160.抱き続けた気まぐれは信念か、妄執か
特に何もしていない時間。
ヒカリの私室で。
「あぁ、そろそろ誕生日か」
「そうなの? そっか……」
何気なく呟いた彼女の言葉は、当人が産まれ齢が一つ刻まれるということで。
思わず驚いて見せたが、考えてみれば今の今まで誕生日と聞いた事は無かったのでそろそろ、そう、僕がここへ来る少し前の頃合に他は無いと知る。
「何か祝ったりするの?」
手を伸ばし、自分の手のひらや腕を見るが、成長した気配はあまり無く。
そりゃ毎日見ている自分自身の体なのだから当然だろうと隣に座るヒカリや、シュバルツを見れば彼らは少し成長したなと見てわかる。
結構同じ時間を過ごしているがまぁ自分以外となると歴然とした差が生まれるものかと思い、明確に自身だけが成長していない証になるのではないかという疑念が頭を埋め尽くす。そういうのやめて。
「特に大々的には。いつもは一日お母様やお父様と一緒に居るようにしていたけど、今年は特に意識する必要も無いかな、程度。
そういえばアメは誕生日何時なの? その体の、だけど」
「夏、は前のか。春? いや、冬だった気がする。やっと意識を失える、そう思ってもタオルじゃ足りない寒さで上手く眠れなかった記憶がある」
「じゃあこれからは私と一緒に年齢数えていこうか、そろそろ十一。アメもね」
無言で頷き、思わず零れそうだった溜息を紅茶で塞ぐ。
「主の境遇を知った際、酷く大変なものだろうと思ってはいたがお前はそれ以上だな」
「……言わないでよ、今考えないようにしてたのに」
似たような話題で会話を繋げようとするのは良いが、相手の顔色……は見ているけど、見た上でやめておこう、そう判断することは諦めないでほしい。僕の隣にいるやつもなに興味を注いでいるんだ。
「その体どこまで記憶はあるんだ?」
「大体は。小さい時呆然としていたタイミングはあやふやだけど、何か動く時は覚えている」
細かいことまでは流石に覚えていられない。
両親は冷たい人達で、近くに住んでいた同じ貧しい人のほうが温かくて、八歳の時アレンと出会った。
あとは産まれるまでの憎々しい時間か。精神世界とでも言うような場所で、ただ思考と追憶のみが許された場所。
思い返すのは数え切れないほどの苦痛、傷心し、死んだにもかかわらず自分だけが生かされている拷問。ただその場所が苦痛だけの無価値な場所だったかと言えば否で。
「前の体は」
「赤ん坊の頃はほとんど忘れた。七歳以下も結構怪しいかも、こっちはヒカリの方が覚えているはず。それ以降は細かい部分まで覚えていると自覚してる」
何度も記憶を掘り返し、それを眺めることで記憶の劣化が本来より少ない、あるいは記憶するという能力自体が常人より鍛えられている。
あとは考えることを覚えたぐらいか。これは竜を倒すための道程で必要なものなので、あの苦痛な日々で得た物としては上々だ。もう一度あの空間に送られると想像したら血の気が引くが。
「前世は」
淡々と問い続けるシュバルツに、僕は案の定聞かれると思っていた質問に一瞬固まる。
「……自分の性別は覚えているけど、名前は思い出せない。家族は顔だけ覚えているとか、親しい人は名前か顔だけ、あるいは思い出だけ思い出せるとか。かなり歪。
対して世界の常識や、歴史とか科学、そういった知識は結構覚えている事が多いからエピソード記憶が劣化し意味記憶だけが残る、ちょっと度合いの違う記憶喪失みたいな状態かな」
「エピソード、記憶?」
案の定怪訝な表情で僕の顔を窺うヒカリ。
そう、こういうのを避けたくて前世の話題は出したくない。普段なら使わないような言葉も、ふと前の世界を思い返せば口からこの世界の言葉で出てしまいこの世界の常識にぶつかってしまう。僕がこの世界の住人であるためにあまり異質な概念を持ち込みたくはないのだ。
「何か思い出せることはないかなーこう、思い出みたいな。家族は両親だけで、兄弟とか居なくて。
友人はやかましいけど肝心な時は正論しか言わないおもしろい友達が居たな。あと恋人もいたや」
「へぇ――アメ付き合っていた人居たんだ」
その声が室内に響いた時、まるで時が止まったかのような寒さを覚えた。あらゆる生命が、物理的エネルギーが停止し、宇宙の遥か彼方、太陽すら届かずまだ何も存在していない空間のような場所に放り込まれたような感覚。
「付き合っていたって言うけど、プラトニックな関係だったよ!? 手すら満足に繋げないような、ね! あれは恋愛じゃない、子供の恋人ごっこだね!!」
「ねぇアメ」
「はい」
そこで初めて声の主が視界に入る。硬直していた僕の顔を彼女が覗きこむ。
「――誰に言い訳しているの?」
「……」
二つ返事すら返せず、思わず覗き込んだ瞳の奥底を見る。
声色は凄んでいる、表情は微笑んで、されど底に負の感情を抱いた炎は在らず。
「どうして、言い訳しているの?」
そこに居たのはただ僕の反応を楽しむヒカリだけだった。
「言い訳じゃないよ、ただの思い出話だよ。勝手に語ってごめんね」
「そっか」
そこまで言い終えるとヒカリは目を伏せて先ほどまでと同じようにソファーへ身を預けた。
瞳から感情を確かめることは叶わない。ただ口元に添えられた、滑稽に踊るオモチャで遊び終えた笑みだけが全てなのだろう。
「……実際のところどうだったんだ? 男として、相手は異性だったのだろう? ならその女性を本気で愛していたのか?」
「今の空気でよくもまぁ話題を継続しようと思うな」
「好奇心が勝った」
「お前が猫だったらいいのに」
そこで一度僅かな記憶を掬い上げる。もはや名前も、顔すらも思い出せない付き合ってもらっていた彼女。
「好き、ではあったと思う。でも憧れが大部分で、隣を歩けない僕は気づけば置いていかれていて」
たくさん引っ張ってもらった自覚はある。でもそのどれの手も掴みきれず、後ろを歩いてばかりで。
『君って中途半端なんだよ、今が苦しいってわかっているのに結局どっちつかず。死んでもなおらないかもね』
別れ際、そう言われた声は思い出せずとも言葉は鮮明に思い出せた。
今の僕――
「それから女に生まれ変わり、十年以上育ったと」
「……あぁ、うん。そうだよ」
投げかけられた言葉に思わず思考を振り払い、うわ言の様に返答を行う。
何を聞かれたんだっけ、何を、考えていたんだっけ。
「それから十一年、こうして今のお前が居るわけだが今の所男か女、どちらが恋愛対象なのだ?」
どうやら気になるようで、閉じていた瞳をこちらへ向けるヒカリを確かめながら自分の心に問いかける。
純粋に、純然に感じることは何か、と。
「わからない。今の性別がほぼ女性なのはわかっているけど」
「そうか、いつかわかるといいな」
これ以上掘り下げるのは酷だと判断したのか、そう生暖かく笑うシュバルツの表情がどこまでも憎く、どこまでも優しくその痕に触れた。
- 抱き続けた気まぐれは信念か、妄執か 始まり -
ヒカリが郊外に出るという誤情報を流し、その地点へ親衛隊のみで向かう仕事。
僕からしてみれば親衛隊として働き、報酬を竜へ向けての資金にするというマッチポンプもいいところだが今の所僕が参加してそれを指摘する悪い噂を聞いたことはない。
単に気づいていない、見逃されている、それも仕事の内。あるいはそういった概念がこの世界に存在していないのか。
「また刀、新調したの?」
雪が降っていない寒空を見上げ、目標地点に向かう途中に隣に居るココロの腰へ視線を降ろしてみればまた得物が変わっていて。
しかもなんか高価そうだ。今までの武器とは比較にならないほど質がよく見えるが、僕が居ない間にそれほど貯蓄できる余裕はあっただろうか。
「あぁいえ、これは趣味ではなくて、リーン家が親衛隊に属する人間に付与する魔道具です」
「なにその風習、聞いてないんだけど」
「あれ、おかしいですね。近くに居すぎて忘れられているのか、いつも付けている魔道具が既にカウントされているのか」
周りを見渡してみれば会話が聞こえていただろう私兵の人々は彼女の意見が正しいと頷くばかりで。帰ったからヒカリに詳しいことを聞こう、そう思った。ココロと同期だし。
「……それでその刀はどんな効果があるの?」
「この刀! 名前を『風鳴り』と言うんですが、ほらっ! 見てください。刀身の先端、その半ばに穴が空いているじゃないですかっ」
早く詳細を尋ねてくれと暗にねだっているココロにあわせて聞いて見ると、やはり趣味の範疇ではないかと辟易するほどの勢い。
「うんうん。傷口に空気が入りやすくするとかじゃなくて?」
「いえ、そんな陳腐な効果ではなくて」
興奮したとき口、悪いなぁ。誰だこんな影響を与えた人間は……僕かもしれない。
「ほらっ! 見てください! 穴にこうして風を通すと独特な音が鳴るじゃないですか」
目の前で刀を寝かせてぶんぶんと上下に振るココロ。
周りの目は珍しく歳相応……以下の子供を見る温かいものだが本人は気づいておらず、刀は彼女の動きに合わせて洞窟などで細い風の通り道で鳴らすようなクォーンクォーンという音を響かせていた。
「こうすると切れ味が付与された魔法によってどんどん増すんですよ!」
「なるほど、それは便利かもしれない」
いつか僕が床に剣を擦り魔法で威力に変えたようなもの。あれを勝手に行ってくれるのだろう。常用するものではないが手札の一つとして持っていて損は無いのだろう。
「でも、ココロって居合い抜きする時、鞘に魔力を貯めて威力上げてるよね? ミスマッチじゃない?」
「初撃以降も風鳴りが補佐してくれるんですよっ!」
あぁこれは何を言ってもダメだという呆れ半分と、まぁ一理あるかも知れないという納得半分。
「ということはシィルさんの持っているフレイルも魔道具なんですか? どういう効果が?」
暴走するココロをにやにやと眺めていた隊長殿に話題を投げかける。
「知りたい? 知りたいよね?」
「はい、とっても!」
「んーどうしよっかなー企業秘密だからなー」
「教えてください、隊長様ー!」
何が企業秘密なのかと内心突っ込みながらも、うざいノリに付き合って知識を蓄えようと試みる。
「そこまでいうならぁ仕方ないなぁー! 見てて、ほら見ててね?」
柄から鎖が伸び、棘が太いモーニングスターのような丸い先端が見えやすいように根元を持って、だらりと球体部を掲げるシィル。
その棘が……引っ込み、棘のない鈍器の塊になった。
「どう? 凄いでしょっ!?」
「は?」
「ひっぅ! アメさんストップストップ! また酷い顔と声してますよっ」
あまりにも地味すぎて、いや、僕の理解を超えていたせいか理性を失っていたようだ。
両手で顔面をモミモミ。手を剥がした時、少しだけシィルとココロ以外から距離を取られていたような気がしたのはきっと気のせいだ。
「以上ですか?」
「うんっ! 凄い便利! 棘が出たままだと持ち運ぶ時とかしまうときに邪魔だからね」
「は??」
「アメさんー!?」
ココロの声はもう届かない。
何を隠そう……いや隠れていたのはその便利機能だが、持ち運ぶ時も振り回すときも、ついでに室内で持っているのを見かけた時も一度足りとも棘が収納されていることはなかった。
つまるところ便利と自負しておきながら、日常では使われない機能。魔道具かと思いきやただの鈍器のままだったのだ。
「お譲様は不在、と」
「今回も誤情報だったね、帰る?」
安堵か苦虫を噛み潰しながらこちらへと近づいてくるテイル家親衛隊の隊長、イルと呼ばれた女性に十代半ばの成人しただろう僕と戦ったこともある少女。
「そういうわけにもいかないでしょう、与えられた役割から体裁だけでも仕事をこなさなければ」
「はいはーい」
兵を雇い、殺しあう間柄である仲とは思えず気楽な雰囲気を携えながら、イルは少人数ながらも二名多かった兵に休息を伝えて待っているこちらへと意識を向ける。
たとえ家同士が敵対しあえどリーン家の三名はさして強い感情、まぁあったとしても何かと絡んでくる鬱陶しい存在としかテイル家を認識しておらず、未だ僕が来てから死者が出ていない、僕が来る前もどちらかの陣営が大規模な人材の喪失は発生していないようで、そこに属する兵達が刃を交える相手に憎しみを抱くかとなればそれも違い。
明確に敵対している存在にもかかわらず、敵に心の底から憎悪を覚えるのは相手もこちらも中々難しいのではないかと再認識。周りの人々は手加減しなくても良い戦闘できる相手としか意識していない節があり、こうして目の前に敵として現れた人々も給料分最低限頑張ろうという適当な意識を感じる。
まぁシュバルツはリーン家を恨んでいたようだし、ルゥの仇も彼女を酷く恨んでいた。僕は彼を恨むことはあまり無いが、何事も例外の存在、こうして平穏で異常な間柄が何時までも続くとは思わないほうがいい。ヒカリ、ココロ、アレン。この辺りを殺されれば僕だって流石に怒り狂う自信がある。
「準備できた? それじゃ行くねー?」
曲がりなりにも隊長なのだからもう少し真面目に指揮して欲しいと思うシィルが真っ先にイルを抑えつけるために駆け出す。勝利することは無理だが、ヒカリが居ない現状単体でイル相手に時間稼ぎが許されるのは彼女ぐらいしか他にいない。
……シィルが亡くなったら悲しいかな? 多分、悲しい。でも恨みはしないと思う。
先に挙げた三人のようにこれまで歩いていた人生の重みを知るほど親しいわけでも、力を持たない無力で戦いを避けている人間でもない。飄々としていて死を恐れていない感覚、それに本人なりの覚悟がありこうして命を掛けて給金を貰っているのだろうから。
《吹き貫くは、天津風》
ココロが詠唱を終えて抜刀するのと、遠くにいる敵の一人の腹に穴が空いたのは同時だったと思う。
それほどの速さを纏った一陣の風が魔力を十分に貯めた居合い抜きされた刀の刀身から離れ、鋭い風の槍として皮膚を貫き肉を食らう。
倒れながらも傷を魔力で塞ぎ、治癒を始める早々にリタイアしてしまった女性の代わりに、休息を言い渡されたばかりの男性がココロを相手するために戦場へ身を躍らせ、ココロもそれに答えて他の人の邪魔にならないよう僕の隣から離れていった。
「アメって言ったっけ、キミが居るならあたしが相手しようかな。他の人体大きくて大変でしょ」
「……お心遣い、どうも」
既に一度刃を交えた仲。名前なんだっけ、まぁその少女が意識して僕のほうへと近づいて魔砲剣を構える。
別に体格差があればあるなりに戦うだけなのだが、そもそも百五十どころか四十も怪しい僕には今目の前に居る少女すら十分な体格差とも言える。
「ほら、行くよ」
そう言って両手で魔砲剣を構える彼女に、僕は以前とは違い距離を保ったまま警戒を続けていくつかの魔法を練り上げる。
少女が持つには手に余る重量の魔砲剣、発弾には両手で構えなければ骨が砕けるほど負担が大きく、そこから打ち出される魔力の塊である弾丸の弾速も普通に魔法で何かを飛ばすより若干遅い。
近づき僕の得意な肉弾戦で事を終わらせるのも良いが、前回体格差を十分に理解した徒手格闘の心得を感じられたし最善ではあるものの最良の選択ではなかったと思うのが戦闘後冷静になっての判断。
「あらら、つれないなぁ」
大気中の水分を凍らせ自身の魔力も氷に変換しながら氷柱を作り上げ、周囲の土に干渉しすぐさま動かせる僕のパーツとして手札に加えながらその一部を土槍に変えて浮かせる。
遅れて敵も同様に魔法を行使し始める。魔砲剣は当たれば必殺級だが、当然一発ずつしか撃てず反動やリロードの存在から次が遠い。手数で責められれば厳しいのだろう。
《殺意は朧に》
一歩遅れた相手が生み出した時間で、スカートの内側から煙玉を取り出して魔法で効果的に互いの中間で視界を防ぐ。
ついでに二つ必要な物を取り出しながら、氷と土の槍を相手が居た場所へと放つ。すぐさま相手の風魔法でか煙は吹き飛ばされ、槍達は相手の魔法で相殺が開始される。
「何その芸当」
一つ相殺しきれず目前まで迫った槍は片手で破壊魔法にて分解し、お返しにと投げナイフを二本もう片方の手で投擲。
未知の技術に驚いてか、単純に以前近距離戦で勝っているからか、どちらにせよ自身から近づく不利を承知で敵が近寄る。投げナイフを避ける時間で、別の行動を取られないように。
まぁ、これが問題なんだよ。投げナイフは。
投擲が容易になるように短すぎる刃渡りは、言ってしまえば魔力を込め鋭利に硬く磨ぎ澄ませた土の破片程度しか効果がなく、例え刺さっても簡単に大したリソース消費も無く傷を治し無視されることが多い。
そして僕がナイフにわざわざ手間をかけ毒を塗っている理由の一つでもある。
「……づっああ゛っ! 痛い、痛いって何これ――」
こちらへ駆け寄る足を止め、真面目半分おちゃら気半分で悲鳴を膝を折りつつ声を上げる少女。
その声が途絶えたのは、痛みを齎す毒に隠れて体中に回った麻痺毒が問題だろう。
「おーい、生きてますかー?」
うつ伏せに倒れこんだ相手の顔を、髪を引っ張って覗き込み憎々しげにこちらを見る視線と恨み言でも吐きたいのかパクパク動いている口を見て大丈夫だと判断。
手を放し、張り付く抜け落ちた髪を少女の衣服で落としながら背中に腰を落として短剣の腹で顔をペシペシと叩く。
なんという優越感だろうか。前回惜しくも負けた敗者が、その相手にほとんど何もさせず勝利するとは。やはり不意打ちに限る。次からは容易に決まるとも思えないが、こうした方面の技術を基本に学んだ方が僕には良さそうだ。
特等席から戦場を俯瞰してみるとどこもかしこも不利だったり有利だったり。
決着が付いているのは僕ぐらいだがやはり相手の錬度も相当高いのだろう。まだまだ幼いココロを見るがなんとかそんな相手に食いついている辺り他に心配する要素は無いようだ、先手で腹に穴が空いた女性も今は上体を起こせるほどで今回も死者は出なさそうだ。
その中でもシィルとイルの戦いは尋常じゃないと言えるだろう。
まだまだ互いに余力を隠しているのは僕でもわかるが、その二人の周りだけ不自然にも全力を出して戦う人々が距離を離して近づかないよう避けているのが目に見えてわかる。
王都で戦ったジーンとその部下もそうだったが、ヒカリ同様あの二人も異常に分類される戦闘力を持つ人種なのだろう。
「……行くか」
そのぶつかり合う二つの台風の元へと僕は歩む。
未だ倒れている少女が満足に動ける気配は無く、今後のことを考えれば死ぬ可能性が少ない現状で化け物クラスとの戦闘経験を増しておきたい。
力量差が酷すぎて手加減される間も無く即死したりしないよね、僕。
「加勢します」
「あら、アメじゃないの。助かったよ、そろそろ限界だったからさー」
何が限界だと突っ込みたくなるほど気楽そうに語尾を延ばして僕を迎えるシィル。
ほのかに汗をかき肌を火照らせているがまだまだ余力はあり、多分この状態で僕とやり合ってもまるで相手にされないのだろう。悲しい。
「クアイアはどうしたのですか」
「二つの毒で倒れてます。万が一は無いと思いますが」
尋ねてきたテイル家親衛隊隊長殿に僕は素直に報告する。
一度クアイアと呼ばれた少女に視線を寄越したが、そこに込められていた感情は諦観か。後日毒に対する猛特訓で扱かれたりするのだろうか。まぁ仕方ないし必要なことだと僕は思うよ?
「それで二対一だけどそちらはどうすんの?」
「そうですね、本来ならばこのような人数差の場合退くのが道理ですが」
嘘付け。お前なら三、四人でも余裕だろう。
「まぁ、精々抗わせてもらいましょうか。クアイアの仇にも」
そこで初めて、僕は彼女から敵意というものを向けられた。
正直な話、腰が抜けそうなほど気迫が凄く、逃げ出したいにもかかわらず恐怖からから体が上手く動かない。
こんな経験は初めてだ。尋常ならざる相手から敵意を向けられることはまずありえず、前回王都で戦った際も殺意が無かったせいかあまり恐れと言った感情は抱かなかった。
ただ万が一に死ぬかもしれない、そう頭のどこかに残る戦場で、本物の化け物と戦うという意味を今日ようやく知ったのだろう。
「アメちゃんアメちゃん、肩の力抜いて。
あたしが正面からわーってぶつかるから、アメは必要な時に遊撃、おっけー?」
「……はいっ」
こんな場でもふざけて、その中でも頼もしさを見せるシィルに体へ力を込められる。
何となくだけど、彼女が隊長という座に就いている理由も理解できたと思う。
その後、隙を見て近づいた瞬間、鋭く蹴り上げられた足が顎から脳を揺らすほど食い込み、一瞬で僕は意識を手放した。
内心成す術も無く倒れたクアイアをほくそ笑んでいたのだが、これ、やられた側は笑ってる場合じゃねえ。
- 抱き続けた気まぐれは信念か、妄執か 終わり -




