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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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151.冷たい海底から世界を覗く

 襲ってきた獣を殺しては埋めて、たまに警備が薄くなったり、人数差を認識できずに襲ってきた人間を追い払ったり殺して埋めて。

 当然戦力差で大きく優勢を取れて、国営の一角に介入する貴族の家と言えど野盗に慈悲など与えない。窮鼠猫を噛まれることすら無いのであれば、痛めつけられ改心する可能性など低く、だからといって手厚く更生するまでの道程を作れるほどスケジュールに余裕も無ければ義理だってない。


 メイド二人が野営での厳しい生活、戦いの気配に麻痺し始めた頃には、既に僕は欠伸を噛み殺しながら行進を進めローレンに辿り着いていた。

 冬を目前にして少しでも経済を回そうと町が活性化しているのはわかるが、僕としては秋風とは思えない海風に露出の多い服を少しだけ後悔していた。見識を広めるための観光も帰りに行う予定だ。遅刻でもしたらだいぶマズイ用件だし。


「いい、風だな……」


 リーン家と仲の良い貴族の家を皆で借りて、二日後にローレンに所在を置く都合の合う貴族達と共に王都へ向かう段取りを決めた後、僕は一人で北のビーチへ海を見に来た。

 寒い風。

 そう実感すると何故だか無性に、いや召集に応じて団体行動が多くなって一人の時間が恋しかったのだろう。

 肌寒く、理性とは裏腹に無条件で人恋しくなる寒空を堪能したかった。


「見てみてシャル! 凄く大きいわよ!!」


「うん。こんなにも大きくて、自分なんて小さな存在。そう感じるのに、どこか、安心する……」


 堪能したかった。

 ずっと後ろを着いて来る二人の気配が離れろと祈り続けても、それは届かなかった。


「……初めての長旅で疲れたでしょう? 今日は借りた部屋でのんびりして、明日かレイニスへ帰る時にでも街を堪能したらどうですか?」


 嫌々振り返り、何時も主導権を握るクローディアの瞳を見てそう告げる。


「疲れなんて今更よ。毎日硬くて汚くて臭い場所で寝て起きたらいい加減慣れるわよ。それなら今日の間に動いて、明日は屋根のある場所でゆっくりしたいわ」


「はぁ、そうですか……でも海に入るのは止めた方がいいですよ。寒いので凄い勢いで体の栄養を奪っていくので」


 一理あるなと思った段階で、適当にあしらって満足してもらった時点で帰ってもらう方針に転換。


「……寒いと、痩せるんですか?」


「暑い時と比べて体調を維持するのに体が頑張るので」


 この辺りは魔法を使っても覆せない道理だ。

 というか体温を確保する魔法が、脂肪を物凄い勢いで燃焼させて体の内側を燃やす原理なので平気で倒れかねない。


「体重は……まぁいいわ。最近食べ過ぎてたかなぁと思ってた頃に、口に入れることを一瞬躊躇うような食事が続くし、一日中歩き続けるからもう当分気にすることは無さそうね」


 コクコクと頷きクロに同意するシロ。

 体重、体重かぁ。あまり意識したことは無かった。

 基本的に運動は続けているうえ身体強化する魔法でばかすかエネルギーは消費するし、傷を負えば過剰に食物を摂取せねばならない。

 戦うことに慣れてしまって失念していたが、この世界のエネルギー法則は基本的に前世と同じだ。もし争いとは無縁な裕福な家でのんびりと暮らしていたら体重を気にする日々を送っていた可能性がある。

 意識して過剰にエネルギーを摂る生活から、ダイエットを意識する生活……あぁ、想像してみたら嫌だなぁ。それがどれだけ命の危険を孕んでいなくとも、何となく肉の付いた自分というのはイメージしたくない。


「それにしても寒いわね……今日はアメの言うとおり帰ろうかしら。シャル、道は覚えてる?」


「うん、大丈夫。治安も、そうレイニスと変わりないみたいだし、気をつければ、多分大丈夫だよね」


 ……僕は道案内+護衛役か。

 一応ビーチは郊外に位置するのだが、しっかりと道沿いに歩けば整備された道で一目はあり、二人で帰っても問題はないだろう。


「帰り道、お気をつけて」


「わかってるわよ」


「アメさん、また後で……」


 二人の背中が完全に視認できなくなり、特に怪しい気配が無い事を確認して僕は改めて海へと向かい草が顔を覗かせている丘に腰を下ろす。

 日々接する機会が増え、距離が縮まっている二人に複雑な想いを馳せながら海を鏡に自身を覗き込む。


「アーメっ」


 ……覗き込み、五分もせずに気さくな声と共に肩へ手を乗せヒカリが寄ってきた。


「どうしてここが」


 深く思考の海に潜り始める前に意識を浮上させられ、口から出たのは反射的な無意味なもの。

 ヒカリは無言で指に嵌めた指輪を青白く光らせ、僕の方向へと向いている矢印で答える。


「……改めて思うけどさ、もう少し人道的な仕様にしたほうがいいと思う。せめて場所を調べられている側が、それに気づける程度には」


「もしそうだとしてもアメは見えないよね」


 心底面白そうに笑いながらヒカリは肩を並べるように腰を下ろし、僕は忌々しげにチョーカーを引っ張る。

 これで取れるわけも、取るつもりも無く、ただ少し首が絞まって苦しかっただけだった。


「ヒカリは海を見ての感想とかある?」


「別にコウの記憶有無以前に、何度か見て初めてでも無いから特別には」


 そういえば城へ召集されたのは今回が初めてでは無いのだった。

 発展都市レイニス、王都リルガニア直通の道が無い以上、海を見る機会が無い方がおかしい。召集以前に、貴族の娘としては色々なものを見る機会も必要性もあるだろうし。


「ただ初めて直視した時は、ワクワク八割に……少しだけ怖かった」


「珍しい。ヒカリには恐怖なんて覚える機会は無いものだと思ってた」


 そんなはずはないとわかっていながらも、そうであるように振る舞い僕は軽く笑う。


「そうだね、私もそう思ってる。ただ初めて海を見たのはコウの記憶が流れていて不安定な時期だし、何より把握しようのない存在に対しては流石に怖いと思うよ。

アメはどうだった? ううん、アメは海に対してどんな感情を抱いているの?」


 僕が海を初めて見たのは遥か昔だと言葉の途中で気づいてか、そう方向性を変えて質問は投げつけられた。


「どんな感情、ね」


 雷や爆発、竜といった漠然とした概念に特別な感情を抱いていることは多々あるが、海という存在に対して改めて意識してみてもそうしたものは浮かび上がってこない。

 ただ、遅れて思考の波を追うように、付随する記憶が感情を伴って付いて気はする。


「初めてこの世界で海を見たのは、王都からレイニスへ帰る道程の途中。コウとルゥが一緒だった」


「うん、覚えているよ(・・・・・・)


 あまりにも優しくて、どこかどうしようもない寂しさを秘めた相槌。


「たくさんのものを失って、竜を倒すって決めている日。あの日から、更に失うだなんて僕は到底想像もしていなかった」


 自分の命に、親友二人。

 あの十年以上前から、竜とは関係なくとももう会えない人々は忘れられない程度には出ている。


「次に来たのは……ココロとだったかな。奴隷としてアレンさんに協力していて、海の底――海底から、どうにか澱みが少ない場所に顔を出して世界を見渡している気分だった」


 何もかもに絶望し、復讐を遂げた人間に仕えるという蜘蛛の糸に縋った日々。

 今思えば身の振り方をもう少しどうにかできた気もするが、そんな気力はもちろん無かったのでアレンやココロに出会えた境遇は、そうだね、運が良かった方だと思う。


「そして三度目の、今。たくさんの大切なモノを失ってきたけれど、今はそれ以上に得たものもあると僕は思っている」


 もうあの頃の友人達は居ないけれど、今は新しい友人や、コウの意志と記憶を受け継いでくれたヒカリ。それに初めての再会を果たしてくれたエターナーやユズ。

 失ったものに今あるものが代替するなど楽観視はしていない、いま両手にあるものが、過去に見劣るとも思っていない。けれど。


「ねぇヒカリ。これからも、今までと同じように喪って行くのかな」


 さっきここを去っていったクローディアにシャルラハローテ。

 ようやく仲良くなってきたその二人に、ユリアンとカナリアが先頭に立ち率いるリーン家の人々。


「うん、絶対にね」


 そして誰よりも大切なヒカリが、あまりにも冷酷に笑ってそう僕に告げたものだから、思わず僕は自分の肩を抱いて震える。


「怖いね、悲しいね」


 流石に獣や野盗相手に人命を落とす機会はまずないだろう。

 ただテイル家との恨みの渦は時間が経つごとに広がり多くの人々を巻き込んでいるし、何より竜を殺す道程で何一つの犠牲無くしてそこに辿り着けるなど思いあがっちゃいない。全てを犠牲にしても届かないのかもしれないのだから。


「寒いね」


 震える僕をヒカリはそれだけを口にして片手を取る。

 絡み合う右腕、それに触れ合う肩から伝わる温もりがどこまでも身に染みて、それが何時か冷たくなるかと想像すると余計に震えが止まらなくなった。


「でも、止まらないんでしょう?」


「うん、決めたから」


 恐怖からか、武者震いなのかもう自分の体なのにわかっていない。

 ただその問いかけに、すぐさま心の底からあふれ出した気持ちだけは確かだった。


「アメ、再会した頃からは全然顔つきが違うね」


「そんなにかな?」


「うん、特に目が。あの日のアメは全てに絶望していて、少しでも悲しいと感じないよう必死に感情を殺している感じだった」


 俯いていた視線を上げて、ヒカリの瞳を覗き見る。多分、そこに映っている自分はあの日と違っていて。


「でも今のアメは……うん、絶望しているのは変わらない。世界に蔓延るあらゆる絶望を直視して、それでもその中を進もう、そんな意志を感じる。今のアメはとても力強くて、格好いいと思うな」


 少し熱っぽく、言葉の最後を吐き出す時にキュっと握られた手が恥ずかしくて、僕は思わず視線を下へと戻す。


「それしか知らない、馬鹿の一つ覚えだよ」


「うん、私も同じ」


 恥ずかしく、あまりにも自分の存在が惨めで、自嘲じみた乾いた笑いが震えと収まった頃に僕はゆっくりと息を吐いた。


「ねぇ、寒いね」


 吐息は白く、今にも雪が降りそうな海岸沿い。


「だから、温かいんだよ」


 何時か離れるかもしれない手のひらを、今だけはとしっかりと握り締めた。



- 冷たい海底から世界を覗く 終わり -

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