即位
国王モーリシェンの劇的な死は、対外的には病死と発表された。大勢の貴族たちの目の前において錯乱状態で自刃したなど、公にできるものではない。兼ねてより心の病であったものが急激に悪化した結果と言えなくもないのだから、あながち病死も嘘ではない。
事が起きて即座にモフマルドが、列席していた者たち(貴族を含め、宴の世話をしていた小間使いに至るまで)に緘口令を布いた事は言うまでもない。庶民、諸外国、いいや、王宮内部でもあっても『モーリシェン自害』などと聞いたなら、口にした者とそれに繋がる者はすべて罰すると明言し、
「次期国王の命と心得よ」
と付け加えた。
己の屋敷の自室内居間で、ジョジシアスが顔を顰めて嘆く。
「王としての最初の仕事が己の父親の死因の隠ぺいとはな」
「ジョジシアスさま――」
判っておられるのでしょう? 傍らでモフマルドが神妙な面持ちで呟く。
第二王子の事故死から続くバイガスラ王家の不幸な出来事は人心を惑わす。第一王子の自害からさして経たないうちに国王さえも壮絶な自刃を遂げたなど、どれほど民を動揺させることか。国を治めるため、時には方便を使うのも仕方がない。
「隠ぺいではありません。少しばかり耳ざわりをよくしただけでございます」
「方便ね……偽りも押し通せば真実になるかもしれないな」
「ジョジシアスさま――」
「あぁ、そうだった。偽りではなかった」
モーリシェンの死に衝撃を受けたのはジョジシアスが一番だろう。ナナフスカヤの夫への愛情は失われていたに等しい。だがジョジシアスは父を頼りにしていた。その父を失ったうえ、ジョジシアスには国王の勤めが待ち受けている。
宴の席で王宮の医師団から聞いたモーリシェンへの処方薬、急激に効き目が切れるその薬しかなかったかと呆れているうちにモーリシェンに異変が起きた。それ見たことかと思ったが、傍観することにしたモフマルドだ。これを機に退位させるのも手だと思ったが、まさかあのような凄惨な最期を遂げるとは、さすがのモフマルドも予測していなかった。
ジョジシアスの即位に反対する者はいない。隣国バチルデアにもナナフスカヤが手を回して、新王ジョジシアスを認め、同盟の絆に揺るぎはないと確約を取り付けた。バチルデアの立場なら、ナナフスカヤの産んだ王子を次期バイガスラ王にと考えていただろうが、そんな王子はもはや存在しなかった。ナナフスカヤと新王ジョジシアスが懇意ならそれでよし、と手を打つしかない。ジョジシアスの母親がナナフスカヤに従ってバイガスラに渡ったバチルデア出身の侍女だったことも考慮されただろう。
ナナフスカヤの血を引く王子をジョジシアスが殺害したのではないか、バチルデアではそう憶測する者もいたようだったが、ナナフスカヤが一笑のもとに否定している。ジョジシアスはそんなことを企める人物ではない――ナナフスカヤ懐柔はここで最大の効果を発揮している。
モーリシェンの葬儀は初雪がしんしんと降る中、粛々と執り行われた。その年、雪の訪れが早く、初雪だというのに翌日にはバイガスラを積雪が埋め尽くしていた。
そのため、すぐにでもジョジシアス戴冠と事を進めるところだがジョジシアスを国王代理とし、即位を春まで持ち越した。バイガスラでは雪とともにすべてを眠らせ休ませるのが慣習だった。それは芽生えの春、成長の夏、そして実りの秋への備えでもある。母なる雪の慈しみを身中に漲らせ、次の始まりに活かす。それこそがバイガスラなのだ。
春ももう間近のころ、内定していたジョジシアスとグランデジア第三大臣マジェルダーナの妹レイバリステの婚約が破棄される。これはグランデジア王室からの横やりと思われたが、表面上はレイバリステが病に倒れたためとされた。実際にレイバリステはマジェルダーナの領地内に移され療養生活に入っている。が、三年後にはマジェルダーナの側近と縁づいているところを見ると真偽のほどは明らかではない。
推測通りグランデジア王室の意を受けていたのか、はたまた病が本当でそれゆえ側近に嫁すしかなかったのか、ひょっとしたら、その側近とレイバリステが恋仲だったのを隠すための病だったかもしれない……想像すれば幾らでも思い浮かべられた。
ジョジシアスの即位は国民に喜びを持って受け入れられている。不幸続きのバイガスラ王家、新王が起こす新風がそんな鬱陶しさを吹き飛ばしてくれると誰もが期待した。立太子はひっそりとしたものだったが、そんな国民感情も考慮して、即位の祝賀は盛大なものにした。お祭り騒ぎはひと月にも及び、これはバイガスラの経済力を諸国に見せつけるのにも役立っている。若い王を侮るなかれ、暗にそう示したのだ。
即位に伴い王の屋敷に入ると思われていたジョジシアスは住まいを移すことなく、父前王に与えられた屋敷に住み続け、公務のため王の屋敷に出向く形を取った。これはジョジシアスが落命するまで続く。
また前王妃ナナフスカヤは隣国にして同盟国バチルデアの王妹、生国に帰ることを本人が望まない限りバイガスラにて、相応に遇する必要がある。これもまた従前どおり王妃の屋敷に住み続け、国庫が変わらず費やされることとなる。
ジョジシアスの即位とともに大臣に就くと思われていたモフマルドも変化を望まなかった。ジョジシアスの屋敷に住み続け、相談役と言う微妙な立場を守った。しかしその発言力は強く、モフマルドの命は国王の命と同じ、そう認識された。そうなるにはもう一つ理由があった。諸侯は内心、こう信じていた。ジョジシアスとモフマルドは恋仲だ――
実際そんな事実はないのだが、ジョジシアスやモフマルドに面と向かって質せる者はいない。二人が妻帯せず、同じ屋敷に住み、まして他に愛情を与える存在がないとなれば憶測が憶測を呼び、いつしか人々にとって噂が真実と変わっていった。
ジョジシアスはマジェルダーナの妹との婚約が破棄されて以後、持ち込まれる縁談に首を縦に振ることがなかった。前王妃ナナフスカヤも干渉できる立場にないからと、あえてジョジシアスに勧めることも意見することもなくなった。ナナフスカヤとジョジシアスの関係は――モフマルドとのことも含め――ナナフスカヤが死病を得るまで続いている。
ジョジシアスが妃を決めず、また妾を持つこともないとなれば、問題視されるのが世継ぎのことである。ジョジシアスとしては、断られたグランデジアの王子を養子にする件が諦めきれない。バイガスラの国政を司る者たちも思いは同じである。ジョジシアスがモフマルドとの男色に溺れ、女人を好まないとなれば子が生されることはない。そうなるとバイガスラ王家の血を受け継ぐグランデジアの王子を後継者にと考えるのはもっともなことだ。
幾度にもわたりグランデジア王家と交渉が持たれるが、色よい返事は聞けずにいた。グランデジア王妃マレアチナが生んだのは双子の王子のみ、ここに性別問わずもう一人いればグランデジアも渋々ではあっても同意したかもしれない。
後継者問題を除いてはジョジシアスの治世は順調だった。他国に攻め込むこともなければ攻め込まれることもない。大地は豊かな土質を誇り、立派な漁港を有し、山林からは良質な木材、そして鉱山をも有している。冬には雪に閉ざされ活動を停止するものの、それでも潤沢な実りがあった。
その実りを有意義に消費し、充分に蓄え、余力で欠けを補完するジョジシアスの施策に異を唱える者はいない。影にいるモフマルドの入れ知恵と気が付く者もいたにはいたが、わざわざそれを指摘する愚者もいなかった。庶民からの支持も絶大な王は、絶対的な権力を手に入れて行ったのだ。モフマルドも同じ権力を手に入れたと言っても過言ではない。
大きな変化とは言えないが変化らしいものがあるとしたら、バイガスラ国として正式に魔術師を召し抱えると決めたことだろう。モフマルドの提案だが、表面上はジョジシアスの考えとされた。そして珍しく――いや、当然か? モフマルドが魔術師たちを束ねることになる。彼らはモフマルドの臣下ではあったが、王から密命を与えられ暗躍する存在だった。魔術師たちが何をしているのか、その詳細を把握するのはモフマルドただ一人、軍部にさえも口を挟ませなかった。魔法に疎い軍人たちに言える言葉もなかった。
そして――前王妃ナナフスカヤが病に倒れる。ジョジシアス即位から八年が過ぎていた。




