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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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159.作戦会議 千里への一歩目

 レイニスに戻ってきて冬が来た。町は他の季節と違い動きを抑え、屋敷も……まぁ少しぐらいは静かになったと思う。

 寒さに負けないバカな連中ばかりで、僕自身も露出の高い服はそのままに、ダッフルコートで防寒していますよと見ている人が寒くならないように気を遣いながら使用人の仕事中。といってもメイド服は着ておらず、私服で屋敷の屋根によじ登り積もった雪を降ろしているのだが。

 使用人がこの業務を行う際は命綱に雪を降ろす道具、魔法が使え体を鍛えている親衛隊を動かすには雇用契約やら……まぁ主に当人達が乗り気ではないことが問題で、結果僕のように中途半端な位置に存在する人間が役に立つ。


「まぁ……こんなものか」


 一人呟く吐息は白く、空を見上げればシンシンと降り続ける雪は僕がどかしたばかりの屋根に降りそぞぎ白く染めあげて。

 天気の気分にもよるがまた寝る前にでも動く必要があるなと、改めてそう認識するのであった。


 こんな面倒な作業、いや実際のところ労力はほとんど要らず、魔法で適当に雪を溶かして動かすだけなのだがそんな労力を僕が率先して行う理由が仕事の後に存在する一番風呂だ。

 貴族の家とは良いもので、水なんて蛇口を捻れば使いたい放題……それを温めるには薪が必要で、そうなると流石に頻繁に大量のお湯を用意することは許されないのだが寒い季節、皆が体を温めたいと思うのは仕方の無いことで。

 少しでも節約になればと僕は室外のように冷え切る浴場に水を張って、腕を冷水に突っ込み魔法で大量の水を熱する。

 シャワーは流石に別で熱しなければならないが、まぁ当分は冷え切らない温度まで上げたし、あとから入る人が魔力を使って温めてくれれば今日最後に入る人までゆっくり温かいお風呂に浸かることができるだろう。

 雪下ろしに合わせてこの作業で僕の魔力は四割程度まで削られるのだがまぁしょうがない。毎日両方の作業を行うわけでも、僕に求められているわけでもないのでたまには魔力を消費しないよう休息に専念する日がこうして生まれる。


「ふぅ……」


 体を洗い、ゆっくりと肩まで浸かればようやく張り詰めていた気持ちが緩く解けて、肉体の疲労を実感し身体の末端からそれが抜け出ていく錯覚を覚える。


「うぅ……寒かったです……」


「ほら、シャル。さっさと乗り込むわよ、きっと溶けるぐらい温かいんだからっ」


 ……一番風呂と言ってもほぼ誤差だ。

 体を震わせ身を抱きながら入ってくるシロに、その背中を元気そうに叩くクロ。あとは地面や屋敷の外の雪かきをしていた僅かな女性陣がまだ幼い二人を微笑ましそうに見守りながら入ってきた。


「お疲れーアメちゃん」


「お湯、ありがとね」


「いえいえ。皆さんもお疲れ様です」


 先輩方の労いに顔を向けて少しだけ頷くと僕は再び体を温めることに専念する。

 本来ならば張ったばかりの湯は身分が最も高いカナリアが優先して楽しむべきなのだろうが、本人はあまり気にせず誰かが入っていようが適当なタイミングで入ってくる。僕が一番風呂を許されているのも屋敷内で特別視されているからなどではなく、単に寒い仕事を終えた中で魔力を放出できる人間として利用されているだけだ。他の人も僕がお風呂の用意を終える頃を見計らい飛び込んでくるのだろう、故にあまり一人でのんびりできる時間は少ない。


 クローディアに、シャルラハローテ。体を洗っているまだ幼い背中を覗き見る。

 王都を往復する旅で随分と体は引き締まった様子だが、精神的にはそれほどでもない。見識を広めるという理由で同行したにもかかわらず、終わってみれば気分はさながら観光帰り。

 郊外、あるいは屋敷の外がどういった世界かを感覚で掴むことはできただろうが、感想はそれぞれ『怖かったです……』と『なんか色々大きかった!』だ。もはやどっちがどっちの感想か言うまでも無いだろう。


 さて、十分体は温まったし、僕は一足先に湯船を空けるとしよう。

 ……別に大人数で入れないほど浴槽が狭かったり、他の人と入るのが嫌なわけではない。僕を迷惑にも気に入っているどこかの隊長殿が、隙あらばセクハラをしてくるためだ。

 日本ならばセクハラ&パワハラで訴えることも可能だろう。ただそこまで僕が嫌がるラインには入り込まず、一度ヒカリに注意するようにお願いしたら自分で何とかしてと笑いながら流された。リーン家の能力主義にも問題がある、辞めさせろとまでは言わないがせめて隊長という肩書きから降ろせ。隊長の仕事を肩代わりしていたり、あまつさえ尻拭いをさせられている副隊長のツバサがあまりにも哀れだ。



- 作戦会議 千里への一歩目 始まり -



「第一回、竜へ挑む(きた)る日への作戦会議『千里の道も一歩から』を開始します。司会は宿『雛鳥の巣』のオーナーであるユズちゃんです、皆拍手をー」


「……いい歳した大人が自身をちゃん付けで呼ぶのはそれなりに厳しいものですね」


「うん……」


 当然拍手など欠片も聞こえず、ただここに在るのはエターナーの至極真っ当な厳しい意見と、それに同意する僕の言葉だけ。

 普段居るヒカリの私室とは違い、大きなテーブルに全員が不足無く座れる室内に居るのは計五名。

 僕、ヒカリ、シュバルツ、エターナーに何故か呼んでいないのにも関わらず司会を名乗るユズ。ついでに来客である二名は頬をほっくり染めている、丁度沸いていたからか一浴びしてきたらしい。この二名、貴族の屋敷を茶や菓子が無料で出てくる喫茶店に続き、銭湯か何かだと誤認しているようだ。


「シュレーはどう? こんな女性は」


「……ノーコメント、とだけ」


「ということでユズが運命の相手と出会えない理由がまた一つ増えたことを確認しつつ、本題に入りましょうか」


 この中で唯一の男性であるシュバルツから言質が取れたことで、誰からもフォローを貰えず涙目になっているユズを放置しヒカリは本題に入る。


「まずは戦力の用意ね。直接竜に当たるのは私とアメの二名。日々行っている訓練は前提として私は魔砲剣に、できるのであれば魂鋼で出来た盾も欲しい。

特別な技術や能力は要らない。強いて言うならば竜という絶大な力を秘めた存在相手に、成人男性と比べ劣る体が普段行っているように柔よく剛を制す。その精神を貫くこと」


 ヒカリ曰く、三度コウが直視した竜の光景で必要な情報は揃ったとの事。

 把握能力長ける彼女とは違い、僕も同様の結論に想像で至り、実際に口に出し擦り合わせたところ問題が無いことがわかった。今回はこの話題は扱わないが。


「ひかりさまーしつもんでーす!」


「何かしら」


 意図的にふぬけた表情で手を上げるユズ。司会役は既に生徒役に落ちた、早い。


「実際問題竜と殴り合って人間が勝てる想像がつかないんですがその辺りはどうでしょう?」


「まぁ、当然の意見よね。あの巨体は山を崩し……とまではいかないものの、勢いをつければ魔法を使わずとも質量に物を言わせてこの屋敷程度なら平然と崩すでしょう」


「そのような攻撃、受け止めることは可能なのですか?」


 ようやく会議の体を成してきたことにエターナーが口を開く。


「受け止めることは不可能、けれど受け流すこと自体は可能。実際にコウは市販されている盾で何度か受け流し、直接目にはしていないけれど現騎士団隊長のジーンも同様の立ち回りで攻撃を凌いだことが記録されている」


「受け止め? 受け、流し……??」


 武術に疎いユズが瞳をぐるぐるさせてうわ言のように呟く。


「……ともあれ主ならば可能なのですね」


「直撃してしまえば即死しかねないけど、ね」


 詰まる所その結論に行き着く。

 絶え間無く攻撃を受けたり、隙を作られたり――あるいは守るべき存在が居なければヒカリ単身での戦闘は勝敗を意識しないのであれば十分に可能なのだ。


「……僕は無理。盾の扱いは得意ではないし、これから長い年月を掛けて会得したとしても根本的に劣る体格や魔力がどうにかならなければヒカリのように受け流す域に入り込めるか怪しい」


「その点はどうするのですか?」


 心配するような……過去の失態を責めるようなエターナーの視線。誰かに守られるような人間が竜と対峙してはいけない。戦うならば、せめて隣に立ってその人と共に。


「魔力は改善できないというのが現状の結論、体格もこれから成長期に入り人並みに成長するなど楽観視もしていない。だから、僕は別の方向でアプローチを掛ける」


「具体的には」


「そもそも当たらない」


「彼女を囮にするのですか?」


「必要ならそうするタイミングもあるけれど、そうしなくても良い場合も多いと思っている。

どれだけ迅速に動けようと、巨体故にどうしようもない物理的な隙が発生してしまう。その隙間に位置取り続ける、あるいはその箇所に無茶な移動で攻撃を避けたタイミングにヒカリが攻撃を引き付けたのなら無茶な回避のリスクは実質的に消える」


 自在に動かせる模型や、紙はあるもののそう簡単に書き散らせはしないので詳細を伝えるのに苦戦しつつも、どうにか時間を掛けて三名に納得してもらうことはできた。

 僕とヒカリは既に全ての議論に対し結論を得て必要な材料を集めるために動き、今この時間は客観的な意見で足りない部分を補足する復習のようなものだ。


「なるほど、この理屈ならば理論上は可能になる」


 シュバルツはそこで僕の幼い体を見つめる。十歳の、それも同い年のヒカリより劣る未熟な体。

 どれだけ鍛えようとも、どれだけ知識や技で誤魔化そうとも、不足する体力魔力までは誤魔化せない。


「……幾つかヒカリに並ぶための手札を考えて、実際に自分の物にしようと着手している。

ただ、考えているものを全て揃えられただけでは想定している段階まで辿り着けない可能性がある、その場合は荒療治が必要になる、そう思ってる」


「最悪防御面はその荒療治含めさえすれば完璧なわけだ。

だが攻撃面はどうする? 既に容量限界のその体、主のように重量ある魔砲剣を持つわけにも、絶対数の少ない魂鋼で出来た武器も割けないだろう」


 魔砲剣による砲撃は有効だ、弾数が限られているが実績がある。

 魂鋼による斬撃も恐らく有効、それを確かめるために魂鋼と共に竜の鱗なんかも探してもらっている。

 雷による攻撃も、最大出力ならば有効。ただ竜と対峙している間にそこまで充電するには大きな隙や、ヒカリと接触し短時間で充電する必要がある。無論後者は論外だ、攻撃手段の塊であるヒカリを僕が攻撃するために拘束するのは本末転倒。


「現状あらゆる方面から研究中、とだけ。進展があり次第こうした場で報告する。

今のところは肉体を武器にする、破壊魔法の理論、この二つが鍵になると思って模索しているけど……もしこれが何時まで経っても成果を出せないようなら、挑む挑まないといった根底から考え直さないといけない」


「ふむ、現状ではそれで十分でしょう。レイノアとの動きは?」


 そう頷くエターナーにヒカリが答える。


「半年以上動いてもらっているけど今の所これと言った情報はまだ。ちらほら噂の類は耳に入るらしいから、そうした小さいものも追いかけているみたいだけどね。

月々に渡している資金はこれ。全て私やアメが個人で働いている分の収入から賄って、有用な情報を得た際に大きく動くために貯蓄している金額は今の所これ……収入表は見る?」


「結構です。ここまで具体的な数字が出せるのであれば不足はないでしょうし」


 別の資料を出そうとしたヒカリをエターナーが止める。

 まぁ見ないで済むのであれば僕としては助かる。全ての細かい収入が記載されているからな、出費は別だが僕の懐事情が明らかになるのはなんだか虚しい。

 ちなみに以前のワニ退治で協力してもらったシュバルツや、それぞれ僕やヒカリ以外に助力を請うた場合しっかりと分け前は分割してある。

 あまり浪費する趣味が無いのと、兼業している現状余程のことが無い限り今のままだと貯蓄は増える一方だ。その余程である魂鋼や、レイノアに大きく動いてもらうための未来が現実的なものと見ているため、節約の心がけを辞める理由はどこにも無いが。


「望外にも……無論想像以上という意味ですが、現実的に、長い見通しで、具体的に現時点でここまで挙げられることは賞賛するべきでしょう。

これならば今後も呼ばれ次第動きたい所存です。是非、協力させてください」


 助力を請われた側にも関わらず、軽く頭を下げてユズが無言で限界を示していることを確かめエターナーはそう締めくくる。


「こちらこそ、第三者の視点というのは大きな利益です。どうか、これからもお願いします」


 それに対し僕とヒカリも、誠意を持って頭を下げたのだった。



- 作戦会議 千里への一歩目 終わり -

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