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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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116.凍てつく雫

 その日、僕はココロと二人町を歩いていた。

 貴族の下へ行くまでの僅かな期間の空いている日、仕事も何も無く、長い間訓練し続けている僕達にアレンさんが無理やり休息を取らせたのだ。

 武装こそしているもののやっていることは同年代の子等となんら変わり無く、服を見て、露店で掘り出し物を探して、お腹が空いたら雰囲気の良さそうな喫茶店で食事を取り、お互いのメインメニューを交換して二つの味を楽しむ。

 それから幾つかの娯楽施設を回り、目に入った露店のクレープに二人で堪えきれず駆け寄って。


 そんな。

 そんな今まで、誰でもやっているような特別じゃないこと。

 僕の勝手に引いている一線、それには全然届いていない至って普通の友達と同じこと。

 そんな日常を一年近くココロと過ごして、今日、初めて過ごしたんだ。


「そういえばココロは、僕をお姉さまって呼ばないんだね」


 そんな感慨をおくびにも出さず、僕は以前似たような時間を過ごした事を思い出して疑問を口にする。

 ……ルゥは、少し違う。やつと二人で遊ぶと、なんか大体変なことしていたから。


 僕のふとした疑問にココロは、何かいいことに気づいたかのように顔を明るくしながら尋ねてくる。


「それは良い呼び名だと思いますが……そう呼んで欲しい願望も入っているのですか?」


 願望。

 その言葉に、僕は少し思考をめぐらせる。

 記憶を辿り、過去に思い出を走らせて。


「ごめん、やっぱり無しで。僕はココロには、いや、あの子以外にはそう呼ばれたくはないかな」


 脳裏に浮かぶのは一人の少女。

 いつかお姉さまと慕ってくれて、最期にはそれを止め守れず死んでいったスイ。


「わかりました。あなたのその思いを、私は尊重したいと思います」


 憂いが表情に出ていたのか、ココロは僕に向かってそう言ってくれた。



- 凍てつく雫 始まり -



「ねぇ、一度真剣勝負しませんか?」


「……真剣って、死なない程度なら何していいぐらい?」


 夕日の下、人が少なくなってきた町の西側でココロは僕にそう提案してきた。


「はい。もしかしたら、もうこんな機会は二度と無いかもしれないので」


 僕達の、アレンさんの終わりのときは近い。

 それがハッピーエンドかバッドエンドかは未だ誰も知らず、ただ今まで続いていたものが何もかも変わるのだろうということは誰しもがわかっていて。


「うん、いいよ。ココロがどれだけ強くなったのか、確かめてあげる」


 頷くココロの瞳に宿る炎の意味を、僕はこの時まだ知らなかったのだ。




 少し雪が降り始めた夕暮れの下、僕達は何時も訓練する場所よりも更に西の郊外へ向かい開けた場所を中心に対峙する。


「はじめよっか」


 僕は日が落ちきる前に事を終わらせようとそう宣言し。


「少し、話したいことがあるんです」


「ん?」


 ココロがそう流れを断ち切る。

 瞳にはあの怪しげな炎。時折人々が見せて、未だ正体が掴めず――多分僕自身には無いもの。


「私達結構仲良くなれましたよね。初めはあんなに視線も合わせず、名前も呼んでくれずに」


「そうだね」


「怒りに任せて私の腕を砕いた時もありましたっけ」


「……うん」


 僕はその言葉に頬を人差し指で掻く。

 純粋に己の未熟ゆえの過ちや、あと戸惑い。今こうして試合をするぞってタイミングで、どうしてそんな話をしてくるのか。


「それからアメさんが私の能力を買ってくれて、アレンさんにわざわざ進言までして。今私はこうしてあなたと本気で刃を向け合えるほどの場所まで来れました」


「……」


「だから、そろそろあなたが背負っているものを、私にも背負わせて欲しいです」


「……アレンさんのことなら十分やってくれているよ、そりゃまだ時間が足りなくて十二分ではないけどさ、訓練を始めた頃を考えたらやっぱり凄いよ」


「そうじゃなくて」


 ココロは瞳を閉じ首を振る。

 その様子に僕は今まで得てきた情報を束ね、一つの過程に行き着く。


「アレンさんのもっと奥、アメさんが今のアメさんになってしまった、前の話です」


 束ねられた情報は導火線に昇華し、爆弾という名の心に一瞬で火を届ける。

 久しく感じていなかった怒りの感情。一瞬でそこに至る、僕が僕足りえる。


「ずっとあなたは何を見ているんですか? もう埋められない空白を、今の生活で埋めた気になって。

どんなに笑顔を見せる時も、今その空間を心地良いと感じているときも、アメさんはずっと何かと比べて……」


「――黙れ」


 空から落ちるヒラヒラと凍りついた雫が、今僕のあふれ出る魔力に答えいくつもの槍を増やしていく。


「確かに仲良くするつもりはないといった、実際にあの表現は適切でなかったと反省もしている。でもその発言は、明確に僕の引いた一線を土足で何歩も踏み込んだものだ」


「やはり拒絶するのですね」


 怒気を込め、殺意にも至る僕の声音をココロは予め待ち構えていたように受け止める。


「――それでも、私はあなたの悲しみを共有したいと思っています」


 確かな覚悟の込められた言葉に全身が湧き立つ。怒りという炎が全身の液体を沸騰させ、口からコポリと零れ始める。


「お前に何がわかる!! 僕が何に苦しんでいて、何を失ったのか!」


 槍を一つ飛翔させ、それが既に展開されている空気の隙間にぶつかり相殺されたのがわかった。

 真空状態の鋭利な空気の壁。いくつもいくつも空間を断絶し、幾つも僕が氷の槍を展開しているように敵も十分にやる気のようだ……僕が身構えるよりも遥かに前から。


「わかりませんよ、何もわかりません。アメさんが何も言ってくれなかったので」


「聞かなかったじゃないか!!」


 もう二つ、槍を飛ばし不可視で無数にも思える風の断層に防がれる。


「――聞かせてくれなかったじゃないですか!?」


 そこで初めてココロは声を張り上げ、顔を歪ませて僕にかまいたちを飛ばす。

 雪を掻き分け進むそれを僕は視認し、手刀を自ら突きいれ破壊魔法で正常に風をその切り取られた空間に流し込む。


「教えてくれない! 聞かせてもくれない! でも私の隣に居るあなたは、ずっとずっと寂しそうに、本当なら泣き出しても収まらないほどの悲しみを堪えていて!!

だったら――そんなあなたに私は一体どうするのが正解だったんですか!?」


「どうもしなくてよかったよ! 今までで正解だ、今が間違っているんだ!!」


 双方から伸びる氷の槍と、風の刃はお互いの中間地点で相殺され、形ある氷だけが僅かに魔力を失っても残り、まだ少し暖かい気温に溶かされ小さな氷塊は水滴へと戻っていく。


「そんなにも悲痛そうな顔で! 自分でもわからないほど助けてくれと叫んでいるのに!!」


 遠距離戦じゃ埒が明かない。

 そう思ったのは僕だけではなかったのか刀へ手を伸ばすココロ。


「誰がそんなことをっ! これは僕だけの悲しみ、僕だけの――!!」


 刃物に素手は分が悪い。

 刀を破壊しても良いのであれば話は変わるが、それはアレンさんに迷惑がかかってしまう。

 僕は右ももから短剣を抜き取り、詠唱をする。


《誰も聞こえない歌を歌おう》


 僕は僕を想う。

 この心痛は悲痛に非ず、自ら望んだアメの真髄を味わう代償に過ぎず。

 僕はアメ(・・)を全うする。


《優しい風が、私を導く》


 ココロも詠唱で返し、未だ収めたままの鞘に魔力がより溜まっていくのがわかる。

 きっと抜刀時の威力はこの戦闘で最も高い攻撃力を誇るだろう、でもそれに僕が屈するのは許されない。アメがアメであるために、それは赦せない!


「「――っ!!」」


 双方が息を呑む。

 僕を両断しかねない一刀は、魔力を最大限込めた短剣に食らいつくよう音よりも早く動き、そして合金に一瞬刀が食い込むのを僕は見逃さなかった。


《一筋の光っ!》


 追加の詠唱。

 感情を増幅させ続け、僕は僕だけでは扱いきれない能力で攻撃を捌く。

 僅かに食い込んだその部位を起点にし、掠め取るように刀の軌道を逸らす。


「誰かの為には、依存することしかできない弱いもの!」


 本来ならば僕の短剣と同じように、ココロは刀を手放すのが正解だった。

 にもかかわらずココロは手から離れそうなそれに強引に引っ付き、僕に一撃を加えさせるほどの隙を見せる。

 破壊魔法どころかまともな身体強化もしていないただの掌底。それでも腹部には大分ダメージが通ったはずだ。

 込み上げてくる胃液を飲み込みながらも、まだ懲りずに僕へと刀を下ろすため近寄るココロ。


「あなただって、ずっと誰かのために生きているじゃないですか! アレンさんもそう! 今はもう居ない誰かにだってそう!!」


 ココロが望んだ間合いよりも自ら近づいてそれを崩し、完全には受け止めることのできなかった僕の隙に刀の柄で側頭部を叩いてくる。

 僕はその打撃に合わせ頭部を動かし、避けきれないにしても少しでも威力を殺せないかと図る。


「ココロのそれと僕のこれは違う! ココロの誰かの為には、助ける相手が消えてしまえば自分の生き様を見失うほど危うく脆いものっ!」


「あなたは何時も否定ですね。それは間違っている自分のほうが正しい。そうして失ったものを何時までも引きずる、それがその人やあなた自身が望んでのことなら私も認めます!

――でも違うのなら、少しでも思うところがあるのならっ! 私は後悔しても良い、でもずっとそれに浸り続けることはせず、喪失感を忘れることもできず、それでも新しい誰かのために生きていきたいと思っているんです」


 被害を抑え、反撃。

 避けきれず、最良ではなく最善の対処で凌いで。

 どちらも互いの攻撃を完全に避けきることなどできない。どちらも互いの良さと悪さを知っていて、それを殺しきるなどできやしないのだから。


「本当に僕が気に入らないだけで全て否定しているとでも? 既に否定し終わったんだよ、その無数の選択肢達は自分自身でさ。

一番僕のことを知っている人間が、一番僕を救いたい人間が、一つ一つこれかな、違うあれかな、これでもない、お願いこれであってほしい、もうこれだけしかない――どこにも、無いじゃないか。そう自分を救える選択肢を一つ一つバツマークをつける作業を、してこなかったとでも思っているの!?」


 幾つもの数え切れない攻防で、僕の拳が確かにココロの芯を打ち据える。

 逃がすつもりなどない。完全に、終わらせてやる。


「……なら、なおさら、」


「人殺しの刃、仲間である僕に優しさを説くため振るって見せろよ!!」


 声を遮り体を掴み、僕に抵抗しようとした刀は届くことは無くココロを地面に組み伏せる。

 意思無く抵抗のためだけに振るわれた拳を、僕は迷うことなく破壊(・・)


「くっ! あっあああああ――!!」


 声にならない悲鳴。

 右腕の二の腕から手首辺りまで、ココロの腕は分割され今はもう地面に転がるだけ。

 出血を止め痛みを鈍化させているのはわかるが、長時間この状態を維持すれば肉体は疲弊し落ちた腕は壊死を始めるだろう。

 これで、終いだ。


「本当に誰かを救いたいのなら、その人が今まで信じてきた大切な価値観を微塵も残さず端から端まで丁寧に、一個ずつ目の前で踏み潰して、まだ抗おうとする両腕を切り落とし、逃げられないよう足ももいだあと、そこで初めて『ここを通れ』って引きずるんだ」


 魔法で抑えても限度を知らない痛みがココロを襲う。


「悩みを聞いて相手に都合のいいアドバイスを選んで伝える? 事情も知らないけど落ち着くまで傍にいてあげる?」


 腕を押さえ、脂汗をかいてもそれは止まらない。


「冗談。その程度で救えるというのなら、その人は誰かが手を貸すまでもなく勝手に救われていただろうさ」


 少女(それ)は、止まらない。


「……痛めつけられるたびに、勝てる確率が十ずつ減っていくわけじゃないですよ。一割ずつ減っていくだけです」


 一体何を言い出すかと思えば確率の話。

 その話を持ち出したとき、少女の瞳に炎が揺らぐ。

 あの日僕と歩むことを決めた少女の瞳に宿っていたものと同じ、あの日僕が確率を説いた時に零じゃないと言ってのけた炎と同じ。


 ――この炎は、決意だ。


 揺らいでいるわけで無く、今も燃え盛り成長している証。

 現状じゃココロは止まらない、片腕を破壊され上に乗られた程度じゃココロは止まらないのだ。


「ほとんど変わらないじゃない。少し緩やかだけれど最終的には現実的じゃない確率に、固定値と同じように減っていくだけ」


「一つだけ、決定的に違う部分があるんです。零にだけは、ならないんですよ。その無数の零(0.000...)の先に、私は一つでも有数があると信じています」


「なら今からでも潰していかなきゃ」


 僕が転がっている刀を手に取るのを見て、手に取るのを待って(・・・)ココロは動く。

 まだ繋がっているその左腕で、僕の戦力を削ごうとする行為を刀を突きたて地面に縫いつけ止める。


「――ぁっ!」


 予め感覚を鈍くさせることもできるだろうに、ココロはその痛みを受け入れてまだ動く。

 魔法を扱うための起点にするつもりか、それとも単純に足で僕を組み伏せようとしたのか。

 その結果を確かめることなく、その過程を目にすることも無く、僕は痛みを伴う神経痛毒を染み込ませた二本のナイフを右のふとももに突き立てる。


「――!!」


 痛みは続く。

 こんなバカなことさっさとやめればいいのに、ココロは止まらない。

 一本でも十分な毒の量を、過剰すぎる二本で味わいそれが全身を回るまで少女は抵抗しない。


「ま、だ。ぜ……ろじゃ、ないです、よ?」


「……」


 僕はその言葉に離れた場所に落ちていた短剣を取り、一切の遠慮なく腹部へ体重を乗せながら左太ももに刃を突き立てる。

 僅かに体が反応したのはわかるが悲鳴が上がらなかったのはもはや痛みに慣れたのか、それとも反応するほど意識レベルが保てていないのか。


「ねぇ、これ以上続けても意味ないのわからない?」


「……」


 ココロは確かに僕を見る。

 言葉こそないもののまだ意識を失っていない。

 僕はそれを確認して、突き刺した短剣で傷口を歪に広げながら再び問いかける。


「子供らしく自分が正しいって言い続けて、体内にある栄養と魔力がどんどん減っていって、全て無くなるのを待つの?」


「……」


 これ以上傷を増やしてしまえば本格的に命に関わるのはわかっている。

 どれだけ魔法があろうとも、それは体を支える前提があるからだ。

 命を繋ぎ止める全ての要素、それらを失えば人は死ぬ。死んでしまえばどんなに高度な魔法でも、生き返ることはありえない。


「このまま死ぬの? どこにあるかもわからない可能性を信じて、救いたい相手に殺されて。アレンさんに返せていない恩を返さずに」


 どの言葉に反応したのかはわからないが、ココロは一度瞳を閉じて、もう一度開いた時にはもう炎が見えない場所に行っていた。

 体内に残っているエネルギーを全力で使い、傷口からあふれる血を止めるだけではなく急速に治癒していく。


「壊れるほど愛しても、何一つ届かないんですね」


 唯一残った外傷の切断されたままの右腕で、本来そこにあるはずの手を僕の頬に当ててココロはそう呟いた。


「……さぁ?」


 届きは、したんだ。

 ただそれが彼女が望んだような抱きしめる行為ではなく、僕を踏みにじるようなものだっただけで。

 素直な疑問系を口にして、僕はココロの上から立ち上がる。

 遅れ、助けられることなく身を起こし、落ちているバラバラになった腕を繋ぎ止め終えるのを僕は無言で空を見上げ待った。



 静かに、雪が降り続けてきた。



- 凍てつく雫 終わり -

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