157.糸を切り機構を歪ませ自分を生み出せ
「ほら、お前の足と腕だ。見事だが、もう少しまともな戦い方を心掛けたほうがいいぞ」
「そういうお説教は間に合ってます」
「そうか」
レイノアと同じようなことを言うユリアンにそれだけの言葉で切り落とされた手足を受け取ったら淡白な反応をされた。リーン家の人間としては本人が理解しているのならば強く言う文化はないのだろう。
「何時拘束を解いたんですか?」
「初めからそんなもの無かったが」
「……」
僕達に異変を感じさせず大通りから姿を隠すには、本人が能動的に姿を暗ます以外存在しない。悲鳴なり物音なりを残して、魔力痕を残すのならば納得は出来るが今回はそこに矛盾があった。
人質を解放するための意味のわからない条件に、ユリアンは目隠しこそされど手は後ろに回していただけ。あとは頃合を見計らい、それが目的の茶番劇を特等席で眺めるだけ。更に言ってしまえば十中八九あの時挨拶ついでに既にこの話は済ませておいて、何食わぬ顔で帰ってきたのだろう。
「体、治る?」
優しげに語り掛けてくるそのユリアンの娘。
「体は、無理。魔力不足で止血できてるけど、それ以上は無理。落ちた手足の対処も出来ないし、そろそろ鎮痛も無くなる」
アドレナリンが大分出ていたのだろう体は、戦闘が終わったことを実感し始め体中のエラーを痛みで表現する。
無理やり肉体の構造に魔法で干渉し、痛みを緩和しようにもそこに魔力を割いてしまえば生命維持に支障が出て死にかねない。
「もしかしてヒカリ、僕が気づかないよう邪魔してた?」
「うん。かなり初めに気がついて、アメが把握してしまったら相手方の目的は不十分にしか達成できないと思ったからね」
道理でヒカリは台本があるように都合よく動くし、僕が何か考えたり行動しようとするタイミングを妨害、あるいはそう思い至らないように誘導されている感覚が多かったわけだ。
「お父様、アメの体抱えてあげて。私は手足持つから、時間のかかる作業は館でしましょう」
「あぁ」
娘の一つに文句無く僕を持ち上げるユリアンに礼の一つでも言おうとして、そういえば今回美味しい立場だった一人だったことを思い出せて飲み込んだ。
- 糸を切り機構を歪ませ自分を生み出せ 始まり -
人目をどうにか避けながら館に帰ると出迎えてくれたのは多くの悲鳴だった。
仕方ないだろう。パーティーの報告を嬉々として待っていたらヒカリは無数の刀傷を受けたようにドレスをボロボロに、何故か呼ばれた従者は更に酷く意図して破壊した衣服に治り切っていない多数の傷、挙句手と足は一本ずつ体から離れている。
見た目から尋常じゃないが、リーン家やミスティ家との関わりがある人々は否応にもあの始まりの日を連想するだろう。実際のところ大差は無いが僕達としては大事も無い。
「あぁ~痛みが、治まる、というかむしろ気持ちいい……変なもの流し込んでないよね?」
「大丈夫大丈夫、ちょっとしか」
「そのちょっと何流してるんだよ」
事情を知りたがったり、純粋に僕達を心配する人々を全てユリアンに押し付け、何とか人払いを済ませて寝室にヒカリと二人で落ち着く。
栄養と、ヒカリの魔力はまだ残っていたのでそれを元に傷を治したり、鎮痛作用をお願いしているがそこに何かを混ぜているらしい……いや、冗談じみた口調だが、マジでなんか変。
「痛いところはない?」
「うん」
「じゃあ手と足も繋げるね、一時間近く掛かるかも。寝てていいよ、やっておくから」
「大丈夫。あまり好意に甘えたくはないから」
「そっか」
適当にそう呟くと、離れていた腕と足が魔力で繋がる。
どのような構造だったのかを思い出し、体にそうであるのが正しいと錯覚させ、治癒能力を活性化を行い理論上は可能な回復を成し遂げる。
手足の欠損した今の自分を殺し、昔の自分に挿げ替えるような魔法。流石にヒカリ以外にこのような魔法は今後も頼めそうに無い、逆にヒカリが居るからこそたかだが一時間程度で体は治るわけで、ヒカリがこの場に居なければあの人払いされた裏路地で、僕は一人悲しく枯渇目前の魔力をちびちびと回復した分だけで体を半日ほどかけて治す必要があっただろう。
あくまでありえもしないもしもの妄想だ。ヒカリが居なければ発生しなかった戦闘、それに何らかの事情でこちら側が僕を回収してくれなければあちら側が回収してくれて、どちらにせよ柔らかくて暖かいベッドは待っていたわけだ。
――歯車を感じる。
「大方の事象は、何かしらの原因を源に発生する」
「そして事象は新たな事象の原因に成り得る……どうしたの? 難しいこと口にして、何時もは考えていても外には出さない。アメらしくないね」
「いや、よくよく考えてみれば不思議、というか当然なんだなぁと」
僕達はまるで何かの装置の歯車。
結果を生み出すために動いて、動かされて、そうなることは当たり前、なのだ。
竜が降ってくるなんて偶然的不条理……いや、突き詰めればあんな事柄でも、僕達に関わる理由が何かしらあったのかもしれない。村に降ってきた時は未だ確定できていないが、町に降って来たのは大方僕達が国へ竜の存在を報告したのが行き着いて騎士団の派遣に繋がった。
「村の犠牲に目を瞑れば、その後の悲劇は避けられたのかなと、悔いようの無い後悔は今まで死ぬほどしたけど、ジーンと戦うことになった理由や、今隣にヒカリが居る事も、そう。
アレン、さんに目をつけてもらえて、こうして偶然再会を果たしたわけだけど、あの日、ユリアンを助ける、そう誓ったときからユリアンが助かることや、ルゥの死、僕がアレンさんに出会わなかったのなら……自分で、リーン家に連絡を取ったりとか、ミスティ家に引き取られたり……そんな、始まりと終わりが、決められてそこにあるのかな……?」
思考の波が脳みそを埋め尽くす。
処理しきれず溢れるそれは脳だけではなく口から直接ヒカリの鼓膜に響き、手足を治そうと魔力を送るために触れている彼女の手が、どこかそれだけで心地良かった。
「アメ、言ってること滅茶苦茶だよ? 考えるにしても、もう少し余裕がある時でいいんじゃないかな」
あくまでヒカリは優しく笑う。
僕がどんなに無茶苦茶なことを言っていても、それそのものを受け入れるように。
「ダメだよ、考えなきゃ。だって、ヒカリがコウの記憶を持っていたり、僕が別の世界から転生した……そこにもきっと意味がある。知らなきゃいけない、大切なこと。
僕が、僕達であるための、とても、大切な……」
「私は私の生きたいように生きている、アメもアメの生きたいように生きている。
例えば神様みたいな大きな存在が私達を操作していたとしても、どうしたいのかが大切じゃない? 例えば私が何か望んだら、アメはそれに変化するの?」
僕のために、僕の名前を読んでくれる慈しむ存在。
「うん、変わるよ。ヒカリが望むなら、僕は何にでも。
男にも、悪鬼でも、化け物、でも……英雄とか、そういう格好いいのは、ちょっと難しい、そう思うけど」
「アメがそうしたいのなら別だけど、私はそのままのアメがいいな」
あぁ、笑う顔が、とても可愛い。
「そっか……」
「そう」
「……」
「……アメ?」
「…………」
「……やっと寝たか。眠くなる魔法かけてるのに、結構頑張ったね。
良い夢を、今日は疲れただろうからね。私はもう少しだけ頑張るけどさ」
……。
……あぁ、やっぱり僕、この子
- 糸を切り機構を歪ませ自分を生み出せ 終わり -




