115.醒めない悪夢
「また仕事を頼まれた、それも前回より大変なものかもしれない……」
「……」
アレンさんの言葉にココロと二人で息を呑む。
あの他組織を襲撃したのが大体二ヶ月前、その前にローレンに行ったのが五ヶ月ほど前。
少なくとも僕達に話すような規模の仕事が、この頻度で舞い込むのは誰にだって異常だとわかる。それはアレンさんも理解していたのか珍しく苦しげに焦りを表しながら内容を説明する。
「反抗が確定している身内の始末。情報によると九名の人間がこの施設に存在し、万が一発生した目撃者や不運にも居合わせた人間含め皆殺しにしろとの事だ」
たとえ僕達二人を元より人数に入れていたとしても、その三倍の数をやれというのはどう考えても無茶振りだ。
相手が反乱分子であるのなら尚更"どちらが倒れても構わない"という意思が読み取れる。たとえ僕達が生き残ったとしても何をしたいのか全て把握した上で"何かするようなら今度はお前達がこうなる番だ"そう言っている。
聞けばその施設は大通りに面している人の目が多い箇所で目撃者を出さない方が難しい。
「……貴族の反応は。現時点は最悪に近い状況だと思います」
「最後の手紙をあちらから届くのを待っているところだ、これを受け取らなければどうしようもないほどの。早くても二週間、だろうな」
与えられた仕事を二週間引き伸ばしにし、既に嫌疑のかかっている僕達への追っ手を振り切りレイニスへ。
……かなり無茶がある。が、その無茶でも押し通さなければ現状はこじ開けられないのでは無いか。
「――やりましょう」
誰もが絶望視している中、一人だけ顔を上げてそう言ったのはココロだった。
「有無を言わせぬ結果を見せ、次を与えられる前にその時を享受しましょう。
可能性は零じゃない。誰にも感づかれること無く、誰も欠けることなく九名を倒す。きっと、できるはず」
少女の瞳に映る炎に、僕は暖かさと、暗闇を裂く光を感じた。
その可能性に手を伸ばせば、共に歩めば、きっとどうにかなるのではないかと。
決してこのような少女と同じ人生を歩むとは思っていなかった。
そんなココロが力を確かにつけて、誰よりも確かな強い芯を持っていて。
「あぁ」
「うん」
だから僕達は答えた。
- 醒めない悪夢 始まり -
大丈夫、大丈夫。
そう言い聞かせてもどこか欠けているのではないかという不安に体が震えそうになる。
施設の内装は頭に入れた。
敵は九、全てを殺める段取りも忘れてはいない。
ただ現に今、日中の街中、それも大通り近くにある施設で虐殺を働くと考えたら今すぐに逃げ出したくなる。
誰か一人でも逃がしてしまえば全て終わりだ。断末魔一つが誰かの耳に入り、通報されてしまってもそれで終わり。
敢えて夜ではなく日中を選んだのは、万が一音が漏れても雑踏に消えることを期待して。
多くの人々の内、誰か一人でも聞いてしまった時、気のせいだ、そう済ませることを祈っての選択。
少なくともほとんど人の歩いていない夜に悲鳴でも上がってしまえば間違いなく通報される。
合理的だ、正しい、わかっている。
でも目深く被った外套の中を、怪訝そうに誰かが見ているかもしれないと思えば体が竦む。
「行きましょう」
それでもココロは進んだ。
僕の内心を見透かしてか手を軽く握り、一歩前へ踏み出した。
アレンさんはそれを見て裏口へ。
実力の劣る僕達が二人で正面から荒らし、アレンさんは単身で漏れがないよう気をつける役割だ。
ココロの先導された事実に腹が立ち、あぁもう二度死んだ命だ、最悪僕が暴れ回り注意を惹いている間、アレンさんとココロが二人で段取りを無視しレイニスへ向かえば実は何とかなるんじゃないかとやけくそになる。
大通りから数本離れただけの十分人通りが多い道。そこにある何食わぬ顔をして街へ溶け込む暗部の扉をコンコンッとノックし、対応が来る前にドアノブを回す。
幸いにも開いていた現実に感謝しつつ、後ろ手でしっかりとドアを閉めながら建物へと入る。
「ん? 迷子か? 子供が遊びに来るところじゃないぞ」
まず一人。
予期せぬ来客を対応するためか玄関に出てきた男の不意を付き破壊魔法で内部をぐちゃぐちゃにする。
最小限の出血で命を失ったことを確かめ、コート掛けにココロと二人で返り血の付いていない外套を掛けておく。
「どうした――っんむ!!」
次いでもう一人、先の男性と会話でもしていて、一向に帰らないことに疑問を覚えたのか続いてきた男の口を飛び掛り塞ぎ、右手は短剣を喉元に突き刺すが先端が薄皮を裂いたところで食い止められる。
このままじゃ不味い。身長差をジャンプで縮め、力差を不意打ちで誤魔化しているだけだ。少しでも助けを呼ばれたら状況は一気に不利に傾く、外に漏れたらその時点で終了だ。
「――っ!」
声にならない断末魔を上げたのは男性。
僕の後ろからココロが、肩から心臓へと向け刀を下へ突き刺している。
ありがと。
口の形だけそう伝え、物音を立てないように死体を床にゆっくりと置く。
あと七名。頭の中で数えたところで、ココロが刀に付いた血を拭う暇も無く壁を背にして身を隠す。
遅れて僕も壁を背にすると、こちらへ近づく足音が確かに聞こえた。
探知魔法は使えない、そうして確かめる必要がある存在が建物内部にいないと錯覚させ続けなければならない。
ぽたり、ぽたりと刀身から血液が滴り落ちる音、それに僕達の吐息に近寄る足音だけが耳に残る。
町の雑踏は未だ変わりなく、建物を建物足らしめる壁一つ向こう側で人が二人死んでいることに気づいている様子は無い。
ココッコン。
壁を独特のリズムでノックする音が聞こえ、僕達は肩の力を抜いて姿を現す。
近寄ってきた人間はアレンさんだった。予め互いを認識しあう音を決めておき、今それを血の臭いでも感じ取ったのか彼から行ってくれた。
首を横に親指で切り、指で一と指すアレンさんの後ろの部屋には椅子に座ったまま動かない女性が一人。三人で一階の広間に居たところを、僕達に近づく時一人になった瞬間をアレンさん狙い仕留めたのだろう。
それに僕は同じようにジェスチャーをし、指は二本立てておいた。
その後アレンさんは指を下に向け一周させたあとオッケーと円を作り、自分を指差し下の方向へ、そして僕達を指差して上を指した。
一階は掃討終了ということだろう。
あとは地下と二階にそれぞれ別れて向かうだけだ。
玄関の鍵は掛けた、裏口も同様だろう。少なくとも外から内へ人が入ってくることはまず無い。
残るは二階含め窓を割って出入りするような無作法者が居ないことを願おう。
あと六名。
アレンさんが殺した分を確かに脳から減らしつつ、足音を殺し階段を上る。
二階では避けられる窓は身を屈めて姿を映さず、避けられない窓は堂々と胸を張り歩いてカーテンを閉めた。
各感覚を痛いほど強化し、自身の鼓動が五月蝿く、体が切る風がまるで刃が突き刺さるほど痛みを感じる中、人の気配を感じる部屋に辿り着く。
耳を澄ませば一名、寝息か何か深い呼吸をしているのがわかる。
ココロがしっかりとついてきているのを確認し、音を立てないよう最大限注意を払いながら扉を開けてみると仮眠室のようで、簡素なベッドに一人の男が横を向いて寝ているのがわかった。
こちらではなく反対側を寝ていることに若干の不安を感じながらも、罠でも何でも仕掛けなければ道は無いと判断。近づき頭に触れて魔力を流し込み内部をぐちゃぐちゃにする。
カツンッと音がした。
ヒールか何かの甲高い足音、アレンさんのものでは無いそれに振り向くと仮眠室の扉は開いたままで。
ドアの開閉、たったその一つだけで危うくなりかねない事実に危機感を覚えながらも、今更扉を閉めるわけにもいかず慌てて身を隠す。
「おいハサウェイ! 何時まで寝ているつも……どうした!?」
耳から僅かに流れている血液と、深い呼吸をしているだろうに動かない男を見て女性の声が響く
くそっ、せめて扉を入った後に気づけば完全にこちらのものだったのにと悪態をついても仕方ない。
「お前かっ!?」
扉の裏へ隠れていたココロの不意打ちを、そういった僅かな情報で察知してか最小限の動きで避ける女性。
かなり優れた人物であると想像できる――ただ、頭の上までは注意を払えていなかったようで。
ドアの上、壁に魔力で削ったくぼみを中心に体を支えていた僕が、女性の肩へと落ちてそのまま首を絞める。
できれば捻じ切りたかったが消耗もしておらず警戒をしていた人間にそれは叶わず、何とかこれ以上声を発せ無くした段階でココロが胸を一突きし、それでも止まらない動きに腹部へもう一度刃を入れて横へ掻っ捌く。
あと、四名。
できれば軽口の一つでも言って緊張をほぐしたかった。
けれど現に今、たった数秒行動が遅れただけで結果が違っていただろう事実に、たった一つドアを閉め忘れた失敗に身を震わせ、緊張を解す暇も、必要も無いと知る。
今この身を裂かんとする張り詰めた空気が、あと四名を殺すためには必要なんだ。
地下は倉庫になっていると聞いた。
そこに誰か居ること、ましてや複数名丁度このタイミングでいるとは思えない。
あと四、二階に集まっていると思え。
一つ、二つと部屋を調べるとごとに焦りは募る。
誰もいない。もしかして地下に何か必要があって集まっていて、アレンさんが一人で頑張って僕達が来るのを待って抑えているのか、もしくは今日中に全員居る筈なのに外に出ていて、今内側から鍵が掛かって誰も出てこない現実に疑念を外で誰かが抱いているのか。
――どちらでもない、今はそう言い切れ。あと数部屋だ、そこを探索してから慌てても遅くはない。
残り二部屋。
その段階でようやく人の声が複数聞こえる。
ココロがもう一部屋を探索している間に地図を思い出し、この部屋には窓が無い事、少し広い空間が割り当てられていること、廊下の見える範囲の窓は全てカーテンを閉めたことを確認。
首を振り扉の前まで戻ってきたココロを確認し、室内から聞こえる声が三種類だと指を立てる。
一人足りないがこれ以上は仕方ない。とにかくこいつらを片付けてから対応するしかないだろう。
僕はスカートの内側から手榴弾を取り出し、それはマズイと制止するココロを無視して口でピンを抜く。
扉を僅かに開け投げ入れようとしたところで、ドアノブを掴もうとした手が宙を切る現実に驚く。
「誰だっ――!」
丁度こちらが扉を開けようとしたところで向こうから扉を引かれたのだろう。
何かを叫んでいた男を無視して手榴弾を投げ入れ、強引に開けようとしているドアノブを必死に掴む。
二、一……零。
カウントが済んだと同時に衝撃。大丈夫、外への音は丁度前を通りかかった馬車の音がかき消してくれることを考えての行動だ。
数を数えている間とは打って変わり抵抗が無くなったドアノブを、こちらから蹴破り室内へココロと共に突入する。
扉に持たれかかっていた肉塊を強引にどけて、爆発を間近で受けたのか相当ダメージを負っている人間にはココロが、もう一人咄嗟に対応できたのか若干ふらつきながらもこちらへ短剣を構え殺意を向けている人間に僕は近くに転がっていた箒を手に距離を詰める。
突いて避けられ、辛うじて持っていた短剣を叩き落とすように箒を振り下ろして流して、柄で叩き上げつつも距離を詰めて僕は箒から手を放す。
もみ合いになってしまえばこちらの勝ちだ。
投げ技から寝技までこちらは常人以上に鍛えてきたのだ。すぐさま大人を床へと叩き付け馬乗りに。
短剣で再び抵抗されるがその手首を掴み、短剣と手を押さえそのまま首へと沈めていく。
早く死ね、早く死んでくれっ!
そう願いながら刃を沈め、敵は自身の手が首へと刃を沈める現実にもう片方の手で対抗しているが僕の全体重を掛けたそれに抵抗できるはずもなく。
十分に刃が刺さり、動けなくなったところで思い出したかのように肺へ空気を入れて死体から退く。
ココロを見ればそちらも済ませたばかりのようで、何とか生きながらえ任務を遂行している事実に肩の力を抜こうとしてまだ一人足りないことを思い出す。
「地下、行かないと……」
「はい……」
僕に返事をするココロも満身創痍だ。
外傷自体は無いに等しいのだが、もう精神的にはこれ以上ないほど疲れ切ってしまっていた。
ただここと一階に敵はもう居ないとして、地下へ行ってアレンさんと合流、そのあと事実の擦り合わせに必要ならば今後の対応も練らなければならない。
まだもう少し、休むことはできない――そのもう少しが何時までかはわからないのだけれど。
「倉庫に一名居たので始末しておいた、そっちはどうだ?」
だから一階でアレンさんと合流でき、そう言われた時は本当に救われた気持ちだったのだ。
「……一階と二階で八名、しっかりとやりました。外に気づかれた様子も今のところありません」
壁に体重を預け、そのままずるずると床までお尻を移動する。
「そうか、二人も無事でよかった」
アレンさんのその言葉も、長年の疲れを隠し切れない様子で心の底から出るものだと僕はわかった。
これで、これでイレギュラーさえなければ、予定通り貴族の庇護下へと行けるかもしれないのだ。
長年の、僕は二年近く掛け、アレンさんはそれ以上の時間一人胸の内に秘めていたその望み。叶うかもしれない、きっと。
「最後の部屋、会議室らしかったので資料と鍵を回収してきますね」
おそらく三名倒したあの部屋のことだろう。
爆発させた上、かなりギリギリだったのでそれどころじゃなかったがココロは周りを見渡す余裕があったようだ。
僕はココロが鍵を取りに行っている間、付いてしまった血を取り払い、汚れていない外套を纏って達成感とも虚無感ともつかない微妙な後味を味わっていたのだ。
「「「 乾杯! 」」」
仕事の後は打ち上げ。
……と言っても仕事が仕事なので、何時かのように西の城壁に三人で食料を持って人目から逃げてきた。
死体処理や諸々は鍵を掛けて、その鍵を組織の人間に渡し早急に処理をして済ませた。幸いにも人々に気づかれた様子は無く、上も何も言ってこないようなのでおそらく最高の結果と言っても過言ではないだろう。
「もーやだ! こんな仕事はもう嫌です! 正面から殴り殺してハイ終わり! そんなシンプルなのがいい!!」
「すまないな。そちらに負担をかけてしまって」
僕は冗談のつもりで言ったにもかかわらず、アレンさんは心底申し訳無さそうにこちらへ謝る。
こちらに負担が掛かったのはあくまで結果的に、だ。
単身で、僕達のミスを補うよう動き、もし地下に人が集中していればそれこそ危険なのはアレンさんだった。
これが一人で動く人間を僕かココロにした場合、未熟さ故に失敗する確率が跳ね上がっていただろう。
「いえ、全てアレンさんのおかげですよ」
ココロは笑顔でそう流す。
僕が三度目の生を生きよう、そう思ったのはアレンさんの存在が全てだ。
そのために新しいことをいろいろと学んだし、人として必要な感情も取り戻せた。
ココロが奴隷ではなく人として生きることができているのもアレンさんが居てこそ。
多分他の人ならばココロを買い取ったとしてもそこで終わりだ。こうして僕の言葉を真摯に受け取り、共に歩むことを決めてくれたとは到底思えない。
「そうか、それならば私も本望だ」
耳には聞こえない心からの溜息。
きっともうすぐ全てが終わる、それが良いにせよ悪いにせよ、僕とアレンさんの道はそこで何かが変わる。今までずっと積み上げてきたものが。
「ココロも随分頼もしくなったな。命を預けることに何も不安はない」
そんな少し先の話から、アレンさんは今辿っている今という時を見る。
「えへっ……」
正直ココロの表情は"えへっ"なんて可愛い物じゃなかった。
どちらかというと『にへぇっ……』が正しい。なんか溶けてる。
「僕はどうですか?」
お餅のようなそれから視線を逸らしつつ、僕はアレンさんに尋ねた。
すると少しだけ瞳に月光を輝かせ、アレンさんは口を開く。
「なんと伝えれば、私はお前を傷つけずに済むのだろう」
……珍しく、本当に珍しく冗談を口にするアレンさんに、僕とココロは心から笑ったのだ。
おもしろかったからじゃない。ただ嬉しかった、それだけなんだ。
「んで、人殺しを終えた後に食べる食事はどう?」
料理も減り、そろそろ解散も見えてきたところで僕はココロに聞く。
いつもより少し豪華な食事。何か一仕事を終えた後はいつもこうで、仕事を労う意図や、その報酬で食事を豪華にしている現実的な側面がある。
「そんなこと言われたら楽しむものも楽しめなくなるじゃないですかー!」
一瞬沈黙したあと、慌てて僕の肩をポカポカ殴る少女に僕は、あぁココロは、無事に人として壊れることができたんだ、そう胸を撫で下ろした。
- 醒めない悪夢 終わり -




