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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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136.源泉煮え立つその薪木は

 夜が明けてすぐ、僕は一人西の郊外に向かう。

 昔はコウとよくこうして訓練に来たものだ。ただヒカリはこうした体力作りを別の空いた時間に行うことも多いし、ココロは僕と違い正式に親衛隊に所属しているのでそっちの訓練がある。

 だから僕は一人、空いた時間で体力をつける。

 睡眠時間は短くとも支障は出ない体をアレンに作ってもらえたし、そもそも前の世界と比べてこの世界は休める時間が圧倒的に多い。

 肉体の劣っている僕は少しでも他者に追いつくため、そして竜という目標に進むための時間を太陽が上がっている間に充てたいため、こうして活動をする必要があるのだ。


 最低限体を解し軽く町を覆う外壁に沿うよう走り始める。

 柔軟は最低限で十分だ。走る時に痛めない程度、それに自室で普段空いた時間に柔軟と筋トレを行っていること。

 あとは戦闘に本当に必要な体の解れ方を考えると、そんなもの実戦で実際に身につけた方が最善だ。


 走り続けているとそのような思考を行う余裕も無くなって来る。

 負荷をかけ、十分な時間を走れば今度はその負荷の一線を超える。

 鼓動は早く、呼吸は激しく。景色は瞬時に切り替わる。

 人間の限界。たった十しか齢を重ねていない少女の、幼い体の限界にすぐに到達する。

 どれだけ鍛えても限界の枠(それ)を壊すことはできない。全速力で走り続けるなんて三十秒も持てばいいものだ。

 それを魔法で壊す。体を動かすエネルギーを保存してある部位から無理に引き出し、悲鳴を上げる体を応急措置、添え木を行っただけで走る骨折した足のように扱う。

 それでも、きつい。訓練で全て吐き出さず余力を残すため、あるいは実戦で現実的に使えるリソースを考えて。引き伸ばして一分、長距離を走るのであれば速度を落とし数十分単位で考えることもできるが短距離、短時間の限界はこんなものだ。


 十秒。肉体的限界を魔法で壊し、それでもつらいって感情は止まらない。

 二十秒。酸素は足りなかったり血流の問題で意識は白く薄れるし、全身の骨だとか筋肉は悲鳴を上げ続ける。

 三十秒。苦痛を緩和する魔力なんて生み出せない。今考えることは走る、ただそれだけだ。他に魔力を割いている余裕などない。

 四十秒。ほとんどものを考えることのできない頭に一つの考えが過ぎる。どうしてここまで頑張らないといけないのか、と。ここまで訓練に苦痛を伴わくともよいのではないか、手を抜いちゃっていいんじゃないか。僕はどうして自分を鍛える必要があるんだ? 即答。竜を殺すためだ。世の中気に入らないものなんてたくさんある、それらに負けないよう僕は頑張る必要があるのだ。

 五十秒。身を焦がすような怒りが、焼けるような体に張り付き僕は諦めずに前に進み続ける――僕に焼身する苦痛を、張り裂けるような痛みを……あと十秒。

 六十秒。ここが僕の限界点。魔力で強化した肉体に、日頃こうして鍛えて研磨された肉体の限界。竜を倒すために必要な日課。


 竜は今掲げる目標の中で最も大きなもの。けれど、根源はそれじゃなかったはずだ。竜を殺す? 違うだろう? もう二度と喪わないために、守るために僕は地獄を歩むと決めた。


 六十一秒。

 体が動く、頭は異議を申し立てる。

 これ以上は無理だと、道理から外れていると。これ以上は無謀だと、体を壊しかねないと。これ以上は無意味だと、限界を超えた訓練から得られるものなど何もないと。

 心が叫んだ、今必死に血液を全身に回している箇所が言ったのだ、知ったことか、と。

 無理無謀無意味無駄無価値無茶? それでも体は動くんだ。そうしなくてはいけないのだ、そうしたいんだ。アメという人間はそういうものなんだ。


 ――六十、二秒。



- 源泉煮え立つその薪木は 始まり -



「ちょっとちょっとっ!! なにあんたまだこんな仕事しているのよ!?」


 一仕事終えた段階で、本人曰くこんな仕事を行っているクローディアが口煩く、それとは対照的に物静かにそっと後ろへ着いて来たシャルラハローテ。

 僕の背には屋敷の入り口付近に移動した溜まったゴミ達。

 業者がゴミを回収し処理してくれるのだが、敷地内へ完全に外の人間を入れるのはいろいろと面倒があるもので、使用人が屋敷内のゴミをかき集め入り口まで回収日に持ってくるのが仕事となっている。


「まぁ僕、一応メイドですし」


 名義上私兵、自称冒険者、たまに趣味でメイド……多分定職がない、極論無職という表現が適切なのかもしれない。


「そうじゃなくて、竜を倒すなんてふざけた目標をヒカリ様と掲げているわけじゃないの!? こんなことしている場合じゃないでしょ!」


 声を張る少女の眼に映るのは不相応な立場を与えられた客人か、気に食わない同業者の部下か、それとも竜を倒し英雄になろうと夢を見ている夢想家か。

 彼女の声に色付くのは嫌悪、怒り、それとも心配? 本人も自分が感情を高ぶらせている原因をよくわかっていないようで、こうして読み取ろうとする僕にも上手く伝わってこない。

 それに対して感情的な友人を一歩下がった場所で眺めているシロを見ると、視線を合わせ微笑んで頷き返してくれた辺りこちらの方がどういった人間か理解しやすい上、付き合いやすいというものだ……初めてシロに抱いていた印象より、実情がかなり異なっていそうな辺り一筋縄ではいかなそうだが。一歩下がって何時も黙っているのは自己主張が少ないものだと思っていたが、多分これ破天荒な友人をよく見れる客席をキープしているのではないだろうか。


「そうですけど、四六時中目標のために何かしていられるわけじゃないですし、こうして息抜きをしたり源泉と向き合うのもいいかなと」


 にしても竜を倒す、そうした目標が屋敷内の使用人にまで知れ渡る速度の早いこと。

 ヒカリが大々的に発表した記憶もないし、日々の会話やココロ達から漏れた情報、それに元々存在していた不思議なヒカリの動きからある程度推測されていてここまで迅速な速度で情報が広がっているのではないか。


「げんせん?」


 きょとんと目を丸くさせ僕の発した言葉を繰り返すクロ。多分言葉の意味を理解していない、というか理解していても僕がどういった意図を込めて発したものか理解できるものではないだろう。


「ま、まぁまぁ、クローディア。仕事は楽になるし、そう、怒らなくても、いいんじゃない……かな」


 源泉が何を表すのか曖昧にでも読み取れたのか、シロはそうして僕の肩を持ちクロを(なだ)める。


「でもっ! あたし達より小さいアメが、こんな大きな物まで運ぶのは無茶し過ぎよ!」


 指差され佇むのは壊れて直しようが無くなり破棄することになった家具。

 初めに僕へ楯突いた感情をそのままに、目に付く材料を持ってこちらへとぶつかってきたのだが、仕事ぶりを否定するよりも僕の身を案じている色が強くなっている本末転倒っぷりはどこか子供らしくて微笑ましい。

 ただ小さいって表現したのを僕は見逃していないぞ。事実だが気にしているからな。


「アメさん、これ一人で運んだ、のですか……?」


「ん? はい、そうです」


 シロに丁寧な言葉で問いかけられ、思わずココロに対応するようラフな言葉で返そうとし思いとどまる。やりづらいことこの上ないが、あくまで二人は僕の上司、それがたとえ使用人のアメではなくとも徹底しなければ迂闊な僕だ、すぐにこうした状況でもボロを出すだろう。


「普通こういうのがある時はね、手の空いている男の人か、最悪その辺に居る私兵の連中を捕まえて手伝わせればいいのよ」


「い、言い方、言い方……」


 表現の問題を指摘しながらも、内容そのものを修正しない辺りそういった文化はここに根付いているのだろう。

 執事ならまだしも、親衛隊の連中も手伝ってくれるのか。シィル、ツバサ筆頭に現時点でも顔を覚えている面々を思い出すが、どれも気のいい連中か、有り余る力を発揮できる状況を求めるような筋肉バカばかりだ。うん、問題ないのだろう。


「はぁ……もう終わったことだしこれ以上は言わないけれど……あんた、早朝も郊外に出て体動かしてきたんでしょ?」


 見られていたのか。

 まぁ毎朝毎朝西へ行って、ヘロヘロになりながら帰ってきては一息ついた後に自室で筋トレや柔軟をして体を拭く。

 その後メイド服に着替えるなりなんなりして町全体が目覚めた辺りで僕もその喧騒に混じって行く。

 屋敷の窓は外側についていることが多いし、ここへ来てそれなりの時間が経つ、一介のメイドに何か知られても仕方のない頃合だろう。


「あんまり無茶して、いつか倒れて迷惑かけないで頂戴よねっ」


 辛うじて聞き取れる声に今度は僕が目を丸くする番。

 これは驚いた、ツンデレというもを実際に目の当たりにするなんて。


「くすっ」


 思わず僕ではなくシロが漏らしてしまった笑い声に、彼女がクロに追い立てられ去って行くのを見て僕は僕の仕事へ向かっていくことにした。



- 源泉煮え立つその薪木は 終わり -

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