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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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152.たった一つの花は

「ここが王都ですか……」


「大きいのはわかるけど、あんまり何も見えないわね」


 疲れと興奮が鬩ぎあい、微妙な反応を示し歩き続けていたメイド二人に続き、前のユリアン達が乗っている馬車が止まったことを確認して僕も馬を止めて座席から飛び降りる。

 荷物を載せた商人ではないものの、入国ではなく入町手続きとでも言うべきか、リーンという貴族一行がこのような人員を連れて王都に入ったと関所で伝える必要がある……金を持っている人間から税を取る名分が半分だが。


「お疲れ様、しばらく休んでね」


 二頭の馬を背を伸ばしポンと撫でたら、湿って臭い鼻息を顔に吹きかけられてお礼返しされた。次からは撫でるなら首辺りにしよう。


「ふぁ……やっと着きましたか」


 荷台から馬車が止まるなりのそのそとエターナーが目を擦りながら降りてくる。

 反応の早さを見るに歩きたくなくて寝たフリでもしていたのだろうか。野営の準備や御者はしっかり務めていたものの、体力に限界があったのか何だかんだ自分の足で歩いている様子は少なかった。


「起きたのね、二人も聞いて」


 ヒカリがユリアンの場所から戻ってきて、この馬車のメンバー全員に呼びかける。


「これから二週間王都に滞在するわ。一週間後には王城でパーティー、二週間後にはここを発つから、クローディアとシャルの二人はその間に体を休めるのと王都を堪能しなさい」


「はい!」


「わかりました」


 力強く答える二人とは逆に、寝起きのせいかどこかだらけた様子で口を挟むエターナー。


「二週間後とは随分余裕の無い日程なのですね」


「各々仕事などの都合もあるでしょう? 帰りなんてうかうかしていたら本格的に雪にでも降られたら春までレイニスに帰れなくなるわよ」


「最もで」


 吹雪でも降らない限り雪で郊外を進めないという状況にはならないのだが、今回は馬や旅慣れしていない非戦闘員もメンバーに含まれている。

 ギリギリで出発し、帰りは最低限のやるべき事を行いながらさっさと帰る。もう少し余裕が欲しいのは事実だが、住んでいる場所が場所なのでこうでもしない限り貴族として他貴族への影響が少なくなるのだろう。

 例えるならば白鳥のようなものだろうか。優雅に暮らしているかと思いきや、目に付かない場所では必死に足をばたばたさせている。一つ例外があるとすれば、当の貴族二人、ユリアンにヒカリが旅そのものを楽しんでいてまるで苦に感じていないことか。レイニスに帰る頃には、出たときよりも元気になっている可能性が否定できない。



- たった一つの花は 始まり -



 王都に滞在する期間お世話になるミスティ家。

 簡単な挨拶を済ませ、今は身分など関係なく女性陣が仲良くお風呂に入っている中、僕は与えられた客室で丁寧に体を拭いて香水を吹きかけていた。

 ……別に他の女性陣の肌を見ようとも何も思わないのだが、その中にヒカリが居ると別になる。見るのも、見られるのも、まだ少し気持ちの整理がつくまで待って欲しい。


 持っている服全てが汚れと臭いを発していることに諦めを覚え、服を借りるわけにも、買っても荷物の都合上王都から出るときには手放さないといけない辺りどうしようもなく、ただ少しでも早く乾けばいいのにと洗濯をし多少生地が痛むことを覚悟に魔法で水分を飛ばして服を自室に干して部屋を出た。

 特に向かうところはない。前の体ならばまだしも、今の体で特別顔を見せるような知り合いはミスティ家には居らず、用事も無ければただ気ままに歩を進めるのみ。

 カナリアもユリアンも住んで居なければここまで静かに……いや、ルナリアも飛び出したんだっけ。そう考えても人が多いリーン家に対し、ミスティ家はどこか寂しさを見せていた。

 家長二人は既に老い始め、カナリアは嫁ぎその姉は行方不明。もしかするとミスティという貴族はここで名を失わせるのだろうか。まぁ名が全てではないし、特に養子を取るつもりでもないのならミスティ夫妻はさっさとリーン家に移動したらいいのにとは思うが。ルナリアに一抹の望みを抱いている可能性は否定できないけれど。


「あ……」


 思わず声が漏れたのは、あまりにも輝いていた思い出の情景と比べ現実(いま)が寂しすぎたからか。

 以前暇を持て余したから日を浴びていた中庭、ルナリアと出会った思い出の場所。

 特段手入れを怠っているというわけではないが、寒い秋、既に葉を残している草花は少なく、ポツリポツリと色を残してほとんどの植物は枝を見せているだけで。

 ルナリアは失踪し、役目を押し付けられたカナリアも離れ、そんな中彼女達が残した趣味の区画が中庭に残る道理など無く。不自然に開けられていたスペースは今や庭師が手入れするスペースなのか、他の場所と調和するよう丁寧に整えられていた。


「ここに用はない、か」


 癖のように空を見上げ、癖のように訪れた中庭から去る。

 去ろうとした時、視線を下ろした先に目を惹く色がそこにはあった。


「この花、以前もこんな時期に咲いていたっけ」


 名も知らぬ黄色い花々。

 侘しさ満ちる中庭で、それらに負けぬよう満開に咲き乱れ。その中でも一輪だけ、日陰の都合か、窓か何かに反射しこれにだけ光が差し込むのか、他の花と違う方向へとしっかり背を伸ばしている花。

 思わず手を伸ばし、そっと傷つけないように指の腹で撫でて立ち上がる。

 僕も見習って、負けないように頑張ろう。



- たった一つの花は 終わり -

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