153.正しさを定める人
元々身に付けていた偉い人相手への振る舞い、それに加えヒカリから教わったばかりのお譲様としての立ち振る舞いを何度も頭の中で唱えて復習する。
あらゆる状況をイメージし、不測の事態に備える心構え……などできるわけもなく、何かの間違いか名指しで招待された王城の廊下を、綺麗なドレスを着て踵の高く歩きづらい靴をコツコツと鳴らしながらユリアンとヒカリに並んで歩く。
ぶっちゃけ自覚がない。何時も遠目で見ていた城に自分が歩いているなど。
ただの奴隷上がりの私兵、それか使用人でしかない僕が何故王、あるいは国から呼び出されなければならないのか。
誉れ高い善行を成し得た訳など当然あり得なく、後ろ指差される悪行はばれないように果たしてきた、というかバレていたとしても然るべき場所で処罰するべきで、わざわざ唯一武装を許された騎士団が守る王族や貴族が集まる中に呼び出し、笑いものにするなんて愚考を国が行うなんて想像もつかず――というかリーン家やばいからな! キレたら武具無しで暴れまわってまた血を見ることになるからな!
「一体何をおっぱじめようと言うのでしょうね……」
「さぁな。まるで予想が付かない現状、あまり気を張っても仕方は無いと思うが。
あまり外面は気にしない家だ、好きに振舞うといい」
「それはどうも」
気楽にまるで気の抜けないアドバイスを送ってくれたユリアンに震えた感謝の言葉をぶつける。
「お父様の言う通りよ。何が起きるかわからないのであれば、そんな予想も付かないふざけた未来が来る現実を楽しむべきじゃない?」
ダメだこの親子狂ってる。何より僕がここに居る現実が狂ってる。
「往くぞ」
ユリアンを先頭に僕達はパーティーの会場へ乗り込んだ。
全然僕の心構えが出来る余裕など与える時間をくれることも無く。
- 正しさを定める人 始まり -
パーティーは問題なく進行した。驚くことに。
幼姫と影から相性か揶揄のために呼ばれる現国王、リンカネート=リルの幼い見た目と噂に聞く実情とは裏腹に、真面目で端的に済まされた挨拶を始まりに少しずつテーブルに置かれていた料理は減っていく。
と言っても人数に対して消費ペースは遥かに遅く、形ばかり皿に取り分けたかと思えば力のある貴族達を中心に挨拶と今後も仲良くしましょうという挨拶、あるいは敵対する勢力相手には牽制などをして会話ばかりが進んでいく。
リーン家もどちらかというと挨拶を受ける側の力ある貴族で、ユリアンやヒカリはその応対に追われ引っ切り無しに対話を行ったり、王都に存在する力ある貴族に自分達から顔を見せに行っていた。
対して僕は食欲も無く、初めはユリアンの隠し子か何かかと思われ声も掛けられていたのだが、徐々に意味もわからず召集されたリーン家に仕える人間ということが判明すると、貴族の皆様方からは次第に興味が薄れ、遠目に何だコイツはと珍獣を見るような視線を向けられるだけの存在と化していた。
明確にリーン家と敵対しているテイル家の人間はこの場には居合わせていないようで、特別に別室で他の人々と交流することを許されているようだ。
警備している騎士団に視線を向けても、特別警戒されていたり殺気を向けてくる様子はまるで無く、ただでさえ大きい玉座が更に大きく見えるほど小さな、僕より少し背の高いかなという少女、王様は各家一つずつ呼び出し長かったり短かったりする会話を進めていた。
特別太っているわけでも、逆に貧相な体つきをしているわけでもない、どちらかと言うなれば軽く運動を嗜み引き締まった肉体に分類される幼姫。気になり何度か様子を窺ってみたら一度だけ視線が交わったが、特別何か意味を持った瞳を向けられたわけでもなかった。
「リーン家当主、ユリアン=リーン様。リンカネート王がお呼びです、手が空き次第玉座の方までお越し下さい」
「わかった。娘達は?」
「ヒカリ様にアメ様は後ほど別で声を掛けさせていただきます」
どこか威厳すら感じさせる執事にそう呼びかけられ、ユリアンは迅速に幼姫の元へと赴く。
手が空き次第もクソもない。ワイン一杯楽しむ時間すら希少な貴族達を国中から集めて王との対話時間を設けられるのだ。これで不要な時間でも掛けるようならばリーンという家の評価は相応に下がってしまうだろう。
「……次、かな」
それなりに時間を掛けてリンカネート王と対話をしているユリアンを見て、他の誰にも聞こえない程度の声量で呟く。当然大声でも出さない限り玉座の方で行われている会話は他の人間には聞こえない程度には距離が離れ、怖くて試してはいないが魔法的な処理もされているのだろう。
「うん。精一杯楽しもうね」
ヒカリの屈託のない笑みを何時もの様に引っ張りたかったが人の目もある中でそんなことはおいそれと出来ない。
十分な時間を掛けて行われた会話はユリアンの一礼によって締められて、彼が帰り切る間も無く後を追うようにこちらへ向かってくる先ほどの執事が、まるで音の無い足音が僕の心臓で木霊す様に五月蝿くて堪らない。
「ヒカリ様、アメ様。リンカネート王がお呼びです」
「えぇ。往くわよ、アメ」
執事に視線を向けることは無く、僕へ視線を向けることは無く、こちらが間違いなく着いて来る事を確信してヒカリは迷わずに歩みを進める。
キリキリと音を立てて締まるような心臓に、奥歯を強く噛んで前に進む。凛々しく歩み続けるヒカリに、意図し一歩半遅れ続く僕へと視線が浴びせかけられる。
『あのリーン家の一人娘が、場違いな供を連れて王へと向かっているぞ』
誰かが言った気がした。それが本当に発せられた陰口なのか、僕が生み出した幻聴なのかはわからないが何にせよ間違っちゃいない。
僕がこの場に呼ばれる理由が見当たらず、またユリアンと共に事柄を済まされない理由も見当たらず。
何故子も顔を見せるならば親と同伴する他の家とは違い、ヒカリと特別に二人分けて僕達だけで対話を求められているのか――その答えを訊きにきた。
「お久しぶりでございます。リーン家一人娘、ヒカリ=リーン」
軽く会釈をするだけのヒカリに続いて僕は。
「その従者アメ、です」
スカートの裾を少し持ち上げて、もう片方の手は胸に手を当て頭を下げる。
「よろしい」
その言葉を機に、僕は視線上げて現国王、幼姫リンカネートと間近で視線を交える。
「改めて挨拶を。私が現国王リンカネート=リルだ」
その少女は、大層な玉座に相応しい不遜な笑みを浮かべ、肘掛から伸びる手を頬に添えて自身の名を呼んだ。
- 正しさを定める人 終わり -




