表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第2章 不遇の王子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/404

色情

 しばらく歓談したが、そろそろお(いとま)を、とジョジシアスが立ち上がる。リオネンデを伴うことは話が付いていて、寒さに慣れていないのだから外套をお召しなさいとマレアチナが言えば、侍女が慌ててリオネンデの世話をした。


「リオ、本当に行っちゃうの?」

リオネンデに外套を着せている侍女とは別の侍女を相手に、双六(すごろく)遊びに興じていたリューデントが不安げにリオネンデに問う。


「おや、リューズ。やはりリオがいないと心細いのですか?」

マレアチナが揶揄(からか)うように笑い、ムッとした顔のリューデントを

「なんだったら、一緒に来るかい?」

ジョジシアスが誘う。


「いいえ、伯父上。せっかくのお誘いですが、ご遠慮申し上げます。弟をよろしくお願いいたします」

少しツンとした、しかもリューデントにしてはよそよそしい物言い、どうもマレアチナの言葉は随分とリューデントの自尊心を傷つけたようだ。


 そんなリューデントを、外套を着終わったリオネンデがそっと抱き締める。

「兄上、少しの間だけ、リオネンデは冒険に行ってまいります。我儘(わがまま)をお許しください」

真面目な顔のリオネンデに、

「うん……無事に戻るんだぞ」

と、これも真面目な顔でリューデントが答えれば、周囲の大人たちは笑いを噛み殺すのに苦労した。


 七歳の双子の兄弟が生まれて初めて別々に夜を過ごす、どうやらそれは二人にとって大冒険と感じるらしい。


 王の屋敷からジョジシアスの屋敷までは僅かな距離だが、リオネンデのために用意された馬車で庭の大通りを行った。ゆっくりと進む馬車の窓から外を見ると、雪がちらほら舞っている。

御者(ぎょしゃ)は……寒くはないのでしょうか?」

ポツリとリオネンデが呟いた。


「うん? そうだね、厚い外套を着こんでいるだろうから大丈夫だと思うよ」

「馬は? こんな寒い日に働かせるなんて、僕を恨んでいそうです」


 ジョジシアスがリオネンデに笑顔を向ける。

「心配することはない。馬は寒さに強いし、馬に限らずこのバイガスラで生まれ育った者は皆、冬の寒さに慣れている――遠い異国からいらした王子のお役に立て、きっと喜んでいることでしょう」

それならよかった……安心して見せる笑顔の愛らしさに、心が温められたと感じたジョジシアスだ。


 ほどなく馬車はジョジシアスの屋敷の正面に到着する。御者が馬車の(かご)の戸を開けている間に、帰りを待っていたのだろう、下使いが慌てて屋敷の扉を開けている。


 御者を労い、扉に向かうジョジシアスの耳に、リオネンデの幼い声が聞こえてくる。

「寒い中をありがとう。早く体を温めてね」

「勿体ないお言葉……」

続くのは恐縮する御者(ぎょしゃ)の声――


 十六の時、モフマルドが教えてくれた臣下への心遣い、それをこの幼い王子は既に身に着けている。両親から教わったのか、それとも生来のものなのか?


 扉の前で立ち止まったジョジシアスを下使いが(いぶか)っている。気を取り直してリオネンデを見ると、落ちてくる雪を(てのひら)に受け止めてニッコリしている。


「リオ、早く中に入ろう――扉番が凍えてしまう」

ジョジシアスの声に、ハッとしたリオネンデが慌ててジョジシアスのもとに駆けだした――


 ジョジシアスの部屋の居間で、モフマルドが待っていた。随分と王妃さま(ナナフスカヤ)に似ておられると言うモフマルドに、祖母に似ていても奇怪(おか)しな話ではないとジョジシアスが笑う。


「マレアチナの顔は忘れてしまったか? 母親そっくりなのだよ、二人の王子は」

とジョジシアスが言えば、

「そうそう、マレアチナさまは王妃さまにそっくりでしたね」

モフマルドも笑う。


 本が読みたいそうだとジョジシアスが告げると、リオネンデが恥ずかしそうに頬を染めた。母親や祖母に似ていると言われたのが恥ずかしかったのか、本が好きな事が恥ずかしいのか、大人には測れない。


「では、書庫が暖まるまで、こちらでお茶を差し上げましょう」

モフマルドがリオネンデに微笑みかける。人見知りの強いリオネンデに、服の背中をぎゅっと握られたのを感じたジョジシアスだ。


 誰にでもすぐ(なつ)くリューデントと違い、なかなか打ち解けないリオネンデ……本に釣られたとはいえジョジシアスの屋敷に一人で訪れ、今、こうして頼ってくる。なんと可愛いものだろう。同じ甥でもリューデントに向けるものとは違う愛しさをリオネンデに感じているジョジシアスだ。


 リオネンデがモフマルドへの警戒を解いたのは、モフマルドが魔法使いだと知ったときだ。ジョジシアスには酒を垂らしたお茶、リオネンデにはお茶と焼菓子を供したのはモフマルド、暖炉の前で三人で寛いでいた。


「僕の従兄(いとこ)もね、魔法使いになる。今はまだ、魔法使いの勉強よりも普通に学ぶ時期だからって、毎日王宮に来て僕たちと一緒に勉強してる――三年前にお父上が亡くなって、お母上は妹が生まれた時に亡くなっていたから、魔法使いの塔に預けられたんだ」


 それはお気の毒ですね、そう言いながらモフマルドが焼菓子の皿をリオネンデの前に押しやる。遠慮して手を出さなかったリオネンデが素直に手を伸ばし、菓子を頬張った。


「その話はマレアチナの手紙にあった――グランデジア王の姉ぎみの夫、当時の第一大臣が……」

モフマルドに向けたジョジシアスの言葉がそこで途切れる。暗殺と言う言葉を、子どもの前で言うのは(はばか)られたのだ。


「はい、モフマルドもジョジシアスさまからお聞きしたのを覚えております――お従兄さまもリオネンデさまと同じくらいのお歳でしたね?」

話題を変える意図をもって、モフマルドがリオネンデに尋ねる。


 実のところ、暗殺の件は話したくない。自分が仕組んだこととは言え、目の前にいる子どもと同じ年頃の子から親を奪ったことに後ろめたさを感じてしまう。


 四年前、他国の魔法使いとの密会に使った居酒屋で耳にしたグランデジア第一大臣への誹謗がモフマルドを動かした。憎き恋敵、冷めやらぬ悔しさ――密会相手が帰ってから、酔っぱらった男と接触した。商用で来ていた男はこれからグランデジアに帰ると言う。


『そんなにその大臣は酷い男なのかい?』

『酷いかどうかなんか知らねぇ。でもよぅ、どこからか流れ着いた馬の骨の息子がよぉ、姫さんを自分の物にしたうえ、俺っちの国で()物面(ものづら)してる、許せない。しかも姫さんは、下の子を生んだ時に産後の肥立ちが悪くて死んじまった。なのにヤツは大臣さまのままだ』

『だったら……』


 だったら殺してしまえばいい――そっと男の耳にそう吹き込んだ。もちろん魔法を仕込んだ言葉、まして男は酔いどれている。魔法の効果は絶大だろう。


『仲間を募れば必ず成功する。大臣のお付も同罪だ。皆殺しにすれば、犯人を知る者もいなくなる』

男は虚ろな目で頷いた――


 リオネンデが少し()ねた口ぶりで言う。

「サシーニャは一つ上、とっても綺麗な子なんだ。リューズはサシーニャが大好きで、王宮にサシーニャが来ると独占したがる。僕がサシーニャと話すとすぐ怒るんだ」


「あれ? 一つ年上の従兄は男子ではなかったか? 一つ年下の従妹は女の子だと聞いているけど」

ジョジシアスの疑問に、

「サシーニャは男だよ。だけど人形みたいに綺麗で可愛い顔をしてる。その上、頭もいいし話も面白い。みんなサシーニャが好きなんだ」

屈託なく答えるリオネンデに、『初恋とかではなさそうですね』とモフマルドが微笑む。


「そろそろ書庫も暖まったことでしょう――」

モフマルドの言葉に、リオネンデの顔が輝く。

「どんな本があるの?」

「いろいろな本がたくさんある。どれでも好きな物を読むといい」


 廊下を書庫へ向かうジョジシアスとリオネンデ、見送るモフマルドが

「あとでお茶をお持ちしましょう」

と呟く。


 ジョジシアスには幻覚と色情を呼び起こす薬をお茶に、リオネンデには意識が(もう)(ろう)となる薬を菓子に仕込んだ……さて、お茶をお持ちした時、書庫ではどんなことが繰り広げられているか――


 自分の寝室に戻り、いつもの窓辺に腰かけて時を待つモフマルドだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ