第1話ン「お姉ちゃんに憧れて」
第1話ン 「お姉ちゃんに憧れて」
「キャリーちゃん、またねー!」
街の外れの街道。
春の風が草を揺らし、木漏れ日がきらきらと地面へ落ちていた。
キャリーは母親に抱きかかえられたまま、身を乗り出すようにして大きく手を振る。
「お姉ちゃんー!!」
灰色の長い髪を揺らしながら、フィーネも両手をぶんぶん振り返した。
その隣では、ミッツーが少し困ったように笑っている。
「そんなに身を乗り出したら落ちるぞー」
「だいじょうぶー!」
キャリーは元気いっぱいに答えると、もう一度大きな声で叫んだ。
「お姉ちゃん! 次は一緒にどこ行く!?」
その言葉、まるで…。
その瞬間。
フィーネの青い瞳が、ぱあっと輝いた。
空いっぱいに朝日が広がるみたいに。
「うん! 今度はもっと遠くまで、一緒に行こうね!」
「ほんと!?」
「ほんと!」
「約束!?」
「約束!」
フィーネは駆け寄ってくると、キャリーへ小指を差し出した。
キャリーも慌てて小さな指を絡める。
二人は顔を見合わせ、声を揃えて笑った。
その笑顔があまりにも嬉しくて。
キャリーの胸は、ぽかぽかと温かかった。
やがて、フィーネとミッツーは街道の先へ歩き始める。
灰色の髪。
揺れる白い尻尾。
背中のマント。
腰の剣。
どんどん小さくなっていく後ろ姿。
それでもフィーネは何度も振り返って手を振ってくれた。
キャリーも、見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。
その夜。
キャリーは寝台の上で毛布を抱きしめながら、母親へ話しかけた。
「ねぇ、おかあさん」
「ん?」
「わたしもね、旅したい」
母親は優しく微笑む。
「フィーネちゃんみたいに?」
「うん!」
キャリーは勢いよく起き上がった。
「だってお姉ちゃん、すっごくカッコよかったんだもん!」
目をきらきらさせながら、両手をぶんぶん動かす。
「剣もすごいし! 魔法もすごいし! ミッツーさんと一緒にいっぱい旅してて! すごく遠くから来たんだよ!?」
「ふふっ」
「それにね、やさしいの!」
キャリーは胸の前でぎゅっと手を握る。
「いっぱい頭なでてくれたし、一緒にごはん食べたし、お話してくれたし……」
少し照れくさそうに笑った。
「ふわふわだった」
「ふわふわ?」
「うん。なんかね、ふわーってしてた!」
母親は思わず吹き出した。
「それは髪?」
「たぶん!」
二人はくすくす笑い合う。
でも次の瞬間、キャリーは真剣な顔になった。
「わたしも、お姉ちゃんみたいになりたい」
その言葉に、母親は少しだけ目を細めた。
キャリーの声は、幼いながらも本気だった。
憧れ。
夢。
胸いっぱいに膨らんだ“旅”への想い。
「じゃあ、もっと大きくならないとね」
「うぅー……」
「それに、強くならなきゃ」
「むぅー……」
「冒険者は危ないこともいっぱいあるんだから」
キャリーはむくれながら毛布へ顔を埋めた。
「でもぉ……」
「焦らなくても大丈夫」
母親は優しく、まだら色の髪を撫でる。
右側は柔らかな薄茶色。
左側は黒。
生まれた時から変わらない、不思議な色。
「キャリーはきっと、素敵な冒険者になれるわ」
「ほんと?」
「ええ」
「……お姉ちゃんみたいに?」
「ふふっ。そうね」
その言葉だけで、胸がいっぱいになった。
けれど――。
その夜、キャリーは全然眠れなかった。
寝返りを打って。
毛布にくるまって。
また起き上がって。
窓の外を見る。
月明かりが、静かな村を照らしていた。
フィーネお姉ちゃんは、今ごろどこを歩いているんだろう。
森かな。
街かな。
山かな。
もしかしたら、
ミッツーさんと焚き火してるのかな。
どんな景色を見てるんだろう。
どんなご飯を食べてるんだろう。
考えれば考えるほど、胸がそわそわした。
遠くへ行きたい。
知らない景色を見たい。
お姉ちゃんと並んで歩きたい。
「もっと遠くまで、一緒に行こうね」
昼間の言葉が、何度も頭の中で響く。
キャリーは毛布をぎゅっと抱きしめた。
優しくて。
強くて。
カッコよくて。
可愛くて。
ふわふわで。
笑うと太陽みたいで。
でも時々、少しだけ寂しそうな顔をしていて。
そんなフィーネのことが、頭から離れなかった。
自分も、あんなふうになりたい。
お姉ちゃんみたいになりたい。
窓の外を見上げる。
遠くの星が、静かに瞬いていた。
あの星の下を、今もフィーネたちは旅しているのだろうか。
風が、そっとカーテンを揺らす。
まるで遠い場所から吹いてきたみたいな風だった。
キャリーは、その風へ小さく呟く。
「……次は、一緒に行くんだから」
「約束、したんだから…」
その頃にはもう、空が少し白み始めていた。
小鳥のさえずりが聞こえ始める。
キャリーはようやく、うとうとと眠りへ落ちていった。
気がつくと、太陽はもう高く昇っていた。
「ふふっ。眠れなかったのね」
母親が笑いながら、まだらの髪を優しく撫でる。
キャリーはむくっと起き上がった。
そして次の瞬間。
「わたし、今日から特訓する!!」
「えっ?」
「つよくなるの!!」
勢いよく寝台から飛び降りる。
「近所のジンおじさん! 昔、冒険者だったでしょ!?」
「ああ、鍛冶屋の?」
「うん! あの人に剣と魔法教えてもらう!!」
母親は驚きながらも、少し笑っていた。
昨夜の憧れが、もう行動になっている。
それがなんだか、キャリーらしかった。
遅めの朝食を急いで食べ終えると、キャリーは勢いよく玄関へ向かった。
「ちょっどだけ出かけてくる!」
「はいはい、気をつけてね」
「いってきます!!」
ばたんっ、と扉が閉まる。
そしてキャリーは、村の道を全力で駆け出した。
まだらの髪を風が優しく揺らしている。
胸がどきどきする。
足が軽い。
まるで、もう旅が始まったみたいだった。
少し走った先。
大きな煙突のある鍛冶屋が見えてくる。
かん、かん、と鉄を打つ音。
ここが、ジンおじさんの店だ。
キャリーは息を切らしながら、店の前へ飛び込んだ。
「ジンおじさーん!!」
すると奥から、大きな男が顔を出した。
太い腕。
日に焼けた肌。
立派な髭。
「おー? キャリーじゃないか」
ジンは豪快に笑う。
「どうした? おつかいか?」
キャリーは首をぶんぶん振った。
「ううん! ちがうの!」
そして、まっすぐジンを見上げる。
金色の瞳をきらきら輝かせながら。
「わたしを冒険者にして!!」




