122.思い出の続き
「やたら美味しそうに朝食を皆で食べていたけれど、そんなに上手く作れていたかな?」
昨日と同じ面子。
僕にヒカリとシュバルツの三名は、ヒカリの私室でお茶を楽しみながら雑談に耽る。
シュバルツも今日は長くなる上、僕のためしばらく時間を作ったヒカリの代わりに貴族の仕事を押し付けられ今も資料に目を通しているのでソファーに座っている。
彼が座るのであれば僕はと、ヒカリと扉を視認できる対面に二人で肩を並べる。
「いや、美味しいは美味しいんだけど、追っ手を警戒しての長旅の後だったり、施設に居た時はあまりしっかりとした料理を取れていなかったから尚更だと思う」
言ってしまえば相対評価。
あのつらい過去だったときよりも、今が幸福ゆえになお料理は美味い……あ、アレンさんが子供達へ厳しくしていた信条が役立っている。調味料の一つとして。
「だからそんなに小さいのか」
特に皮肉でもなんでもなく、本当に心の底からそのような言葉が出るシュバルツを理解しながらも僕は憎々しげにこう返す。
「二度死ね」
死ぬたびに僕は一回り小さくなっている。
多分シュバルツも二度死ねばここまで小さくなるはずだ。
「いや、それにしてもアメのこの小ささは異常だよ。鍛えているのに平均以下って……」
栄養のあるものを食べていなかったから。
その一言で片付けるのなら、今こうして体格がこじんまりとしている理由に心当たりがある。
「……アレンさんに買われるまで、碌な食事を取っていなかったからね」
ココロは奴隷になる前は良い生活をしていたようだが僕はむしろ逆だ。奴隷の方が良いベッドで寝て、良い食事を取れていた。
数日何も食べずじっとしていて、たまに補充される食べ物が無ければ近所を歩いて工面して。
そんな日々をしみじみと思い出しながらどんなことがあったのかを伝えると、これ以上は不要だとヒカリに止められる。
「俺も中々厳しい幼少期を過ごしていた自覚はあるが、流石にそこまで悲惨ではなかったぞ……」
「ありがとう、お父様お母様。私は良い家族に恵まれました。アメもこれからでいいからしっかりいい物を食べていこうね? 多分手遅れだと思うけど」
「ぐっ」
余計な一言にシュバルツは乾いた口を潤そうとしていたカップを揺らす。
僕も流石に思うところがあり、気合の入っていない拳を飛ばすとヒカリは適当にそれを流した。
「あぁ、かわいそうなアメ……私よりスタイル良かったのに」
「それは本当ですか?」
「うん。身長も肉付きも良くてさ、凄い健康的なわがままボディーだったよ」
時の流れ……というか死後の運命とはこれほど悲惨なものかと目を伏せる執事。
「ホントだよ。ただでさえ髪が黒かった時でも縮んだ身長に苦しんでいたのに、それが更に縮むだなんて……おいこらやめろ」
ひょいと僕を持ち上げ、膝にすっぽりと収めるヒカリを慌てて制止する。
そんなことしてはいけない、虚しくて死んでしまう。
「親の遺伝とか、成長期の栄養不足とか色々あると思うけどさ、あれも関係あるんじゃない?」
「あれって何?」
ヒカリの言うあれが思い当たらず疑問で尋ね返す僕。
「お祭りの時ルゥが言っていたじゃない『体格で悩む呪いをかけてやる』って」
"……アメもいつか体付きで悩む呪いをかけてやる"
ヒカリのその言葉に、僕はルゥが言っていたセリフを一語一句違わず思い出してしまう。
「――ちくしょう、あいつめえええぇぇ……!!」
クッションを引き裂かんばかりに握り締め、僕は顔をそこへと埋める。
「……いや、冗談や偶然の類だよな?」
「それでもルゥならやりかねない、そう思わせる存在だったんだ」
どこか真剣に尋ねてくるシュバルツに僕はそう返すことしかできない。
「稀に主や、ユリアン様達から話を聞く機会があるのだが、そのルゥという少女は聞けば聞くに何か妖精の類かと思うようなエピソードが耳に入るな」
「妖精なんて可愛いものじゃないよ、妖怪ぐらいが丁度いい。皆ができて当然のようなことができないくせに、意外といろいろなことができたり、それ必要無いでしょって技術が得意な不思議な生き物」
うんうんと頷くヒカリが、何かエピソードでも思い出したのか口を開く。
「一度アメ達が出かけているときにさ、宿で一人ルゥが過ごしていたんだよ。何しているのかなーと思いつつ宿を出るときに硬貨を何枚かテーブルに広げているのが見えて、夕方帰ってくる時には三枚それを縦に並べて満足気に頷いていたことがあった」
「縦にとは硬貨の縁で積み上げていたということですか?」
「うん」
「宿出たのは?」
「昼前」
「気持ち悪ッ……!」
ほぼ一日使って何をしていたんだアイツは。
割りと雑に作られているとはいえ基本丸い硬貨。魔力も使わず、必死に都合のいい組み合わせを探して、ようやく目標であった三段をクリアしたのだろう。
「しっかり地面の下で埋まっているといいけど……」
「まぁ何かの間違いでリルガニアに再び生き返ったとしても、間違いなく僕達の目に付かない場所で別の何かに興味を惹かれて生きているだろうね」
ヒカリの懸念に僕は真面目に答え、二人でしみじみと頷く。
確かにあの時ルゥは死んでいて僕達が地中に埋めた。流石に生き返るとかふざけたことはできないと思うが、もしそんなことがあったとしても既に興味は別のものだろう。
僕達の人生に再び彼女が関与することはないと言い切れる、さよならルゥ。
- 思い出の続き 始まり -
「邪魔するぞ」
ノックをし、室内にこちらが出迎えるまでも無く入ってきた男性に僕とシュバルツは立ち上がる。
手で制され、軽く礼をし再び慣れた様に腰をおろすシュバルツと違い僕はまだ、少し嫌な汗をかいたまま居所が悪いように呆然と立っていた。
「お父様」
「ユリアン、さん。あの、その、お久しぶり……です? はぁ、随分と立派になられて……」
「その物言い、間違いなくあのアメらしいな」
ははー、目上の人間に対する言葉ではないと自分でも思う。
ただ、今の今まで自分から挨拶をしに行かなかった人間が、向こうから出向いてきた事実に動揺するなというほうが無理があるだろう。
「二人で少し話したい。借りて行っても構わないか?」
「えぇ、旧知の再会を楽しんできたら良いと思うわ」
ユリアンの言葉に、ヒカリは軽くウインクしながら告げる。
これはあれかな、搾って遊べということかな? 僕を。
「どうして尋ねてこなかった」
「いえ、その行こうとは思ったんですけどね? 中々タイミングというものが――」
空いている応接室に二人で腰を下ろし、開口一番僕は言い訳。
「いや、今の話ではない。中々厳しい人生を歩んできたのだろう? 奴隷として売られるような家庭に、奴隷としての生活。
自ら望んだものもあったかもしれない、ただその過酷な生活で、手紙の一つでも寄越してもらえれば、何か僅かにでも助力できたはずだ」
「ごめんなさい。それは絶対にやりませんでした、今こうして素性を明かしているのも、ヒカリという例外があってのことです」
その気遣いを、僕は躊躇わず両断する。
「何故」
「和を乱す行為。それは僕が忌避するものの一つです」
世界の和を。
少なくとも生まれ変わりなどという理から外れた渦中に居たとしても、僕はそれを利用しようとは絶対に思わない。
綺麗に流れ行く清流に身を委ね、他の水達と何ら変わらぬよう僕は自身を偽るし、必要ならば流れ行く木の葉のように滝から落ちる思いだった。
もちろん大切な人を守るなどといった例外的優先順位や、単純に自暴自棄になった結果を恥じて人目から隠れたい理由もあった。
「そうか、ならば仕方あるまい」
僕の言葉少なく伝えた思いを、ユリアンは確かに受け取る。
己が望む道を選べ。リーン家の家訓は未だ生きているようで、僕の固く道往く意思を、決してユリアンが阻むことはないというその意思を感じる。
「ただこうして何の因果か巡り合う事ができた。それは喜んでも構わないだろうか」
「えぇ、もちろん」
差し出された手を、僕は迷わず受け取った。
何時か手に取ったそれとは僕の年齢分差ができてしまった大きな手のひら、とても優しくて温かい。
「ヒカリから聞きましたよ、とても良い父親だと言うことを。記憶に混乱する彼女に付き合い、一緒に体を動かしたようですね」
「あぁ。流石にあのような症状は生まれてこの方他には見なくてな。少しでもヒカリを楽にしようと思いついたのが共に体を動かすことだった」
「本当に……ありがとうございます」
僕の言葉にユリアンはきょとんとして笑った。
「なに礼を言っているんだ。アレはコウの記憶こそあれど私達の娘だ。他に誰が幸福にするというのだ」
その言葉に僕は、酷く胸を打たれる。
あぁ、当時からも凄かったが、こんなにも親として、ユリアンは立派に成長したのだ、と。
「それに存外私自身も楽しめた。ヒカリの口から語られるコウの技術。
それを理解するため幼いながらも思考を展開していくヒカリに、わかりやすく説明される未知の技術をこの身に宿せることそのものがな」
「それは――変わりませんね」
色々な言葉が思いつき、思わず出てきた言葉はそれだった。
本当に変わらない。
当時家族を失い、決死の覚悟で王都を目指している中でも修得できる技術に心躍らせている少年が僕の前には居た。
「アメも変わらないな。色々と変わった部分もあるが、本質は何も揺るがない。
時間がある時カナリアにも顔を見せに行ってやってほしい、彼女も変わらず私と同様にアメとの再会を楽しみに待っていたぞ」
「はい、必ず」
胸に広がる温かい感覚。
それに身を委ねていると、ユリアンはそこへ冷水を垂らすような一言を付け足した。
「――それで、何故この屋敷に来てからも、顔を中々見せに来なかったのだ?」
あわわわわわわわ。
- 思い出の続き 終わり -




