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第14話

ふわふわ、ふわふわ。どこまでも暗い。


ここはどこだったか。さっきまで、何をしていたのか。


卓は真っ暗な空間を漂っていた。

魔法少女に負けた――その事実だけが、ぼんやりと頭に残っている。

意外と高かった自尊心は、無惨にも砕け散ったらしい。何も考える気になれず、ただ虚空を漂っていた。


すると、どこからか声が聞こえる。


「____________!」


「……ほっといてくださいよ」


「__________!!」


「うるさいなぁ……」


「__!___!?_!!」


「あーもう、だからうるさいってば」


声は聞こえるのに、内容だけが妙にはっきりしない。耳障りなほど甲高いくせに、肝心な部分だけノイズまみれだ。


卓はうんざりしながら顔を上げた。


「だから、ちゃんと喋ってくださいって――」


そこにいたのは、軍服もボロボロになった夏美だった。怒っているような、拗ねているような、なんとも言えない顔をしている。


「ずっと話しかけてたのに。」


「聞こえなかったんですよ。」


「嘘。聞こえてた。自分で遮断してただけでしょ?」


図星だった。


「情けない。たった一回負けたくらいで拗ねるとか。」


「その一回で死んだんですけど?」


卓はむすっとしながら言い返す。

だが夏美は、呆れたようにため息をついた。


「死んでないわよ。ここ、彼岸と此岸の間みたいな場所。私たち、人間じゃなくて怪異扱いだから、魂がどっちにも行けずに漂ってるの。」


その言葉に、卓は目を瞬かせた。


……そういえば。


リッチへ変質した時も、似たような場所に来た気がする。


死にたくない。生きたい。


そんな執念に引っ張られるように、卓はあの時、遠くに見えた光へ辿り着いた。気づけばリッチとして此岸へ戻っており、その後に桐生へ拾われた――という経緯がある。


「とにかく、早く戻らないと。」


夏美が真面目な声で言う。


「花蓮さんは平気でしょ。あの人、多分こっち来てないし。けど、ボスがまずい。ひとりで

政府軍と魔法少女を相手にするのは流石にキツい。」


「……夏美はなんでここに?」


「よく分かんないレーザー砲ぶち込まれた。」


「間抜けですね。」


「はぁ!? あんたも負けてここ来てるでしょうが!」


夏美は尻尾を膨らませながら怒鳴った。


「私は分体が残ってるから平気なの! ここから戻れば同化できるし!」


「便利すぎません?」


「リッチにだけは言われたくない。」


ぐうの音も出なかった。

しばらく歩きながら、卓はふと思い出す。


「……前にここから戻った時、光を辿った気がするんですよね。」


「リッチ化した時の話?」


「です。」


夏美は辺りを見回した。


「あ。」


その指先の先。

暗闇の中に、ぽつんと白い光があった。

まるでトンネルの出口みたいに、静かに輝いている。


「あれじゃない?」


「……っぽいですね。」


二人は光へ向かって歩き始めた。

周囲は真っ暗なのに、不思議と互いの顔だけは見える。

卓は歩きながら、ふと気になっていたことを口にする。


「僕はリッチだから不死ですけど、夏美って狐じゃないですか。ほんとは死んでるんじゃ?」


空気が凍った。


「……二度と狐って言うな。」


「え?」


「私は妖狐。誇り高き妖狐。次言ったら殺す。」


「怖。」


夏美はふんっと鼻を鳴らして続けた。


「私は九尾の血が入ってるから、九つまで分体を作れるの。今動いてるのは三体。本体が死んでも、意識が完全に彼岸へ行くまでは復活できる。」


「ずるくないです?」


「だからリッチに言われたくないって。」


また正論だった。

しばらく沈黙が続く。

やがて卓は、ぽつりと呟いた。


「……ゆりのこと、知ってます?」


その瞬間。

夏美の表情から、さっきまでの軽さが完全に消えた。


「……聞いた。」


俯いたまま、小さな声で答える。


「私を撃った奴が言ってた。……信じたくなかった。でも、証拠が揃いすぎてた。」


声が震えていた。


「……戻ったら、殺さなきゃ。」


卓は何も言えなかった。

夏美が、誰よりもゆりを可愛がっていたことを知っているから。


「夏美……大丈夫ですか?」


「大丈夫に見える?」


「全然。」


「……。」


「……。」


結局、それ以上の言葉は出なかった。

慰めても薄っぺらい。

否定しても現実は変わらない。

ゆりを殺さなければならない。

それが敵対組織の結論だった。

気づけば、光はすぐ目の前まで来ていた。


「……行きますか。」


「えぇ。」


二人は手を握る。

その瞬間、夏美がほんの少しだけ顔を赤くしたことに、本人すら気づいていなかった。


次の瞬間。

身体がふわりと浮き、ジェットコースターの落下みたいな感覚が襲う。


視界が白に染まり――。


__



卓と夏美は、山の中へ放り出されていた。


「っ……戻った……」


卓は見慣れたリッチの身体を確認し、安堵する。

一方、夏美は分体との再同期に少し苦戦していた。


「うわ、気持ち悪……」


「大丈夫です?」


「……なんとか。」


ようやく実体化した夏美は、自分の服を見下ろして目を丸くした。


「え、なんで!? さっきまでボロボロだったのに戻ってる!」


「妖狐パワーでは?」


「バカにしてる?」


理不尽だった。

ともかく、今は急いで拠点へ戻る必要がある。


作戦は失敗した。情報は漏れていた。


スマホも荷物も全部失った二人は、人外離れした脚力で山道を駆け抜けていく。

まずは現在地を把握しなければならない。


__



その頃、拠点では。

花蓮がボロボロの姿で帰還していた。


「……全部バレてたんだけど。」


珍しく疲れた顔で、壁にもたれかかる。


「何人か殺したけどぉ、向こうの兵器ちょっと危なかったわねぇ。死ぬかと思った。」


しかし桐生は、相変わらず表情ひとつ変えない。


「そうか。」


「それだけ?」


「死んでないなら問題ない。」


「冷たっ。」


花蓮は呆れたように肩を竦めた。


「卓くんと夏美ちゃん、生きてるかも分からないのに。」


「あいつらは死なん。どうせ帰ってくる。」


断言だった。

根拠のない自信ではない。

事実として言っている声だった。

花蓮はやれやれとため息をつく。


「……で? ゆりちゃんの件、聞いたわよ。」


「あぁ。」


「可愛がってたものねぇ、あの二人。」


花蓮の目がわずかに細くなる。


「私が処理してあげてもいいわよぉ?」


「却下だ。」


即答だった。


「お前がやると余計悪化する。」


「失礼ねぇ。」


桐生は淡々と続ける。


「もう死んだ。」


花蓮が目を瞬かせた。


「あら。どうして?」


「正体が露見した瞬間、自壊するよう仕込まれていた。毒だ。スパイ対策だろう。」


つまり。


ゆりは最初から、最後まで“使い捨て”だった。

花蓮は珍しく黙り込む。


桐生は冷たい声で言った。


「自我のない操り人形。哀れなものだ。」


その言葉に、花蓮だけは少しだけ悲しそうな顔をした。


__



しばらくして。

半壊した拠点へ、卓と夏美が帰還した。


桐生は短く、ゆりの最期を伝える。

夏美は泣いた。


けれど暴れなかった。怒鳴りもしなかった。


ただ、静かに泣いた。

卓はそんな彼女の肩を、そっと抱き寄せることしかできなかった。


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