第5話ン「四人で…これからも」
ーーそして、一年後。
王都フォレンティア・ベンクラウン。
王国最大級の冒険者ギルドは、今日も朝から騒がしかった。
剣士たちの怒鳴り声。
酒場から響く笑い声。
依頼掲示板の前で揉める冒険者たち。
そんな喧騒の中――。
ギルドの入り口が開いた瞬間、空気が変わった。
「あ……」
誰かが小さく声を漏らす。
周囲の視線が一斉に向く。
灰色の長い髪を揺らしながら歩く、長いうさぎ耳の女冒険者。
その隣には、赤いマントを翻す女剣士。
さらに、その後ろをぴょこぴょこと元気に歩く、小柄な犬型獣人の少女。
「……来たぞ」
「例の三人だ」
「上級討伐依頼を荒らしてるっていう……」
ざわ……ざわ……。
屈強な男冒険者たちが、なぜか微妙に道を空ける。
キャリーはきょろきょろしながら笑った。
「なんか最近、みんな避けない?」
レティシアが肩をすくめる。
「そりゃそうよ。昨日なんてフィーネ、ギルド前でオーガ投げたでしょ」
「だってレティシアが吹っ飛ばしたんじゃん!」
「フィー姉もレティ姉も、基準おかしいんだって……」
三人が掲示板へ向かう。
すると受付嬢が顔を引きつらせながら笑顔を作った。
「……あ、また来た」
「こんにちはー!」
元気に手を振るフィーネ。
受付嬢は引きつった笑みのまま続ける。
「今日は……その……ギルド壊さないでくださいね?」
「壊してないよ!?」
「壁にオーク埋まってましたけど!?」
「あれは事故!」
「事故で壁に刺さらないんですよ普通!!」
ギルド内に笑いが起きる。
フィーネは「うぅ……」と耳をへにゃっと下げた。
その横でレティシアがくすくす笑う。
「まあ今日は壊さないわよ、多分」
「“多分”って付けないでください!?」
キャリーはケラケラ笑いながら掲示板を見上げた。
「フィー姉ぇ、今日はどれにする?」
「んー……」
フィーネは依頼書を眺める。
その横からレティシアも覗き込む。
「これ簡単そうじゃない?」
「えー、でもこっちも楽しそう」
「楽しそうで選ばないの!」
「だって討伐依頼だよ?」
「なお悪いわ!」
そんなやり取りをしながら、フィーネが一枚の依頼書を剥がした。
《深緑渓谷に出現した
ブリザードグリフォンの討伐》
周囲がざわつく。
「おい、上級依頼だぞ」
「しかもブリザードグリフォン……」
「普通はAランクパーティー案件だ」
しかしフィーネは首を傾げる。
「これ終わったらもう一個いけるかな?」
「今日も二つ行くの!?」
レティシアが呆れる。
「今日のとどめは私の番だからね」
「えー、一つずつにしよーよー」
「前回フィーネ二回刺したじゃない」
「最後だけだもん!」
「最後が一番大事なのよ!」
キャリーはため息をついた。
「お姉ちゃんたち、また始まった……」
そして数時間後。
深緑渓谷。
吹雪のような冷気が谷を覆っていた。
巨大な翼が空を裂く。
ブリザードグリフォン。
氷を纏った上級魔物。
普通の冒険者なら近づくだけで震え上がる存在。
だが――。
「よーし、やりますか!」
フィーネが楽しそうに剣を抜いた。
「突っ込みすぎないでよ!」
レティシアが続く。
「キャリーちゃん、後ろお願い!」
「はーい!」
次の瞬間。
ブリザードグリフォンが咆哮した。
氷の突風が襲いかかる。
しかしフィーネは真正面から飛び込んだ。
「はっ!」
剣撃。
氷が砕け散る。
さらに身体をひねり、魔法陣を展開。
「風よ!」
風刃が翼を裂く。
そこへレティシアが飛び込む。
赤いマントが翻る。
「せーの…、そぉーれーっ!!」
大剣が真正面から振り下ろされた。
轟音。
ブリザードグリフォンの突進が止まる。
周囲の岩壁が揺れた。
キャリーが思わず叫ぶ。
「レティ姉またパワー上がってない!?」
「鍛えてるからね!」
笑いながら押し返すレティシア。
可憐な見た目とは裏腹に、戦い方はやけに豪快だった。
ブリザードグリフォンが怒り狂う。
空へ飛び上がり、無数の氷槍を放った。
「きゃー!」
フィーネが避ける。
「避けるな!」
「無茶言わないで!?」
その隙に、別方向から氷槍が飛ぶ。
遠くで悲鳴。
別パーティーの冒険者が巻き込まれそうになっていた。
するとフィーネの表情が変わる。
一瞬で地面を蹴った。
「大丈夫!?」
飛び込む。
光の魔法陣。
淡い緑光。
傷ついた冒険者の腕がみるみる塞がっていく。
「す、すげぇ……」
「回復魔法まで……」
冒険者たちが呆然とする。
キャリーはその姿を見て、少し誇らしげに笑った。
――フィー姉、ミッツーさんに似てきたなぁ。
いつだったか、フィーネが語ってくれた。
誰かを守れる冒険者になりたい、と。
今、本当にそうなっている。
いや、あの時からそうだった。
迷子になって泣いていたわたしを…。
その時。
レティシアの声が響く。
「フィーネぇぇ!! ぼーっとしてると私が倒すわよ!!」
「あっ、ずるい!!」
二人が同時に飛び出す。
ブリザードグリフォンは満身創痍。
完全に追い詰められていた。
「最後は私!」
「いや私!」
「え、また!?」
キャリーは呆れながらも笑ってしまう。
二人とも本気なのに、どこか楽しそうだった。
その瞬間。
キャリーは小さく笑った。
「じゃあ――もーらいっ!」
魔法陣展開。
炎が渦巻く。
巨大な火炎弾が空を裂いた。
「《フレア・バースト》!!」
轟炎。
爆発。
ブリザードグリフィンは悲鳴を上げ、そのまま崩れ落ちた。
静寂。
フィーネとレティシアがゆっくり振り向く。
キャリーはにやっと笑った。
「お姉ちゃんたちがケンカしてるからだよー」
数秒沈黙。
そして。
「あーーー!!」
「キャリーちゃんまたぁ!?」
渓谷に三人の笑い声が響いた。
その日の夜。
依頼達成報告を終えたギルドでは、また噂になっていた。
「あの犬娘……聞いたか?」
「火炎魔法、異常だったらしいぞ」
「シェルトランド家じゃないのか?」
「あのまだら髪……確かに似てる」
隣国で名を轟かせる、魔法使いの血族。
シェルトランド家。
その名が静かに囁かれる。
しかし当の本人は――。
宿の部屋でベッドに寝転びながら笑っていた。
「ねぇねぇルナ姉ぇ! 今日ね、フィー姉とレティ姉がまたトドメ取り合いしてた!」
銀色のロケットペンダントが月明かりに揺れる。
フィーネが苦笑した。
「キャリーちゃんも人のこと言えないでしょー」
「えへへ」
レティシアが椅子にもたれながら笑う。
「でもまあ、いい連携だったわね」
「でしょー!」
キャリーは嬉しそうに胸を張った。
笑い声が部屋に満ちる。
窓から夜風が吹き込む。
まだらの髪を優しく揺らす。
そうしてキャリーの旅、四人の旅はこれからも続いて行く。
完
「この長い耳に聞こえる声は」の外伝、キャリーの「このまだらの髪を揺らす風は」を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
第5話ンのエピソードを書きたくて、この外伝を書いたようなもので、作者自身、とても満足しています。
でも、この旅はまだ終わっていません。
フィーネ、レティシア、キャリー、ルナの旅は今もどこかで続いています。
そして、最後に気になるワードも出てきてます。それをもしかしたら今後、回収しにいくかも知れません。
その時はまた、四人の旅を見守ってください。
それではまた、次の物語でお会いしましょう。
灯野 紬




