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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第2章 不遇の王子

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獲得

 モーリシェンの死から暫くは自室に引き籠っていたナナフスカヤが公に姿を現したのはジョジシアスの戴冠式が初めてだった。


 すっかり痩せ衰えたナナフスカヤに同情の声が集まる。無理もない、長男に続いて、さして経たないうちに夫が目の前で自ら命を絶ったのだ。心労は察して余りある。


 そのナナフスカヤが戴冠式でジョジシアスを見詰め、晴れやかに微笑んだことに違和感を覚えた者も中にはいたかもしれない。だがそれも、二人の息子を亡くし、夫を亡くしたナナフスカヤにとって、もはや頼りにできるのはジョジシアスだけだと打ち消される。


 同じ理由で、ナナフスカヤがジョジシアスの屋敷を頻繁に訪れるようになっても不思議はないと誰もが思った。ナナフスカヤさまはお寂しいのだと受け止めた。ましてジョジシアスには己の屋敷に住まわせているモフマルドがいる。ナナフスカヤとあらぬ仲になっているなどと思い付けもしない。誤解は三人に(・・・)とって有利に動いていた。


 時折、憂い顔を見せるものの、モーリシェンの死より一年も経てばナナフスカヤも健康を取り戻し、むしろますます生き生きと美しさが増したと言われた。


 だがそれは見せかけ、着実にナナフスカヤの体力は衰えているはずだと、モフマルドは見込んでいた。度重なる心労、そして薬物の常用、見えない歪みがいずれビシッと音を立て、修復できない(ひび)を生じさせる。その罅はミシミシと広がって、ナナフスカヤの心と身体はやがて脆くも崩れ落ちるだろう。


 モフマルドとてナナフスカヤが邪魔になったわけではなかった。むしろナナフスカヤの力を当てにしている向きもある。


 中でもグランデジア国第二王子を養子に迎え入れる件、王子の母親がナナフスカヤの娘という事を考えれば、ナナフスカヤの影響力でなんとか説得できないものかと考えていた。


 リオネンデはジョジシアスの言いなりになる、これは見込みではなくモフマルドにとっては揺るがない事実となっていた。リオネンデをバイガスラの王太子に仕立て上げたのち、グランデジア王家を亡ぼす。そしてリオネンデをグランデジア王にでっち上げれば、グランデジアは思いのままだ。例え反抗分子がでたとしても、どの国よりも王家を崇拝する気質の強いグランデジアでは、王の血筋がものを言う。その企てはモフマルドにとって、なんとしてでも成し遂げたいこととなっていた。


 そんなモフマルドの思いと裏腹にグランデジアは決して王子を手放す気になってくれないまま、月日だけが過ぎていく。そしてナナフスカヤを異変が襲う。


 ナナフスカヤさまの身の内に性質(たち)の悪い(いわ)ができております――モフマルドの言葉にジョジシアスが真っ青になった。

「癌?」

「はい、王宮の医師にも診させたところ、間違いないとのことです」

「それで? 母上は回復するのか?」


 ここのところ顔色が悪く食欲が失せ、すっかり痩せたナナフスカヤだった。

「腹を切り裂き、癌を取り除けばあるいは……ただ、どうしてもナナフスカヤさまがイヤだとおっしゃっています」

「イヤだ、と?」


「ご自身のお身体に傷をつけるのです。拒まれるのも無理ない話。まして必ず助かるというものでもない」

「モフマルド! 説得しろ、母上を亡くしたら、わたしは――」


「モフマルドになど、ナナフスカヤさまを説き伏せられるものではございません」

「モフマルド……」


「あの世にて、二人の息子が待っているとおしゃっています。それに――」

「それに?」


「前王が詫びの言葉を待っているであろう、と」

「……」


 前王モーリシェンはナナフスカヤの裏切りと、その裏切りの相手がジョジシアスだと気づいていただろう。それを持ち出されれば、ジョジシアスとて言葉を失う。


「モフマルドにできることがあるとしたら、ナナフスカヤさまが錯乱なさってあらぬことを口走ることのなきよう、お痛みを少しでも取り除いて差し上げることだけと心得ます」


 モフマルドの処方が功を成したか、ナナフスカヤが錯乱することはなかった。(いのち)の灯が消えるその時まで、ナナフスカヤは静かに己の生涯を思い返しているように見えた。痩せさらばえた手でジョジシアスの手を握り、臨終の床でナナフスカヤはこう言った。

「ジョジシアス……父上は自分を受け継ぐ王として、あなたを誇りに思っていることでしょう」


 バイガスラの長い冬が終わりを告げるのもすぐそこに迫った時期のことだった。半年以上に渡る闘病の末、ナナフスカヤはこの世を去った。ジョジシアスの嘆きようは深く、どう慰めたものか、誰もが戸惑う。それでも、常に影のように寄り添うモフマルドが少しずつ癒してくれるだろうと期待していた。


 しかし、そうなるとなおさら、ジョジシアスの後継者問題が大きく取り沙汰されるようになる。ジョジシアスとモフマルドの結びつきの強さを見れば、どうにも二人を引き離すことは無理だと思えたのだ。リオネンデをなんとしてでも我がバイガスラ国へ、との声が大きくなる。現国王に子が望めないのなら前国王の血筋の王子を、そう望むのももっともである。


 だが、諦め悪くリオネンデを貰い受けたいと願うバイガスラも、そろそろ他に目を向けてもいいのではないかと、誰もが思い始めていた。双子の兄王太子リューデントの配偶者が決まったという話を聞かないことから多少の猶予はあるものの、リオネンデも十七、これでリオネンデの婚姻が決まればどう足掻いてもバイガスラがリオネンデを獲得できるチャンスは消える。王族の婚姻なのだ、決まるとすればグランデシア王家にとって都合の良い相手であることが容易に予測できるし、それなりの実力者の縁者になることは必定だ。相手の親元の干渉も無視できなくなる。


 そんな中、リオネンデ獲得に向けて、最後の賭けに出るとジョジシアス王が決断した。ようやくナナフスカヤを失った喪失感も薄れたかと周囲は安堵したが、実はそうではない。この寂しさを埋めてくれるのはリオネンデさまよりほかにおりますまい、そんなモフマルドの囁きがあった。


 ナナフスカヤの遺品を娘であるマレアチナに届ける。表向きは表敬訪問だが、その実、現地にて再度養子縁組の交渉を持つのがジョジシアスの計画だった。そしてその交渉にはジョジシアス王、自らが当たる――代理を立てず、ジョジシアスが赴くことでバイガスラの本気を示そうという狙いもあった。影で糸を引いたのがモフマルドなのは言うまでもない。


 王が国を留守にする、その決定はバイガスラ国内でも賛否が分かれたが、すべてが停止する冬であればと居並ぶ重臣たちも最後には首を縦に振った。グランデジアもジョジシアス王が来ると聞いて驚きはしたものの、バイガスラの国政は安定していると承知している。王が国を離れてもなんの支障もないという事実は、同盟国としては頼もしい。国を挙げて歓迎するとした。


 ジョジシアス王がモフマルドを含む従者を引き連れてバイガスラを出たのは冬の初め、だが、季節にずれのあるグランデジアでは夏の盛りが過ぎた頃だった。

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