第13話
街へ向かう車内。
卓はラジオを流していた。
軽快な音楽。静かな夜道。
人気の少ない幹線道路。
卓は片手でハンドルを回しながら、優雅に車を走らせる。
目的地は、水戸近郊。
以前の廃病院とは違う、新たなクローン施設だ。
(……一週間くらいかかるかな)
小さくため息をつく。
ゆりへの特訓は、まだ終わっていない。
中級魔法までは順調だった。
だが、上級。王級。
そこまで教え込むには、まだ時間が必要だ。
それを途中で放り出してきた。
里奈には「怪我をさせるな」と連絡を入れてある。だが不安は消えない。
……いや。
正確には、別の感情も混ざっていた。
里奈と美香。
あの二人、今どういう関係なんだろう。
(……まぁ、どうでもいいか)
考えるのをやめる。
もうすぐ高速入口。
卓は少しアクセルを踏み込んだ。
ただし調子に乗りすぎる気はない。
以前、一度捕まった。
そのとき、
「身分証を見せてください」
「ありません」
「……は?」
などという面倒な流れになりかけた。
リッチに交通ルールは難しい。
__
数時間後。
卓は市内の駐車場へ車を停めた。
ここから先は徒歩。
人気のない山道へ入り――
すぅ、と身体が透ける。
透過。
さらにそのまま空中へ浮かび上がり、施設へ向かう。
__
新施設は、異様だった。
牢獄。
それが第一印象。
以前のような廃病院ではない。
無機質なコンクリート。高い壁。厳重な警備。
「隠す気ないんだ……」
政府直轄施設。
そう名乗るだけの威圧感があった。
今回の施設は、以前より一回り大きい。
設備自体は大差ない。だが、警備強化によって用地が拡張されたらしい。
スパイ映画顔負けのセキュリティ。
……もっとも。
「人外相手に意味あるのかな」
卓は苦笑した。
透過。浮遊。人外認識外。
その時点で、大半の防犯は無意味だ。
(政府もまだ理解してないんだな)
以前の襲撃で学んだと思っていた。
だがどうやら違う。
上層部は思った以上に愚かだったらしい。
(まぁ、バカでいてくれる方が楽なんだけど)
そう思っていた。
この時までは。
__
侵入自体は簡単だった。
透過したまま壁を抜け、廊下へ入る。
静かだった。
不気味なほど。
卓は歩きながら違和感を覚える。
――止まった。
いる。
次の瞬間。
轟音。
風。雷。草。
三属性同時。
しかも全て王級。
「っ……!」
直撃。
透過が解除される。
右腕が吹き飛んだ。
「……は?」
一瞬遅れて痛覚が来る。
再生しようとする。
だが。
再生しない。
「再生阻害……?」
血が落ちる。
卓は初めて、表情を歪めた。
「……三対一とは卑怯ですね。」
目の前。
由梨、絵梨花、さくら。
三人とも、完全にこちらを見据えていた。
「あんたらの行動なんて、読めてるのよ」
「どうせ来ると思ってた」
「お仲間も今ごろ苦戦してるんじゃない?」
卓は沈黙する。
――読まれていた。
政府は無能ではなかった。
少なくとも今回は。
片腕欠損。
再生阻害。
この時点で制限は大きい。
王級連発は難しい。神級など論外。
最悪、一撃でも食らえば終わる。
完全に不利だった。
「狐と狼も、今ごろ新型兵器に苦戦してるでしょうね」
由梨が自信満々に言う。
卓は静かに聞き返した。
「……たかが人間が、僕らに勝てると?」
「勝てるわ」
即答。
「政府が作るものは最強だから」
迷いがない。
狂信。
「今回は対人外専用兵器よ」
「あなた程度なら、私たち三人で十分」
卓は苦笑した。
「前回、苦戦してたのに?」
「うるさい」
由梨が睨む。
「今回はこっちが有利なの」
「敵地で片腕失った死に損ないなんて、ただの的よ」
「死に損ない、ですか」
卓の目が細くなる。
「酷い言われようだ」
「お姉ちゃん返して」
絵梨花が口を開く。
「そしたら殺すだけで済ませてあげる」
「それ交換条件になってないよ?」
さくらが冷静にツッコむ。
卓は観察する。
三人の温度差。
由梨は政府。
絵梨花は姉。
さくらは調和。
目的が噛み合っていない。
(……崩せるか?)
そう考えた瞬間。
「仲違い狙ってるなら無駄よ」
由梨が即座に刺してきた。
「由梨のこと嫌いだけど」
絵梨花も続ける。
「今はあんたらを倒す方が先」
「私は仲良くしてほしいだけだから……」
さくらが苦笑する。
隙はなかった。
卓は小さく息を吐く。
「……ひとつ気になる」
「なに?」
「今まで僕らの隠密行動が漏れたことはない」
卓は静かに言った。
「内通者でも送り込んだ?」
由梨は笑う。
「えぇ。送り込んだわ」
小さな女の子をね」
――その瞬間。
卓の思考が止まった。
「……まさか」
「私の幼少期を模したクローン」
由梨は淡々と告げる。
「名前も同じ。記憶同期もしてる」
「……ゆり」
卓の声が震えた。
由梨は頷く。
「あの子、全部演技」
叔父も、事故も、地縛霊も
全部、政府が用意した作り話」
卓の脳裏に、ゆりの笑顔が浮かぶ。
夏美の違和感。
桐生の視線。
全部、繋がった。
「……あの子に意思は?」
かすれた声。
由梨は即答する。
「ないわ」
冷酷に。
「空っぽの人形だもの」
卓は黙った。
怒りが湧く。
静かに。
どろどろと。
「夏美も、美香も、もう戻らない」
由梨は続ける。
「だから私たちが、お前らを殺す」
卓は顔を上げた。
その目は、冷えていた。
「……久しぶりですね」
重苦しい魔力が広がる。
三人の表情が歪む。
「ここまで僕をコケにした人間は」
「侵入者はそっち――」
「黙れ」
卓が遮る。
「その大口」
ゆっくり、一歩前へ。
「後悔させてあげますよ」
だが現実は厳しい。
片腕欠損。再生阻害。
圧倒的不利。
それでも。
卓は止まらない。
「失礼しますね」
動いた。
由梨へ足払い。
同時に火弾。
目眩まし。
「っ!?」
さらに雷弾。
さくらがよろめく。
続けざまに水槍。
絵梨花の腕を裂く。
「なんで水が……!」
「純水ですよ」
卓は笑う。
「中学で習いませんでした?」
大技は使えない。
だから細かく刻む。
冷静さを奪う。
そのためだけの攻撃。
初動は成功。
――だが。
次の瞬間。
「捕まえた」
足元。
蔦。
雷。
蔦鎖と雷鎖。
身体が拘束される。
電撃が走る。
「ぐっ……!」
そこへ。
由梨が魔法陣を展開。
「風王級魔法――風龍砲」
轟音。
暴風が通路を飲み込み――




