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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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119.魂の吐露

『私、コウだよ』


 その言葉を告げられた時、僕は今まで築いてきた物、多分価値観だとか、覚悟とかそういったものを全てぐちゃぐちゃにされたのだと思う。

 体は液状化し、空気というプールに投げ込まれたようで、力の入れ方を忘れてしまったように上手く力を入れられない。

 コウと名乗った少女が、僕の上から退いても未だそれは変わらず、ただ雲も少ない青空を見るつもりもないのに見続けるしかなく。


「お父様、お母様。私が今日見せたかったのはこれで全てです、詳細は後日で」


「あぁ」


「えぇ」


 そうして二人の男女は去って行く。

 もし二人が僕の予想する人そのものなら、この事態は一体どういう意味を持つのかな。

 囁き声でコウと告げたわけではなかった。多分この場に居る全員に、全てのやり取りは聞き取れていたはずで。

 少なくとも我が子の成長を見届けるような声音で、冷静に去っていくのは少なくとも普通ではないと思う。多分、何かが間違っているのだ。僕が思っていることと真実は。


「シュバルツ。アレンとココロ両名を客室へ。二人を悪い扱いにしないことは保証するのだけれど、今回は少し今までと事情が異なるわ。全てが落ち着く、それまでは二人共客人として旅の疲れを癒してもらうこと」


「御意」


 執事の人はそれだけを答え、ココロが立てることを確認し、既に半分は意識が戻っていたアレンさんが復帰するのを手伝いこの場を去ろうとする。


「……アメ、大丈夫か?」


 去り際、アレンさんが立ち止まり僕の名前を呼ぶ。

 頭を傾けそちらを見ると、僕の顔を心から心配そうに眺めるアレンさんが映った。


「……たぶん、だいじょうぶだとおもいます。ちょっとこんらんしているだけで、すぐ……」


 すぐ……どうなるだろう?

 わからなくて、僕は途中で喋るのを止めて、同じように不安そうな顔で去って行くココロを見送る。


 もう、他には誰も居ない。

 僕は地面で空を見上げ、少女は何も言わず傍に佇む。


「ねぇ、アメ。お風呂行っか。好きだったよね? お風呂」


 初め凛々しかった口調は大分崩れ、今僕の耳に入るのは本当にコウが喋っているみたいで。


「うん……」


 手を貸され、何とか立ち上がり僕達は二つある屋敷の小さい方の建物へ入って行くのだった。



- 魂の吐露 始まり -



 大浴場に一人、僕は体も洗い終え湯船に浸かる。

 あんなに大好きだったはずのお風呂も、十年振りに味わった感動はあまり無く頭を占めるのはよくわからない感情といろいろな推測。

 ただその無数にあるそれらも、やはり直接当人に確かめなければ情報に昇華しないと機械的に手でお湯を掬い顔を濡らす。


「アメ」


 その時、お風呂の入り口の方から僕を呼ぶ声がした。多分、あの少女の声。


「はい」


「あの、その……一緒に入ってもいいかな?」


「……? いいけど」


 何を躊躇う必要があるのか僕には理解できず、ただその提案を僕は呑むだけで。

 既に服は脱いでいたのか、入ってきた少女は何も纏っておらず、そのモデルのようなすらりとした体型に、あぁ同年代でも前の僕のほうが身長も高く、胸も大きかったなぁとどうでもいいことを思ってしまった。


「ごめんね。少し悩んだんだけど、やっぱりこういうことを話すには、こんな場所がいいのかなって思ってさ」


「……」


 そう言いながら整えられた長い髪の毛を、少女は軽くお湯で流して汚れを取る。

 恐らく今日は既に湯浴みを済ませていたのか、ただ今から浴槽に入るため再び簡単に汚れを落としているだけに見える。


「その反応、やっぱり私がコウだって思えていないんだよね」


 早急に体を洗い、一メートルほど距離を開けて僕の横に座る少女の言葉に僕は何も言えない。


「どうしたらコウだって、思ってもらえるかな? 二人しか知らない思い出を話せばいい?」


「……それも考えたけど、コウがユリアンさんとかに話していれば保証にはならないかなって」


「そうだよね。じゃ、コウやアメ、ルゥの恥ずかしい思い出とかはどうかな。コウならそういったこと、人には話して居なかったと思うんだ」


 その提案を頭に入れて、少し考える。

 まぁコウなら自分の恥ずかしい話ぐらいなら人に平気で話していそうだが、僕達が話されて嫌な思い出はまず口にしなかっただろう。

 そう思い、無言で頷くと少女は思考をそこへ向けて色々と考え始めた。


「アメは元々火が苦手だったよね。ルゥはそんなに苦手なものとか無さそうなタイプだったけど、努力とか退屈とか、まぁそういったものからはなるべく逃げて生きていた」


「……うん」


「それでさ、コウはとっても泣き虫だったんだ。寂しくて泣いて、嬉しくて泣いて、アメの洋服やハンカチなんかコウの涙や鼻水で何時もぐちゃぐちゃで」


「うん」


「でもそれも、竜が降ってくるまでの話。故郷が滅んで、コウは泣けなくなっちゃった」


 もしかしたら。

 そんな気持ちが胸に湧いてくる。

 もしかしたら、今目の前に居る存在はそうじゃないのかって。

 でもそんなことはありえないだろうという現実的な考えに、どこか他人事のように語る少女の言葉が合わさりそのもしかしてをかき消す。

 期待して、それが裏切られたらとても悲しいから。


「あぁそうだ、コウとアメ、そしてルゥが王都から離れたあとの事なんかどうかな?

わざわざ伝言でもしなければ、多分お父様やお母様の耳には入らないことばかりだと思うから」


 新しい提案に、僕は苦しい胸を堪えきれず手で押さえる。

 それが決して悪いものではないと見てか、少女は語りを続けた。


「三人で海に行ったね。ルゥはほとんどパラソルの下で、コウはアメに泳ぎ方をずっと教わっていたばかりだけれど、最後には三人で砂遊びをしたりして」


「……ん」


「お祭りにも行った。みんなで好きなもの見て食べて、最後にはキャンドルが川を流れていくのをぼんやりと見ていた」


「……うん」


「レイニスに久しぶりに戻って、連絡をしていなかったらからみんなを凄く心配させたっけ」


「……うんっ」


「その後偽竜の依頼を受けて北に行って、不意を衝かれてルゥが死んじゃって。何もかもどうでもよくなって、故郷に二人で行ったね」


「……もう、いいよっ」


 これ以上つらい話を聞きたくなかったわけじゃない。

 もう、十分だ。

 故郷に行ったなんて誰にも伝えていない。それに何より、過去を語る表情があまりにも彼に類似していて。


「――久しぶり、アメ」


「ほんとだよっ……」


 僕はもう胸から手を放し、膝を抱きかかえるだけで。

 十年間。それだけの期間僕はコウと離れていた、今まで十二年、ずっと傍にいたのに。

 生まれて八年。その喪失感に堪えきれず、僕は活きていなかった。考えればつらいから、もう手は届かないものを想っても仕方ないから。

 アレンさんと出会って二年。残りの人生を全て彼に捧げると決めて――何時しかもうコウ達とは会えないと確信して、それでも思い出すとつらいから忘れたフリをして。


「また会えて嬉しい、本当に嬉しい。でも、だから今言わなきゃいけないと私は思う。アメに期待させて、あとから違うって言われても怖いから、本当に怖いけど、アメにはもしかしたら裏切りかもしれないけど、言うね」


「……え?」


 真摯な顔で、それでもコウの面影を残しつつ、少女はそう告げる。

 何かどんでん返しがあるのだろうか。ここまで奇跡を見せてきた人生に、台無しにするような何かが。


「アメ、生まれ変わった時どうだった?」


「どうって……普通に死んだ後から意識が続いている感じで、まぁ新しい母親のお腹の中から意識があるって変な状態だったけど」


「私はね、五歳まで普通の女の子だったの。コウの記憶なんて無い、ただのヒカリだった」


 思わず息を呑む僕に少女は続ける。まだ全てを話していないと焦りながら。


「それから三年かけて、突然コウの記憶が流れ込んできた。寝ているときだったり、普通にご飯を食べている時だったり。何かふとした拍子に思い出したり。

初めはとっても怖かった、知らない人の記憶がいきなり流れてきてここじゃないどこかの景色を思い出したり、知らないことを教えてきたり。

でも、それが当たり前だと思っていた。みんなこんな経験しているんだって。でもある日お母様に我慢できずに何が起きているか言ってしまって、そうしたらそれは普通じゃないって。でもその記憶は私達が知っている人のものだって」


 それはどんな気分なのだろう。

 今まで普通に生きてきて、突然別の人の記憶が頭に入ってくるだなんて。

 僕はアメだ。男が女になって、もう一度生まれ変わって。

 その記憶に別の誰かは存在しない。もしかしたらこの体や前の体には本当は別の誰かが居て、気づけば消していたり上書きしてしまっていたのだろうけれど。


「お母様とお父様はとても優しくしてくれた。知識を思い出せばそれが合っている事をお母様が教えてくれたり、技術を思い出せばそれが今の体でも出来ることなのかとお父様が一緒に剣を振ったりして体を動かしてくれた。

良い記憶を思い出して内容を告げると、それを自分のものだと思っていいと言ってくれたし、悪い思い出でつらかったら、別にコウの記憶なんて忘れてもいいとも言ってくれた。それにお母様やお父様が出てくる思い出を話すと、まるで今目の前に居るのがコウのように、少し恥ずかしそうに懐かしさを感じながら一緒に昔を思い出してくれた」


 とても良い両親だと僕は素直に思った。

 この話の論点がどこだったかを一時的に忘れるほどに、そう思ったのだ。


「そうしてコウの記憶はヒカリに引き継がれた。私が調べるに記憶が一部飛んでいるような事はない……むしろコウ自身忘れていそうな些細なことすら、その時の私には思い出せた」


「それが、ヒカリが裏切るかもしれないっていう内容?」


「半分はね。もう半分は、どれだけコウの記憶を思い出せても、コウ自身のことだけは何一つわからなかったってこと」


 どういうことだろうと言葉を失う。


「コウが鏡を見ても、そこには誰にも映っていない記憶があるだけ。コウが誰かと話しても、コウの声だけは聞き取れない。コウが何を考えているかは、私には一切わからなかった……」


 でも、とヒカリは言う。

 強い決意を瞳に秘めて、そうだと言い切る。


「その空っぽの場所に私は、ヒカリを入れた。

今はもう無い村を懐かしいと、故郷だと思ったから。傍にいる人達が大切だったから、コウが置かれている立場や思い出一つ一つを参考にして、きっとコウはこう思っていたはず、そして、私もそうこの人を大切、そう思えるほどに、彼の思い出を自分のものにした。

視線の高さや、周りの反応を見て、コウがどんな容姿の人だったのか、どんな性格だったのか、限界まで彼に近づこうと私は頑張り続けた」


 そこでヒカリはつらそうに、心の底から悲しみを、僕のことを思って苦しみながら言葉を発する。


「――でも、ごめんね。どんなに頑張っても完全にコウの感情や思考回路を理解できたとは思えない。それに何より、私には最低でも五年間普通の女の子だった記憶が存在してしまう、ヒカリ、そんな名前の少女が」


「それで終わり?」


「うん、これで全部。私が完全にはコウじゃなくて、アメを裏切ってしまう、そんな話は」


 そうして少女は俯く。僕の顔を直視するのが申し訳ないように。

 だから僕はなるべく優しく、さっきまで戦ってた手のひらで少女の頬を覆う。


「ようは魂の問題でしょ? 厳密には絶対にヒカリがコウには成れない、そんな話」


 両手で覆い、持ち上げ、今にも泣き出しそうな顔を僕に向けさせる。

 そんな表情はコウにはふさわしくないって。


「いいよ、なら僕は魂ってやつを否定してやる。コウの魂なんてどうでもいい。

今僕の目の前にはコウの記憶を引き継いでいて、多分誰よりも、コウや僕よりもコウ自身を理解しているヒカリが、泣き出しそうな顔で魂ってやつに苦しめられているのがわかる」


 ならば僕は決意しよう。その選択がどれほど冷酷で、無数の想いや大切な存在を否定するかもしれない。


「――久しぶりコウ。半分だけだけどね?」


「うんっ……!」


 僕が少し冗談めかして告げると、ヒカリは満面の笑みを浮かべて僕を見る。

 さよなら、コウ。

 今日が完全にお別れの日だ。

 今目の前には女の子だけど、コウの記憶を完全に引き継いでいる少女が居る。

 仕草や考え方、喋り方までコウと謙遜のない少女。僕はこの少女と、改めて人生ってやつを歩んでみようと思うんだ。

 だから過去を思ってクヨクヨするのはもう終わり……もしかしたら何時か、完全にコウと同じ存在に出会うかもしれないけれど、それまでは僕はヒカリに、初めて再会できた感動を味わって生きて行こうと思う。

 多分コウなら、そうした生き方も許してくれると思うから。


「……っ!」


 そう考えをまとめた瞬間、僕の顔に全身の血が集まる感覚がする。

 かつてないほどの羞恥。それが今まさに、僕自身を襲っていた。


「アメ……やっぱり私今からでも出ようか?」


 その感情の由来を知っていてか、身を寄せていたヒカリは再び距離を開けて視線を逸らす。

 何やらお風呂を入る事前にやたら確認してくると思ったが、初めからこうなるかもしれないことを察知していたらしい。

 僕は半分でも目の前に居る存在がコウ、そう思うと肌を見られている事実にとても恥ずかしいと感じたのだ。


「……だぃじょうぶ。今目の前に居るのは女の子、頭ではわかっている。だから大丈夫」


「頭でほとんどものを考えられないアメだから全然信憑性が無いね」


「かつてないほど酷い言い草だ……母親の胎内に居た時眠ることも許されず永遠とも思える時間を思考することに費やした僕は、所謂覚醒を果たしたというのに」


「凄く頭が足りていなさそうな発言だね」


「……やっぱりお前はコウじゃない! コウはもっとこう、何でも全部受け入れてくれるような優しさがあったんだ!」


 少しでも羞恥を抑えようと軽口を叩くヒカリに、バシャバシャと僕はお湯をかけて少女はやめてやめてと笑いながら顔を庇う。


「真面目な話ヒカリは大丈夫なの? 一応裸を見られているわけですが……」


「半分は普通に女の子の意識だしね。それにアメが異性として意識して欲しくなかったみたいだから、コウにはなんというかその、率直に言って性欲というものが早期に欠けていたみたいで。そんな男の子の生活を含めた記憶が、まだ性差もはっきりとしない五歳から頭に入ってきたら私自身何をどう思って良いかよくわからないんだ」


 お湯をかけてる手を止め、静かに聞いてみれば何やら深刻そうなコウの事情が今ヒカリから聞こえた。

 そういえばスキンシップをしても特に反応しなかったり、えっちな話を男性連中としている時もどこか居心地悪そうだったり、なんか僕達の水着を選ぶ時も興味が薄い反応だったがそういうことだったのか。

 ……あれ、そんな状態を見過ごしていたのは僕、とてもコウに対して申し訳ないんじゃないだろうか。


「あのさ……」


 気づけば口は開き罪悪感に舌は回る。

 これは僕の信条に反することだ。

 でも今目の前に居る存在に、想像もつかないような残酷な行為の半分でも後ろめたさを感じているのなら、ヒカリが勇気を出して心の内を曝け出してくれたのなら、僕もそれを告げるべきではないのだろうか。


「なに?」


 視線はこちらに向けず、それでも意識はこちらへ向けるヒカリ。

 僕はそんな彼女に向かって、今の今まで口に出さなかったそれを吐き出した。


「僕、実は三度目なんだ」


「……」


「生まれるのが三度目。二度目は髪が黒かった頃で、一度目は別の世界で十八まで生きた男性だった」


「そっか」


「……そっかって、なんか酷くない? 結構勇気出して言ったつもりなんだけど」


「なんとなくそうじゃないかって思っていたからさ。自分の性別に戸惑っていることとか、なんか不思議な知識を持っているなとか。

だから幾つものコウも抱いてきただろうもしかしたらに、今私がコウの記憶を引き継いで実感している不思議な体験を合わせて、多分そんなところなんだろうなって」


 大変だったよ、コウも私も。アメに追いつくために、離されない為に滅茶苦茶頑張ってさ、周りからは天才とか呼ばれることもあって。

 ヒカリはそう軽く笑いながら呟く。

 僕と離れたくないから、僕の考えていることを少しでも理解したいから。

 そういった感情がコウを、ヒカリをここまで成長させた。ズルをしている僕に離されない為に、気づけばとっくに追い抜けるほどの才能を開花させて。


「嫌、だったりしない? ずっと女だと思っていた僕が、昔男だったとか考えたら」


「そんなことはないよ。アメそのものを私やコウは……」


 そこでヒカリは言葉をやめ、少し居心地が悪いように顔をほのかに赤らませそっぽを向く。


「……今のはちょっと言い過ぎた。先出てるね」


「うん……」


 僕はそんな彼女に、どう反応するのが正しかったのだろう。

 性別の推移やそれに伴う感情が滅茶苦茶すぎて、正解なんて誰も見つけられないと思うのだけれど。



- 魂の吐露 終わり -

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[良い点] >『私、コウだよ』 このセリフだけで思考が溶けて全てどうでもよくなる感覚… エモい
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