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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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ベルグの かなめ

 カルダナ高原からベルグに流れ込むドジッチ川は決まって毎年、雨期になると(はん)(らん)を起こす。カルダナ高原に降った雨水のほとんどを集めて流れているからだ。二つの(いただき)を持ち、ドジッチ川に向かって擂鉢状(すりばちじょう)の地形になっているからだ考えられる。


 ベルグはそのドジッチ川の南岸に面して開けており、対岸には北部山地が広がっている。したがって、氾濫による洪水は容赦なくベルグの街へと流れ込むことになる。


 洪水がなければ北側を北部山地及びドジッチ川、西をカルダナ高原に守られ、東と南は他国に面していない安全(・・)な場所でもある。そもそも、肥沃で平坦な土地なのだから、治水さえ叶えば豊かな農産物が得られるだろう。それが判っていながら思い通りに行かない水の動きに、長年頭を悩ませている。


 ドジッチ川を越え北部山地に入るにはベルグから下り、サーグ川との分岐点ドドハルまで行かねばならない。分岐による水流の減少で雨期にも流されない橋を架けられるのはここより下流になる。


 橋が掛けられると言っても対岸は山が(つら)なっており、わずかな平地に小さな村が点在するだけだ。サーベルゴカまで下れば北部山地も途切れるが、そこは国境の街となり常に外敵の脅威に(さら)されている。配備された国軍が(にら)みを利かす街である。


 もちろん軍は私領を除き、グランデジア全土に配備されている。各地に派遣された王の軍がその地の治安を護り、税を徴収する役目を担っていた。だがその配置については国境の街以外は変動が常で、下級兵が長く留まることはない。頻繁に兵力を移動させることにより、敵国がグランデジア全体の兵力を測ることを困難にしていた。


 ベルグに到着したリオネンデは当然のことながら、まず軍事拠点に赴いている。


「そろそろフェニカリデに帰りたいもんだ」

リオネンデを見るなり愚痴をこぼしたのはベルグ総帥リヒャンデルだ。まだ若いがリオネンデを支持する有力者の一人だ。


「こんな片田舎じゃ遊ぶ場所もない……なんとかしろ、リオネンデ」

五つ年上の昔馴染みにリオネンデが苦笑する。


 ゆったりとした部屋の一室、居るのはリオネンデとサシーニャ、そして大きなテーブルを挟んでリヒャンデルの三人だけだ。


「サーベルゴカはいやだというからここにしたのに、三年で()を上げるのか? 上流貴族のお坊ちゃんは大したものだな」

「そうさ、都会育ちだからな、片田舎には馴染めないのさ。だいたい、なにがベルグなら静かで平和だ? 洪水対策で忙しいったらありゃしない」

ニヤリとリヒャンデルが笑う。

「で、なんで王(みずか)らおいでなすった? とうとう始める気になったか?」

リヒャンデルをベルグ総帥に任命した時、極秘事項としてダム計画については(・・・・)話してある。


 リオネンデの目配せに、サシーニャが地図をテーブルに広げた――


 サシーニャの説明にリヒャンデルがなるほど、と(うなず)く。

「カルダナ高原の中に拠点を築いてから人足を送り込む、か。だが、飲食物はどうする? 人足たちはベルグに食事に行くしかない。ベルグの街人たちに知られずに事を進めるのは無理だと思うぞ」


「食材や飲料はベルグで買い入れるしかない。買い入れたら街の外に出し、モリグレン荒野からカルダナ高原に運び込む。で、カルダナ高原の宿舎には厨房と食堂を作って、調理人を雇う」

「モリグレンには獰猛(どうもう)(けもの)も多いし、カルダナ高原に入る道がそもそもない――てかさぁ、サシーニャ。山籠もりしてくれるようなのが集まるのか?」

「うん、そのあたりは悩みの種だったが、幸い見通しが付いた」

「囚人でも使うのか? 以前、話したときは秘密が漏れる可能性があるから、囚人は使わないと言っていたけどさ」


「王に忠誠を誓う者どもを集める手配ができた――王を支持しているのは貴族に限ったものではない」

「フン! むしろ貴族のほうが離反しやすい。王に忠誠を、と言って部屋から出た途端、謀反を企むヤツもいる。それに引き換え庶民は、いったん忠誠を誓えばそう簡単に(ひるがえ)さない……が、庶民から集めると言ってもどうやって?」


「それはこちらに任せて貰う。リヒャンデルにはベルグに住む者たちに気が付かれないよう配慮して欲しい。ま、食料と水の確保にも助力を願う」

「サシーニャ、結局、俺は蚊帳(かや)の外か?」

「いいえ、あなたほど信頼できる貴族がほかにいないと、わたしもリオネンデ王も判っています。だからこそ、このベルグの地をあなたに任せた――だが、秘密を知る者は少ないほうがいい」


 フン、とリヒャンデルが再び笑う。

「大臣どもに(はか)らずに大規模な工事を行うのが、元はと言えば間違いだ。だから神経質に秘密を保持しようとする。まぁ、そうなるな」


「……信用したのが間違いだったと、王に思わせないようお気を付けください」

サシーニャの皮肉にリヒャンデルが顔を(しか)める。

「俺はリューデントが子供のころからヤツに心酔していた。リューデントはグランデジアの将来を憂い、様々な国策を考えていた。この幼い王子の頭の中はどうなっているんだと舌を巻いたものだ。王になるべくして生まれてきた王子なのだと思った――リオネンデの考えはリューデントのものと一致する。やはり双子なのだと思わずにいられない。リオネンデがグランデジアを憂うる王である限り、俺がリオネンデを裏切ることはない」


 リオネンデのベルグ滞在は四日間だ。その四日間はドジッチ川の護岸工事の手配にほとんどを費やした。表向き、平素より強固な堤防を作ると見せかけ、通常よりも高額な予算を組ませている。カルダナ高原に流用するためだ。むろん、その流用にはリヒャンデルが手を貸す。王による王への謀反、とんでもない悪だくみ(・・・・)だと、リヒャンデルは笑う。


 ベルグに着いた日、リオネンデはガンデルゼフト一座についてリヒャンデルに尋ねている。一座はリオネンデたちの到着前日に次の街へ移ったとの答えに、リオネンデはサシーニャを盗み見る。顔色一つ変えないサシーニャに、リオネンデは無関心を装っていると感じた。


 リヒャンデルの妻子は王都フェニカリデ・グランデジアに住まう。ひと月かふた月に一度、リヒャンデルは報告のために王都に戻る。帰るたびに娘は可愛らしく成長しているが、俺の顔を忘れてしまったとリヒャンデルが嘆く。


「いいか、リオネンデ。あと三年だ。三年のうちに溜池(ためいけ)の効果を出せ。氾濫が抑えられると判れば、大っぴらにするんだろう? そしたら俺を王都に帰せ」


 リヒャンデルの懇願に見送られ、リオネンデはフェニカリデ・グランデジアに向けて帰路についた。

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