脆弱さを。強者に屈服し、受け入れることしか脳の無い愚鈍な連中め。他の信仰者ならばどんな困難が降りかかってもなお、自ら信じるものだけは捨てなかっただろうに」
バカ正直に正面から戦うことしか知らず、それでいて槍なんていう自分だけ安全な間合いから敵を殺せる得物を二つも振り回して。挙句暗器に塗られた毒であっさり負ける事になるなんて、本当に可哀想。
過去の己を見ているようなものなのに、そのあまりにもな現実に覚える感覚は自己嫌悪や羞恥心などではなくもはや憐憫のみ。
「あなた、名前は?」
辺りには竜信仰者達の死体。
血とか想像したくもない何かとか、そんなものが体から溢れて辺りに死の臭いを漂わせる。
僕が上から見下ろす少女もそれには気づいているはずだ。自分以外にはもう生きている味方は誰もいない、その自分も今から殺される。
否応にも理解してしまう、二人相手に目立った傷も与えられず同数である二人も殺され、数でも力量でも単純に上に乗っているというアドバンテージからもうどう抗っても生き延びることすら叶わないことを。
「……ヨゾラ」
だから素直に答えたのだと思う、あれだけ強気で僕達に敵意を見せていた彼女でも。
もしかしたら願いだったのかもしれない、私はここにいたよって、今から自分を殺す相手にでも痕跡を少しでも残すために。
「そう、いい名前。じゃあ、終わらせよう」
僕はその言葉に何も考えず出てきた率直な感想を告げ、そして何も考えずに刃を振り下ろした。
返り血は、なかった。
「何故?」
尋ねるのはヨゾラと名乗った少女ではない、距離を離して静観していたヒカリだ。
何故。僕も自分に尋ねたい、どうして短剣は喉ではなく地面に突き刺さっているのか。
訪れるはずだった死に備え目を瞑っていた少女と目が合う、恐る恐る、何があったのかを何があるのかを確かめるために。交わる視線に、僕は妙な既視感を覚えた。
「ヒカリ」
僕は能動的に何も考えていない。
それでも無意識下で何かを思考し、口が言葉を紡ぐ。
「なに?」
「この子を……ヨゾラを傀儡として生かし、竜信仰者との緩衝材として扱う事は可能だと思う?」
ヒカリはしばらく黙り、思考を重ね、そして答えた。
その言葉は恐らくリーン家のものではなく、ヒカリとしての判断要素が多いと僕は感じた。
「危険。だけどやってみる価値はあると思う」
僕の友人でなければ、コウの記憶を持っていなければ、彼女はここで始末するべきだと断言したのだろう。でもヒカリは、僕のためを思ってそう言ってくれた。
「裏切ればもう一度殺しにいけばいいしね」
先ほどの既視感の正体はこれだろうかとヨゾラの黒くて、それでも光源の角度のせいか、ラメのような化粧を施しているわけでもない不思議なきらめきを放つセミロングに伸ばされた髪を掬い上げる。
何時かココロを屈した位置まで自ら腰を下ろし、そっと手で梳く髪の毛に僕は、星空を見た。以前の僕の体では、こんな輝き無かっただろうから。
「この提案どう? 今この場で殺されるか、見っともなくも生き延びて、更に仲間を騙し続け僕達に危害が及ばないように動くか」
後者は恐らく、彼女にとって死より恐るべき事態だと僕は思う。
何かを信仰する事は僕にはよくわからない感情だが、信じるものを裏切って生きるのがつらい事ぐらいは想像に難くない。
だからその選択をすることは五割以下、もし選べたとしても時間がかかるものだと思った。
「生きたい」
僕の予想に反しヨゾラは、たいして時間も必要とせず答えることができた。
その言葉に迷いは無く、危機的なこの場をやり過ごすための詭弁の可能性を感じる……むしろそれ以外ありえない。
でもそれは違うと、僕の直感が断言する。
傀儡という選択肢を思いついたのも思考の外、疑うことをやめたのも何故かわからない。
でもまぁそれもいいんじゃないかな、そういった部分はヒカリの役目だ。
「これからよろしく、ヨゾラ」
いつまでも上に乗っているわけにもいかない。
立ち上がり、槍を引き抜いてヨゾラにも手を差し伸べ立ち上がらせる。
視線が交わる、金色に輝くそれは、やはり僕に星空を連想させた。
……あぁそうか、何故ヨゾラを殺さなかったのか、それがわかった。
そして疑わなかった理由もわかる、裏切りを考えている人間はこんな目をしないし、さっきまで殺しあっていた人間から差し出された手を迷いなく取ることはできない。
「ヒカリ、見つけたよ」
「教えて」
何を見つけたなんて言葉にする必要はない。
僕のヒカリの間には過程は必要とされず、結果だけが必要だ。だから僕は結果だけを伝えた、ここで始末したほうが明らかに楽だったのに、それを避けた理由を。
「夜空の中にも光はあるんだ、だから僕には、彼女を殺すことができなかった」
「そっか」
僕の返答にヒカリは、ただしょうがないなぁと笑っただけだった。僕の大切なヒカリは。
まだ手を繋いだままのヨゾラの表情を見る、どこか顔が紅いのは気のせいだろうか。怒っているのか、恥ずかしいのか、僕にはわからない。
彼女はまだ何も言わない、でも敵意が僅かにだが薄れているのだけはわかる。
なら、いいか。世の中わからない事ばかりだけだ、人の心だけじゃなく自分の感情すらわからないんだ。それでも上手く社会という歯車は回り、僕達人間は生きているのだ。なら、いいや。
「……埋葬、必要なら手伝おうか?」
槍を構えるまでも無く、何を思うでもなく、ただ横たわっている二人の友人を眺めるヨゾラ。
傷は癒えているが、とてもじゃないが何かを行う気力が残っているようには思えなかった。
「大丈夫。敵だった人に、ツカサとユラギ、二人の体を触られたくない。少しだけ、そんな気持ちはあるのだけれど。
……最後に、最期に。守れなかった友人達に、何か出来ることがあるのだとしたら。私にできるのはこれだけ、そう思ったらやりたいの」
「うん、近くに獣は近づけさせないでおくね」
「……えぇ、その、ありがとう」
槍に付いた血液と油を拭い、近くの木に立て掛けているとヨゾラは無気力だった心に無理やり火を注ぎ、ゼンマイ人形のようなぎこちなさで体を動かしつつも、友人だった二人を土を掘り埋葬していく。
泣いている様子は無かった。多分後悔も自責も、悲しみも恨みも。今は抱く余裕が無いのだろう。
全てが終わった後、家族や周りの人に事情を説明する。その段階でようやく何をするべきか、何をしたいのか。何が起きたのかと悲痛な現実に吐きそうになりながら、きっとヨゾラは自分の意思で動く。それが今度こそ、僕達に敵対するような悲しい選択ではないと心から願って。
自身と同属が生まれたその瞬間を、虚しそうに眺めるソシレの頭をそっと撫でると、まるで僕を慰めるように喉を鳴らしながら額を擦りつけて来た。
- 夜空に浮かぶ星空に、届かぬ願いを心から 終わり -




