123.積年の想い
「本当に長い時間だった……」
ある日、アレンさんと二人顔を合わせたとき、彼はそう呟いた。
ヒカリが言うには既に僕とアレンさんの身柄は組織から確保しており、正式な書面を送り穏便に済ませられそうとのことだ。
そのことも当然アレンさんの耳には入っているのだろう。
「結果必要はありませんでしたが、僕の存在がアレンさんに役立てたのだとしたら光栄です」
「光栄も何もあるか。私はアメに出会ったとき、本当に救われたと思ったのだ。
真っ暗な中独り手探りで進んでいる状況、そんな中眩いほどの可能性に包まれたアメが私の手を取ってくれた時、どれほど心強かったか」
その言葉に僕はもう何も言えない。
あの時救われたのは僕のほうだ。生きる意味を見失っていた中、復讐を遂げたその背中に続くことを許された。あの充足感。
多分、お互い様なのだろう。僕はアレンさんに救われたし、アレンさんに僕は救われた。
それでいい。他にはもう、何もいらない。
「アメも、長い間堪えて来たのだろう?」
「……ごめんなさい、それは」
僕の言葉にアレンさんは目を伏せて頷く。
「あぁ、言わなくても構わない。具体的にはわからないがそういう事情だというのは勝手に察しているつもりだ。
言葉にするのも野暮な、けれど確かに堪えてきた、それでいいのだろう?」
「えぇ」
「でもまだそれも、始まりに過ぎないと見える」
その的を、心の臓を抉るような一言に、僕は無言を貫く。
「もしアメの道行く先に、私が何か助力できるのだとすれば」
「はい、その時は改めてお願いしたいと思います」
アレンさんは満足気に頷く。
僕もそんな彼を見て頷く。
「あぁそうだ、ずっと言おうとしていたことが今ようやく言えるかもしれない」
「……?」
「……いや、まだ少し早いな。いずれその時が来た時に改めて告げよう。
それでは、な。私はココロと訓練の約束がある。アメはもう少しのんびりと休暇を取るといい、きっとアメには、その権利があるに違いないのだから」
- 積年の想い 始まり -
「カナリアさん」
「アメ。やっと来てくれたんですね、さぁこっちへ座ってください」
カナリアにも仕事があり、僕にも微妙に存在する都合とか心の準備の問題で、ユリアンと違い少し改めて顔を合わせるのに時間が掛かった。
そして今、ようやくその終焉の時が来たというわけだ。
「……やっぱりどうしても一言言っていいですか?」
「なに?」
「若いですね」
まだ二十台半ばぐらいか。
ユリアンより少し年上ぐらいしか記憶に無かったので具体的な年齢を算出することは出来ないが、どちらにせよ十代の娘が居るようには到底見えない。
この世界の成人は十五だが、それはあくまで一人前に自活できる目安にしているだけだ。特に十五になった時に結婚を意識し、子を成せという風潮はどこにも存在していない。生物学的に何も問題はないのだが、それでもそんな年齢で一人目を授かったというのは突出して見える。
「ユリアンがね、あまりにももどかしいものだから強引に襲っちゃった」
酷い。
ユリアン自身色々な葛藤があったはずだ。
カナリアを好ましいと思いながらも自分以外残っていないリーン家のことだとか、未だ自身を狙ってきているテイル家の不安だとか。
そんなものを全部理解したうえで吹き飛ばして、一体この人は何をしてくれちゃっているのだろう。
「私は再会した時から添い遂げる決意を育んでいて、実際に日々を共にしそれが錯覚ではないと入念に確かめて、それでもいいと言ったのにユリアンったらもう少し地に足をつけてなんて言うのだから」
ミスティ家から旅立つ時、何か僕に不穏なことをカナリアは言っていた気がするがこれを指しての事だったのか。
既成事実でなし崩しに添い遂げさせる、そんな決意。
「アメはどうだったのですか? 何もコウとはなかったの?」
「……どうせヒカリから聞いているんでしょう?」
「まぁそうだけれど、こういうものは直接本人から聞くのが大切だと思うの」
「何も無かったですよ。色々思うところや、悩むことはあったんですけど、まぁそれを整理して形にする前に大変なことになってしまったので」
その言葉を聞いてカナリアは、僕の手を優しく両手で包む。
「そのことは、本当にごめんなさい」
「……どうしてカナリアさんが謝るんですか」
「私も今はリーン家の人間ですから」
「いえ、そうじゃなくて、僕達は自ら望んでリーン家に助力することを決めたんです。その結果買った恨みに気づかず、不注意にも命を落としたのは僕達の責任です。そのルゥの死の後、やけになってしまったこと含め尚更」
「それでも」
それだけを口にし、僕の手の甲をサラリと撫でる。
未だ若々しく、僕とは随分サイズの違った手のひらが少し寂しかった。
「なら、ありがとう。これかしらね?」
頑なに譲らない互いに、カナリアは冗談めかしつつそう首を傾げる。
セカンドネームがリーンに変わった人間は皆、こうも頑固に自分の信念を掲げてしまうのだろうか。
決して折れることなく、決して相手のそれを歪ませようとはせず。
「はい」
その心地良さに僕は身を委ね、手のひらと共に感情を受け取る。
「そういえばルナリアさんはどうしていますか?」
脳裏に描くのはカナリアの姉。
ルゥと似たように掴みどころのない性格をしていて、僕は結構彼女と仲良くやれていた自負がある。
「……」
僕の問いに、カナリアは視線を逸らし露骨に戸惑う。
握ったままの手のひらに、僕は少し嫌な汗をかいた。
「……私の趣味の一つにね、ガーデニングがあるんですよ」
「……? はい」
唐突に逸れた話題も、きっと問いかけに対する答えに繋がるのだろうと僕は相槌を打つ。
「結構昔からやっていてね、今も庭や中庭の手入れを少し手伝わせてもらったりしているんですよ」
「あ、もしかして僕が知らないだけでカナリアさんも、小さい頃からガーデニングが好きだったんですか?」
「えぇ、そう。いえ、正確にはアメが思うところとは違うのだけれど」
「どういうことですか?」
そこでカナリアは喉をコクリとならした。
繋いだままの手のひらから、僕ではない汗が伝う。
「お姉ちゃんにね、教えてもらったんだけど、一通り私一人でできるようになったらお姉ちゃん冒険者になる為家を飛び出して行っちゃって」
思わず添えるだけの手を握り締めてしまう。
なにやら僕にやたら冒険者の話を聞くなと思っていたけれども、もしかしてそれは僕が興味を持たせてしまったということで……?
ガーデニングを一通りできるようになったということは、自分が今まで手塩掛けて育ててきた草花の後継者が見つかったということで??
「今どこで何をしているのかまるでわからないなー実家や私に連絡しなくてもいいから、せめて元気に生きていてほしいなーって、ね?」
不安そうに向こうから握ってくる手を受け止めつつ、僕は心の中で叫んだ。
ルナリアアアアアアァァァァァ!! これ以上僕に不要な負担をかけないでくれ!
大事な貴族の娘一人、一時期泊めていた冒険者に影響されて家を飛び出し死にましたは洒落になってないんだよ!!
これでもしその身に何かがあったのなら、僕は一体ミスティ家にどうされてしまうのか。カナリアはリーンに嫁いでしまったし、ミスティの名を次ぐ者が居なくなってしまう。語弊があるが貴族の家が、歴史が一つ潰れるのだ。
もし僕に責任や理由が振りかかりそうだったら、全力で逃げ続けよう。そう誓った。
- 積年の想い 終わり -




