140.喪失を後ろに前へ進む
「ヒカリ、と仰いましたよね」
「えぇ」
穏やかな時間。
旧友と過去を懐かしみながら、その過去を明言せずに僕達四人はのんびりとどうでもいい雑談で時間を潰していた。
そろそろ次の場所へ行くか。そう思い始めた頃にエターナーはヒカリを見てそう言った。
「もしかしてリーン家のご息女ですか?」
「そうよ。けれどこうして今ここに居たり、これから会いに来る時にはただのヒカリでしょうね」
貴族の一人娘ヒカリ=リーンではなく、ただの復讐者ヒカリだとコウ言葉ではなくお譲様言葉で答える。
エターナーは立場上名前を知ってはいたのだろう。けれどヒカリが対峙してもコウの記憶を持っていることを告げなかったか、この様子を見るにヒカリが意図的に接触を避けていたのか。
「はい、わかりました」
「え、なになに。リーンって、あの貴族のリーン? わぁ凄いじゃん、家がお金持ちなんだ」
会話から立場と事情を把握しただろうユズが無邪気にも笑う。
ただその貴族である一人娘のヒカリもこれから命を賭けて活動していくことになる……そっちの問題もどうにかしなければならないか。
「ヒカリが動くことでいろいろと忙しくなるでしょうね。国や貴族の問題もそうですが、竜信仰者も気をつけてくださいね。おそらく活動を知られれば過激な手段でそれを阻止しようと動くと思うので」
「大丈夫です。見つからないようにやればいいんでしょう?」
僕が笑って見せると、一瞬場の雰囲気が凍りつきエターナーは仕方無さそうに頷いた。
ユズは言葉の本質を理解できなかったようで、こうした争いとは無縁な人物は生活に必要なのだと再認識させられる。
「はぁ……ほんと、見つからないようにしてくださいよ?」
「はい。今日はレイノアさんの所へも顔を出そうと思います、お代は?」
「いいよいいよ。さいか……初めまして祝い? 固いこと考えず、たまに料理食べに来てね」
わかりきっていた返事だが、たまにはお店に金銭的な還元する動きをしてあげたいというのが本音。
昔は入り浸り宿も食事もここで済ませていたが、これからはリーン家の屋敷が存在する以上意識しなければただの営業妨害に顔を出す羽目になる。
「レイノアが行商をやめて、ここレイニスで店を構えていることは知って居ますね?」
「えぇ」
返事するヒカリの傍で脳にある地図を再確認する。
この宿からそう遠くはない場所でいろいろな物を取り扱っていることは事前に調べている。
ただ今現在そこに居ることや、そもそも店が開いているかなどまでは調べていない。まぁ閉まっていたら閉まっていたで中へ入るか、後日改めて訪れればいいだろう。
「アメちゃん、ヒカリちゃん」
軽く頭を下げ、宿を出ようとしたところでユズに呼び止められて振り向く。
「行ってらっしゃい」
今日はもうここへは帰ってくることはないだろうが、僕達は心の底から笑みを浮かべ別れの言葉を告げる。
「「――行ってきますっ」」
- 喪失を後ろに前へ進む 始まり -
「レイノアさんいらっしゃいますか? 少し重要な用件でこちらに来ました」
僕の言葉に二つ返事で奥へと下がっていく店員を横目で見ながら、ヒカリと二人入ってきたお店の中を見渡す。
最低限の武具に生活必需品。それと物珍しいそうなよくわからない品物や、宝石などの小さくスペースを取らない高価な品。あとは魔道具と思わしき物も幾つか。建物自体もしっかりしていて、何名か店員を雇っているこの冒険者向けのような立派な雑貨店はレイノアが店主として経営しているらしい。
十年という月日は大したもので、人は変わるしお金を蓄えた人間は行商から町へお店を構えることもできるのだろう。
そういった実感はあまりない。ヒカリの家は生まれついたまぁ幸運と呼べるもので、身につけた技術は本人なりに苦心しただろうが元々あった知識を自分なりに吸収するという共感の難しいもの。
僕は八年溝に捨てていたものだし、その後の二年もこの世界に初めて来て馴染むよう試行錯誤したり、平和な世界から血を流して戦う生活に移ろう日々を追想したら、それらが前提として存在していたこともあり三度目の生は大した努力をした記憶が無いのが主観的観測結果。
実績が無い状態で竜相手に頑張れるかと訊ねられれば多少疑問を抱かざるを得ないが、この世界大半の行動は初めてだ。気を引き締め、それでも焦心せずといった塩梅を、何とか周りの皆と支えありつつ進みたいと改めて思った。
「店ではなく俺個人に用があるらしいな。名は?」
裏から顔を見せたレイノアに心を静める。
ブラウンの髪はそのままに、多少肌が白くなり筋肉が脂肪に変わっている様子もあるが十分商人としては見られる姿だ。懐かしい人物。四十台も見え始め、それでも立派な姿で再会を果たせた。
心踊らないわけがない……けれど、先の二名のように僕達に対して好感を抱くとも確信してはならない。生まれ変わりを明言せず信用を勝ち得、それも彼にとって十年前の僕達がそれなりに大きかった存在である必要がある。
「……何の真似だ?」
その第一歩を、僕は懐に忍ばせていた硬貨を弾くことで踏み出した。
「レイノアさんの真似です。開拓の日と違い、僕は上手く弾くことができたと思いますがどうでしょうか?」
僕の言葉に一瞬レイノアは動揺した様子を見せ、すぐにそれを覆い隠して容易く受け取ることのできた硬貨を確認する。
色は金色。あの日僕は体から逸れた硬貨を何とか受け取ったが、投擲用に作られていないナイフですら武器として投げられるようになった今、金貨一枚弾く事など容易い。
「願掛けも流石に竜には敵いませんでしたが、今日確かに借りていた分返しましたよ」
告げることは全て伝えた。そしてレイノアは確かに気づき、優しく笑った。
「少し裏で休んでおけ。俺はこいつ等と話がある」
僕達のやり取りを不思議そうに見ていた自身を呼びに行った店員にそう告げ、レイノアは表の看板を下げてカウンターへと体重を乗せる。
「それで、何の用だ?」
「え? ここ何か質問責めに合う所じゃないんですか?」
何食わぬ顔で本題を求めるレイノアに、僕は思わず狼狽する。もしかして何も伝わっていなかったのではないか、そんな不安。
「知っているだろう? 俺は面倒が嫌いなんだ。
今の今までそういう体の事情を抱えた人間が顔を見せず、今になって会いに来たとなれば只ならぬ問題を抱えているに決まっている。さっさと本題に入ろうじゃないか」
「いやそうなんですけどね? 刻一刻を争う段階ではないんですけどね? もう少し情緒というかね? そういったものをね??」
「聞いてほしいのか? 根掘り葉掘り」
「本題に入りましょう」
僕は即答した。そこまで見透かされているのであればさっさと話を進めよう。
「魂鋼って鉱石知ってる?」
ヒカリの問いにレイノアは少し視線を逸らして何かを思い出す素振りを見せて返答する。
「あぁ、名前程度はな。青白い鉱石で、非常に優秀な素材。どこから採れるのかもわかっていない事実を除けば、だが」
それほど知っているのであれば話が早い。
「その魂鋼の捜索、及び確保をお願いしたいです」
「わかっているとは思うがそれなりに高くつくぞ? 価値を理解している人間が所持しているようならば大金を吐き出す必要があるだろうし、捜索の度合にもよるが日々の商売、生活で目に付かないか意識する程度ならばまだしも率先し捜索するとなれば人件費も継続的に必要になる」
「構いません、それについては後ほど詳しい取り決めと書類を作りたいです。あとは見入りの良い仕事があれば紹介していただけると助かります、大分危険を伴ったり後ろめたい仕事でも平気でやりますので」
仕事の募集についてはエターナーにも頼んである。
今回レイノアに頼んだ魂鋼についての仕事や、竜を狩るために動く資金はリーン家の資産とは別の所から持ち出す必要がある。
荒っぽい仕事や、汚れ仕事は構わず自分達で行っていく予定だ。極論無辜な人を殺す程度は構わないが、遺跡関連は避けたいところ。非常に収入が良いのはわかっているが、リスクとリターンを計算できないほど未知な存在に触れるのは避けたい。
魂鋼についてはどうしてもヒカリが戦うのに必要なことが現段階でも判明している。
ロングソードに盾。これが標準なのだができれば両方、最低でも剣だけは一般的な物から逸脱する必要がある。
魔砲剣。
確かに竜相手にでも効果が現れたその武器。けれど今のヒカリは体格の良いコウではなく、鍛えているけれど幼さを捨てきれないただの少女だ。
魔砲剣はその複雑な機構から一般的なロングソードよりも遥かに重量がある。故に小型化による軽量化、もしくは素材そのものの見直しが必要。そして僕達は今回後者を選んだ。
理由としては魔砲剣そのものが国が率先して研究することを諦めたマイナーな技術であること、これは自分達が新しい技術を開拓する必要を意味する。自分達で技術を学び開発する、あるいは技術者を雇い開発してもらう必要があるのだがこれならば魂鋼を見つけたほうが手間もコストも抑えられる。
そしてもう一つの理由は剣自体が竜に有効打を与えられる可能性を持つこと。こちらはあくまで副次的な希望だが、竜鋼で作られた魔砲剣でコウが戦っても、事前に予想していた通り渾身の一撃を叩き込むなり装甲の薄い箇所を狙えば効果が出ていた。これが魂鋼でできた剣ならば普通の敵相手に一般的な武器を振るうレベルまで落ちてくれるかもしれない、回数制限のある威力最大超射程の槍という砲撃に頼る必要がなくなるのだ。
「あと最後に竜の甲殻なんか手に入るのあればお願いします」
「……無茶を言うな。現時代の人間が竜を討伐できた記録が無いんだ。死体から剥ぎ取らなければならないような物体がどうしたら手に入る」
反射的に飛び出したような反論に僕は冷静に言葉を返す。
「幾らでも可能性はあるでしょう。今の時代が無理ならば前時代の人々が倒した竜の素材がどこかにあるかもしれない、知られていないだけでどこかの小さな村に竜を倒した人間が居て剥製でもあるのかもしれない。単に脱皮や、何らかの要因で死亡した竜の体から剥ぎ取れるものでもいい」
魔砲剣が竜に効くのは実際に確かめた、僕達が死ぬ前に戦った一戦で証明されているのだから。
魂鋼が有効かどうかはあくまで憶測だ。できるのであれば実際に有効かどうかを確かめるために的が欲しい、魂鋼でできた武器で叩き切るための的が。
「わかった。魂鋼、竜の甲殻、仕事。お前達が求めているのはこの三つだな」
頷きながら思案する。
魂鋼の武器は必須として、魂鋼の防具もあれば好ましい。
ヒカリ曰く竜の攻撃を何度もコウが攻撃を盾で防げていたのは奇跡に等しいらしく、いつ盾が壊れてもおかしくない状態だったそうだ。普通の合金を竜鋼にランクアップ……しても防げる回数が増えるだけで、挙句重くてヒカリへの負担が酷いことになる。
武器で防ぐのは論外だ。受け止めた武具自体で即座に反撃するのは難しいし、魔砲剣の機構は複雑で例え魂鋼で構成されていたとしても普通の攻撃ならばまだしも竜の攻撃などを何度も受け止めて戦闘中いかれてしまえばその時点で逃げざるを得なくなる。
僕の攻撃手段も悩みどころだ。
ヒカリは真正面からでも竜と戦えるだろう事は今でもわかっているが、僕自身はとてもじゃないがまともな武具を揃えていたとしても殴り合えるとは思っちゃいない。何か遺物のような特別な何かか、新しい雷以上に効果的な魔法……もし魂鋼が竜の甲殻を貫くのであれば、ナイフでも作って近接戦闘だろうか。ぶっちゃけ想像したくもない。あの巨体相手に肉薄して無事でいられる自信は今のところ無いし、ナイフ程度の質量でも魂鋼という存在は惜しまれている。
「そういえば立派なお店を構えられたんですね」
「ん、そう言ってもらえると嬉しいものだな」
思わず思考を竜から逸らしたくて、一先ず纏まった会話を無難な場所へと移してしまう。
レイノアの店だが一般的な雑貨屋が『何だこの混沌とした空間は!』と白目を向くほど雑多な物を取り扱っているが、建物自体や商品そのものはしっかりとしたもので、こうして従業員も何名か雇えているだろう状況は手間が少ないからと僕達の村とレイニスを往復していた姿からは正直想像もつかないほどだ。
「シンとは契約を切ったの?」
村のことを思い出し、僕と同じように訪れるレイノアの隣に居た姿を思い出したのかヒカリはそう尋ねた。
僕の父親並みに体格が恐ろしくて、ツルツルな頭に無口な表情でレイノアの護衛をしていた男。たまに酒を浴びたときには感情を表に出していたり、小鳥へパンくずを与えていた姿は今でも鮮明に思い出せる。
「あぁ、アイツか。アイツは、死んだよ」
「そうですか」
自分でも酷く無機質な声が出たと思う。
彼はどうだったかは知らなかったが僕はそれなりにシンという人物に好感を抱いていたし、人の死というものが自分の中で一般的なそれとは大きくずれては居ないと実感している。
悲しい、寂しい、確かにそれはある。でも冒険者として、戦士として生きる人間に死は付き物で、例えばユズやエターナーのような街中で暮らしている人々と比べれば仕方のないものかと受け入れることができる。それも十年以上前の記憶についてくる人間の生死となれば尚更だ。
時間の壁という存在を実感して寂しかった、シンが亡くなっていてそれなりに寂しかった。でも一番今寂しい、そう感じたのは戦いに身を委ねる僕とヒカリだけではなく、仲の良かっただろうレイノアもシンの死を軽く受け流していることが何より寂しいと感じさせたのかもしれない。
「俺はあいつのことをよく知らなかった。本当に無口なやつで、どうして俺自身素性も知れずコミュニケーションも曖昧にしか取れないコイツを金で雇って、命を預けているんだと疑問に思うことも少なくなかった」
けれど、レイノアが珍しく饒舌に語り始めたそれで寂しさは霧散する。
多分僕は勘違いをしていたのだ。
レイノアはシンの死をどうとでも思っていないわけじゃなかった。とても悲しくて苦しかった、それを乗り越えられた今。あるいは別の要因、例えばルゥが笑いながら己の意志に従い死んでいったことを、受け入れて彼女の話題を笑いながら話せる僕達のような。
「それは死ぬその瞬間まで変わらなかった。長い付き合いで、それこそ死ぬ間際なんて一言残したいような状況で、アイツは俺と俺の馬車が無事なことを見届けて少しだけ笑いながら逝ったんだ」
面倒だからコミュニケーションが僅かで済む護衛を雇っていた?
否だ。面倒ならば本来言葉でやり取りするだろうことを、僅かな仕草等で察する機微にどう対応したものか考えるものか。
単にレイノアは彼が気に入っていて、シン自身もレイノアを気に入っていたからこそ、無言で隣を歩み続け、そして語る必要が無かった故に無言で逝ったのだ。
「他に専属の護衛を雇い、今までのように行商で稼いでいくことも考えた。
ただシンの奴が逝った時には最低限町で店を構えられる様な資金は集まっていたから、これを機にとこうして諸々を揃える事に決めたんだ」
その言葉に僕とヒカリは少しだけクスクスと笑う。多分これを機に、なんてものが本音じゃないと思ってしまったから。
専属の護衛、それを他の誰かで埋めたくなかった。あるいは無意識の内に知っていたのだろう、新しい護衛を雇い続けても今までのような居心地の良い環境は作れない、と。
素直にそれを口に出せないレイノアがどこか可愛くてそう笑うと、レイノア自身も思い当たるところがあったのか無言で居心地の悪そうに身を揺らす。
「……死に方で言えばお前達は誰よりも酷いからな? ここ一、二年姿を見ない、話も聞かないと思えば、エターナーの奴は話題に出せば苦しそうな表情を浮かべることに気づくし、問い詰めて詳しく聞けば自棄になって竜に殺されたのだろうと漏らすし」
「……僕達、ではないですよ。あの子達、です」
鬼の首を取ったかの様子に、僕は実際に首をもがれたように苦し紛れにそう返すしかない。
生まれ変わりを口に出しては欲しくないし、あの時自暴自棄になった自分は今思い返しても恥ずかしさと申し訳なさでどうにかなりそうだ。
「るせぇ。女ってのは何時もこうだ、閉じた輪で男を外から笑いやがって」
差別だ! と叫びたかったがそんな様子はよくわかる。
男は不満があれば正面から言ったり、露骨に避けるものだが女は表面で笑いながら後ろで何を考えているかわからないことが多々ある。
それもこうして人数差をつけて男女で分かれるとなれば尚更だ。男は数の多い女のオモチャに……何を真剣に自分を女性としてカウントしているのだろうか。
「ほら、選別だ。これを貰って今日は帰れ」
相も変わらず適当に投げつけてくるそれを一つずつヒカリと共に受け取る。
「まぁ今の反応は僕も悪かったと思いますし、今日はこれでお暇しますけど、その前にこれがなんであるか説明貰ってもいいですか? 腕輪?」
ベルトの付いた輪っか。
今も腕に魔道具を固定してあるベルトに似ているが、単にそんな装飾品を渡れても困る。というか腕が細すぎてするりと抜け落ちてしまう。
「可愛いね」
そう言ってヒカリが掲げるのは指輪。
宝石など無くシンプルなものだがオモチャのような陳腐さは無く、洗礼されたスタイリッシュさで華やかさと可愛らしさを備えている。
いいな、僕もそっちがいい。少なくとも腕輪は腕輪として機能していないし、ヒカリならば何とかこれを付けられるかもしれない。
「それは魔道具だ。少し適当にでいいから魔力を流してみろ」
その言葉に腕に通さず持ったままの腕輪に魔力を流し込む。すると流し込んだ魔力が、青白く可視化できるように方角、この場合は方向か、方向を指し示した。
魔道具、一つは指輪。スイとジェイドが持っていたものを思い出し魔力を流しながら体をぐるりと回す。するとある一点を指し示したまま、魔道具はその場所を僕に示し続けた。
「番の位置がわかるの?」
尋ねるヒカリの指輪も僕と同じようにこちらを指し示しているのがわかる。
「あぁ、そんなに距離は遠くはないがな。この街全体程度か」
町程度。
スイ達の指輪の時も聞いたが、魔法の行使を町の端から端まで行うというのは人の手で行えるものではない。
効果を限定し、予めそれを増強する仕組みを作り上げて初めて道具が魔法を成すのだ……ぶっちゃけ魔道具という存在は普段使う機会があるもののあまり詳しくない。便利なもの程度の認識で今まで問題なかったが、もしかすると竜に対抗する手段を思いつく材料になるかも知れないし一度触りだけでも学ぶべきか。
「ねぇ、ヒカリ」
「ん?」
「交換しようよ。僕、腕から抜け落ちちゃう」
しっかりベルトを一番細い箇所で止めて、肉の付いている場所に付けているにもかかわらず抜け落ちる腕輪を見て、ヒカリは少し悩んだ後良い事を思いついたかのように表情を明るくして、しっかりと指輪を嵌めてから僕の腕輪に手を伸ばす。
「ここならいいんじゃない?」
されるがままに、苦しくないよう気をつけて首に巻き付けられる腕輪。
サイズが恐ろしいほどぴったりである事を確かめながら、その辺に飾られてあった鏡で自分の姿を見る。
「……レイノアさん、これ本来こういう装飾じゃないんですか?」
「さぁ? 詳しいことは知らん」
鏡に映る自分の姿はチョーカーを身に纏っていた。
魔道具に似た形状であるから自然と腕輪ではないかと推測していたが、改めてこうして見るとチョーカー、首に纏うアクセサリーそのものだ。試しにそのまま魔力を流してみたが、問題なくヒカリの方向を指し示していた。鏡越しにしか見えない角度で、だが。
これじゃ僕は首につけたままではヒカリの場所を知ることはできない。というかチョーカーは言ってしまえば首輪だ。首輪、一方的に位置を知られる……僕はヒカリのペットか何かだろうか?
「チェンジ」
「やだ。似合っていて可愛いからアメはそのままで居て」
表情と声音に多少の人を笑う嫌らしい物が込められていることに気づき僕は猛反発する。
「いやだよっ! これじゃ僕はヒカリに飼われているみたいじゃない!? ヒカリなら腕輪としてしっかり付けられるだろうしさ、僕はその指輪使わせて?」
「だーめ。私がレイノアにこれを貰ったの。それにアメってすぐ腕や足を落としてでも戦おうとするでしょ? 首なら死ぬ時ぐらいだし安心だね」
ふざけたような物言いだが実は的を射ている。
ヒカリと違い四肢の欠損を躊躇わないし、躊躇っていては辛うじて勝てる戦いにも勝てなくなる可能性が未熟で体格の劣る僕には高い。
実用性で言えばこの組み合わせが最良だ。わかりきっている、文字通り満身創痍の際ヒカリに居場所を伝える場合首に魔道具を付けているのがベストだ。でもぐうの音の一つは出したくなってしまうのが人の心というもの。
「……なら普段は付けないからね」
「それでもいいよ。家に居る時、探すのが手間取るのは面倒だけど」
そこで折れられてはこれ以上抵抗を続ける僕が見苦しいだけだ。
諦めてチョーカーとしてこの腕輪(?)は活躍してもらうことにしよう。あまり使う機会はないと思うが、特に僕から。
「お前ら……」
「なに?」
「なんですか?」
少しタイミングの違う僕とヒカリの返答。
「言いたいことは山ほどある。もっと体を大切にしろとか、惚気るなら他所でやってくれとか」
実質言っているではないか。しかも別に惚気ているつもりなどこれっぽっちも無い。こちらは真面目に抗議しているつもりだ。
「言いたいことは一つだ。なんというかその、変わったな。お前ルゥのやつかと思っていたが、コウだろ?」
「ん。男の子のほう、とだけ」
レイノアの本人曰く一つだけ言いたいこと、にヒカリはギリギリなラインで返事をした。
もちろんギリギリアウトだ、今再会したばかりのこの場だから許されているようなもので。
「何時までも後ろを付いて歩いているだけかと思ったが、人って変わるものだな」
僕の言うこと全てを後ろで受け入れてくれていたコウと、実は一番眺めの良い場所でクローディアを後ろで見ているのではないか疑惑が出始めているシャルラハローテを思い出す。
「どんな自暴自棄になるような馬鹿でも、一度死ねば流石に変わりますよ」
そんな光景を振り払うように僕は笑った。
馬鹿は一度死んだ程度では直らないと身を持って知っているにもかかわらず、だ。
- 喪失を後ろに前へ進む 終わり -




