166.不穏な日常
「見て見てーアメ、シュバルツ、新しいぬいぐるみだよっ!」
今日は朝から町に用事があり、ヒカリと二人出掛けるのでメイド業は休みで私室を訪れたら、僕の来訪を待っていたように寝室から飛び出したヒカリの手には二つのぬいぐるみ。
以前僕とヒカリを模した二つは見せてもらったが追加で新しく出来上がったのか。
「これは……俺、ですか?」
「うん、そう。かなり上手く出来ていると思うだけど」
「凄い、デフォルメされているのにここまで目付きって悪くなれるのか」
「……」
僕の心からの感嘆でシュバルツはぬいぐるみから視線を外した時、頭痛に堪えるよう目を両手で覆った。顔つきが怖いことは地味に気にしているのだろうか。
「こっちは……そっか、ルゥか」
黒い執事服とは裏腹に、白い頭髪にモノクロな洋服を着せられた少女のぬいぐるみ。
「うん」
「凄く似ていると思う、この二つはねた癖毛いつもそのままだったね」
あまり感情を込めて感想を告げることが出来なかった。
幼馴染であり親しい存在ではあった、ただ特にこれといった思い出がすぐ出てくるほど印象に残っている存在でもない。死んでしまって悲しい、ただ殺しあった相手の男性を考えても怒り狂うほど強い感情はない。
「……ルゥさ、思うんだけど、ウェストハウンドの肉の供給が優れていたからあの村に留まってくれたのかな、なんて」
「そこまで薄情な人間だったのか? 話に聞くには二人を気に入って村に滞在したと思うのだが」
「……ありうる。彼女の気まぐれは、その、筆舌し難い」
シュバルツの見たことの無い存在を庇う言葉に、ヒカリは無慈悲にも現実を見つめた。
「「「……」」」
何も言葉が思い浮かばず、何もこれ以上言葉は必要に感じず。
「ヒカリ、さっさと着替えてきなさい」
「はい」
僕は寝巻きのまま出てきたヒカリにさっさと準備をするように命令をした。
- 不穏な日常 始まり -
「ほんとにあるものかね」
「まぁ可能性は低いけど、零じゃないのなら確かめるだけ」
レイノアからようやく届いた魂鋼の目撃情報。長い間資金を費やし訪れた情報は魂鋼らしき物体を見たような気がする人物が居るらしい、という非常に曖昧の塊だった。
特徴的な青白い色合いは展開された魔法陣や、魔刻化された肉体、あるいは魔道具の仕掛けが発動した際に見る機会がある。とりあえず可能性があるのならと動いているが、目撃した人間が居る可能性も低ければ出会え実際に魂鋼を見た事実があるかも怪しい。
「結構賑わっているね」
「冬が終わって、北に四番目の町を作り上げようと物資の行き来も盛ん。
竜害の影響もほとんど消えたし、最近レイニスで新しい技術が発明されたからそれも影響しているかも」
「どんな技術?」
「柔軟なガラスとか何とか」
プラスチック辺りだろうか。
特許なんて発明者に優しいシステムはこの世界には無いので、目をつけた国か貴族が抱え込み技術を独占でもしているのだろう。
製造法が模倣されるまでに十分発明者は稼げるだろうし、少しでも技術が発展し日々の生活を支えてくれるのであれば僕としては嬉しいの一言。
余計なことを言ってしまわないように、適当な返答に適当な相槌を打ちながら周囲を見渡す。
喫茶店には家事や仕事の合間かおば様達がテーブルを囲み、露商はその辺で屋台や布の上に商品を並べて客を呼んでいる。
町を守る警備兵はそういった人々に危害を加える存在が居ないか度々巡回し、浮浪者かならず者か冒険者かまるで判断できない武装した人々は街を何か目的に向かって歩む。
「ふぅん……」
その中で目に止まったのだろう、ヒカリが頷いて視線を外した先には武装した少年少女。
少年は二人を率いる様に率先して前を歩き、活発そうな少女はその隣で短剣を腰に揺らして楽しそうに会話をしている。位置関係は違うが以前の僕達みたいだと今朝見たルゥのぬいぐるみからか懐かしさを覚えた。
ヒカリが興味を示したのはその一歩後ろを歩く少女だろうか。背中に軽めのグレイブを二本交差させて持ち、重さに揺れているせいか単純に癖なのか独特な歩き方で前を歩く友人だろう二人の会話を聞いている。
あまりにも視線を浴びたせいか、二つ槍の少女はこちらに視線を向けて、僕は交わった瞳を伏せ軽くお辞儀をしてその場を去ろうとする。
一瞬不思議な時間の隙間が発生し、その後に殺気が僕達に向けられていることを認識次第対応。
ヒカリを狙って突き刺された槍の腹を拳で殴り機動を逸らして、一度攻撃してきた相手が自ら舌打ちと共に距離を取る。
「……何かな? ジロジロと見たのは悪いと思うけど、街中で刃物を向けられるほど恨みを買った覚えは無いのだけれど」
「……」
ヒカリも一応反応し盾を構えようとしていたが、僕が間に合ったことで横目にて状況を窺うことにしたようだ。
攻撃してきたのは先ほど興味を向けていた二つ槍の少女。残る少年と少女もこちらに殺意満ちた視線を向けている。
親の仇でも見るような憎悪で満ちた瞳だが当然その顔は記憶に無い、相手がどういった立場に存在するか判明するまでは貴族とその従者、この関係を続けた方が無難だろう。
「どうしたの? 意味も無く刃物を振り回しただけ?」
相変わらずこちらとコミュニケーションを取る気配は無く三人で何か小声で相談している様子だ。聞こえてくる単語は機会や、リーン家、竜、一人娘。そういったもの、何となく立場は見えてきた。
当然ながら街中で武器を構える行為はそれだけで警備兵に注意されるもので、攻撃などしてみれば当然逮捕されたり厳重な処罰が下る。
今も誰かが警備兵を呼んでいる声が聞こえるがこの様子だと数分掛かってしまうか。騒然としている周囲は僕達がどういった立場なのか掴みかねており、新手の増援含めなんらかの干渉を行うのは避けている様子。
僕もヒカリも武装状態。僕より感覚系では劣るヒカリすら察知できた不意打ちに、街中で物騒な行為に及ぶテイル家の私兵とは思えない素人臭さ。敵として攻撃した相手の前で相談する迂闊さもあいまり、槍を二本構えている不思議な少女以外は少なくとも脅威ではない。どれほど穏便に、こちらは武力をチラつかせる事なくこの場を収められるか。そこに意識を持っていくべきか。
「「御心のままに!」」
「――御心のままに」
完全に膨張しきり爆ぜた殺意。
ある種の覚悟めいた判断を取ったのか、活発だった武器を構える少年少女に続いて、既に槍を両手に一本ずつ持ち身構えていた物静かな少女は臨戦態勢に移る。
街中で正気かと問いたいが正気ではないし、おそらく問いかけてもコミュニケーションは取れないのだろう。そして更に目を丸くする事態として牽制に使うのか建物の壁を材料にショートソードほどの刃を生み出してこちらへ飛ばしてくる。
記憶に残っていた位置関係を確かめるために背後を視認し……あぁ、ダメだ。僕の中で理性が切れる音がした。
「どう、して」
呆然として呟かれる少年の声に、僕の右肩に突き刺さっている土槍。
貫通しているのか槍の刺さっている隙間から少ないくない血液がぼたぼたと噴出し、骨は砕け筋は断たれたのだろう。力を込めても過剰な痛みで僅かな熱の中麻痺したような感覚しか反応が返ってこず、当然意思を込めても普段のように右腕が動くことはない。
「どうして……ねぇ?」
怒りで頭がどうにかなりそうだ。土槍が刺さる前から燃え盛る炎が僕の中で燻り、少年の言動、相手三名の一挙一動が油を注ぐように神経を逆撫でする。痛みはどうでもよかった。
「――っ! やるぞ! 二人共好機だっ、他にこんな機会は得られないぞ!」
少女二人を自身と共に奮い立たせるように少年が叫び、それに答えるよう僕が唐突に被った重傷に対する動揺を強引に振り払い再び身構える子供達。
「五月蝿い、お前は黙ってろ」
滑り込むように身を屈めて少年の懐に入り込み、ロングソードによる迎撃を魔力を込めた素手で受け止めて機動を逸らす。
防ぎきれず刃が食い込み、道路を赤く染める左手を見ながら肩甲骨で鳩尾を打ち上げて息を詰まらせる。
右脚で蹴りつけ沈黙させようと試みたが盾で何とか防がれたため、バネのように全身の筋肉で左脚のみで空いた距離を詰めて、もう一度腹部へと右脚を抉りこませたら道路沿いに存在する家の壁まで吹っ飛んで行き今度こそ動かなくなった。
「くっ!」
負傷した僕に少年を制圧される、その現実に意表を衝かれたのだろうか遅れて対応する槍の貫撃を半身ずらすだけで距離を詰め、相手は下がりながら突き出した槍を引きつつももう片方の槍で近寄る僕を払おうと薙ぐが前宙で背後に回りながら対処できる程度のもので。
一瞬で視界外に消えたように思える僕の居場所を察知される前に膝を後ろから小突き、カクンと落ちる体の脹脛を躊躇わず全体重を乗せて踏み潰す。
「ああ゛ぁぁ――っ!!」
痛みに慣れていないのだろうか、声にならない悲鳴が平穏だった街中に響く。
咄嗟に仲間を庇おうとこちらへ近づいてこようとする短剣の少女を、目の前に居る少女の首に手をかけてこれ以上近づかないように制する。
目論見通り止まった動きに僕は右肩に刺さったままの土槍を引き抜き、少女の左肩に上から振り下ろした。
今度は悲鳴をあげる余裕もなかったのだろう、もう一段階崩れた姿勢に合わせるよう残っている肩も土槍を振り下ろし潰し、そこに蓋の無くなった僕の右肩から溢れた血液が躊躇いも無く降り注ぐ。
「幼く盲目的、相談内容から察するにお前達は竜信仰者かな?」
「えぇ」
少年は意識が朦朧とし、槍の少女は満身創痍で僕に拘束されており、唯一無傷で残っている少女は悲鳴混じりの周りの喧騒とは裏腹に冷静に僕の問いに答えた。
助けたい、あるいは戦いたい本意はあるのだろうが、見せ付けられた実力の差に未だ仲間のそばで容易く命を奪うことの出来る位置を保っている僕に警戒してか動くことが出来ずようやく対話が成立する。
本来狙っていたはずのヒカリは蚊帳の外。遠巻きに作られている輪の内側で観客ではなく舞台の登場人物としてそこに居るはずなのに、僕以外の誰からも注意されず、本人も介入する気など毛頭も無い様で成り行きを欠伸でもしそうな勢いで眺めている。
状況を確認する視界は先ほどよりも眩しい。興奮により開き切った瞳孔で白く焼きつくような光景の中、警備兵が辿り着くにはもう少しだけ時間を要することだけはわかった。
「元より竜討伐を隠しておらず、秋の召集で貴族や王族の前で公言したようなものだから、竜を討伐する、その主格であるヒカリの顔が知れ渡った。
自らの神を討とうとする愚か者共、その顔も実力も申し分無いヒカリを討てたら、殺せたのなら功を上げられる、あるいは竜信仰に貢献できる、そんなところか」
あまりにも愚鈍で腹立たしいその行為、いや属する派閥に貢献するという志そのものや、今竜信仰という僕達と決して相容れない宗教そのものをいま責め立てるつもりはない。
ただ街中で荒事を起こそうという幼稚な発想に、行き過ぎた信仰で盲目的な姿勢が何よりも気に食わなく、僕はもう一度手にしたままの土槍を既に傷を負っている少女の左肩に振り下ろす。
「どうしてこんな酷いことができる? 信じることを忘れてしまったあなた達には、人の痛みすらわからないの!?」
「吠えるな。信じる根源すら忘れてしまったお前達に、一体何がわかっているというのだ」
本来竜信仰というものは自然的な摂理を重んじる奥ゆかしい宗教、歴史や、以前教会を訪ねた際対応してくれた老人がそう語ってくれた。
今、もうこうして人の意思により捻じ曲がり、都合の良い道具に改変されてしまったことが僕にも悲しいことだと理解できる。
「私達にはずっとわかっている! わかっていて、今こうして大切な仲間が無闇に傷つけられていることが間違っていることぐらい!!」
「僕もわかっているよ。大切なものがいて、そのために倒さなければならない敵がいる……今はもう、それもよく覚えていないのだけれど」
「先に告げた言葉からすら道理が通っていない、やはりあなた方は狂っているっ……!」
「狂っているかもしれない、道理も通していないかもしれない」
狂っている、ね。
宗教が違う、派閥が違う、思想が信念が事情が。ただ理解できないもの全てを狂っていると称するのであれば確かに狂っているのだろう。
「ではお前達は? 街中で、人目を気にせず、他者へ被害が及ぶことへも頭が回らなかったお前達は?
人様の家で武器を作り、それを魔法で攻撃手段として飛ばして、僕達はまだしもその背後に居た露商の人間に危害が及ぶとは考えなかったのか? 我々が対処しなければ、僕がこうして血肉を賭して阻止しなければ、関係の無い人々まで傷つけた可能性は想像できなかったの?」
全くもって腹立たしく、少しでも冷静になれないものかと痛みを欲し左手で右肩に空いたままの穴の内側をそっと撫でてみたが、確かに苦痛を感じるものの精神的に苛むそれには到底勝てるものではなかった。
赤く染まった左手を、目の前で屈する少女の頬でそっとくねらせると、頬に触れる液体に気味の悪さでも覚えたのか全身を襲う痛みに堪えるものとは別にぶるんと体を一つ震わせた。
「……っ! 大局的に見れば仕方のないことは多く、竜を刺激しないことで被害も収まる」
「大局的に見ればこそ、あれは殺さなければならない存在。こうしてお前達が痛めつけられる現実も、僕達が小局的犠牲すら払わず活動している結果に過ぎない」
都合よく変えられた論点に付き合う。
いつかあの竜が再び町を襲うかもしれない大局的な視野、かつて発生した竜害の被害を発生確率で割ってみれば僕とヒカリ二人の犠牲や、付随する活動で散る関係者の命など大した数ではない。
「間違っている、手段も目的も全て入れ替わってしまって」
興奮は過ぎ去り、ただ理解できず狂人を憐憫を込めた視線で物悲しそうにこちらを見つめる少女。
「そうだね、間違っているよね。
マクロやミクロで物を見て、段階的に話を進めているはずなのに、大前提や結果が完全に間逆を向いてどちらも自分が正しいと信じて止まない。だから会話が成立しない。
でもさ、今こうして勝っているのは僕達だよ? 道徳や法律、どちらの正しさが最終的に救える人数が多いのかなんてどうでもいい。
お前達は、街中で、住人を盾にして、三名で、奇襲をし、僕のみに制圧され、その果てに生死を握られているのはお前達なんだ」
「……」
近くから警備兵が近寄ってくる音がする、そろそろ幕引きだ。
「最後に言わせてもらうね。どうして、どうしてと五月蝿いんだよ。そればっかりだよね、人に尋ねるばかりで、盲目的に信じるばかりで考える頭すら失ってしまったのかな? その頭部に収まっているものは飾りなのかな?
……次、似たようなことをしたら容赦しないから。二度目はないからね、覚えておくんだよ」
すっきりしないものの好き放題言わせ、やらせてもらった僕は、その後事態を収束するために駆けつけた警備兵に敵よりも早く問答無用で地面に押し倒され拘束。
逮捕された。
- 不穏な日常 終わり -




