128.見定める洗礼
「――勝てるか!」
数分後。僕は大の字に倒れて叫ぶ。
何とか大きい方の鉄球が直撃するのは避けた、というかそれを避けるだけで精一杯だった。
フレイルという武器は厄介なもので、鎖や柄の持つ箇所を変えれば優位な間合いを調整できる上、柄自体も軽く扱える鈍器として鎖で遠くからぶつけてくる。
特に武器も与えられなかったので僕にあるのはこの身一つのみ。
徒手格闘が苦手な相手は短剣などの短いリーチの武器に、こうした自在に間合いを調整できる類。
それも魔法の都合上攻撃面だけを考えるならば鈍器と言う武器はこの世界でもっとも効果的だ。刀剣は切り裂くという特徴を皮膚を硬化することで若干傷を抑えられるが、鈍器は硬化した皮膚など無視して中身を殴ってくる。魔法で防御できるのは精々体がバラバラにならないよう繋ぎとめるのと、揺れる意識を保つぐらいだ。
武器という不利を与えられた状態で戦う相手は親衛隊隊長。しかもふざけた性格という仕事に適さない性質を無視してまでその役職に就ける人間。
実力、経験、才能、体格。僕が勝てる要素などどこにも無く、争っていた本人は傷だらけで魔力も半分失せて倒れている僕に対し、目立った汗も見せずに平然とこちらを見ている。
「まぁまぁ。結構頑張った方だと思うよ? あたしサイキョーだしね、お譲の次ぐらいに」
実際この国にはシィル以上の実力を持った人間はまだいるだろう。
ただ僕にしてみれば対応不可能に部類される最上の人間として一つに纏められる。
「ただ期待ハズレというか、もう少し頑張ってくれるものだとあたしは思っていたんだけどなぁー」
「期待に副えなくてごめんなさいねっ」
何とか座り込み、溢れ出る汗を拭う。
「いやいや、アメの本気を引き出せなかったあたしが悪いと思うよ? 牙はまだ抜け切っていないようだしね」
「……?」
意味深な言葉の意味を探っていると、影でエリーゼと共に休んでいたシュバルツがこちらへ近寄ってくる。
「んじゃ、バトンタッチね。期待しているよ、シュレーちゃん、君ならできるっ!」
ハイタッチをしようと掲げられた手に渋々答えようと手を上げたシュバルツは、シュレーと呼ばれた途端広げていた指を握りシィルの手のひらを殴り飛ばした。
「次は俺の番だな」
「……あの、もう余力が無いんだけど。魔力も体力も、半分ぐらいしか」
「もう半分ある、の間違いだろう。死ぬ気でそれを吐き出せ」
「え、やだよ。必要な時に動けなくなるじゃん」
全て吐ききった魔力が、一度の睡眠で回復することはない。
たとえこれから寝るという段階でも、魔力は一、二割温存しておかなければ朝になっても満たされていない。
まだ今日という日は夕方に差し掛かっている段階だし、深夜に何かがある可能性だって残っている。できるのであればここで残ったリソースを吐くことは避けたいのだ。
「なら、今が有事かもしれないな。今、お前の目の前にはテイル家の暗殺者がいる」
シュバルツは二本の短剣を鞘から抜き去り、不要になった鞘を投げ捨ててリーン家の執事服を着たままそう言った。
- 見定める洗礼 始まり -
「という嘘で僕に発破かけるつもり?」
立ち上がり、姿勢を整えながら尋ねる。
「偽りだと思うか? 俺が戦う術を持っている事実、それもお前と同様の正面からぶつからない暗殺技術を持っていることは知っているだろう?」
「……」
立ち振る舞いや、服の下に何かを隠してる気配は出会った当初から感じていた。
故に、僕は何も言えない。他にも様々な要因が、ある種確信めいた一つの結末へと走り抜ける。
「不自然な主との関係、何故専属の執事を主は付けているのか。
それに言ったよな『アレは殺しても死なない人間』だと、そこに俺が込めた実感は感じなかったか?」
あぁ、今まで見てきたから、僕達のような存在がヒカリに挑むところを見てきたから、あのような様子でその言葉を発しただけではないのか。
直接挑んだあと、なのだ。今目の前に居る男は。
「――っ!」
「っ! そうだ、その目だ! お前が今まで隠してきた、あの日主と戦った際にしか見せなかったその目!」
スカートに手を入れ、右太股から抜き出した短剣を縮地で距離を詰めて突き立てる。
難なく二刀流の片方でそれを防がれ、相手が動く前にこちらから左腕を胸へ捻じ込ませるため突き出すが、その腕目がけて上から刃が振り下ろされるのを確認し後ろへ跳ぶ。
「お前の本質はそれなんだよ。人間らしい理性でもない、獣らしい感情に振り回される姿でもない。そのどれでもない、感情そのものに成ったかのような姿」
着地する間には投げナイフを二本指の間に仕込めている。
五月蝿く言葉を発する男に僕はそれを投げつけると同時に、詠唱を行わず地中から土槍を吐き出すために魔力を伸ばす。
「何故それを先ほどシィルと戦ったときに見せなかったか。単純だよな、単に敵ではない相手を、憎み殺す必要のない相手にそれを向ける必要がないからだ」
勝手知る様子でナイフを避け、土槍が地中から顔を見せる前にこちらへ駆け出すシュバルツ。
僕はそれを迎撃するために、相手との呼吸を意図的にずらしたタイミングでこちらからも駆け寄る。
流石に体格が優れている相手でも、腕と足では足の方が長い。短剣を持つ腕を蹴り上げ、武器を手放すまではいかずとも攻撃しようとした呼吸を乱すことに成功する。
地に着けたままの左脚でもう一度跳び間合いを調整しながら、今度は腹部を右足で蹴り付ける。
次に距離を開けるのは相手の番。魔力を込め、数歩後ろに跳ぶだけで作れる距離は僅かな時間しか生み出さないが、その余裕が崩れた態勢を整えることに繋がる。
「くあっ――!!」
僕はそれを許さない。
許さないためにそうなることを予測し、距離を開けている最中で既に両腕の魔道具を展開しチェーンを刃に変形させ、体を宙で捻り全力を込めた一撃、二つの鞭のように長い刃を重ねて叩き込む。
「くっ!」
一つ、短剣で防ぐことは叶ったものの、二つともなれば防ぎきれなかったようで肩に衣服を破り刃が食い込む。
その隙を構えなおした魔道具で一度横に薙ぐと、相手も案の定持っていた同系統の魔道具を振り、鋭く長くも軽い二つの刃はどこかへと弾かれていく。
行く先を気にせず更に一度、もう片方の魔道具を伸ばすがこれは短剣で最低限軌道を逸らされ、制御し近い肉体へ巻きつかせようとする前に相手の魔道具がこちらへ伸びてくる。
身を翻し避けつつ、スカートへ再び手を入れながら短剣を構え距離を詰める。
一度、短剣と短剣がぶつかり合いガキンと音を鳴らし。
二度目、開幕と同様拳を突き出した僕の腕に今度こそ上から刃が貫き酷い痛みを伝える。
「――!?」
驚愕に満ちた表情は、その程度の攻撃が腕に突き刺さる事実に対してか、それとも僕が左手に握って腕を突き出した正体に気づいてか。
間髪入れず爆発。
ピンを抜かれ、僕が握ったままの手榴弾は二人の間で確かに爆発し、こちらは左腕を短剣から守らず初めから爆発に備えていたため左手の皮膚が吹き飛ぶ程度で大事はないが、衝撃に遅れ対応したシュバルツは衣服や肉体に確かな損傷を負っているのを確認できた。
左腕に刺さったままの短剣を抜き握り、今度はこちらが二刀流で、相手は短剣を一本しか持ってない状態。挙句手榴弾分のダメージで、こちらが優勢に傾いているだろう。
「はいはい、一旦ストップね」
声の主はヒカリ。
自身を害する存在を守るように僕の前に立ち、背中にはシュバルツを庇い武器は構えていないものの威圧感を出して進路を防いだ。
「どうして……」
「いや、アメがあそこまでするとは思っていなかったからこうして私自ら止めに来ただけ。ほらシュレー、種明かししなさい」
視線を向けられたシュバルツは、その呼び名に嫌悪感を示さず体の傷を治しながら口を開く。
「……俺がテイル家の暗殺者というのは過去の話だ。一度実際に暗殺を行い、主に成す術も無く負けた。
その際、このような人に仕えられたらどのような人生を歩めたのだろうという見苦しい言葉を主は拾ってくれて、傍に仕えることを許されたのが大体二年ほど前の事だ。
今でも名目上はテイル家に仕えていることになっているが、そのような仕事を遂行するつもりなど毛頭もないさ」
「信じられないのなら色々な人に話を聞いてみてもいいんじゃない? 私兵の皆や、お母様お父様はこの事実を知っているし、争いとは無縁の使用人達にも噂として広まっているみたいだからさ」
僕はそこで初めて周りを見渡す。
視界に入るのは満足気にニタニタと僕を見つめるシィルと、興味深そうに影からこちらの様子を窺っているエリーゼとツバサ。
……一杯、食わされたか。
既に嘘と化している真実で僕を誑かし、死ぬ気で戦った僕がどの程度動けるかを確認したかった、というところか。
怒りや呆れを通り越し、僕は皆の意思に都合良く振り回された事実に徒労感を覚えた。あぁ、もう嫌だ、今日はベッドで休みたい。
「アメも理解したところで、じゃあ再開ね」
そう言ってヒカリは真ん中から邪魔にならない場所まで移動するのを僕は呆然と見ていた。
「……え?」
「決着はついていないでしょ? ほら、早く済ませちゃいなって」
血を見る喜びを隠そうともせず、ヒカリは観客の鑑として戦闘の継続を勧めてきた。
もうそっち側の思惑は果たせたのだろうし、疲れたうえ、水を差された気分なので戦いたくないのだけど。
「別に俺はやめても構わないが、この場合引き分け扱いになるのか?」
全身ボロボロで、剣一本を奪われてもなお不敵な笑みを浮かべてこちらを見るシュバルツ。
冗談じゃない。良いように動かされた挙句、こんな被害差の相手に引き分け判定?
「――出会った時からずっと気に食わなかったんだよ! これを機に一遍半殺しにさせろ!!」
「やってみろ、今のお前にできるものならな」
あぁ、その笑顔がむかつく。
余力がなんだ、資源の無駄遣いがなんだ。今ここで全部吐き出して、訓練という名目上気が済むまで殴ってやる。
まずは煙玉を投擲。一瞬で互いの間に白い粉が舞い、互いを視認できなくする。
次に手榴弾を真っ当な使い方でシュバルツが居た方へ投げ込み、左腕には残り二本の投げナイフを構える。
案の定前へ避けてきたシュバルツに投げナイフを投擲し、再び左手で短剣を握り締めた後はこちらからも駆け寄る。
身構える彼に僕は跳躍し、顔面を膝蹴りすると見せかけてふとももで頭部を挟む。
はしたないが戦うためなら仕方ない。咄嗟の動きに対応できなかったシュバルツの首をそのまま折ろうと、前へ倒れこむ動きを見せた途端それを避けるため自ら後方へ身を倒すシュバルツ。
それを確認し一度宙返りしたような状態で下にいるシュバルツの胴体を蹴り空へ向かって飛ぶ。僕は上空から収納していた魔道具をもう一度展開し左から右へ右腕を薙ぐ。
短剣でその攻撃が逸らされ、地に魔道具の先端部分の刃が刺さるのを確認し今度は反対側。
左腕を右から左へ。流石に素手で防ぐことは避けたのか、自身の魔道具を展開させチェーンをピンと張らせて先と同様に攻撃が逸らされ、地に刃が沈む。
この瞬間を待っていた。
魔道具は伸縮自在、挙句先端の刃が刺さればそこから内部機構を展開させて支えにもできる。
位置エネルギーに、魔道具が地に引き寄せる移動エネルギー、流石にこの二つが合わさると体格差など無視できるのほどの威力が生まれるはずだ。
地面に横になり、こちらを見上げているシュバルツに僕は魔道具に引っ張られるよう加速し近づき、両肩に短剣を突き立てようと思いっきり振り下ろす。
片方は再び残っている短剣で軌道を逸らされ、もう片方は僅かに残っている自由なスペースに体を移動し地面に思いっきり刃が突き刺さる。
刺さった剣を抜こうとはせず、素手で拳を握り顔目がけて殴りつけるが今度は手で受け止められ、頭突きで追撃するものの多少痛めることは叶ったが大きなダメージには繋がっていない。
ここで相手からの反撃。
初めは僅かな違和感から、徐々に無視できないほどの痛みに変わるそれ。
常人ならば動けぬほどの感電に僕は気合で耐えて、もう一度拳を振るうが体力の尽きてきたそれは難なく防がれる。
「ごめんね! その魔法の開発者僕なんだぁ――!!」
尽きかける余力を悟られないよう何とか声を張り上げ、馬乗りの状態から子供の喧嘩みたいに殴打を繰り返すが決定打はでず。
「なるほど。これほどの電流を堪えられるとは、そういうことだったのか」
冷静に自分が堪えられなくなるほどの電流に至った夢幻舞踏を解除し、上に乗っていた僕を払いのけてこちらを見下ろしてくるシュバルツ。
「……あの、僕もう魔力も体力もほぼ空っぽなんだ。
見逃してもらえないかな?」
シィルと戦ったときに半分吐き出したリソースは、今シュバルツとの戦闘で全て吐ききった。
先ほどとは違う立ち位置、相手が見下ろして、こちらは見下ろされる立場で、僕は短剣を握る力も、座るどころか転がる余力すらなく口を震わせながら開くだけで。
「ふむ、どうしたものかな。こちらは散々痛めつけられたわけで」
声音から何となくオチが想像できるものの、圧倒的優位性を見せ付けられている現状に竦みそうになる体に活を入れる……いやもう、気合入れても動かないんだけれど。
「ま、こちら側も好きにさせてもらったし、今回はお相子だな」
そう言ってシュバルツは僕の足と背中に手を回し抱きかかえる。
かなり恥ずかしいし屈辱だが、もはや自分の足で歩けないほど消耗した僕には成す術も無く、大人しく諦めヒカリの隣まで運ばれる羞恥プレイを受け入れた。
- 見定める洗礼 終わり -




