103.純然たるシンは斯くも固く
「アメさんはどの武器を使っているんですか?」
「僕は特定の物を使っていないよ。体メインに、短剣をたまに使う程度。
ココロは時間が無いからね、僕のような場所じゃなくて別の方向の最低ラインを目指さないといけない」
僕の言葉にふむと頷き、改めて倉庫の中を見回すココロ。
学校の施設内。掃除もろくにされていない場所で、僕達は一式揃えられている武器を見渡しココロが興味を惹かれる物を探していた。
僕とアレンさんは生壊術で戦えるが、これはあらゆる知識や技術を最低持っていることが前提の技術。
あまりココロ相手に時間や労力といったリソースを割ける余裕などどこにも無く、武器を使った戦闘技術、それも対人戦を想定してある程度馴染んだ段階で三人肩を並べ逃げ延びる予定だ。
僕は組織の奴隷としてまだ名を置いているが、ココロはアレンさんの私産で買い取られ一応学校で寝泊りするものの奴隷という肩書きや組織のしがらみは無くなっている。
僕達ですら採用されるか怪しい門をココロが潜り抜けられる可能性は非常に低く、最悪警備隊や入れるならば騎士団。もしくは貴族の私兵として雇われアレンさんに自分自身を買った代金を給料から払っていき、完全な自由を手にするのだと助力以外の見返りを求めないアレンさんを舌戦で言い負かしていた。
彼女にとってアレンさんは、事情を知っても未だ理不尽な暴力を振るう悪人のリーダーであるという感覚が抜け切らないだろうに、震える体を押し殺しながら対等に会話を遂げたのは期待通りというか想像以上というか。
現に今も、荷物に積もった埃を誰が掃除するのだと仕方無さそうに眺めているアレンさんに、ココロはアドバイスでも貰いたいのか、単純に会話のきっかけにして心の距離を縮めたいのかチラチラと視線を向けて機会を伺っている。
その様子に僕は一つ頷くと、それだけで彼女は声を上げる。
「あ、あのっ……!」
「ん?」
本来今日は休息に当てた日。進展は期待せずのんびりと得物を選ぶことを待っていたアレンさんは僕に見せるような表情でココロに反応する。
授業中の鬼のような様相は今は無く、ただ僕に似ているだろう虚ろな表情だ。
ココロに酷い表情を二人共していると指摘され、どちらが酷いのかと問うと「どちらも地獄にある全ての苦難を浴びたような表情」というありがたい意見を頂けた。つまり今アレンさんがしているような表情は僕にも当てはまるのだろうか。
……いや、今アレンさんはこの地獄のような倉庫を改めて目の当たりにして更に気落ちしているはずだ。大人達は誰も好んで面倒を抱えたくなどなく掃除したがらない、子供達には危険物が多いここを触れさせるわけにいかない。アレンさん自身はこのようなことをこなす暇など無く……僕は、うん、なんとなく一番適任な気がするので視線を合わせないように気をつけよう。
「アレンさんがお勧めするような武器って、ありますか?」
「とりあえず重い武器は避けたほうが良いな」
猿でもわかる答えが返ってきた。猿だって棒切れを振り回す必要があるのならば、重いものではなく体に適したサイズを選ぶ。
ただ重い武器というのは、それだけで利点にも成り得る。
竜鋼や魂鋼といった最上級の鉱石ならば問題ないが、合金程度だと魔力と魔力で強化した肉体で長剣程度ならば無傷で凌げることが多い。
その一般的な切れ味で、人が自然と持ちうる装甲を貫くとするならば単純に重量さえあれば叶う。
もちろん威力だけを考えた場合の利点だ。大剣で考えるならば持ち運びはとくかく重いしでかいしで邪魔。戦闘中に振り回すなら普通の武器よりも身体強化に魔力を割かねばならないし、何より両手が塞がった状態で上手く攻撃を当て、相手の攻撃は避けるという難題が付き纏う。うちの父親……正確には前の父親だが、あの熊の様なパパがウェストハウンド相手に大剣を振り回しまとも戦えていたのは特例のようなものだ。
その特例を許される常人ならざる体格を当然少女は持っていないので、重くても体へ負担が無い程度の武器がいいだろう。
「それに刀剣が好ましいな。鈍器や斧も魅力はあるのだが、切ったり殴ったりといった複数の目的をそれらは持てない。
いずれ得物を変えても良いが、今我々には時間が無い。切って良し、突いて良し、鈍器のように叩き切っても良い武器となればあらゆる状況や相手に対応できるだろうし、一般的な得物ゆえに技術を学べる機会も多いだろう」
アレンさんの猿ではわからないような言葉に、僕は目に付くだけの条件を満たす武器を倉庫内からかき集める。
刀身が小さい順にナイフ、短剣、長剣、バスタードソードに一応なんとか振り回せそうな両手持ちの大剣。
あとは刀に太刀、短剣サイズとなればマチェットやソードブレイカー……なんでもあるな、この倉庫。
「あとは……」
「……あとは?」
僕が武器を集め終え、アレンさんが口を開いたのにココロは反響させるように言葉を重ねる。
「好みだな」
そう言ってのけたアレンさんが、普段見せるような威圧感をまるで見せなかったギャップからかココロはくすりと笑い、僅かに肩へ残っていた力を抜いて武器達を眺める。
相変わらず少しだけ笑う様子は歳相応の可愛らしさと、不相応な美しさを見せて惹かれる。こう口を開けず歯もほとんど見せないような、うんまぁそんな感じ。実家が倒産して貴族の少女が奴隷にでもされたのだろうか。
「これは?」
そう僕達に尋ねながら手に持つのは刀、厳密には日本刀か。
埃を被った鞘は当然美しさなど見せず、抜かれた刃も切り伏せる鋭利な優雅さには届かない。
「刀。ロングソードとかと違って叩き切るのではなく、純粋に切り裂くことを目的に作られた剣」
「魔法があるこの世界では、あまり使われないような作りですよね。盾で防がれただけで折れそうなほど薄い刀身ですが、耐久性は最低限あるんですか?」
決して見事ではないそれに、ココロは魅入られたように視線を這わせる。
「他の剣とは違って刀身に波打つような刃文が見えるでしょ。何工程にも渡って、いくつもの部位で、刀を作り上げるの。
刀身は強固ながら薄いけれど、芯は柔らかく。そうして上手く衝撃を殺すから、相手を選べば正面から鍔迫り合うことも可能になる」
「柔らかいから、だからこそ丈夫……」
そう呟く少女の様子はもはや熱病のようだ。
あとは時間の問題だと僕は思い、集めてきた他の刀剣をもとにあった大体の所へ戻してアレンさんと共に冷静さが彼女に戻るのを待った。
「うん。これに決めます……あれ?」
そこで初めて武器が片付けられているのに気づいたのか、恥ずかしそうに笑うココロ。
恋は盲目というが、これは一体何に分類されるのだろう? それとも人は無機物にすら恋できるのだろうか?
「わかった。アメが説明したとおり雑に扱ってしまうとすぐに使い物にならなくなる武器だ、わかっているとは思うが努々丁寧に扱うように。
そして刃は人を傷つけ、必要ならば殺すための武器だ。日常生活で扱う刃物もそれは変わらない、決して忘れるなよ」
そうしてアレンさんはその場で、刀を抜く方法ではなく収める方法を。
それに安全に携帯し、手渡すための方法を教えた。抜刀し、振り回す技術なんて後回しでいい。
「――わかりました」
教えられたことを一通り確認し、最後にココロは抜き身の刀身をしっかりと鞘に収めると、決して中身が躍り出ることが無いよう腰の高さで鞘を握り締めた。
倉庫を出ると子供達の背中が丁度見えたタイミング。
例の威勢の良い少年だけがこちらに気づいてか、立ち止まり僅かにこちらへと向いた。
僕に向ける視線はいつも通りだったが、それは僕とアレンさんの間へ自然と立っているココロへ向けられるものも同じ。
アレンさん達大人へ向けるような憎悪ではなく、得体の知れず、けれど自分達と同じような齢の容姿をしながら確かな裏切り者であることだけはわかる者へと向ける侮蔑のもの。
昨日までは仲睦まじくしていた友人から向けられるものにしてはあまりにも残酷なそれに、ルゥが死ぬ間際、裏切られたと勘違いした僕からあのような視線を受けていなかったことを祈った。
「ココロ――」
「大丈夫です」
あの視線に慣れながらも未だ同情できるほどのまともな感性が僕に残っていたのか、それとも行ってしまったかもしれない罪への罪悪感か、決して必要以上に近づかないとわざわざ宣言した相手に僕は口を開いたがココロはそれを一蹴する。
「――私が選んだ道ですから」
鞘を握る拳は震えている。
その根源は怒りなんかじゃない。ただ悲しみに打ちひしがれ、それでもそれは自身が選んだ苦痛だと飲み込むために必要な儀式。
「それでは行くぞ」
大人は入りたくない、子供は入れるわけにはいかないその倉庫に鍵を掛け終わり、アレンさんがそう宣言した頃には既にココロはその震えを収めていた。
何時かその柔らかな心が、どうしようもないほどの不条理に折れてしまいませんように。
- 純然たるシンは斯くも固く 始まり -
「っづ!! はぁはぁ……」
「……」
とりあえずは基礎体力作りから、と三人でココロの限界が来るまで走りこんだが僕達の息が切れる前に早々にココロはダウンした。
まぁ普段運動できる環境じゃない上、刀を所持したままここまで走れれば十分か。
魔法を能動的に扱えるわけではないようなので、体力の回復も遅いがそこは僕が自室に居る時に教える部分だろう。外に居る時は少しでも体を動かさなければ何も進まない。
……いや、少し待て。魔法を能動的に扱えないと仮定するなら体力がありすぎる。自然治癒が常人以上の魔法を扱う力から来る肉体強化の恩恵か、それとも決意を抱いた精神力が原因か。
己の限界を意思でこじ開け、悲鳴を上げる体を黙らせて酷使し、苦しみに喘ぐ呼吸をその感情ごと捻じ伏せる。本来魔法を介して発現させる事象を精神力だけで実現する。魔力は気持ち、魔法は第三の手、だっけ。ならばその逆も然りか、魔法を扱えなくともそれに匹敵するものを尋常じゃない精神力があれば起こせるのか。
「少し落ち着いたら今度は技術を叩き込むぞ。アメは復習になるが、今学んでいることに手間取っているので丁度いいだろう。気を抜くなり、何か着眼点を見つけるなり好きにするといい」
「「はい」」
二人で返事をし、ランニングのクールダウンも兼ねて落ち着ける場所までとぼとぼと歩く。
「アメさんは何時もこんなことをしているんですか?」
少しでも体力を回復し、楽になるために喋らなければ良いのに、ココロは少し呼吸を整えた段階で僕にそう尋ねてきた。
「まぁ大体は、やらない日もあるけどさ」
「そうですか、凄いですね」
「そうでもないよ。継続して続ければすぐに楽になる、鍛えた体は裏切らないから。
それに訓練なんて大したことない。本当に大変なのは実戦だから」
実戦。
その言葉にココロは少しだけ握っている刀を揺らした。
想像したのは獣相手か人間相手か。どちらにせよ気分が良いものではない。
少なくとも他者を傷つけるという行為は道徳に反し、それが生きる糧を得るために必要なものだとしても真っ当に育った人間ならば躊躇う事象だ。
僕的には不確定要素が多い生き物相手の戦いは、何が起きるかわからなくて不安だったり、一つのミスで命を落としかねない危うさが恐ろしいのだが、彼女がそういった感情を抱くのはまだ大分先の話だろう。
それから日が落ち始めるまで、体を動かすための知識をアレンさんが教え、それを馴染ませるためにココロは疲労の抜けきっていない体で素振りなどを実際に試していた。
僕は必要が生まれた際何か言葉を発したり最小限体を動かすだけで済ませ、あとは縮地の技術修得のためいろいろと見て考えたが特に目ぼしい成果は無いまま学校に帰ることになった。
「待って。服は着ないでここに来て」
訓練で流した汗を拭き終わり、服を着ようとしていたココロを呼び止め自分のベッドに座るよう促す。
「……? どうかしましたか?」
「体、見てあげる」
いつもより少し大きい音を立ててベッドに座る彼女の、むき出しの背中に触れて魔力を送り込む。
要領は破壊魔法と同じだ。ただ体内の魔力を乱すことなく、自身の魔力を肉体を調べるために動かすだけ。
そこから見て取れた肉体は悲惨だった。
筋肉痛なんて段階などとうに過ぎている。もはや誰かから痛めつけられたように傷ついた筋肉達は、酷い痛みを伴っているだろう。
「無茶し過ぎ。この体はもうアレンさんのものなんだから、限界を超えて体を動かすのは逆に誰のためにもならない」
「そうでしたか……お二人ともまだまだ元気なのでもっと頑張らないとって思ったんですけど……」
基準を知らない少女は、限界を超えてでも頑張るしか知らなかった。
ここまでやるとは思っていなかった、というのは言い訳だろうか。
彼女の異常さを知っている僕は、少しでも意思疎通を行い認識のズレを正す必要があった。
過度に距離を離すのも問題だ。少なくともその加減を見定められない間は、僕にもココロにももう少し甘くなって良いのかもしれない。これは素直に反省点だ。
「今から回復のために僕の魔力を送り込む。他者を受け入れる心の準備と、できるのであれば流される魔力を感じて、それが何をしているのかを読み取って」
「わかりました」
破壊魔法はあくまで魔力を流し込み、自ら対象の魔力が引き離れ崩壊するのが原理だ。
その点で言えば回復魔法は相手の肉体に直接関与する唯一の魔法だろうか。
無意識下であれば僕がスイやジェイドどころか、ルゥの魔力ですら拒絶してしまうほどの魔法。余程相手を信頼し、その上で意識しなければこの魔法を他者に行うのは成立しない。
一度僅かに拒絶されたものの、徐々に受け入れ始めたココロの体を一部治した段階で口を開く。
「今触れた部分を治し終わったけど体はどう?」
「――すっごく楽になりました! ありがとうございます!」
実は相当苦しかったのだろうか、そう声を弾ませ感謝を告げてくるココロに僕は言葉を続ける。
「魔力は感じられた?」
「はい。多分、ですけど……もしかすると自分でできるかもしれません」
「そっか。なら試しにやってみて」
一度は確かにアレンさんに治療されているココロだ。あの時はそんな余裕が無かったかもしれないが、今が二度目以降の魔法による治癒だとすれば自分で扱えるようになっている可能性は高い。
「……ん、少し失敗した、かな?」
「見せてみて」
「左肩です」
先ほど治したのは右肩だけ。
その両方とも力の込め方を知らない素振りで壊れきっていたのだが、今左肩も半分ほど治っている。ただ完全ではなかった。
「魔力で壊れた組織を繋ぎ合わせるだけじゃダメ。人には元来これだけの傷を治せる自然治癒能力が備わっているから、それを活性化させて治りきるように魔力は道を作るだけで良い。次は僕も一緒にやるから、二人で魔力を流そう」
「はい」
そう素直に頷くココロと一緒に、今度は二人で彼女の体を治す。
僕が例を示し、彼女がそれに魔力を重ね、一人でできそうになった時僕の魔力だけ回復から引き離し観測だけに使う。
「……うん、ばっちり。見ていてあげるから残りの部分も全部治して」
練習のため一箇所ずつ確かに治っていく彼女の体を確かめながら、僕やコウに匹敵するほどの飲み込みの早さに驚く。
コウは紛れもない天才だったし、僕は前世の科学的な知識に今こうしてこの世界でも二度目の生という年齢のアドバンテージが存在している。
実際僕が出会ってきた兄妹やユリアンといった幼くも優秀な子供達は、僕達に匹敵するほどの飲み込みの早さを見せることは無かった。
「できたと思い、ます」
「大丈夫、全部しっかり治せてる。回復魔法の基礎はこれ。治癒能力を一時的に活性化させて、体のエネルギーを使って短時間で傷を治す。
初めにやっていたような魔力で無理やり体を縫い合わせるようなことは、重症を負った時の咄嗟の対応に便利だから覚えていてね。あとは筋肉痛程度なら魔法で治さないこと、あれは魔法が介入しないで体を治した時にしっかり体を鍛えるからさ」
魔法で壊れた筋肉を治しても一応体は鍛えられるのだが、あくまで魔法が外的要因である不自然なもの。
自然治癒と比べると十分の一程度まで抑えられてしまうため魔力や時間、栄養といった全てのリソースを考えると無駄の一言で済ませられる。
「わかりました。ありがとうございます、アメさん」
「もう服を着てもいいよ。夕食を済ませたらこうした魔法も教えていこうと思う、しばらくは休みなく頑張ってもらうからね」
「はい! よろしくおねがいしっ……」
言葉が途中で途切れたのは、可愛らしい胃袋の悲鳴がココロから聞こえたからだ。
僕はその瑞々しい背中を気にしないでいいよとペシペシ二度叩き服を着るように促す。
「訓練に、今体を治した分で限界が来たみたいだね。そろそろ夕食だし失った分の栄養は少しでも取り戻そう」
「……はい」
相変わらずはにかむ様子が可愛らしいなぁと、僕は横目で見ながらココロが服を着替え終わるのを待った。
- 純然たるシンは斯くも固く 終わり -




