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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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124.必要ならば成るよ、化け物にでも

「聞いたわよアンタ、ここに来る前は奴隷だったんだって?」


 今日もヒカリの部屋で雑談を。そう思い向かう廊下の途中、二人のメイドに捕まる。

 声を発した方は僕より少し年上か。強気な瞳を、更に敵意か何かで吊り上げてこちらを正面から見据える。

 横へと垂らすサイドアップテール以外短く切り揃えられた緋色の頭髪は、今にも振り乱し僕に掴みかかりかねないと遠いどこかで警報が鳴っていた。


 そんな少女の後ろに服の袖を掴んで付き従うのは気が弱そうな少女。

 オレンジ色の髪の毛を目にかかるほど伸ばしてしまっていて、前に居る黄色い瞳をした少女とは違い淡い青紫の瞳を若干僕と視線が合わないようにしながらこちらへ確かに向けている。その瞳に、消極的悪意とでも言ったものか。決して矢面に立ち批判することはなけれど、僕に明確な敵意を抱いて。


「そうですけど」


 厳密にはアレンさんの部下、仲間として組織の構成員の端っこ辺りには居たのだろうが、実際他の奴隷達と半分ほどは同じ生活をしていたし、何より外から見た光景や肩書きは確かに奴隷だったので間違いない。


「それでどうしてそんな人間が、今はヒカリ様とただ仲良くしている日々を過ごしているの?」


 どうしてと言われても説明するわけにはいかないし、上手い言い訳を思いつくわけでもなく口を開いていない少女の方を見る。

 合いそうになった視線を逸らしながら、口を開いている少女の言い分に同意するよう少しコクコクと頷いているのがわかった。


「あんたと一緒に来たココロは、今日もしっかり親衛隊の人達に混ざって訓練をしている」


 アレンさんやココロは未だ僕と同じ客人扱い。

 けれど二人は自主訓練じゃ飽き足らず、許可を貰い親衛隊の人々と汗を適度に流すことに決めている。

 そのことが決して悪いものではないと知りながら、僕自身が同様に責められる所以に繋がるだろうと首を傾げる。


「何時までお気に入りという立場に胡坐をかいていられるのか見物ね」


 そう捨て台詞を吐いて去っていく二人のメイドを、僕は黙って姿が遠くなるまで見送った。



- 必要ならば成るよ、化け物にでも 始まり -



「って難癖をつけられた」


 予定通り辿り着いたヒカリの自室で、僕は深くソファーに腰掛けシュバルツの淹れてくれた紅茶を口に運ぶ。

 ヒカリがどう対応するかわからないのでメイド二人の特徴はなるべく伝えず、ただ簡素に何があったのかだけを話題に出す。


「幾つかの要因があるが、その根源は単純に嫉妬だろうな」


「嫉妬?」


 シュバルツの推測に僕は疑問を返し、ヒカリが補足するように言葉を付け足す。


「この家結構帰る場所が無い人を意識して集めていてね、私兵なら宿暮らしの冒険者からとか、使用人なら奴隷からとか」


「あぁ、だから建物」


 その一つの情報で、僕は今まで集めていた全ての情報が構築され、一つの答えとして平面から立方体に変化する感覚を覚えた。

 今僕達が居るのは小さい方の建物。客人として寝泊りする建物もここ。おそらく大きい方の建物は、そういった帰る場所が無い人々の家になっているのだろう。

 それならば少数であるリーン家の人間に対し、膨大な使用人の数に納得がいく。

 そうして集めた人々の世話を自分達ですることになり、ここに住まう私兵の分だけ使用人は増え、更に自分達使用人の生活をサポートしきれるほどのメイドや執事が存在することになる。


 なればあの敵意にも納得がいく。

 単純に同じ立場、奴隷という場所から這い上がってきたはずの人間が、客人としてリーン家の一人娘やその両親に不自然なほど気に入られている。

 疑念も嫉妬も当然だ。実際この世界における二度目の生というイレギュラーさえ存在しなければ、僕がこうしてこのような立場に落ち着くのはありえないからだ。

 そしてそれが気に入られている客人という人間に、直接不満をぶつけられるまで至った幾つかの要因にも思い至る。


「単純に生活の差もあるんだろうね。アレンとココロ、あの二人が客人という立場でも自分を磨き続けている状態」


 ヒカリが謳い、シュバルツがそれに続く。


「武装や実力を見せていないのも一つの要因だろう。純粋に武力の気配が見えないだけで、人は警戒レベルを一段階下げる」


「最低限はやっているんだけどね」


 袖を捲くり、腕に装着している魔道具を見せる。

 もう片方の腕、そして両脚にもしっかり暗器は毎日備えているし、アレンさん達のように剣を振ったりはしていないが、早朝郊外を走ったり自室で筋トレは継続している。


「それが見えないのが問題なのだろう。武術に通じていない人間には、お前が奴隷上がりでヘラヘラと同じ立場のように主へと接する軽い人間にしか見えない」


「アメさえ良ければもう少し我慢してもらえると嬉しいな。本格的に動き始めたら、きっとアメを責める人は誰も居なくなると思うから」


 けれど、その時がまだ少し遠いものだという実感はある。

 それまで僕は非難され、いや、それまで彼女らが不満を抱き続ける現状――多分それは間違っている。


「いや、僕はなんとかしたい」


「そっか。なら私からしっかりお願いしようかな」


 その"お願い"はどれだけヒカリが冷静に嘆願しても、きっと"脅し"に変わり仕える人間へと伝わってしまうはずだ。

 だからそれではいけない。僕が僕自身で、他の選択を取らなければ意味がない。


「僕、メイドになる」


「え??」


「――は!?」


 膝に乗せていたクッションを立ち上がり脇で握り締め、そう固く決意した。


「いや、まるでどうやってそのような結論に至ったのか想像がつかない」


「立場の違いからくる不満だというのなら、僕が彼女らと同じ場所まで向かって、日々をただ漠然と過ごすわけじゃなく実際に汗水垂らし働く姿を見せるのが効率的。

ここでの生活に慣れるというのなら、尚更使用人という立場は僕に求められる役割へ適しているはず」


「言われて見れば正論に聞こえる可能性が僅かにでも……」


「ふむ」


 多くの疑問を抱えながらどこか納得を始めたシュバルツに、ただ一つ頷いただけのヒカリ。


「いいんじゃない? アメがこの生活の本質を忘れないというのなら、やってみてこれ以上酷い不満を抱かれることはあまり無いと思うから損はないはず。

まずは形から、よね。シュレー、ここで待っていてね。アメと一緒に余ったメイド服探してくるから」


「御意」


 そう頷くシュバルツを置いて、僕とヒカリは私室から出て行くことにしたのだ。




「サイズが合わなかったのか?」


 出て行った時と変わらずソファーに座り、事務処理をしているシュバルツは僕がメイド服と裁縫道具を抱えているのを見てそう尋ねた。


「いや、ほとんど合ってる。あとは微調整と、動きずらかったから少し弄るだけ」


「その服、かなり動きやすい様に作られているはずなのだが」


「全然」


 そう僕は吐き出してハサミを取り出し、スカートと肩、あとは脇の部分を適切にカットし、切った箇所がみすぼらしくならない様に縫い直し始める。


「……前々から言おうと思っていたが、普段着ている服、露出高いぞ」


「別にいいよ」


 スカートが膝を覆うなんて絶対嫌だ。

 脇も布が擦れることは避けたいし、肩に余分な布もいらない。

 動く時に僅かにでも煩わしく感じる箇所は不要、たとえそれが数グラムの重さだとしても。軽減した分だけ僕は僅かにでも早く動けるし、必要なら武装を増やすことができる。


「アメ、随分裁縫上手くなったね」


「施設に居た頃、自分達で生活するためには家事ができないと大変だったし、必要なことだと大人達から教えられたから」


 それに加えヒカリの試験がどういったものか想像が付かなかったので、アレンさんに追加でいろいろと教わっていたりする。

 得意な人には敵わないが、以前とは違い家事など最低限全てできるという自負が今の僕にはある。


「そっかそっか。何時か一緒に料理でも作ろうね」


「うん。ヒカリは何かコウの時と違ってできるようになったこととかないの?」


 心底僕の成長が嬉しそうに微笑むヒカリに、僕からもなにかないのかと尋ねてみるとヒカリは少し思案する様子を見せた。

 実感した武術は論外だ。元よりコウの時から異常だったが、ヒカリの才能にコウの知識と才能が合わさり、相乗効果でえらいことになっているのは痛いほどわかった。

 僕自身ここ二年ほどだが人と戦うための術を学んできたつもりだが、それがアレンさん二人掛りで勝ち目がないほど尋常じゃない段階に至っているのは末恐ろしいものがある。

 多分、国内最強候補筆頭だろう。騎士団や闘技場のトップ連中、あるいは隠居しているような剣豪。そういった人々と肩を並べるか、一歩だけ人として進んではいけない場所へヒカリは踏み込んでいる。


「貴族としての礼儀作法……立ち振る舞いとか、大きなお金の動かした方とか……あ、ガーデニング! お母様から教わって、たまに二人で庭を弄らせてもらうのっ」


 何かもっと誇れるような凄いものがたくさんあるだろうに、ヒカリはこれぞ! と言った物を見つけた様子で些細な趣味に胸を張る。

 その愛らしい様子に僕は堪えかね、シュバルツと二人笑い声を漏らす。


「これが俺自慢の素晴らしい主だ」


「ぼ く の! ヒカリですっ!」


 睨みを利かして来るシュバルツに、僕は決して届かぬ位置から糸を通した針を突き出して威嚇をする。


「仲いいね、二人とも」


「誰がっ」


 そう微笑むヒカリに反抗したのが、僕一人だけだったのが少し悔しかった。



- 必要ならば成るよ、化け物にでも 終わり -

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