150.おいでよ往復三ヶ月の旅
「は? なんで僕の名前が? しかもヒカリと丁寧に並べて名指しなんて」
秋に入って少しした頃。
もう少し経てば冬を越すために財布やら倉庫の中身を増やさねばと意識し始めていたら、まるで意識していない手紙に僕の名前が書いてあって頭を疑問符が埋め尽くす。
高価な資源である紙、それも混じりけの無い真っ白な、挙句王政発行の証、それを超えた王直属の物と示す特別な印の付いた滅多に見ない物体。
「何か重大な罪でも犯したんじゃないか?」
「んなものばれないようにやってるよ」
シュバルツの軽口に付き合いつつも、秋の報告会を兼ねたパーティーへの召集に家長であるユリアン、その一人娘であり興味を持たれていてたまに呼ばれるヒカリ、そこに名を連ね僕が王の直近、あるいは王自身に存在を知られている意味を考える。
考える……考えようとして、そもそも現国王の名前も知らないので僕が考えても仕方ないという結論が十秒経たずに下りた。
「ヒカリは何かわかる?」
「んーどうだろ。この手紙一枚じゃ想像の範疇を出ないからねー」
特に思い当たることはないようだが、思いつくようなことは多々あるようでヒカリは意識を集中させて締まりのない口調で答えた。
「まぁ別に何でもいいけど。ヒカリが動くなら僕も動く必要があるでしょ」
これでもリーン家親衛隊に属していることになっている。
ヒカリ、それもユリアンというテイル家から恨みやら執着を持たれている二人が王都まで移動するとなれば相手さんからしてみればまたとない機会だろう。
馬車を使い時間を節約してここレイニスと王都を往復しても三ヶ月ほどか。整えられた街道を往くとはいえ人の目が少なくなるタイミングなど幾らでも生まれるはずだ。
「アメ、勘違いしてるね。召集は少数先鋭……というか行きたい人と、それを守る最低限の護衛だけでいいの」
「何故?」
「王の報せだから。王様が来いと呼んで、私達が行きますと答えた。そうなればもしその途中で襲ったりして行動を妨害、あるいは目的を果たして私達が向かうことができなくなったのなら、それはテイル家が国に喧嘩を売ったことになる、わかる?」
言われて見れば確かにそうだと、僕はあぁとマヌケな返事だと自覚しながらも頷いた。
リーン家の親衛隊がどれだけ優れていようが、数で圧倒的に勝る騎士団には勝てないし、質や装備でもこちらが負けることは多いだろう。
それは恐らくテイル家も同様。憎くて堪らないリーン家の血筋を絶やすことに成功し、その後調査でばれてテイル家が根絶やしにされようがあちら側が構わないかもしれないが、必ずしも襲撃が成功するとは限らない。
逃げに徹した護衛、それも最悪護衛が囮に徹しヒカリやユリアンだけでも生き延びれば、何が起きたのかを王政に報告することでこの長い間に渡り行われている貴族感の因縁は国が一瞬で片付けてしまうだろう。
「参加者は私にお父様、何故か呼ばれたアメに、ローレンや王都を見てみたい使用人数名に、あとはそれらを野盗や獣から守りきれるだけの護衛を私兵から連れて行って……多くても二十名も要らないかな」
だいぶ移動に束縛されるので、屋敷を任せられる重要人物は残していくのだろう。流れ的にカナリアとシュバルツは居残りか。
「親衛隊の頭としてシィル……は前回の召集で出たから、今回はツバサで。エリーゼは家庭持ちであまり動かしたくないし、アレンとココロも町を移動してきたばかりだから今回はお留守番」
徐々に組み立てられていく編成に、僕が知っている顔が少なくて少し退屈……新しい関係でも組み上げてみようかな、そう目標を抱いた。
- おいでよ往復三ヶ月の旅 始まり -
出発日当日。
「何故お二人が」
「何よ、居ちゃ悪いの?」
そんなこんなで新しい人と触れ合っていこう、そう決意したにも関わらず目の前にはこちらを強気な視線で見てくるクローディアとキョロキョロと辺りを見渡しているシャルラハローテのシロクロペア。
「……シュバルツさんは、行かないのですね」
普段見せているメイド服とは違い、休日を楽しむお洒落な私服とも違い、ただ遠征を目的にした動きやすい服装のシロがそんなことを言って僕はもう一つの問題へ視線を逸らす。
「何故エターナーさんが」
しれっと僕達が使う馬車の中に、体を痛めないよう野営時に使う寝具をクッション代わりに設置しているエターナーを睨みつける。この人外歩かないつもりだ。
「私も今回顔を見せる必要があるので、もし良ければご一緒できないかとヒカリ様に頼んでみたら喜んで承諾してもらえたので。一人で護衛や移動を考えるとだいぶ面倒ですし助かりました」
貴族を顎で使うような逞しい根性をお持ちで。
ただ馬に負担を掛けないよう基本荷物以外は荷台に乗せないようにするのでしっかり自分の足で歩かせよう、それか馬動かせるなら御者でもいいし。
「お待たせ。クローディアとシャルはレイニス以外を見た事がないからね。リーン家に務めてしばらく経つし、そろそろ他の場所や仕事にも興味を持ってもらうこともいいかなと」
ヒカリが他に二台ある馬車とのやり取りを済ませてか、こちらへ来てから会話が聞こえていたのかそう言った。
「はい。他の町は、どんなものかと気になっていたので、ヒカリ様の申し出は嬉しい、かったです……」
「あたしも……です! この度はありがとうございました!」
「ふふっ……二人共適度に気を抜いていきなさい。旅は長いもの、少しでも肩の力を抜かなければ早々に参ってしまうわよ」
肩に力を入れて数日、肩の力を抜いて十日持つとしよう。それでも全行程の十分の一程度だ、やったね。
まぁ僕達の故郷……今は無き村からの道程や、開拓などの道無き道を往く行程とは違い、街道はほぼ整備されており歩きやすく、荷物を負担できる馬車に十分な資材、あとは所々に休める施設があるのでそう苦行ではないが……まぁこの二人は慣れていなそうだし僕がなるべくサポートしてあげよう。
「ヒカリ様。この度はわたくしめの希望に答えて下さり本当にありがとうございました」
「いいのよ。普段からお世話になっているから、こんなもので礼になるのであれば……公私共々、ね」
貴族の娘、それに王政関係者という仮面を被り適当に挨拶を済ませる二人。
「ところでエターナー、あなた馬の操縦は?」
そこで終わるかと思いきや、ヒカリは馬車の中に作られていた"エターナー寛ぎ空間"を一瞥し"公"の言葉で"私"の鋭い視線で問いかける。
「できま……いえ、不慣れでよろしければある程度は」
面倒を避けるためか思わず否定しようとしたエターナーの様子に、ヒカリは片眉を上げただけで真実を促した。
「よろしい。アメと私で三名御者を交代ずつで、あとは使用人二名がこの馬車の利用者よ」
「……よくもまぁ同性、それも顔見知りを揃えたもので」
しかも三つある馬車の真ん中と来た。
戦える人間が五人中二人しか居ないので当然っちゃ当然だが、随分と楽をさせてもらえる並びで非常に助かる。
「アメの考えているような気配り、そんなものはないからね。都合良く希望者が居て、それぞれの都合を考えたらこの構成が丁度良いってだけ」
「そう、ならいいけど」
僕にだけ聞こえるよう小声で告げられた真実に適当な返事をしつつ、まぁ野宿する時は交代で見張りだろうからその時にでも色々な人と関わってみよう。そう目標を新たに定めた。
半日も歩けばまず一つ目の問題に直面した。
シロクロの二人は魔法が使えないので、水筒が空になり次第誰か他の人に頼まなければ水分を補給することができないのだ。
ヒカリとエターナーは立場上頼みづらく、結果僕に集中してお願いをされるのはまぁ面倒ではあるがそれなりに頼られている実感から心地良いのだが、微量とはいえ魔法の使用、特別魔力量の少ない僕に負担を強いられてしまえば有事の際問題が発生するかと思い僕は二人に護身用ついでに簡単な魔法を使えるように先生役をしていた。
「いえ、だから火が燃えるには酸素が必要なわけで……」
「だからその酸素って何よ! 目に見えないものをどう扱えって言うの」
ヒカリが御者となりエターナーは案の定荷台で寛ぐ中、そのゆっくりと歩く馬車の隣を僕はシロとクロに懸命に自然現象基本を説明していた。
シロの方はまぁ何となく理解してくれていて黙っているようだが、クロは知らない単語が出る度にそれが理解できずに僕へ噛み付いてくる。
あぁスイとジェイド兄妹は随分と頭が良かったのだなと、改めて過去を懐かしんだ……こうして僕が魔法を教える人間は死ぬジンクスとか無いよな? 村もルゥから教わった基礎をだいぶ僕やコウが教えて回っただろうし。
「……ん?」
そもそも魔力自体普段目に見えないので、見える見えないの尺で計ってしまえば何も進まなくなってしまうと感情的な言葉に感情的に反応してしまいたい衝動を我慢していると、二十メートル程前で先導していた馬車の馬が何かに怯えたように足を止め、ヒカリはそれに合わせて馬を止めてから座席から跳んで何があったのかを確認しに行った。
「なんでしょうか……?」
無言で僕の説明を淡々と吸収していたシロが視線を前に向けて、僕は前方から来た魔力の霧が過ぎ去るのを待ち自身でも探知魔法を周囲に走らせる。反応は、僅か。多分獣か何かだろう、馬が怯えていたような様子からハウンドかもしれないが、まぁヒカリが居るしここまで小規模な群れが辿り着くことはないだろう。
……そう思っていたら遠目でもわかるほどユリアンが嬉々として先導し走り、慌てて、あるいは呆れた様に他の戦える人間が彼の後を追った。戦いに興味があったり、しっかりと戦えるように訓練しているからこそ、こういった立場上限られている中で暴れられる環境を欲して止まないのだろう。
そういえばユリアンに戦う技術や魔法を教えたのも僕達だったっけ。映画とかだと早死にするタイプか、ギャグのように長生きするタイプだがこの世界ではどう転ぶか。ジンクスの確かさは彼の安否に掛かっている……ような気がしないでもない。
「あまり町を離れて居ないので小さいハウンドか少ない数でしょう。わざわざ見なくても良いですよ。好んで見たい光景でもないでしょうし」
命が散るという光景にはもうすっかり慣れてしまったが、それでもまだその光景がどんな意味を持つか忘れていないわけじゃない。
戦い慣れた、あるいは家畜を育て潰す人々以外、当然食材を絞める必要が少ないこの世界での使用人には争いという一場面は厳しいものがあるだろう。
「……そうは言ってられないじゃない。これから王都までの往復の期間、何度も獣は襲ってくるだろうし」
クロの物言いに同意するよう頷くシロ。
町の外に出るという行為にしっかりと準備、この場合は様々な覚悟を含めたものを行っていたようだ。
「それでも、ですよ。避けられるのであれば、避けていいんです。避けられぬ時に、後悔しないのであれば」
僕が炎の魔法を教える時に真っ先に告げたのは火の危険性だ。制御できていたとしても街中や、木々の中での使用は細心の注意を払うようにと。
二人が護身用にと持っている短剣一本ずつもそうだ。相手の傷つけ方ではなく刃物の扱い方に、納刀の仕方を教えただけ。
力を持つということはそういうことだ。それが包丁やナイフと違い、生き物相手に振るうことを想定した小さな刃物でも。脅威に対処できるのは脅威だけ。使い方を決して誤らぬよう精一杯伝えることが最優先だ。人にものを説ける立場かと言えばそうでもないが。
「そうは言ってられないじゃない。獣だけじゃなく、その……人だって、ね」
「それも、僕達の仕事です。しっかり守るし、可能であれば目の届かない場所で処理するので考えることすらしないでください。
お二人は自分達にできることを、毎日歩いて、目的どおり見識を広めて、余裕があれば野外での調理などを手伝ってください。それがお仕事です」
「アメさんは、皆さんはそれで、良いのですか……?」
良いも悪いもあるものかと、僕は思わず苦笑を浮かべた。
「仕方ないじゃないですか」
仕方ない。
戦える人間は限られている。
戦える技術があり、人間を殺める覚悟のある人間は限られている。
だから仕方ないのだ。人を殺める技術を知る人間が、人を殺めることに躊躇いを覚えなくなった人間が戦うことは、どうしようもなく仕方のないことなのだ。
- おいでよ往復三ヶ月の旅 終わり -




