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曖昧なセイ  作者: Huyumi
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108.壊れたメトロノーム

 他者に見られても問題ないよう、肌着だけの状態でショーツの上に生地の厚い黒い下着を更に穿く。

 そこから皮製のガーターベルトのようなものを腰に付け、片足ずつ確かに帯を締めて固定する。

 二本の投げナイフを保管容器から取り出し、染み込ませた激しい痛みを発生させる毒がしっかりと馴染んでいることを見た目と香りで確認し左の外側に存在する鞘へと収める。

 次も同様に二本の投げナイフ。こちらは何時か僕達が味わったヒメヅルダケの神経毒。あの絶大で、ルゥの死に繋がった……だろう実感を悲しみではなく感慨で確かめつつ問題がない事を確認し先に収めた二本のナイフの隣へ。

 次に短剣。刃渡り二十センチにも満たないほどの小さな物。別に今の僕には戦うときに武器は必須ではないのだが、戦闘でも、戦闘面以外でも刃物というのは何かと便利だ。選択肢を増やすも良し、魔力の消耗を抑えるのも良し。こちらは右太ももの外側の鞘にしまい、他の刃物同様咄嗟に下へと引き抜けるよう固定する。


 ここでようやく肌着にスカートを穿くのだが、太ももに備えた短剣が辛うじて見えない程度の短いもの。ロングスカート以外ならば長ズボンやハーフパンツでも良いのだが、こうした暗器を備えるために短いスカートに落ち着いた。

 そのスカートもしっかりと仕込んである。左右に一つずつ二種類、計四つの暗器。

 火薬を仕込み、ピンを抜くことで爆発する手榴弾に、魔力を起爆剤に辺りへと散布する煙玉。魔法の存在により小型化できているので不自然にスカートが崩れ外見から察せられたり、重みでバランスに極端な影響を与えることもない。

 全ての道具を左右に分けるのはそういった理由からだけではなく、如何なる状況でも素早く取り出せるように、例えば半身を動かせないとか……四肢の何れかが欠如しているとか、そういった状況に対応できるようにという意味もある。


 次に両腕へ最近アレンさんから戴いた魔道具をベルトで括り付ける。今は収納されているが展開すれば先端には刃、それを本体と繋げるのは小さな鎖。

 これがまた便利で、魔力を込めれば自動で展開したり収納できる上、細かい鎖は刃にも変形できる。鞭にも細い刃にも、そして拘束具にもなる便利な代物だ。

 当然耐久性は十分で、片方の魔道具だけで僕の体重を支えきったり、ロングソードなどの攻撃を受けきる防御にも使える。

 この耐久性は応用の用途にも重要だ。

 展開収納自由となれば、当然何かにチェーンを巻きつけてそこへ引っ張られる形で僕自身が移動することもできる。

 多少安定性は欠けるものの、巻きつける必要すらこの魔道具には必要ない。先端の刃を木や岩に突き刺すことができれば、返しを刃から射出し鎖を固定することすらできる。


 全ての暗器を身に備えたら、ようやくキャミソールの上から長袖の上着を着ることができる。

 といっても脇や肩が露出していて、肌寒さから開放されるわけではないが動きやすいのが何よりも重要。

 それにマントを羽織り、革靴を履いて二度つま先をトントンと床に叩き付けて調整し、遠出用のリュックを背負って準備は終わりだ。



- 壊れたメトロノーム 始まり -



「お待たせしました」


 僕の言葉にアレンさんとココロは無言で頷いただけで済ませた。

 当然だが武器の類は自分達の部屋には置いておらず、アレンさんの部屋で一括し管理している。今では誰も入りたがらないが、入ろうと思えば他の職員や子供達は僕とココロの部屋へ自由に出入りできる。

 毒などを扱う危険な武器となれば尚更だ。知識が無い人間が触ってしまう危険も避けたいし、今更隠しきれているとは思えないが僕達が保有している戦力も少しは誤魔化したい。


 アレンさんの姿はいつも通りの外套姿……に、荷物持ちとして僕達の食料などを多めに持ってもらっている。

 僕と同じように見えない箇所に武器を隠し持っていはいるが、体重が格段に違うせいで十二分に性能を発揮できない僕の腕にある魔道具等は存在していない。

 対してココロだけは三名の中で唯一武器を構えている。

 いつもの刀を今回新調し質の良いものに変え、服装も普段の運動着からより頑丈で動きやすく、尚且つそのまま街中を歩いてもお洒落な人々に見劣りしない素敵なものだ。

 ただ僕達とは違いココロは暗器の類を一切所持していない。

 辛うじて前線で戦えるのみで、流石にそういった不意打ちするための術、暗殺術は学ぶどころか触れてすらいない。

 もしかすると僕達が扱っているところを見て使い方ぐらいはわかるかもしれないが、何にせよ不慣れな人間に持たせる理由はどこにもない。


「しばらく頼むぞザザ。長く開ける予定は無いが」


「はい。アレンさんが居ない間、しっかりやらせてもらいますよ」


 見送りとは言えないほど簡素な挨拶だけを済ませ、アレンさんが居ない間、実際学校のトップとして働くザザと別れる。

 まぁ仕事振りは心配する必要は無いだろう。多忙なアレンさんに代わり、最近はザザが実質的なリーダーとして動いている。

 ただ僕とココロを見る目が、好意的とは言い切れないものの嫌悪感を孕んだものではなかったのが少し違和感を覚えた。

 アレンさんの下で露骨に怪しい動きをしている子供二人、それも片方は理不尽な暴力を振るってきた人間だ。ただ予想と違う現実も、脱走騒ぎの翌日対話したザザが不思議な思考回路を見せていた辺りそんなものかと鼻で笑える。


 北門から郊外へ。

 ここからローレンへと向かうのは二度目か。

 そう思い、隣に立つ親しい人物があの日に居た幼馴染と被って見えて、僕は思わず空を見上げた。


「何かありましたか?」


「……ううん、何も」


 思わず"思い出が"なんて返しをココロにしてしまいそうになるのを堪えて、竜の飛んでいない空を大した感慨も無く見つめる。

 完全に思うところが無いといえば嘘になるが、あの日常、人が敵わないと知りながら、それでも竜に挑もうとした気概はもはやほとんどない。

 あの竜が何故か未だレイニスの西に居ついているらしいことは耳にしているが、それ以上僕は能動的に情報を集めてはいなかった。

 ……知り合いのことを考えないようにしているものと理由は同じかもしれない。ただ過去を思うことでこの身を襲う寂しさに、僕は怯えているだけだ。



 馬車は使わず徒歩で移動し、夜に火を熾し三名で野営の支度を済ませる。

 運が悪いことにローレン間に存在する小さな村というか、道行く人々が利用する集落に辿り着く間に、近くに人が誰も居ない状態で夜が来てしまった。

 まぁ王都とローレンの間でウェストハウンドと呼ばれる大きな個体が出る地域は少なく、戦力的には何も問題ないのでこのまま夜を過ごすことにした。

 敢えて言うなら見張り役が足りないことで睡眠時間が削れるが、それはそもそも町を離れてから期待はしていない。


「こうも暗いとやっぱり怖いですね……オバケとかでてきそうで」


 空には夜空が、目の前には焚き火があるが、それはそれ以外の光源が一切存在していないことを意味する。

 少し離れた場所や、近くにある木々の影が完全に目視できないのはそれなりに恐ろしい。

 前世と違い王都ですら夜はほぼ町全体が眠るものの、それでも歓楽街や王政関連の施設は明かりを放っていて遠くの景色が見て取れ安心感を与えてくれる。


「そういう非科学的なモノは居ないよ」


 魔法が蔓延る世界で僕は断言してみせる。

 少し理屈の違う科学というだけで、魔法は超常現象に分類できるものではないというのが僕の見解。

 ……ただ前時代の文明が何をしでかすかは僕の知る由では無いが。


「どうして言い切れるんですか?」


「オバケなんて今まで見たことがないからね」


 珍しく歳相応に、純粋な疑問をぶつけてくるココロを僕は適当にあしらう。

 今の齢は九。ただ二つの生をくっつけると十八に十二で三十。つまり四十近い年月を僕はそういった幽霊的存在を見たことが無い。

 今まで見たことが無いからと僅かな可能性を無視するのは愚考だが、今まで体験したこと無い存在に怯え続ける道理も存在しない。


「それにほら、お仕事の時間だよ。オバケなんかより怖い存在の登場だ」


 こちらへ近づいて来る気配に対し僕は構える。

 単身、それも人ではないにもかかわらず火を恐れないとは手強そうな存在だが、ココロと二人で十分対応できる相手だろう。

 僕の言葉に反応し、ココロと共に仮眠を中断し索敵魔法を走らせたアレンさんが二度寝することに決めたことを確認して、僕はそう実感するのだった。



- 壊れたメトロノーム 終わり -

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