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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第2章 不遇の王子

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賜物

 まだ小さな子どもを連れた馬車の旅、ゆとりを持たせ片道八日を掛けたと言う。


 グランデジア国王都フェニカリデ・グランデジアからプリラエダ国との国境サーベルゴカまで二日、プリラエダ国を抜けるのに二日、プリラエダ国とバチルデア国の緩衝地帯を抜けてようやくバイガスラ国に到着するが、バイガスラ王都ビピリエンツはそこからさらに二日かかる。通常なら六日か七日の日程だ。しかもプリラエダ国との関係は、グランデジア・バイガスラ両国とも友好的とは言えない。だが、正式な申し入れがあり、通行料を受け取って許可したからにはプリラエダ国としては安全を保障するしかない。もしも不測の事態(・・・・・)を起こせば、グランデジア・バイガスラ両国の連合軍と戦争をする覚悟が必要となる。子ども連れの物見遊山の旅とは言え、実は大きな代償を払ったものだった。


 バイガスラ王宮に到着したマレアチナは国王と王妃に到着の挨拶をし、長兄の病室を見舞ったのちは、今や王太子となった異母兄ジョジシアスの屋敷に二人の王子を伴って訪れた。


 マレアチナにしてみれば手紙のやり取りをする気心知れた兄、両親を助け、生国をいずれ統治する頼もしい兄だった。そのうえ、なにがあったかは判らないが、あれほどジョジシアスを嫌っていたナナフスカヤとも和解しているとなれば、もはや遠慮することもない。


「国を出るとき父親と交わした、温和(おとな)しくしているという約束を忘れずにいられたのは一日だけ、リューズは少し活発過ぎるようです」


 マレアチナが、侍女たちを相手に庭で雪遊びをしているリューデントを眺めながら苦笑する。そして同じテーブルを囲み、淹れたての熱い茶を用心深く飲んでいるもうひとりの息子に視線を移す。


「そんなリューズを後ろから引っ張って、窓から身を乗り出しては危ないと、リオは心配してばかり。もっと楽しんでもいいのにと思う反面、落ち着いた性格を頼もしく感じるのだから不思議です――双子と言えど、随分と違う」


 名を呼ばれたリオネンデが母親を少し見あげてから、対面に座る伯父をチラリと盗み見、ジョジシアスが自分を見ていると知ると慌てて目を逸らした。


「そして親とは馬鹿なものだと思い知りました。この子たちが手を携えて築く未来はきっとなんの遺漏もない……性格の違いが互いを補填しあい、高めあい、我がグランデジアを揺るぎなき国としてくれる。そう思えてしまうのです」


 少し恥ずかし気なマレアチナに視線を戻したジョジシアスがゆったりと笑む。


「幸せそうですね――兄としてこれほど嬉しいことはない。遠い異国に嫁したあなたを心配していたのです。もっともあなたがくれる手紙は、多少の不安や心配事はあっても、いつも幸せだと書いてあった。わたしを安心させてくれました」


「あら、お兄さま、幸せだなんて書いたかしら?」

「あぁ、書いてあったとも。そう言葉になくても、書かれている内容は幸せに満ちたものだった」


 ジョジシアスが視線を再びリオネンデに向ける。

「二人の王子は随分とあなたに似ているね。子どものころに戻ったような気にさせる」

「えぇ、わたしに瓜二つとよく言われるものだから、国王が焼きもちを妬くのです。父親似のところだってあるぞって」


 笑うマレアチナに

「見ているだけでも可愛いが、親ともなると可愛いだけではなく愛しさも一入(ひとしお)なのでしょうね」

とジョジシアスも笑う。


「お兄さまも早くお妃を(めと)ってお子をお作りになるといいのに……王太子なのだからお世継ぎを心配するのもお役目ですよ」

「そうは思うのだけれどね……なかなか気に沿う相手が見つからない」

おまえの母親と(ねんご)ろになっている、とは間違っても言えない。


「お母さまはお子を産めるお歳ではないのだから、お兄さまがお子を儲けないことにはバイガスラ王家は途絶えてしまいます」


 ナナフスカヤは子を産めないと言われてドキリとしたジョジシアス、一瞬、ナナフスカヤとは別れろと言われたのかと冷や汗をかく。国王夫妻にさらなる王子は望めない、そう意味するとすぐに悟るが、後ろめたさが隠せずに、

「そうわたしを虐めるな」

と冗談で誤魔化し、立ち上がった。


 窓辺に近付くと、こちらに気が付いたリューデントが駆け寄ってくる。

「伯父上、一緒に遊んでくださるのですか?」


 窓越しに、物おじしない幼い声が聞こえ、キラキラと輝く瞳が真直ぐに見あげてくる……借りてきた猫のように温和(おとな)しいリオネンデとなんと違う事か――


「そろそろ中にお入りなさい、身体を冷やし過ぎてはいけない」

出入窓を開けると明白(あからさま)にがっかりしたリューデントだったが、すぐに笑顔に戻して『はい』と部屋に入った。


 その夜の晩餐は国王主催だったが、国王一家だけのものとなった。今回のグランデジア王妃の訪問は個人的なもの、非公式とされ、バイガスラ国としての宴は催されない。


 晩餐を囲んだのは国王夫妻に王太子ジョジシアス、そしてグランデジア国王妃ではあるが国王夫妻にとってはただ一人の娘マレアチナ、そして孫にあたる二人のグランデジア国王子――ここにもし、寝たきりの第一王子ジャスチルム、事故死したキャリムナムが、元気で参席できていれば、国王夫妻にとって人生の実りを感じる夜となっただろう。


 ここでもリューデントは屈託なく王や王妃に甘え、愛嬌を振り撒き、場を賑やかに和ませた。一方リオネンデはやはり(かしこ)まったままで、何を聞かれても当たり障りのない答えしか言わず、祖父母を少しがっかりさせている。遠く離れた異国に暮らすのだ、ひょっとしたらもう二度と会えないかもしれない。それがなくとも孫には何の遠慮もなく甘えて欲しいものだ。


 リオネンデもそんな空気を感じてはいるものの、リューデントのようには振舞えない。思った通りを思ったままに表現するリューデントと違い、リオネンデはまず頭で考えてしまう。相手に不快な思いをさせないか、怒らせはしないかと、それが先に立ってしまう。


 そんなリオネンデに、

「無理はしなくていいのだよ」

助け舟を出すのはジョジシアス、

「初めて会ったのだ、いくら祖父母だ伯父だと言われても、そう簡単に打ち解けられるものではないよね」

と微笑む。


 ほっとした顔を見せるリオネンデに、

「旅の疲れもあるだろう。今夜はゆっくりと休むといい――そうだ、本を読むのが好きだと聞いた、リオが喜びそうな本があるから明日にでもわたしの屋敷に遊びに来るといい」

とジョジシアスが誘う。本と聞いてリオネンデの顔がパッと輝いた。


「そうなの、リオは本の虫。あればあるだけ読んでしまうのよ」

マレアチナが嬉しそうに笑う。何も言わなくても褒めて貰えるリューデント、だがリオネンデの長所は判り難く、だからと言って、聞かれもしないのに自慢する(はした)なさをマレアチナは持ち合わせていない。


「そうか、知識はあればあるほどいい。今はまだ知っているだけのことが、いつか役に立つ時が来る。その時使えればそれでいい」

ジョジシアスの言葉に頷いたリオネンデが急にそわそわし始める。不審に思ったジョジシアスが『どうしたんだい?』と問いかける。


「その……持ってきた本は途中で読んでしまって――今夜、読む本がないのです。伯父上、お借りできませんか?」

遠慮がちなリオネンデの問いかけにジョジシアスが微笑む。横では、たしかに本の虫のようだねと国王が笑い、王妃が愛し気に見詰めている。


「あぁ、いいとも……食事が終わったらわたしと一緒に屋敷に行こう。本はいっぱいある、なんだったらわたしの屋敷に泊ってもいい――夜更かししても内緒にしてあげるよ」

ジョジシアスの言葉に迷うリオネンデだったが、母親の顔色を窺うと笑っているのを見て安心する。


「伯父上、ありがとうございます」

ジョジシアスが始めて見た、嬉しそうなリオネンデの笑顔だった。

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