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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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148.闇の中でも見えるもの

 閃電が着弾してからワニを仕留めるのは容易かった。

 対象が雷で感電していたこともあるが、暗所で暮らしている色白な生き物に雷は刺激が強かったらしく抵抗も皆無でシュバルツがとどめを刺した。攻撃の手が初撃以外穏やかだったのも臆病な個体などではなく、単純にランタンの光を避けていたのかもしれない。

 ワニの胃袋を掻っ捌いても目当ての物が見つからなかったことに若干焦りを覚えたが、シュバルツに汚水の中を探してもらったところ飲み込む暇が無かったのか虫に集られている僕の右脚が出てきた。


「お疲れ様、何か……ひえっ!」


 下水道管理施設に戻ったところ、片足を手に持ちシュバルツに抱えられていた僕を見て職員は短い悲鳴を上げた。


「あとこれ行方不明だった職員の亡骸だと思います」


「……っ」


 見つけてきた大腿骨を手に持たせ、僕は初めに倒し火の消えたランタンが壊れていないことをチェックする。


「ぐうっ……! それなりに重いな!!」


「……」


 シュバルツが最後にワニを片手で持ち引き上げながら梯子を登って来る頃には、もう僕らを出迎えた職員が何らかの反応を示すことは無かった。



 それからこんな仕事は今日中で終わりにしたいとシュバルツと意見が重なったところで、最低限水分を補給し足を修復してもまだ魔力的にも栄養的も余裕があることを確認し、再び下水に潜ろうとしたところで魂を取り戻した職員が慌てて僕を呼び止める。


「大怪我したんですから後日に回してもいいんじゃないですか? 二匹目以上居る可能性は少ないですし、そんな慌てずとも」


「今は繋がっているので軽症です。それに報酬が変わらないのなら無駄に日数を掛けたくないので」


 それだけを告げて僕達は再び地下へ潜り、今度はランタンに頼り切らず基本耳と、効率が悪くとも適度に魔法で探知することで下水の要所の探索を終え、他に脅威が存在しないことに、大型の生き物が紛れ込まないよう造りに気をつけたほうが良い事を報告して既に日が落ちた街中臭いの酷い体で家路を急いだ。



 屋敷に着いてからは僕達の行動は迅速だった。

 まず夜勤の手頃な人間を捕まえて二人して体中から発せられる臭いで二箇所の風呂を急遽焚くように脅し、擦れて痛いほど石鹸で体を擦り香油をたらふく塗りたくってシュバルツと合流した。


「お疲れさま、近年稀に見る仕事内容の酷さだったね」


「次からは仕事までに十分な時間を事前に空けてあんな仕事には連れて行け」


 恨みがましい視線を向けながらも決して二度と行かないとは口にしないシュバルツの、見えている肌が赤く擦り剥けていることに僕も二の腕を差し出すことで同類だと笑いあい仕事の終わりを労いあう。


「晩御飯どうする?」


「食ってから休むとするか。お前は足を治したおかげで栄養が足りていないだろう?」


 厳密には今も除菌しきれずくっつけた足から菌が体内に侵食しており、それに抵抗するため体は熱を持ち魔力は消費を続けているので治している最中なのだが何にせよ栄養は取っておきたい。

 酷く食欲を失せる仕事内容ではあったが、朝食から何も口にしていない事を考えると体は正直だった。


「あ、二人とも。結構時間掛かったね」


 厨房を少し借り何かお腹に入れようと廊下を歩けば、ヒカリが扉の前で壁にもたれ掛かりこちらを待っていた。


「どうしたの、こんなところで」


 わかっていながらも一応呆けてみる。


「二人が帰ってきたって言うからさ、軽い物でも用意してあげようかなって。食べられそう?」


「うん」


「えぇ」


 寝静まった館で湯を沸かす。

 当然本来ならば上の人間に許可が必要で、すぐさま体を洗うことが出来たのは僕達二人が特別扱いされているか、話のわかる権限を持った人間、例えば夜勤で欠伸をしながら警備をしているシィル辺りが許可してくれたものだと思っていたが、ヒカリの対応を見るに僕達の帰宅は察知されていたようだ。


「うん、いい香り」


 今日何をしていたのかなど聞かず引き寄せ、髪の毛をクンクンと嗅がれる僕にもう成す術は無く、叶わないなぁ、そう心の中で零すしかなかった。



- 闇の中でも見えるもの 始まり -



「くーっ! 全然取れないわね!? 誰よここに何か零したの、全然っ取れないじゃいの!」


 午前中の仕事。

 今絶賛廊下のカーペットに染み込んだ血液と思わしきものを、正体もいざ知らず必死に水で塗らしただけの雑巾でパンパンと叩くクローディア。

 すっかり染み込んだそれを、血だろうかコーヒーにせよ洗剤も無く落とせるわけがないとわかりきっていてその様子を見て微笑んでいるのかシャルラハローテ。

 最近こうして少しずつ一緒に仕事をしてくれるようになったことを、距離が縮んだのかどうか考えると頬が緩みそうになる中頑張っている先輩の仕事が終わるのを待つ僕。


「クローディア。何時も言ってるじゃない、気持ち、大切だって……」


 気持ち。気持ち?

 シロの言葉の区切り方が独特なせいでイマイチ意味を掴みかねる。


「気持ち? だからあたしがどれだけお祈りしたって意味ないんだって!」


 あぁなるほど。料理が美味しくなぁれ的な気持ちか。

 何らかの神に対する信仰心や、仕事に対する誠実さの話も考慮していた。


「……本当にしっかり、想ってるのかなぁ。もういいよ、どいて」


 バンバンとそれでは悪意しか汚れに伝わらないだろうと突っ込みたくなる勢いで床を叩くクロを、お尻でぷいっと押し出すシロ。

 手にはクロと変わらず濡れた雑巾しか在らず、ついでに言えばシロの言う気持ちを口に出す様子すらなくただ淡々と床を拭く。


 同じ条件に、ただ人間と仕事に対する姿勢が変わっただけ。

 されど結果は(たが)えた。

 初めは入念に擦るだけで変化は無かったが、次第とあるものが集まってきて気づけば取れるはずのない汚れは取れていた。


「ほらね?」


「……わっけわかんないっ!」


 まるで魔法のようだと、理知外の事象に気味の悪さや自身で再現できない不満を覚えてかクロが吠える。

 僕は黙って、いや、息を呑んでこの場から散るシロから放出した魔力が汚れを落とすという魔法――役割を果たし、周囲へと散っていくのを確認する。

 この場合も原点回帰というべきか。僕が初めて触れた魔法も故郷に居た、原理は知らず偶然回復魔法のみ使えるようになったおばちゃんだけだったのを鮮明思い出す。


 無意識、魔法の行使、理外の事象結果。


 断片的な思考の波が頭を埋め尽くす。

 気になる香りがした。竜を倒すために足りていない幾つかのピース、それに繋がるような匂い。


 気持ちが大切、キャパシティー以上の働き、標的の排除。


 もう少し思考を能動的に条件付けを行い搾る。それでも少し届かない、実体験を伴わないからか――? いや、いけるはずだ。もう少し多方面から、時間を掛けて潜り込めば……!



「アメ、来なさい。昨日の夜の事で話があります」


 あと少しというタイミングで避けられない声。

 意識を現実に浮上させてみれば雑巾を手に廊下で腰をおろし肩をぶつけ合ってじゃれ合っていた二人は既に直立しており、その視線の先には家長の妻であるカナリアが僕を見てそう呼びかけていた。


「あんた昨日何しでかしたの、ぷふ……っ」


「……なるべく早く戻るので仕事お願いします」


 体を洗っていました。

 そうカナリアに見えない角度で笑うクロと心配そうにこちらを見るシロに対し大声で叫びたかったが、僕を待っている婦人様の視線がそう言わせぬ気迫を持っていたので簡潔にそれだけを告げてカナリアに連れられその場を去る。

 大丈夫、先ほどの感覚は掴めた。あとは時間かきっかけさえあれば、と押し込まれるよう連れられた部屋に、既に温められたカップが二つ並んでいることで僕が呼ばれた真意を思い知る。


「……あんな言い方人前でしないで欲しいです。ただでさえ同僚の間では微妙な立場なので、不要な弱みは作りたくないんです」


 僕の心からの本音に、カナリアは悪戯がばれた少女のような笑みを浮かべてクスリと笑った。先ほどまでの毅然とした様子は既にどこにもない。


「あぁでも強引に連れ出さないと、アメったら私との雑談の時間すらまともに作ってくれないでしょう?」


 先に座るよう促され、慣れた手つきで紅茶まで淹れられる僕。

 メイド服を着ているせいかとても罪深い行いをしている気分になってしまうのは気のせいか。


「今日は午後も休むつもりでしたよ? 最近危険な仕事ばかりだったので、少し休息を取ろうかと」


「その最近の仕事とやらがどんなものかもほとんど耳に入ってこないし、今日の午後が空いていることも私には初耳よ。

そもそも休息と言ったら午前あなたが使用人として働いている時間も休むべきだと私は思うのだけれど」


「これぐらいは僕にとって無理ではないので。寧ろ屋敷での穏やかな日常に溶け込む口実として都合がいいほどです」


 カナリアはその言葉の真意を確かめるようしばらく僕の瞳を覗き込み、十分な時間視線を交わしたあと僕は居心地が悪くなってカップを傾けた。


「それならいいのだけれど、ね。さっきの様子じゃあまりのんびりとはできないみたいじゃない?」


「……目下改善中です。これでも最初の頃よりだいぶマシになってきているんですよ」


 僕の返答にカナリアはクスリと囀る。

 まるで犬がライオンのマネをしていることを微笑ましく見守るように。


「アメも、あの子……ヒカリも本当にいじらしいだから。昨日なんて凄かったわよ、再会できたアメも居ない、慕ってくれているシュバルツも居ない。何をしていてもずっと指輪を気にしていて、でも何か行動を起こすわけでもなく」


 思わず首に付けているチョーカーに手を伸ばし、少し首が絞まるように引っ張ってしまう。

 これでヒカリが覚えた寂しさと同じ苦しみを味わえるわけでもないのに、同じ苦しみを味わう必要すらないのに。


「……昨日はすみませんでした。二人で汚れて帰ってきて、二人のためだけに湯を沸かしてもらって」


「あの後誰も入れる状態ではなかったようね。出来るのであれば私含め多くの人に湯を楽しんで貰いたかったけどまぁ構わないわ」


 使おうと思えば使えなくもないが、掃除する前よりも酷いトイレの臭いより強烈なものを流した後だ。

 毎日皆がお風呂を使えるわけでもなく、できるのであれば単純に体を拭くことよりも楽しい娯楽として味わいたいそれに混じりがあってはならない。

 しかも昨日清掃して寝る体力は残っていなかったので、僕達以外の人間が夜中にひっそりと掃除をしてくれていたはずだ。不条理極まりない。


「本当にすみません」


「本当に申し訳ないと思ってる?」


「……全然?」


 少し悩み、出てきた素直な言葉を吐き出す。

 仕事として与えられれば汚い浴場と綺麗な浴場を洗う差など感じる必要など無く、そんな感情論を持ち出していいのであれば汚れた風呂場なんて可愛い場所で一日中個人的理由とはいえ仕事をしていたので、もし僕の目の前で文句を言ってくる奴が居たら下水道に顔だけでもいいから入れてやる。

 まぁ多少不満は出るのは仕方ないし、できれば綺麗に使いたかったが流石に十数時間労働で疲れていた。普段は綺麗にだとか丁寧に調度品を扱っているので、たまになら許して欲しいし僕は日々許して生きていると思う。


(にべ)も無い返事。私はアメらしくて好きだけれど、他の人には言っちゃダメよ」


 上品に声を沈めて笑うカナリアの姿に、随分と年齢差が出てしまったのだと自身を振り返る。

 年齢が近しく、身長だって僕のほうが高かったにもかかわらずこのザマ……というか元々男だったな僕。主観では四十歳以上生きているのか、そこからか。


「個人的にで良いので、カナリアさんから見てシュバルツはどう見えますか?」


 次の話題が僕の口から出てくるのに再びカップがカチャリと鳴った。

 この屋敷やたらとタブーめいた物がある。ヒカリの寝室だとか、シュバルツの存在とか。ただタブーと感じていた僕の認識は誤認かと思うほど、カナリアが彼の名を呼ぶ時に躊躇いが無かったことが気になっての質問だ。

 多分、聞いても良い部類。そう確信してからの。


「……んー難しい質問ね」


 口ではそう言いながらも、悩むことが楽しい事のようにカナリアは視線を漂わせて言葉を探る。


「元はと言えばお姉ちゃんが発端で全てが起きたことだから」


「あぁ、そうでしたね」


 今でこそカナリア=リーンだが、嫁ぐ前は成り上がりのミスティ家で。衆目の前で恥をかかされた少女は、今は貴族の礼儀など関係のない冒険者で行方も知れず。全ての流れは誰が悪いわけでもない。それか誰もが悪かった故に起きた悲劇。

 皆が皆被害者なのだ。恥を知らされたルナリアも、首を刎ねられたテイル家の子息も、ガロンが行った暴挙で今も命を狙われているヒカリに、狙われている可能性の高いユリアン。

 当のミスティ家を差し置いて、リーン家とテイル家は他の貴族よりも戦力を増強し――結果、末端である兵士、その遺族であるシュバルツまで怨嗟が繋がる。


「結局のところ、本人達の間柄で問題が無ければ何でも構わないのかしらね」


 繋がり繋がり、最終的にはそこに落ち着く。

 今リーン家やテイル家に雇われ、両家の間で戦うことを選んだ人々の多くは納得している。報酬だとか、信条だとか。恨み、ただ単に闘争を求めて。

 その被害者候補は皆武器を取ることを選んだ。逃げても構わないのに、諦めて別の人生というレールを歩いても良いのに。

 そんな覚悟を持った人間が、更にぶっ飛んだ発想、有体に言えば狂った現実に辿り着いたのであれば、まぁ傍から見ればそうとしか言えなくなる。当然僕もその一人だ、今更気が変わって殺し合う仲になろうが、今まで通り末永くを前提として程よい付き合いをしようがなるようになるだろう、と。


「ただこれほど傍に異性を置くのだから、少しでも思うところがあるのかと思ったのだけれど」


「ないんですか? 僕が来てからはそんな様子は無かったですけど更に過去を振り返っても?」


「ないわね。アメが来てからは当然、ね」


「……」


 僕の問いに良い返しを思いついた表情をしたかと思えば、だいぶとんでもない場所をぶっ刺して来て思わずカップにもう一度手を伸ばす。

 半分を切った紅茶が、ミルクと混ざりきらずに波打つ模様を描き出しており、唇がカップに付くと僅かに揺れた。


「……」


「……」


「…………」


「………~♪」


「…………ヒカリの」


「ん~?」


 開かれない口に不満など見せず、寧ろこうして無言で気楽にお茶を飲める相手を楽しんでいる様子で、鼻歌を歌っていたカナリアに言葉を発すると珍しく気の抜けた返事が返ってくる……僕は凄く肩身が狭いのだけれど。


「ヒカリの、名前の由来ってあるんですか?」


 ずっと気にはなっていたものの、本人に聞くよりもこうして産みの親達に尋ねた方が良いと思い温めていた些細な疑問。

 単純に親しい人間だから名前の由来が気になる、などではない。偶然か、コウとヒカリの名前の意味が近しいものだったからずっと気になっていたもの。

 脳内でこそコウとヒカリで分けているものの、コウはここリルガニアで使われている言語で"輝く"と意味合いが強い言葉を使われているのに対して、ヒカリは"照らす"この程度の差異しかない。微妙なニュアンスの違いを無視し、漢字で表すのならば両者"(ヒカリ/コウ)"で纏めてしまえるほどだ。


「アメが想像するような事情は無いわ。私の知る()から名前を取ったり、意識して近しい意味を持たせたり」


 そこでカナリアは一度肩を竦めて笑う。

 今日一番大きく聞こえたその笑い声に、僕はどんな感情を込められていたのかは読み取ることが出来なかった。


「産まれる寸前までユリアンと男の子だったらこれがいい、女の子だったらこれがいいと意見を交換し合って……結局数えられる数に絞れることもできなくて。

そのくせ実際にあの子が産まれて二人で抱いてみれば、自然と付けたい名前は絞られていて」


 母親が、笑った。


「ヒカリはね、私達にとって"光"そのものだったのよ。リーン家唯一の後継者でもない、ミスティ家との繋がりを示すものでもない、ましてや結婚したという事実を示す存在でもない。

そこに居るだけで希望をもたらして、自然と頬が緩んで――あぁ、この子が私達の娘として産まれてくれて本当に良かった。ただそれだけを思えたの」



- 闇の中でも見えるもの 終わり -

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