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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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146.化け物を食らう

「不必要に殺さないようにね」


「善処する」


 戦いの火蓋が切られ真っ先に動いたのはヒカリで、続いて走る僕に後ろへ流れる風に置いて彼女はそう念を押した。返答は多分聞こえていない。


 前後から無数の魔法反応。あぁそういえば集団戦における初手の定石はそれだったなぁと先頭を駆け出した今になって思い出す。

 少なくとも目に入る箇所では敵の炎、氷、土、風といったあらゆる遠距離魔法が魔法陣を展開し詠唱を行われ、視覚的に色鮮やかかつ威圧感を放ってこちらを――それも全てヒカリとそれを守る僕に向けられている。

 当然だ、相手としてはヒカリの首を取れば仕事が終わりなのだから。


「放て!」


 誰かが無数の詠唱言の中でそう言った気がした。

 あらゆる殺意がこちらへと向き、後ろからはその殺意を殺そうとリーン家の魔法が遠距離魔法相殺のために歩を緩めた僕達を追い抜く。

 一つ、二つと爆ぜて砕け無に帰し、見えた魔法の隙間に僕達は体を潜り込ませて漏れた攻撃をヒカリが盾と魔法で防ぐ。合間、僅かに零れる破片や、受けても大事は無い攻撃を僕が振り払い、ようやく開幕の祝砲が過ぎ去った頃には相手の先頭はだいぶ近づいていて。


「跳んで!」


 そのイルの姿を視認しながらも、僕はヒカリの言葉が届く前に横へ身を翻している。

 十分な時間を有して通り過ぎる一つの弾丸、人の頭ほどある魔力の塊。

 発生元を見るとイルより少し幼さを残す少女が、反動を最大限殺す姿勢で未だ青白い硝炎を漂わせてこちらを見ていた。

 魔砲剣か。あれは少し問題だな。即死せぬよう胸よりも低い位置に射出されていたが、下腹部でも持っていかれたらそこで死にはしないまでも戦闘脱落だ。乱戦にでもなってしまえば誤射の危険性を考慮し撃たれる事はないだろうが、未だ二つの陣営が分かれ展開している現状第二射、第三射が今度は僕達の後ろに居る人々が有効射程に入った後で撃たれる可能性が出る。


「行きます!」


「慈悲はいらないわよ。あなた達の仕事は私の首を持って帰る事、躊躇わないで」


 既にヒカリとイルは接敵している、皮肉か得物は同じくロングソードに盾。

 ただ存外にも、いやヒカリにとっては望外にも全力の攻撃が難なく防がれている。それどころか武力で均衡し、踊るように攻防を繰り広げる。

 そんなヒカリに横槍で致命傷を与えようと迫り来る敵に、それを防ぐため引き剥がす味方。正直、あの台風の目のような二人に僕が入る必要が生まれなくてよかったと思う。


「行ってくださいアメさん!」


「わかってる」


 近くで大の大人と真っ向から戦っているココロに言葉で背中を押され、既に陣営を保つことなく混戦となっている戦場の隙間を小さい体で転がり抜けながら、先ほど撃った魔砲剣を再装填し終えたばかりの少女に近づく。

 恐らく魔砲剣以外の武装は質量の観点から持つことが困難だったのだろう。ロングソード程度の刀身を持つ魔砲剣一本で、それ以外腰に付けたままの短剣以外見当たらず唯一である魔砲剣を振り上げて僕を迎撃する敵。

 重量が普通の刀剣よりはあるとはいえ両手持ちするのであれば並み以上の速度で武器は振れる。走っていた姿勢を接近が叶ったことで半身に傾け回避しつつ、今までの運動を助走に変えて最後に一歩タンッと地面を蹴り掌底を叩き込もうとする。

 敵もその魔砲剣一本というスタイルからある程度格闘戦が可能だったのだろう。咄嗟に反撃しようとし、僕が短剣すら抜刀せず前線を駆け抜けてきた現実が何を意味するのか寸前で理解してしまったのか接触を避けるため横に転がるよう回避に移った。


「あぁもうクソがっ! めんどくせええ!! 気づくのが一瞬でも遅れたら楽に眠らせてやったのにっ」


 堪えきれず思わず吠え、スカートに手を入れてふとももから短剣を抜き取る。

 位置的には相手の元後衛。近くに人は少なく巻き込む可能性が限られているので投げナイフ及び手榴弾の消耗品、それに引っ張られたり悪用される可能性も減らせるので暗器も解禁だ。何が何でも目の前の敵を倒さねば万が一にヒカリの命が関わってしまう。


「私より幼いのに口の悪い子だなぁ。ごめんだけど負けるわけにはいかないんだよね、対一で負けたら実力不足でお説教物だし、死んでしまっては後悔もできないし」


「それには同意見。こんな所で負けてたら目標には到底辿り着けないから」


「目標? 何にせよ――」


「っ!」


 表面だけの会話を続けながら互いの呼吸が自身に都合の良いタイミングを見計らい、好条件が整った方から仕掛けあう、そんな状態で何食わぬ顔で自然と少女は剣をこちらへ向けた。

 ただの剣ならばそれが問題になるわけでもない。ただ今の相手は魔砲剣を持っている、魔法による投石等よりも弾速は遅いが気を抜けば直撃する速度だ。万が一腕一本を犠牲にする覚悟で姿勢を整えず即座に発射されたのであれば、辺り所が悪かった場合最悪死にかねない。慌てて照準が合わぬように移動を行う。


「くそっ、簡単には……」


 軽く舌打ちをして標準を合わせようとこちらを見据える敵。誰の口が悪いだ、そっちも大概じゃないか。

 このまま中距離で睨み合いは神経を磨り減らす。なるべく手の内は伏せておきたかったが墓まで隠すわけにはいかないと片腕を突き出して充電を開始する。


「――なんてね。遅いよ」


 十分な魔力を練り上げる前に敵は縮地で距離を詰めてきた。

 完全に不意を衝かれた形だ。突き出し閃電を放とうとする腕が切り飛ばされる前に、体に負荷がかかるのを承知で無茶な姿勢制御を行いもう片方の手で握っている短剣で敵の切り上げを受け止める。

 非常に手が痺れる、されど損傷は無し。これ以上相手にペースを握られないためにも、刃が振り下ろされる前に肩に体重を乗せて身を当てる。


「くっ!」


 破壊魔法を込めたが当然有効打ではない一撃に撃的な効果は乗らない。ただの当身で内臓に負荷をかけられた程度だ。


「いづっ……!」


 もう一つ苦悶の声を漏らしたのは僕。

 懐に潜り込まれ有効打にならないはずだった一撃を、相手は咄嗟にふとともへ剣を突き立てるために手首を返したようだ。


 ダメージレースでは若干の不利……けれどその犠牲を考えても極至近距離という間合いは少なくない戦果。

 手にしたそれを放さまいと剣を持っている相手の右手を僕は短剣を捨て左手で掴み、両手で良い様に決められないようにか添えようとしていた右手は相手の左手で押さえられる。予想通り格闘戦もいける口なのか、容易く抜け出せそうにはない。

 魔力を練り上げている余裕は無い。両手を共に押さえあい均衡するこの状況下で考えることは同じだったのか額と額が物凄い音を鳴らしながらぶつかり合う。


 次いで追撃を行うとした意識は揺れる。

 痛みはそれほどではないが体が衝撃に持たなかったのか、右腕の拘束が一瞬緩み腹部に衝撃。咄嗟に自身でも跳んで衝撃を殺したものの、鈍い痛みと共に体が速度を持って横に転がるのがわかる。

 慌てて安定せずとも足が地面に付いた時点でそこを起点に飛び跳ねる。遅れて先ほどまで横たわっていた場所に石の塊が降って来た。


「ふむ」


 どこか満足そうに僕を見て、それから辺りを見渡して頷く少女。


「これなら悪くはないかな、少なくとも説教は貰わないかー」


 そう言って殺気を収めると共に武器を下ろす敵。

 先ほどの魔法が土を練ったものではなく、あの銃口から吐き出されていたのだとすれば考えたくもない事態になっていたかもしれない。


 警戒しながらも辺りを見渡してみれば主要な戦闘は終わっており、両者の陣営は引き上げる姿勢を見せていた。

 重傷を負い倒れている者は居るものの、見た限りどちら側にも死者は見当たらない。


「キミ、名前は?」


「……アメ」


「あたしはクアイア。どれぐらいの付き合いになるかはお互い次第だけどさ、次も戦場でね」


 それだけを告げて仲間に肩を貸しに向かった少女の背中を見送り、僕はようやく深い呼吸を行えた。

 体格、魔力量差を無視し考えても、単純に技量ですら五分だった。クアイアに、あのリーダーであるイル、か。味方も味方だが、それに対峙する敵も相応に化け物揃いか……長生きしたいなぁ。



- 化け物を食らう 始まり -



「相手さん完全に引き上げましたぜ、お譲」


「そう、被害は?」


「重傷者三名、他は皆軽症。傷が深い連中もすぐに動けますよん……スクハ、戦力差どうだった?」


 名前を呼ばれた女性は姿勢を正して一歩前に出る。

 シィルに指示され本当に木の上で静観でもしていたのだろう。まるで元気な姿だ。


「五分五分と言った所でしょうか、色眼鏡かけずとも僅かにこちらが有利かもしれません。ただ相手のイルと名乗った女が予想外でしたね、アレにヒカリ様が押さえられない限りは負けることは在り得ないと思うのですが……」


「そう、ご苦労。もう相手は仕掛けて来ないと思うから、念のため数名残して。私達はこれから本業に取り掛かる」


「ほいほーい。スクハに……ココロ。あと傷が深くてまだ動けない二名、お譲に護衛されておきなさい。ついでに最高な味のする肉が食べられるはずだからそれで傷治して屋敷で合流でね、んじゃ」


 シィルはそう終始あっけらかんと、どこか闘争に満ちて満足気な表情で皆を率いて去っていった。

 随分と距離が離れただろう、そう思った頃合で別の気配が辺りに満ちる。


「あらら、ヒカリの勘が当たったか」


「まぁ五分五分だし。

皆、これは私達の仕事だから、お零しが噛み付かない限り手出しは厳禁ね」


 血の臭いに誘われてか、寄ってきたハウンド相手に僕とヒカリは他の人間が襲われないよう普通よりも慌しく獣を片付けるのだった。




「マズイ! もう一つ!」


「いえ、私は元気なのでいらないから……」


 そんな焚き火を囲み犬肉を楽しんだり、楽しまなかったりしている私兵の皆から少し離れ、僕とヒカリは休む間も無く襲ってきたハウンドの死骸から皮を剥ぎ簡単な処理を施す。


「私負けちゃいましたよー。気づいたら他の人が後ろに立っていまして、不意を衝かれてこれですよ」


「ココロはマシじゃん。僕なんて一対一で負けたからね……ギリギリだったけど」


 ココロの言うこれ……後ろから肩へ深く切り裂かれている傷跡を流し見しながら僕は手を動かし続ける。

 衣服にこびり付いた血液の量、それに服の切り口から腕が辛うじて半分ほど繋がっていたことが窺えた。


「……次からヒカリ様が居る場所で同じような戦闘があった場合は、お互い様子見なんかじゃなくて本気で戦わないといけないんですよね」


「まぁ、そうだね」


 今回は顔見せの意味合いが強かった。

 お互いの戦力を確認し、ある程度感触を得たら退く。そうした前提があったためそこまで気負う必要は無かったが、次からヒカリが居る場所で鉢合わせてしまえば死人が出始めるだろう。まぁそうそうそんな事態が起こらないよう、次はこれほどの人数で鉢合わせないようにシュバルツが情報の流し方を調整するはずだ。

 一桁での小競り合いならばヒカリや、ユリアンがその場に居てもこちらが加減をでき無用な死者を避けられるはずだ。敵を殺し戦力を削いで行きたいが、大本を断たない限り新しい人員が補充されて貴重な能力を有した人間を国から減らすだけになってしまう。


「もっと鍛えないといけませんね、色々な人を守れるように」


 そう確認するココロに僕は一瞬手を止めて、再び作業に戻る。

 随分強くなったものだ。傷つけられる痛みにも、誰かを守る際傷つける痛みを躊躇わないことにも。


「出来た出来た♪ どう? どう?」


「うん、大丈夫。って言わなくてもわかってるでしょ」


「うん!」


 毛皮を上手く処理できたことに、まるで歳相応に喜ぶヒカリ。ハウンドの血で血塗れなんだけれど。


「ヒカリはどうだったの? あの女の人凄く強かったみたいだけど」


「んー負けないけど殺せない、みたいな。実力が均衡しているのか、お互い防御技術が高過ぎるのか。現状一対一で戦い続けたら体力の無い私がいずれ負けるかな」


「……それって問題じゃ」


 化け物(ヒカリ)が負ける可能性が高いというのは異常だ、それ以上の化け物が敵側に居るというのだから。

 物言いから誰か一人でも加勢すれば勝てる可能性はぐんと上がるようだが相手もそれは承知の上。決して互いに単独行動はしないだろうし、自分が相手をしていた敵を倒してヒカリやあのイルに加勢しようものなら、疲労したところをついでに殺されかねない。


「うん、問題。ただ一番の問題はあの人の強さが何を基にしているかが想像も付かない所」


「……?」


「……」


 首を傾げるココロに、遂には言葉を発せ無くなる僕。

 ヒカリ最大の能力は"把握"だ。僕という体に収まりきらない例外を理解するために才能を開花させたコウ、その流れてくる彼の記憶を自身のものにするためコウを把握しあらゆる物を分析把握理解、そして自身の技術として昇華してヒカリという天才はここに居る。

 絶対的な魔力量でも、武術における才能でも、カリスマや特殊な能力でもなんでもない。今ヒカリが発している眩い全てはその把握からくる理解力、この全てが源だ。

 戦闘ならば敵を分析し最適な戦術を取り、倒した後で踏み越えてきた屍の数だけ自身の技術を増やしていく。その流れが通用しない理外の存在、それが現れてしまったのだ。凡人ながらも別の世界からやってきた僕という存在を受け入れた彼女でも、まるで取っ掛かりの掴めないイルという存在。その、意味。


「なんだろうね。技術ならわかるんだよ、こうした流派を基礎に、こんな体と魔力で動いている。ただそれに別の何かが付随して、本来よりも大きな力を発揮して私を上回る。

その何かは感情だったり、才能だったり……あの人は前者だと思うけれど、名状しがたいほど混濁とした何かが実力にまで影響していて、あまりにも混ざり過ぎてわからない、そんな感じ」


 そこでヒカリは止めていた手を再び動かし始め、暢気にも鼻歌混じりに作業を続ける。


「どうにかなりそう?」


 僕はまだ手を動かすに至れていない。


「無理。でもアメが想像しているより絶望的ではないよ。一対一でも持久戦に持ち込まれる前に逃げるし、不意に死ぬなんてこともそうそう無いと思う。大体他の何かが影響して何時か決着はつくと思うから」


 その決着が自分達にとって都合の良いものだといいのだけれど。

 手を動かしながらも頭も動かす。竜を討伐するなんて常軌を逸脱した目標を掲げるヒカリですら想像もつかない執念を、一体あの女性はリーン家という敵を前にして胸中に抱いているのか。

 刃を交えず、想像力の足りない僕には当然想像もつかなかったけれど。



- 化け物を食らう 終わり -

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