2. 振ったはずなのに、距離がバグってます
「じゃあ、これからよろしくね」
「よろしくって何がですか」
「さあ?」
「さあ!?」
――どう考えてもおかしい。
俺、朝比奈唯斗(※現在:女装中)は。
ついさっき、この人に告白されて。
ちゃんと、しっかり、はっきりと――振った。
なのに。
なんで。
「唯、次どこ行きたい?」
普通に隣歩いてんだこの人。
しかも距離、近い。
近いっていうか。
「……あの、先輩」
「凛花でいいよ」
「いやそういう問題じゃなくてですね」
「なに?」
首を傾げる。
やめろその仕草。
無駄にかっこいいのに可愛いのやめろ。
思考がバグる。
「……なんで普通に隣いるんですか」
「だめ?」
「だめとかじゃなくて」
「振られたからって、一緒にいちゃいけないわけじゃないでしょ」
「いやまあ……そうですけど」
正論で殴るのやめてくれ。
反論できない。
「それに」
一歩、距離が縮まる。
ちょっと待て。
「唯と一緒にいたいのは変わらないし」
「……」
心臓、うるさい。
いやいやいや。
落ち着け俺。
これは違う。
相手は女だ。
俺も今は女だけど中身は男だ。
状況が全部おかしい。
「……あの」
「なに?」
「近いです」
「そう?」
さらに一歩近づく。
「近いです!!」
なんで詰めてくるんだよ。
意味がわからない。
「……嫌だった?」
少しだけ、視線が揺れる。
あ。
これやばい。
ここで「嫌」って言ったら普通に傷つくやつだ。
「いや、その……」
言葉に詰まる。
違うんだ。
嫌じゃない。
ただ――
どうしていいかわからないだけで。
「……嫌じゃ、ないですけど」
「そっか」
ぱっと表情が明るくなる。
ちょろいな俺。
いや違う違う。
今のは仕方ない。
空気的に。
うん。
「じゃあ問題ないね」
「あります」
「ないよ」
「ありますって」
なんでこの人こんな強引なんだよ。
いや強引っていうか。
ブレない。
全然ブレない。
「唯」
「はい」
「手、いい?」
「よくないです」
即答した。
無理だろ。
ここで手とか。
無理無理無理。
「そっか」
あ、引いた。
よかった――
「じゃあ、腕」
「よくないです!!」
なんで選択肢増やした。
「どっちもだめ?」
「どっちもだめです!!」
「……残念」
ちょっとしょんぼりするな。
罪悪感すごいからやめろ。
「……じゃあ、隣にいるだけで我慢する」
「それはもうしてますよね?」
「うん」
「うんじゃないんですよ」
会話が成立しない。
この人、距離感おかしい。
いや違う。
俺がおかしいのか?
……いや違うな。
絶対この人がおかしい。
「唯」
「はい」
「今日、楽しい?」
「……まあ」
正直に言ってしまった。
楽しい。
悔しいけど。
「よかった」
また笑う。
その顔が。
やたら、安心したような顔で。
「唯が楽しそうなら、それでいい」
「……」
ずるい。
そういうの。
ほんとずるい。
「……先輩」
「凛花」
「……凛花先輩」
譲歩した。
なぜか負けた気がする。
「なに?」
「なんで、そこまで……」
言いかけて、止まる。
“好きだから”なんて。
言わせるまでもない。
「理由、いる?」
「……」
いらない。
たぶん。
この人にとっては。
「唯が唯だから、だよ」
「……」
それ、反則だろ。
中身、知らないくせに。
全部、勘違いなのに。
「……あの」
「うん?」
「俺……いや、私のこと、そんなに知らないですよね」
危な。
一瞬“俺”って言った。
心臓止まるかと思った。
「うん、知らないね」
即答だった。
「でも」
一歩近づく。
またかよ。
「知りたいって思ってる」
「……」
逃げ場、ない。
この人、まっすぐすぎる。
「だから」
少しだけ、優しく。
「これから、教えて?」
「……」
無理だろそんなの。
教えられるわけがない。
だって俺――
「唯」
「……はい」
「逃げないでね」
「……」
逃げたいです。
今すぐ全力で。
でも。
「……努力はします」
なんでそんなこと言った俺。
ほんとに。
バカか。
「ありがとう」
また、嬉しそうに笑う。
――その時。
「……はぁ」
聞き慣れた声がした。
振り向く。
そこには。
壁にもたれながら、こちらを見ている美央がいた。
完全に見てたなこれ。
「……楽しそうじゃん、お前ら」
「み、美央!?」
終わった。
色んな意味で終わった。
「唯斗」
「やめろ!!」
即座に口を塞ぎに行く。
危なすぎるだろ!!
「……ふーん」
ニヤニヤしてる。
こいつ絶対わざとだ。
「知り合い?」
凛花先輩が首を傾げる。
やばい。
ここで変なこと言われたら終わる。
完全終了。
人生終了。
「えっと、その――」
言葉に詰まる。
その時。
「……ただの知り合いだよ」
美央が、あっさりと言った。
「そうなんだ」
「うん。たまたま見かけただけ」
「へぇ」
助かった……のか?
いや絶対違う。
この顔、完全に面白がってる。
「じゃあな、“唯”」
わざとらしく強調する。
「……」
あとで覚えてろよ。
マジで。
「……唯斗」
小声で、耳元で囁かれる。
「あとで話あんぞ」
「……はい」
終わった。
別の意味で終わった。
「どうかした?」
「い、いえなんでもないです!!」
笑顔が引きつる。
今日はもう帰りたい。
いやほんとに。
でも。
「唯」
「はい」
「もう少し、一緒にいよ?」
「……」
断れるわけがない。
こんな状況で。
「……はい」
また頷いてしまった。
ほんと俺、ダメだ。
――この時、俺はまだ気づいてなかった。
この関係が。
思っていたより、ずっと深くて。
そして――
もっと面倒な方向に進んでいくことを。
そして何より。
一番面倒なのが。
すぐ近くでニヤニヤしてるあいつだってことを。




