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救国の王子〜可憐で最強な聖女と引きこもり竜の求婚物語〜  作者: 冬野 狸


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1/8

1 救国の王子、立つ

コメディのタグがありますが、しばらくシリアスですすみません

3話までまとめて投稿します

 大陸の中央には竜が住まう山がある。人を拒むような岩壁がそそり立つ峻険な高山だ。霊山と呼ばれている。


 その中腹には澄んだ水をたたえる大きな湖があって、その水は四つの筋となり滝となって四方へと流れ出ている。膨大な水は山の裾野に豊かな森を作り、平野を滔々と流れる四本の大河となった。

 人々はその恵みを受けて国を作った。


 霊山を中央に置いた大陸の、東西南北の四つの国。

 北方に位置する国の名前をカイル王国という。

 古くから続く王家と、それに(かしず)く貴族たち。彼らの庇護を受け、国を支えるたくさんの平民たち。

 カイル王国の人々は霊山を南に眺めながら、穏やかに日々の暮らしを営んでいた。


 その平穏に陰りが見えたのは二年ほど前のことだった。


 それは南方に住むわずかな人々の不調から始まった。

 誰にでも覚えのあるような、少し調子が悪いかな? くらいの倦怠感。

 些細な不調程度だったその症状はだんだん強さを増し、やがて何をやるのも億劫になる。


 そんな人々がどんどん増えていき、月日を重ねて二年が経ち、明らかに国全体が活気を失った。


 カイル王国の第二王子、ダリウスはもともと静寂と書物を好む性質の持ち主だったけど、本を読むのも億劫になってしまっていた。

 この半年の間に読んだ本の数が、それ以前の一月(ひとつき)に読んだ本よりもなお少ないなんて、彼としては異常事態だった。


 これはおかしい。

 何かが起きている。


 自分の読書記録ノートを何の気なしに開き、その事実を読み取った彼は、このところ怠さにかまけて無気力に日々を過ごしてばかりいた己を自覚する。

 そうして、ダリウスはようやく周囲の状況にも目を向けた。

 

 気付けば国政を動かす者たちすらやる気がないので色々と滞っている。経済も福祉も教育も色々とガタガタだ。地方の文官どころか大臣すらも書類の山を枕にぐったりしている始末。「明日できることは明日やろう、来世でもいい……」とは本当に国を動かす者の言葉だろうか。ちょっと調べただけでも不味い状況だとわかった。

 

(このままではいけない……!)


 ダリウスは父である国王に進言して、調査隊を立ち上げた。

 十六歳という若い体力に物を言わせ、彼は気怠い体に鞭打って少数の従者とともに国中を巡った。自ら赴くしかなかった。他に動く者がいないのだ。一年近くを原因究明にかけ、時には他国にも足を向けた。


 ダリウスの行動を呑気に眺めているわけにもいかない王太子マリウスも、兄としての矜持にかけて頑張った。

 彼も各地に足を運んで、時に実務を手伝いつつ官吏に発破をかけた。内政を立て直さなければ、国がどうにかなってしまう。滞っている業務をなんとか、以前ほどとまではいかなくても、少しは動くようにしなければ……!


 息子たちの奮起を見て国王も奮い立った。 若い者に負けるわけにはいかない。こちとら働き盛りの男盛り。油の乗り切った中年男の実力をとくと見よ! 王を中心に(まつりごと)に携わる者たちは、やる気を振り絞って面倒な国政に向き合った。


 日毎に強くなる倦怠感のせいで改善は微々たるものだったのだけど、それでもなんとかしようと皆必死だった。

 




 怠い体を引きずりながら各地を調べ回っていたダリウスだったが、そのうちに大陸の他の三国でも同じことが起きていることを知った。

 そして全ての国において最も早く倦怠感が蔓延したのが霊山の麓だったことも調べ上げた。


 おそらく、霊山で何かが起きているのだ。


 夏の盛りに土の色を見せている麦畑にダリウスの危機感が煽られる。

 国中が活気を失っていて、農家の人々も当然やる気がない。今年の収穫は、たいして見込めそうになかった。

 

 まだ今年は備蓄した糧食でしのげるとして、その後は……? 

 備蓄は数年を越えて国中の人々の腹を満たすほどの量はないのだ。自国のみならず、他の三国も同じような状況だということは、もう調べが付いている。

 ならば輸入に頼ることもできないはず。

 ならば、そう。あとは飢えるばかりとなるだろう。

 いずれ大陸に、大飢饉がやってくる。


 ダリウスは貧相な麦畑越し、遠くに霞む霊山を睨んだ。


(霊山か……。厳しいな……)


 読書量の多い彼は知っていた。

 未だ人類史上、霊山の調査をした者はいない。

 峻険な霊山の周囲には深い森がある。魔物の多く生息するその森は、霊山をぐるりと囲んでいて四つの国のそれぞれで四方を冠する名前で呼ばれている。霊山の北方に位置するカイル王国が有するのは黒北(こくほく)の森と呼ばれる地域だ。


 国の南にあるその森の深部に到達するためには、頑強な身体と魔物を屠る武術、森で起こる様々な事象に対応できる知識が必要とされる。

 そうして苦労した後に辿り着くのは、そびえ立つ壁のような山肌。人を拒み、見ただけで『命あっての物種』という言葉を思い起こさせる岩の壁。前人未到の険しい山容だ。岩肌に吹き付ける強い風が、更に登攀(とうはん)の難易度を跳ね上げてくれる。

 

 だから、その先の中腹にある湖を、本当は目にした者はいないのだ。

 そのむかし、強力な遠見の能力を持つ者がその力で存在を確認しただけであって、実際には誰もその場で見たことはない。

 霊山の主であるという龍だって、そこに住み着いたという古い伝承があるのみだ。ごく(まれ)に、風に乗って聞こえてくる咆哮に、人々は龍の健在を知る。それだけだ。だから龍がどんな姿をしているのか、実は誰も知らない。


 行く手が困難なのは確実。

 待ち構える龍は姿形も性質も不明。


 そんな場所に、いくら国の命運がかかっているとはいえ、行ってくれなんて命令は……ちょっと出し難い。


 ダリウスは頭を抱えてしまった。

 龍はもしかしたら霊山と同じく人に厳しい性格かもしれない。

 山があれだけ人を寄せ付けないのだ。龍が人嫌いでもなんら不思議はないではないか。


 でも、このまま何もせずにいたら、大陸に暮らす人間はゆるゆると滅んでしまうだろう。

 人々を蝕む倦怠感は、人の当たり前の営みすら億劫にさせているのだ。


 恋愛? そんな面倒なことはしたくないよ。食事をするのも面倒くさいんだから。……なんて意見も最近は耳にするようになった。子孫繁栄など望むべくもない。空気だけでは人の腹は満たされない。生きていくことさえ、いよいよマズい事態だ。ダリウスの目には、近い未来に人類が滅亡する様子がチラついていた。




 人に『死ぬかもしれないけど調べに行ってきてくれ』なんて、簡単に命じられるものではない。

 だけどここは、心を鬼にしてそう命じる必要がある。ダリウスは大急ぎで王都に戻り、調査結果とともに国王に奏上した。

 気怠さの中に苦渋を滲ませた表情でそれを受け止めた父も、やがて息子と同じ結論に至る。


 国王は霊山の調査団の編成を命じたのだった。





 温厚で実直な国民性のカイル王国。王宮で働く官吏の多くも、穏やかな性格の者が多かった。

 その彼らが心で涙を流しながら霊山調査団の人選を進めている最中(さなか)、驚くべき報せが王宮にもたらされた。


 地元の聖女が、たった一人で霊山に登っていったというのだ。


「バカな! たった一人だと? しかもか弱い女性が? 聖女は魔物を浄化できるから、あるいは森を抜けられるかもしれないが、たとえそれができたとしても霊山の最初の崖ですら乗り越えられるはずがない!」


 ダリウスは思わず執務机を叩いて声を荒げた。頭に血が昇った反動で直後にどっと気怠さが襲いかかってきて、彼は机に突っ伏したい衝動に駆られたけど、グッと我慢する。いつまでも座っていたい椅子から離れ、歩きたがらない足を叱咤して父の元へと駆け付けた。

 

 もたらされた情報を熟考するつもりだったのか、国王である父は王族用の談話室にいた。

 テーブルを挟んだ向かいのソファに腰を下ろし、気怠げに背中を丸めて考え込んでいる父にダリウスが訊ねると、やはり国王。ダリウスの元に届いたものよりも、もっと詳しい報告が成されていた。


 件の地元の聖女、名はバネッサというらしい。当年十九歳。霊山の麓、黒北(こくほく)の森のほとりにある村出身。

 彼女は十五歳のある日に突然聖女の能力に目覚めて教会に認められ、森から出てくる魔物を討伐し、土地を浄化する役目を担っていた。

 もちろん彼女は傷や病を癒すこともできる。聖女とはそういうものだ。カイル王国には現在十五名の聖女が確認されているが、その存在は希少で得難い。しかもバネッサは華奢で可憐で心優しいという、まさしく絵に描いたような聖女だというではないか。


「なぜ誰も止めなかったんですか?! 屈強な男でも尻込みする森と山ですよ?! か弱い女性に行かせてどうなるというんです!」 

「落ち着け、ダリウス。興奮すると疲れるぞ? とはいえ、私もそこは疑問に思うのだが、報告した神官は『もう大丈夫、きっとなんとかすると聖女バネッサが言ったのだから、きっと大丈夫だ』と口にしたのだそうだ」


 向かいのソファから腰を浮かせて食ってかかるダリウス。彼の勢いに仰け反って国王が困惑顔をする。

 ダリウスは頭を抱えたくなった。


「そんな一神官の見解なんて当てになりませんよ。何の根拠もないじゃないですか。力のある聖女は貴重だというのに、むざむざ危険だとわかっている地に送り出すだなんて、無謀を通り越して残酷ですらあるでしょう、それは」

「いや、そうとも言い難いぞ。聖女バネッサは特別な力を持っているらしい。その力を使えばあるいは……」

「あるいはって、雲を掴むような話じゃないですか! 伝聞に希望を持ってはダメでしょう! 失礼ながら、父上は判断力が鈍ってらっしゃる! かくいう私も鈍っている自覚があるのだから、彼女のそばにいた者たちも正常な判断ができなかったに違いありません! 早急に霊山調査団を……いえ、もはや聖女バネッサ救出隊ですね、急いで霊山に向かわなければ……!」


 激昂したダリウスは反動による目眩を堪えながらも思考を回転させる。

 霊山踏破を目的とする調査団よりも、救助隊は人員を厚くしなければならないだろう。医療の技術を持った者、あるいは回復魔法をもった神殿関係者を入れなければならないのだから。

 たとえ軍医であってもゴリゴリに訓練した騎士に比べれば体力的には劣る。騎士が苦労する道程は、軍医ではなおさら肩を並べるのは厳しいだろう。神官は論外だ。おそらくその者を何人かでサポートしながら進むことになる。自分一人が行くのもキツい山道だ。よっぽど能力に秀でた者でなければ、他人のサポートなんてできはしない。


(でも、無理だ……! ただでさえ行ける者に限りがあるのに、このうえ誰を増やせというんだ!)


 両膝に肘を付いて、ダリウスは頭を抱えた。父も眉間にシワを寄せながら同じポーズをとっている。当然ながら親子で頭を悩ませても答えは出なかった。


 このご時世だ。誰も彼もが判断力が鈍っている。これを会議の議題にかけても良い結果が出るとも思えない。

 だけど、ここでのんびりソファに座って悩んでいても何も始まらないのは明白だ。王はおもむろに顔を上げて侍従を呼び、緊急議会の招集を指示した。


 再び、驚くべき報告が舞い込んできたのはその時だった。



『聖女バネッサが竜との接触に成功し、病の原因を突き止めた』



 侍従が居間を出る直前に来訪が告げられた使者は、神殿からのものだった。

 緊急時だからと王族の居室に通された使者は、予想外の場所での謁見に少々動揺している様子だった。けれど、さすがは正神官の衣を許されるだけのことはある。淀みなく報告が成された。

 

 国中に蔓延する奇病の原因が霊山にあると聞いたバネッサが、霊山に出立して二日後の今日。夜明けと時を同じくして中腹から光の球が打ち上げられたのだという。それは神殿で使っている通信用の薄紫の光だった。

 明滅により簡単な言葉を遠くまで伝えられる伝書光の魔法は、神殿に所属する者ならば、まず最初に会得する魔法だった。

 たった一人で山に登った聖女バネッサ。二日とはいくらなんでも早すぎるものの、霊山から上がった光は彼女が上げたもの以外に考えようがない。

 黒北の森のほとりの神殿では、バネッサが無事なことに胸を撫で下ろしながら神官たちが伝書光の明滅を読み解いた。曰く。


『竜と接触した』

『病の原因がわかった』

『解決可能』

『乞うご期待』


 間違いなく朗報である。

 だけどそんなことよりも何よりも、ダリウスはバネッサが無事に崖を登ったことに驚いた。

 救助隊なんて必要なかったのか……。ひとしきり驚いた後で、ダリウスはひっそりと天井を仰いだ。


(なるほど、神から特別な力を与えられた者とは、これほどまでに想像の埒外(らちがい)にいるのだな)


 勉強になるなぁと苦く笑って、以前目にした霊山の山容を眼裏(まなうら)に浮かべる。

 森の向こう、霞がかるほどの距離を置いてもゴツゴツとして見える山肌は、まさしく人を拒むものだった。あれを登ったのだ。聖なる力を授かった者だとしても、きっと苦労をしたに違いない。それは、しっかりと報われるべきだろう。


 使者である神官の報告を聞きながら、ダリウスは心に決めた。

 折を見て父に進言しよう。聖女バネッサに最大級の労いを。金品でも地位でも国が傾かない程度ならば何なりと。彼女が地位や権力をも望むのならば、可能な限りその希望に沿うべきである、と。






読んでいただけて嬉しいです

しばらくシリアスですが、せめて!せめて聖女が出るまで……!

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