プロローグ
――どうしてこうなった。
俺、朝比奈唯斗は今――
「……好きだよ、唯」
学校の裏庭で、人生最大のバグに直面していた。
いや、ちょっと待て。落ち着け俺。
まず状況を整理しよう。
目の前にいるのは、白瀬凛花先輩。
黒髪ショートの、やたら背が高くて、やたら顔が整ってて、やたら女子人気が高い、“イケメン女子”。
その人が今――
「初めて会った時から、ずっと気になってた」
とか言ってる。
……うん、ここまではまあ、まだ理解できる。
問題は。
その「唯」って呼ばれてる相手が――
**俺(男)だってことだ。**
しかも今、俺は。
スカート履いてる。
(※補足:完全に女装している)
いやほんと待て。何もかもおかしい。
なんで俺、女装してる?
なんで先輩、俺に告白してる?
なんでこの空気、こんなに真剣?
誰か説明してくれ。
いや無理か。俺しか事情知らないもんな。
――そうだ。これは一ヶ月前に遡る。
◇
あの日、俺の人生は終わった。
いや、正確には“バグった”。
「……なあ唯斗」
「やだ」
「まだ何も言ってねぇだろ」
「お前が話しかけてきた時点で嫌な予感しかしねぇんだよ」
昼休み、教室の隅。
俺は親友――瀬神美央の声を聞いた瞬間、全力で拒否した。
こいつは危険だ。
直感でわかる。
「……合同文化祭、あるだろ」
「知らん。帰る」
「逃げんな」
逃げようとしたら、首根っこ掴まれた。
力強すぎんだろこいつ。女子だよな?
「で?それがどうした」
「メンバー一人飛んだ」
「へぇ、大変だな。頑張れ」
「お前、やれ」
「は?」
意味がわからない。
「いや、は?じゃねぇよ。なんで俺」
「顔」
「は?」
「お前、顔」
「語彙力死んでるぞ」
「中性的でイケる」
「何が」
「女装」
「帰る」
全力で立ち上がった。
でも遅かった。
「もう決まったから」
「決まってねぇよ!!」
「衣装もある」
「聞けよ人の話!!」
俺は全力で抗議した。
が。
――数時間後。
「……誰だよこれ」
鏡の前にいたのは。
どう見ても、“普通に可愛い女の子”だった。
いやいやいやいや。
「ちょっと待て」
「完成じゃね?」
「完成じゃねぇよ」
「いや普通に美少女だろ」
「黙れ」
なんでだよ。
なんで俺がこんなことになってんだ。
スカート履いてるし。
ウィッグつけてるし。
メイクされてるし。
人生どこで間違えた。
「ほら、時間ねぇぞ。行くぞ“唯”」
「その名前やめろ!!」
◇
――そして、現在に戻る。
「……唯?」
凛花先輩の声で現実に引き戻される。
ああ、そうだ。
俺は今、“朝比奈唯”としてここにいる。
“他校の女子”として。
そして――
その状態で、告白されている。
いや、ほんとどうすんだこれ。
脳内会議、緊急開催。
議題:この状況からの最適解。
案①:正直に言う
→「俺、男です」
→即終了。人生も終わる。却下。
案②:逃げる
→最低。人として終わる。却下。
案③:受ける
→もっと終わる。却下。
結論:詰み。
「……唯?」
やばい、待たせてる。
返事しないと。
……どうする。
どうする俺。
――決まってるだろ。
ここで嘘を重ねたら、もっと取り返しつかなくなる。
だから。
「……ごめんなさい」
絞り出すように言った。
先輩の目が、ほんの少しだけ揺れる。
「そういうの……無理で」
理由は言えない。
言えるわけがない。
俺は男で。
あなたは女で。
この関係は全部嘘で。
そんなの言えるか。
「……そっか」
静かな声だった。
怒ってない。
責めてもいない。
ただ――少しだけ、寂しそうで。
……やめろよ。
そういう顔、ずるいだろ。
沈黙が落ちる。
終わった。
そう思った、その時。
「――じゃあさ」
顔を上げた凛花先輩が、まっすぐ俺を見る。
その目は、全然折れてなかった。
「諦めなきゃ、いいよね?」
「……は?」
間抜けな声が出た。
いや待て。
今なんて言った?
「唯が無理でも、私は好きでいるから」
「いやちょっと待ってください」
「嫌じゃないなら、そばにいさせて」
「待ってください」
「……だめ?」
だめかどうかで言えば。
めちゃくちゃだめだ。
状況的にアウトすぎる。
でも。
「…………」
俺は、何も言えなかった。
なんでだよ。
普通ここ、即否定だろ。
なのに。
「……嫌、では……ない、です」
言ってしまった。
終わった。
人生、終わった。
「そっか」
ふわっと、凛花先輩が笑う。
その笑顔が――
やたら、嬉しそうで。
「じゃあ、これからよろしくね」
「よろしくって何がですか」
「さあ?」
「さあ!?!?」
この人、怖い。
いやほんとに。
なんで振られて距離詰めてくるんだよ。
意味わからん。
理解不能。
バグってる。
……でも。
「……唯」
「はい」
「会えてよかった」
その一言に。
心臓が、少しだけ跳ねた。
……いやいやいやいや。
ちょっと待て俺。
今の何だ。
なんか変な感じしたぞ。
やめろ。
これは違う。
違う違う違う。
「……どうしたの?」
「なんでもないです!!」
危ない危ない危ない。
変なフラグ立てるな。
俺は男だ。
相手は女だ。
これは恋じゃない。
ただの事故だ。
ただのバグだ。
――そう思っていた。
この時の俺は、まだ知らなかった。
この関係が。
この“嘘”が。
取り返しのつかないところまで、進んでいくことを。
そして――
俺がいつか、本気で悩むことになるなんて。
「好き」って、なんなのかを。
そんな未来、想像もしていなかった。
――これは。
女装した俺が、“女として恋されてしまった”ことから始まる、
ちょっとおかしくて、少しだけ危険なラブコメだ。
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