110.連なり
「金目の物を……げへっ!!」
野盗が現れ、取り回しの不便な槍の代わりに持っていた片手斧をおもむろに投げたら、見事に顔面を叩き割ってしまった。
倒れ行く体に、出鼻を挫かれ逃げ出した他の連中を無視して近づきながら、もう少し防御とかそういった意識をしないものかと疑問に思う。大切だよ、命。
「うへっ、ぐろ……」
肉と骨をぐちゃぐちゃに、それもさっきまで喋っていたパーツを含め別つとまぁそれは酷い有様で、頭蓋骨が収めていた内容物が引き抜いた瞬間ポロリと見えるのはショッキングの一言。
「アメさんがやったんじゃないですか……」
死体には慣れたものの、流石にグロテスクな有様は見たくないのかアレンさんと僕が死体を漁っている中ココロは少し離れた場所で気分が悪そうにそう呟いた。
「やはり野盗が多いな」
「まぁ当然武装を見せても付け焼刃のようですね」
一人ココロが殺せば戦う理由などもはや無く、しけた所持品しか持っていないせいで野盗なんかをやってる連中をわざわざ殺す面倒は背負いたくない。
広い視野で見れば世のため人のためとなるのだろうが、顔も知らない人間などどうでもよく、世間の目で見れば悪人である僕達の評価が真っ当な方へ少しでも傾くわけでもないし、もとより他者の評価など気にしていない。
ただ野盗を避けるため街道を行く他の人と共に歩むかと言えば、まぁこちらは組織の幹部に現奴隷元奴隷の怪しい三人組だ。
それも幼い少女二人を男性一人が連れて、十分戦えるとなれば得体の知れない僕達は怪訝な目で見られるのが世の定め。
人々の流れに合えばこっそりその隅にお邪魔しているものの、率先して歩みを同調させたりコミュニケーションを取って群れるかと言われれば否だ。
結局気ままなペースで進み、こうしてローレンの傍まで近寄れていることを考えたのならそれが正解なのだろう、そういうことにしよう。
- 連なり 始まり -
ローレンに着き、適当な宿を取り部屋の数を聞かれる。
アレンさんとの歳の差を考えたら、親子に見えるものではないのかと思うが僕とココロの髪の色がそれを許さないのだろう。
髪の毛は親の影響を強く受ける。深い青色の髪色をしているアレンさんと、薄い水色の僕が親子とは決して言えず、どちらかが母親の遺伝を受けているのだとしたらもう一人の説明がつかなくなってしまう。
適当に判断してくれても構わないのに、律儀にこちらを見てくるアレンさんに僕はココロへと視線を受け流すことで答える。
どちらでもいい僕の視線を受けてココロは、困ったような表情でアレンさんではなく僕を見つめる。
そのココロを見て僕は様子を見ているアレンさんへ視線を戻す。
アレンさんは『二』とだけ答えた。
……今のやり取り、僕居るだろうか。
一応遠慮の要らない仲までは親しくなっているはずなので、思春期特有の気難しさと言う奴か。僕にはちょっとそれはわからないかな。
「私はしばらく仕事をする。そう手間もかからず、助けも要らない簡単なものなので、たまには二人共訓練もせずに休暇を取るのも良いだろう。
まぁその辺りは各自の判断に任せる、自由にするといい。二、三日もあれば疲れを癒し王都へ帰る予定だ。以上」
そう言ってアレンさんは夕暮れ時の宿を一人去って行く。
残されたのは僕達二人と、好きにして良いと渡されたある程度のお金。
……後者の半分は野盗の死体からふんだくった物だったり、そもそもアレンさんの保護下で仕事という仕事をしていないのでお小遣いのようなものか。ココロは前者の理由で、僕は自活できるが故にこういった形で渡されるお金は少し使いづらい。
「アメさんは明日からどうする予定ですか?」
ココロは久しく体を拭ける喜びを隠しきれない様子で体を清潔にしながら僕に尋ねる。
寝る前にでも良いと思ったのだが、まぁ同じ部屋で寝る人間が臭いというのは嫌だろうと思い僕も服を脱ぎ体を拭く。
二週間分の汚れを溜めきった体や服に、上塗りし続けた香水の合間から汗の臭いがして早急に対処することにして良かったと思った。
「どうって……まぁ適当にかな」
王都と違い娯楽施設と呼べるものはローレンにはあまりない。
町に縫われるよう走る川達が大きな施設を少なくさせるのもあり、大体は重要な施設にスペースは割り振られている。
あるにはあるのだが大概が賭博場や娼館、酒場等で、目ぼしく子供が遊べるようなものは無い。今は祭りの季節でもないし、露店で珍しいものを見て周る程度か。海関連も良いが。
「私は馴染みの場所に足を運んでみるつもりです」
その声音は明らかに意図を持って僕に投げつけられていた。
「そっか。楽しんで来たらいいよ」
なので僕はそれを無視し別行動を宣言する。
昔馴染みの場所に顔を見せるというのに、僕という存在が居れば邪魔になるだろう……というのは詭弁で、単に仲良くする気がないだけだ。
……いや、実際足を運ぶというのはどの程度だろう?
ココロが今更アレンさんの下から逃げ出すというのは考えられず、じゃあ『今、人と戦うための術を学んでいます! 最近一人殺したばかりです!』と昔の知り合いに近況報告でも行くのだろうか。
うむ、若干気になる。監視ついでに着いて行くのもいいかと思うが、今更前言撤回した挙句共に行くというのは面倒だ。
やっぱ適当にぶらぶらしておこう。そう思い長旅で疲れているのか既に横になっているココロと同様僕も横になる。
案の定だ。
夕食も食べずに寝てみれば起きたら早朝。
町全体が起きているわけでもなく、隣のベッドで寝ているココロは久しぶりのベッドから抜け出す意識も無いようで、アレンさんは帰っているか、帰っていても休みたい頃合だろう。
「王都から来たんですけど、何か楽しめるものはありますか?」
朝食を注文し、料理と飲み物を運んできた宿の人にそう尋ねる。
「いや、今の時間帯は流石に何もないね」
「いえ、それはわかってます。日が昇り始めて何か娯楽でもないかなぁと」
僕が改めてそう尋ねると、若い男性は夜勤終わり頃合直前の乾いた眼球を少し揺らして思案する。
「北にビーチがあるんだよ、人が泳げるように整えられた海が。王都じゃ海はそれなりに遠いものだろう? もしここに来て海が素敵なものだと感じたのなら、泳げなくとも海水に触れてみるだけ触れてみると良い。きっといい経験になるよ。連れの男性や女の子と一緒にね」
まるでいい案が思い浮かんだと少し声を躍らせて言葉を伝える男性。
まぁ僕も実際いいアイディアだと思うのだが、こちらの特殊な事情が色々と重なりこれぞというものにはならない。
何が悲しくて少女の外見なんてしているんだ僕は。異世界から来た一度死んだ殺し屋の元男ですって人目でわかる外見――なんてあるか。
伸びないかな、身長。
性別は女である時間が長いせいか結構どうでも良くなってきた。あまり強い刺激は気後れするが、日常生活で困ることはほぼない。
人を殺す必要がある仕事もまぁ構わない。何でもするよ、村の手伝いから狩り、誰かの護衛や個人的な殺人の加担まで。まぁアレンさんがやろうと言った時ぐらいしか率先してそんなことしないけれど。
ただ身長だけはどうにかなってほしい。男の時ほど欲しいとは思っていない、髪が黒かった時のようにスタイルが良くなってほしいとも思っていない、ただうん、平均身長は欲しい。明らかに同年代の子よりも小さいもの、僕。
戦闘で体格が劣っている事実が不利に繋がることは改めて言うことではないどころか日常生活でもこれは困る。飲食店やこういった場所の椅子、家具の高さですら大人向けの大きさ、もしくは十代の子供を想定しているサイズだ。僕としては一々背を伸ばしたり魔法を使ったりぴょんぴょんしなければならない。不便。
「ん、朝ですか……」
僕が室内に入ってきた音に反応してかココロは目覚め、体をベッドの上で起こして窓の外を見る。
出て行くときは構わないが、誰かが入って来る時は必ず起きてもらうぐらいじゃなければ身の安全は守れない。
まぁ僕達が暗殺など警戒する必要のある立場かと聞かれれば否だが、万が一に備えて訓練をしているのでそれが街中でもしっかり発揮できているのは喜ばしいことだろう。
「まだ結構早いけどね」
五時か六時か。
何時も学校で起きる時間帯よりも少し早い……昨日夕方に寝たことを考えたら寝すぎだが、遠征後はこんなものだろう。
「おはようございます。アメさん、朝食は?」
「食べた。出てくる」
一応最低限の武装だけ済ませ、洗い終え干してある着続けてきた服とはもう一着の動きやすい服に暗器を仕込み逃げるためにドアを開ける。
「いってらっしゃい……ふぁ……」
欠伸を押さえながら僕を見送るココロは未だ眠いのか、それとも僕のこの態度にいい加減飽きてきたのか。
「ふぁ……」
宿から出て何時間か。
既に昼食も食べ終え、なんとか町やお店を見て周って退屈を凌いでいたがそろそろ限界というものだ。欠伸の一つや二つが出るのも仕方ない。
特に今は趣味といったものもなく、ただ訓練を行い続ける日々に不満も感じていなかったので唐突に休息を与えられてもわりと困るのは人の性か。
隣に人がいればそれも違ったのかもしれないが、まぁこれが今の僕だ。その現実を嘆いても始まらない。
"お姉ちゃん!"
人ごみを歩いていると背後から声が聞こえる。
お姉ちゃん、か。そういえばココロは弟が二人居たと言っていた気がする。
もしかすると故郷であるローレンで再会が叶っていたりするのだろうか。
アレンさんから離れようとしないのであれば、その辺の幸福は十分に味わって欲しいというのは僕の心からの声。
「お姉ちゃん――!!」
もう一度声が聞こえ……僕の袖が引かれる。
なんぞやと振り向くと、六歳ぐらいの少年が僕の袖を引いていた。
「ごめん、人違いだよ」
呆然とする少年の手を振り払い、それだけを告げて立ち去ろうとすると次に聞こえたのは泣き声だった。
あわわわわ……確かにちょっと冷たい反応だったと思うけれどそんなに泣くことはないじゃないか。
周囲の視線が気になる。どうみても僕が泣かせたことを非難するような視線。
「少し川に泳いでいる魚が気になって立ち止まっていたらお姉ちゃんと離れてしまった」
「……うん」
なんとか泣き続ける少年を宥め、確認できた事情を反芻する。
「僕がお姉ちゃんに似ていたからこっちに寄って完全にはぐれた」
少年の髪色は水色。
僅かに色合いが違うものの僕と非常に似通っているほうだろう。
「……うん、こんなにちっちゃくないけど」
イラッ。
落ち着け、僕。
特に害意のない余計な一言、思ったことがそのまま口に出ていて、今日身長に悩んでいたこともあり少し腹が立つだけだ。
「だから僕のせいなので姉探しを手伝って欲しい?」
「うん」
「……帰る」
ここに来て屈託の無い返事でブツリと何かが切れた音がした。
「ひどいひどいっ! お姉ちゃんのせいじゃないか……!」
どこをどう考えて僕のせいになるのかを論理的に説明して欲しいところだが、言葉に怒りを込めながらも目の端には再び涙を浮かべている様子を見るに、言い分を呑まれければもう一度泣くぞという本人も意識していない遠回しな脅しだろう。
「大丈夫。町を守る優しい大人達には助けてもらえるよう紹介するから、あとはその人達とどうにかして」
「……ひぐっ」
どうしてそこで涙ぐむかなぁ……。
見知らぬ大人達に囲まれる様子でも想像して圧迫感でも感じたのか。
突き出そうとした大人達は武器持って筋肉のある警備隊だし、当然っちゃ当然なのか……?
「わかったわかったっ! お姉ちゃん暇だし手伝ってあげるから泣くな!」
「本当!? ありがとう、お姉ちゃん!」
自慢じゃないが暇じゃなければ走って逃げていた自信がある。
「とりあえずそのお姉ちゃんって呼び方わかり辛いから、僕のことはアメって呼んで」
「カンナ」
一瞬何を言っているかわからなかったがこの少年の名前だろうか。
言葉使いといい考え方といい、珍しく子供らしい子供に出会った気がする。吐き気がする。
「それでカンナのお姉ちゃんは何て名前なの?」
「シェリーだよ。シェリーお姉ちゃん」
「そのシェリーお姉ちゃんとカンナはどこへ向かってたの?」
「あっちのほう!」
指を指された方向を思わず向いてしまい、僕は勢いでそのまま呆然と空を見上げる。
何時までこの不毛で手間のかかるやり取りを繰り返せばいいのだろうか。
尋ねられたら事情をさーっと説明とかできないのかな、できないんだよねちくちょう。
「……カンナのお家はどこ?」
「りるがにあって場所」
この場合国じゃなくて王都を指しているのだろうか。
「泊まっている宿はどこにあるのかわかる?」
ゆっくりと首を横に振る少年。
目的地不明、帰宅場所不明、知っているのは姉の名前と、曖昧な見た目の特徴だけ。
ふむ、今からでも走って逃げて間に合うかな?
「だいじょうぶ?」
僕の表情が苦虫でも噛み潰したものだったのだろうか、何故か少年がこちらを心配して尋ねてくる。
何一つ大丈夫じゃないが、そんな状況にこの子一人放り投げる方がつらいだろう。
現実的に考えてこの状況を打破するにはどうすればいいか。
頼れる機関といえば町を網羅している警備隊に、顔の聞く国の冒険者向けの案内所。あとはローレンなら大きな商会辺りも迷子のサポートを適切にしてくれるかもしれない。
ただシェリーという姉はどう動くか。
そういった機関を頼ってくれるほどの知恵があるならば助かるが、もしこの子同様に迷子になっている段階ならばこちらから能動的に動かなければ事態の収束に時間が掛かるだろう。
親御さんが既に動いている可能性も高いか。ならどちらにせよ頼れる機関を見つけ、そこを中心にただ待つのか動いて合流できるようにするのか決めるか。
「……ん、大丈夫だよ。何とかなると思う、行こうか」
「うん」
そう言いながら歩き出すと少年は僕の手を握ってくる。
……人の前を歩くのはそういえば久しいか。はぐれないよう気をつけなければいけない。
ただ、もう少し涙や鼻水を丁寧に拭いておくべきだった。
繋いだ手がベタベタする。
とりあえずはぐれた(だろう)場所へ二人で戻り、近くにそれらしき姿が無い事の確認と、既に探しに戻ってきていなかったかをその辺で雑談に耽っていたおばちゃん達に聞いたが不発。
姉弟が向かっていた方向へ進みそれらしき姿を探しつつ、この近くにある頼れそうな施設はどこだろうかと頭の中で地図を展開していたら見知った顔を見つける。
「あ、ココロ」
「アメさんっ!」
僕の声に気づいてか反応しこちらへ駆け寄ってくるココロ相手に口を開く。
お人好しが人間になったような存在だ。押し付け……この問題を頼るには丁度良い人物だろう。
「丁度良かった、困っていることがあってさ……」
「今アメさんに会えて良かったです。私一人でどうしようか悩んでいたところで……」
「ん?」
「あれ?」
同時に出された言葉が、何やら想定していなかった反応を見せてココロと二人頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「お姉ちゃん!」
「カンナ!」
そんな僕達を置いて二人の少年少女は距離を詰める。
どうやら再会できたのは僕達だけではなくて、姉弟もそうだったようだ。
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうな、アメ!」
去り行くシェリーという少女に対しココロは笑顔で手を振り、カンナという僕が姉を探していた迷子はもう二度と放すまいと姉の手をしっかりと握りながら、開いている手で僕に笑顔で手を振る。
まるで楽しくない時間を過ごしたというのに、僕に向かって笑顔で手を振る少年に僕は乾いた笑いしか返せない。
そもそも気が抜けた。
あれこれ色々と考え行動したにもかかわらず、偶然ココロが僕と同様に弟を探してた姉と共に向こうからやってきたのだ。どうしても考えてしまう、偶然とはなんぞや、努力とはなんぞや。
そんな僕を見てココロは無理やり腕を掴み、へにゃへにゃと手を振る様子はもはや滑稽でしかない。
知っている。
偶然は必然だ。
無数の面を持つダイスを振り続け、特徴のある目が出たとき珍しいと叫んで騒ぎ立て振り続けた回数には気づかない。
知っている。
努力と結果に直接的関係は無い。
努力をしたからと言って望んだ結果が必ず得られるわけでもない。
他者と競い合うものならば尚更見えない場所に居た自分よりもっと努力してきた人間、あるいは単に才能があったりコツを見つけていた人間に負ける。
それか事故等の不運で全てが狂うことも平然とあるのだろう。
知っている、識かっている、でも納得など到底できるわけもなく。
くそったれ。
僕は誰に宛てるものとなく心の中でそう零すしかない。
- 連なり 終わり -




