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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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163.菖蒲咲く絞首台

「おいで、ソシレ」


 僕達が両親を殺め、ソシレと名付けたウェストハウンドは賢かった。

 ソシレという呼称が自分を呼んでいるものだと確かに認識し、言葉も知っているのか単に口から発せられる音から感情を読み取る行為に長けているのか命令もしっかりと聞く。

 獣の気配があればそこに気を払うし、相手が同属であれば近づかないように吠えて牽制してくれる。休憩時や移動の合間、ある程度ならば自分で植物を見つけたり、仕留めた草食動物を運んで来て僕達にどうすればいいのか尋ねる……半分ぐらいは狩りに失敗してしょんぼりと帰ってくるのだが。


「本当にその名前でいいの?」


 "ソシレ"の名前は"謗れ"から取った。

 僕が彼の名前を呼ぶたびに、無為な殺生を行った結果なのだと自責するために。


「これがいいんだよ」


 呼ばれて寄って来たソシレを撫でて、僕は仕方ないと笑うしかない。

 寝首をかかれたり、途中で逃げ出すことも想定していたが、今までそういった気配は一切見せずレイニスに着く寸前までまるで長年連れ添った忠犬のように従ってきた。


「ねぇソシレ、これから町に入って僕達の家まで向かうの。町には僕達のような人間がいっぱい居て、ほとんどの人がお前に殺意や恐怖、奇妙な物を見る視線を向けるかもしれない。

でも屋敷には自然がたくさんあって、お前を受け入れてくれるだろう優しい人達がたくさん居る。

そこまで、僕達が守る。殺されそうになっても絶対に守るし、見慣れなくて怖いものがあるだろうけれど僕とヒカリだけを見ていて。街の中は森と違って臭くて堪らないだろうけど、僕とヒカリの臭いだけを嗅ぎ取れ。

絶対に吠えちゃいけない、絶対に僕達の元を離れてはいけない、絶対に人を襲ってはいけない。そうしてしまったら、僕達がお前を殺さないといけなくなるから、わかる?」


 視線を合わせそう説くと、わかったのかわかっていないのかクゥーンと一声だけ鳴く。

 話を理解できたかは五割で、街中で混乱しないかも五割。絶対に街の人々に危害を加えたり、危害を加えさせられることは僕とヒカリが九分九厘防ぐが、この手で唯一あの家族で残っただろうこの子を殺める可能性は十分にある。

 大丈夫だと思った。

 この子はしっかりと屋敷まで連れて行ける確信、例え処分するとなっても躊躇わない覚悟。大丈夫、両方しっかりと抱いている。


「あ、そうだ」


 ふと思い立ち、なるべく負担を掛けないよう注意を払いながらソシレの背中によじ登る。

 跨ぐように乗ると股が痛かったので、横向きでお尻を背中に乗せ態勢を整える。当然サドルも無いし、乗り心地は最悪とも言えるがこれで上下関係はソシレや他の人々にも伝わるだろうし、有事の際は振り落とされなければすぐさま対処できる。


「ふふっ……ソシレ楽しそうだね」


「マジで?」


「うん、本当」


 微笑ましくこちらを見ているなぁと思ったが、どうやらヒカリはソシレに意識を払っていたらしい。

 体重の軽い僕ならば余裕だろうが、誰かを背中に乗せるなど苦痛でしか無いと思っていたがそうでもないようだ。顔を覗きこむとどこか気分良さそうにこちらを見上げた、いや、犬の表情なんてよくわからないのだけれど。


「よし、ヒカリに着いて行って」


 軽くポンポンと首の辺りを叩くと、歩き始めたヒカリに追従するように後ろを歩く。

 あ、これ結構お尻の骨に響く。全力で走られたら座ってられないや。



- 菖蒲咲く絞首台 始まり -



 町を覆う壁の外である農林畜産地帯で十分怪訝な目で見られていたが、街の中に踏み入った瞬間悲鳴が響いた。そこまでか。


「落ち着いて、大丈夫だから」


 殺意は無くとも敵意を浴び続け動揺を見せているソシレを背中から宥める。

 街中に猫が居たり、馬や鳥など危険の無い動物が歩くことは珍しくないが、犬、この世界においてハウンドとはわかりやすい脅威、人類にとって身近な敵として認識されている。

 大型犬を超える体格を備えているウェストハウンドは特に近場で見られることもなく、街の中から出ない生活をしている人々にとっては化け物でも現れたようなものなのだろう。


「そこの二名! 止まれ!!」


 リーン家の屋敷は北の門から近かったので、どうにか揉め事無く自分達の領域に逃げ込めないかと期待していたが警備隊に呼び止められる。

 既に半数は武器を構えている四名、今にでも僕とヒカリがソシレから離れたら全員で飛び掛らない勢いだ。


「何か用かしら?」


 道を開け、遠巻きに観衆が出来上がり、見世物が終わるタイミングを生み出しに来た警備隊にヒカリは不遜にもそう言ってのけた。

 幸いにもソシレは緊張状態が続いているが、コップから今にも水が溢れそうな状態ではない。僕はヒカリの対応を見ながら、ピンと張った耳を撫で下ろすように頭部を撫でる。


「何か? ではない! ふざけているのか!?」


 ごもっともで。


「街中にウェストハウンドを連れ込んで悪戯のつもりか? それがどういった存在かお前達子供は理解しているのか!?」


 激昂し怒り狂っている警備隊に代わり、ヒカリは冷静に青く燃える炎のように声のトーンを落とした。


「理解、ね。しているわよ、この子は私達の家族」


「犬と人は分かり合えない、今は大人しくしていても何時恐れが消えて暴れ出してもおかしくはないんだ! お前ら!」


 抜刀したままヒカリの横を過ぎ去り、ソシレへ向かってこようとする警備隊の一人。ソシレは自身が標的にされているだろう事実を正しく認識し、地面を強く踏みしめて態勢を整えた。

 ……まだだ、まだこれからだ。僕の相棒ならば正しく事を導ける。


「っ!」


 男は過ぎ去ろうとし、ヒカリに軽く足を掬われて倒れこむ。咄嗟に受身を取ろうとしたところ、持っている盾を強く蹴り飛ばされて道の端まで転がって行った。

 警備隊に暴力を振るう少女。

 敵はウェストハウンドだけではなく僕達人間二人もだと認識したのだろう。残って槍を構えていた警備兵はヒカリに詰め寄り、残る二名も武具を構えだす。

 観衆は動揺し、警備隊は殺意に満ち溢れる。僕達は落ち着いてそんな状況を把握していた。


「分かり合えない、ね」


 ヒカリは反芻しながら槍を潜り込むよう前進しつつ回避し、腹部に持っている盾の先端を抉りこませながら槍を強奪。

 強く道路に叩き付けて先端が捻じ曲がった槍を、力任せに踏みつけてくの字に折り曲げる。


「確かにそうだわ。同じ人間、それも言葉が通じる相手との対話を拒否し、いきなり襲い掛かってくるような状態の人間なんて誰が話しかけても言葉なんて届かない」


 その言葉に僅かだが周囲に動揺が走り、続いて近づいてこようとした警備兵二名の足が止まる。


「そしてあなた達は誰も理解していない。私はヒカリ=リーンよ、この町の執政に携わる貴族の一人娘。

このウェストハウンドは我らが家族。申し出や武力行使が望みならば屋敷へ直接どうぞ。それとも今ここで早々に始末を付けたいというのであれば、私達も武器を抜く用意があるけれど」


 僅かな動揺は、確かなどよめきに変わった。

 貴族、リーン家、戦力差。そのような言葉や意識が人々の間を走り抜け、観衆の誰もが畏怖し忌避し関わらぬよう視線を逸らし始める。


「ソシレ。ヒカリの後に続け」


 誰もが動けなくなったことを確認し、僕達はその中を悠然と進む。

 ソシレすら緊張を解き、ただヒカリの背中だけを見つめて進む中、彼女は一度すれ違う警備兵一人の背中をぽんと叩く。


「お勤めご苦労様。顔は覚えたから、後で挨拶に伺うわ」





「途中まで真っ当なことを言っていたはずなのに、決め手は家を頼るって卑怯じゃないかな」


「ならアメはあの時点で人々を納得させられる何かを持っていたの?」


「いや、無いけどなんか釈然としない」


「……たまに思うのだけど、アメは私にもう少し感謝を示したほうがいいんじゃない?」


「はいはい、ありがとう。何時も本当に感謝しているからさ。

ソシレもお疲れ様、よく頑張ったね。偉い偉い」


「犬のついで……」


 無事に屋敷には着いた。

 背中から降り、終始命令に従ってくれたソシレを撫でると、緊張が解けた反動か壁に近寄ったかと思えば用を足し始めた。


「トイレの躾けに、皆との顔合わせも済まさないと……犬小屋作って、毎日の食費にうわあぁぁ……」


 生き物を飼うとはそういうことだ。

 命を尊重する世話に、ウェストハウンドは命を尊重するよう躾けも必要。無闇やたらに人へ噛み付いたりするようならば迷わずに自分の手で処分しなければならない。

 食費は、うんレイニスに帰る途中結構食べてたね。一応現状の収入で賄えはするのだが、僕自身節約や、安く大量に安定して食料を仕入れられるように契約先も探さないと竜討伐に支障が出かねない。


「まぁまぁ。初期投資に、餌やりぐらいは手伝うからさ、そう悲しい顔しないでよ」


「ありがとうヒカリ!」


「体洗ってないんだから抱きつかない! ソシレは待って! 重い! 顔を舐めないで!」


 感極まりヒカリに縋ると、ソシレも同じ気持ちだったのか上体を起こしながらヒカリの顔を舐めまわす。


「まったく、今度はうちの娘達が何を騒がしたのか……」


「あ、お父様。只今戻りました」


 武装したユリアンに、親衛隊数名……その中に居るシィルは何も持たずに素手だったが。遠巻きに使用人も数名こちらを見ているのがわかる。

 何時までも庭で待っていたのには理由がある。家主であるユリアンに許可は得ねばならないし、危害を加えなかったにしても突然犬を連れ込んでは無用な混乱を招くため、屋敷の人々からこちらへ来るのを待っていたのだ。


「この子が今日から家族の一員になるウェストハウンドのソシレです」


「家長に無断で何を決めている。それに家族とはなんだ、馬などのように飼うという事か?」


「いえ、それ以上の関係ですね」


「……意味がわからぬ、発起人はアメか?」


「はい」


 ペットという概念はこの世界、少なくともこの国にはあまり浸透しておらず、ユリアンは解せぬといった表情を隠すことも無くこちらを見る。


「危害は加えないんだな?」


「少なくとも現状は。今後も厳しく躾けるつもりです」


「ならば好きにしろ、責任は背負え」


 それだけ告げるとユリアンは、持っていた剣を鞘ごと放り投げてソシレに近寄る。


「私はユリアンだ。そこにいるヒカリの父親だ、わかるか?」


 膝を折り、ズボンが汚れることも厭わずに視線を合わせてそうソシレに挨拶をすると、ソシレも敵ではないと認識したのか五月蝿くない程度にワンッと吠えた。

 ユリアンはそれに満足そうに目を細め、一度頭を優しく撫でると背中を見せて剣を拾ってから室内へ戻っていった。


「あらあら、ほんとに敵意無い子なんだね~」


 屋敷の安全を守るという役目を担う親衛隊、その人員が未だこちらを警戒して見守る中隊長のシィルはまるで警戒心を見せずにヒョロヒョロとこちらへ寄って来る……寄った分だけコイツはやばいと認識したのか、ソシレが引こうとしたのでその辺の毛を掴んで引き止めた。


「よく見ると愛嬌あって可愛い? 気もするなー。犬の違いなんてわからんが。

男の子! 獣臭い! 結構毛は硬いな!」


 全身をくまなく見て回り、地面に寝そべったり片足を持ち上げて肉球を触ったり、せっかく閉じている口を開けて頭を少し入れて牙を覗き込んだりしている。

 何気にユリアンと違ってあまり視線は合わせず、正面ではなく横へ腰を下ろしている辺り獣の心得はあるのだろう。それを台無しにしかねないほど体を弄り回しているが。


「ここまでされても不満気な気配すら出さないとはたまげた。

これからよろしくね、ソシレ。あたしはシィル、覚えてて」


「隊長、我々はどうすれば……?」


「有事の際や視界内に居る時にのみ警戒。過剰な警戒はお譲とアメの信頼を裏切ることに繋がると知れ。

……まぁ今や今後も挨拶続けたらいいんじゃないかな♪ 仲間と認識してもらえば可愛くて頼もしい家族の誕生だ」


 ユリアンと同様好きに去っていくシィルに戸惑いを隠せない親衛隊の人々も、どうにか珍しく冷静に告げられた指示に従うことにしたのかソシレに挨拶を済ませた。

 これで一息、かと思ったが一応あちら側も済ませておいたほうが良いだろう。そう思いこちらを遠目に見ているココロに指をさし、こちらへ来るように指示をする。

 私!? みたいな反応をするココロにジェスチャーを間違ったと判断。人差し指だけではなく中指も伸ばして、隣に居るクローディアも連れて来るよう強要する。


「一応来ましたし連れても来ましたが、飼うんですか? これ?」


「うん、名前はソシレ。挨拶を」


 ワンと軽く吠えた瞬間ココロは怯え半分に殺気半分、引きずられるよう連れて来られたクロは怯え十二割。


「大丈夫よ。触ってみたら存外愛らしい生き物だとわかるから」


「は、はぁ……」


 ヒカリの言葉に渋々近寄り、腰の刀に手をかけたままもう片方の手で表面だけ撫でるようにさっと手を滑らせる。

 それを上目で黙って見ていたソシレと一瞬目が合い、ココロは解けたような表情で腰を下ろす。


「ほんとだ、可愛いですね、この子。ソシレ? 良い名前だね」


 体を撫でられることも過剰ならばストレスになるだろう。それも街中で敵意を通り越し殺気を浴びてきた状態、そろそろ休ませてあげたいがまだもう少しだけ頑張ってもらう。


「ほら、クローディアも」


「いやいや、無理だって! か弱いあたしは急にバッて襲われて食べられちゃうから!!」


 一般人代表、それも半年ほど前郊外に出てハウンドの脅威を知っている少女。クロから認められることが出来れば、屋敷内は大概安全を確保できたと言っても過言ではない。


「大丈夫だって、怖いのは最初だけだから……」


「無理! 怖いのは無理だってっ!」


 なにやら卑猥な意味にも聞こえかねないセリフを囁きながらクロを拘束しソシレの元へと導くココロ。

 自身の元に怯えながら連れて来られるクロを見て、ソシレはどこか不憫そうな視線を黙って向けていた。


「ひっ!」


「……」


 強引に撫でさせられたクロが短い悲鳴をあげるが、ソシレは今までと違い喉で鳴くことすらしなかった。


「ほらね?」


「いや……でも、まだ結構怖い……」


 だいぶ心砕けた様子だが、怯えを払いきれないクロを見てココロはこちらに視線を向ける。


「ソシレ、人を背中に乗せるの好きなんですよ。

乗ってみますか? 背中なら牙や爪は遠いし、怖くないと思うのですが」


 理屈ではわかっている、でも感情がそれを許さないと無言で拒絶するクロに僕は面倒で一言命令する。


「ソシレ、背中に乗せてあげなさい」


 座っていたソシレはそれだけで立ち上がり、クロの股に頭を入れたかと思うと器用にも背中に彼女を持ち上げる。


「あ、ほんとだ。結構楽しいかも」


 お尻の方に頭を向けかろうじて僅かにだが上体を起こして乗っている状態だが、前で揺れる尻尾に釣られてかそう呟くクロ。ソシレも相変わらず楽しそうに人を背中に乗せている。


「あ、跨いだら、痛いですよ?」


 説明が遅く、振り返りこちらへと戻ってくる数歩でクロは小さい悲鳴を上げた。



- 菖蒲咲く絞首台 終わり -

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