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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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隠れ村

 ワダの手下は(おんな)子どもを含めればざっと(・・・)三百人、三十人から五十人程度の規模に分け、それぞれ別の拠点を持っている。そのほとんどが山中の隠れ村に住んでいるが、ベルグの街に入り込んでいる連中もいるらしい。


「盗賊に限らず、悪さをするヤツぁ、どこにでもいるもんさ。そして必ず元締めがいる」


 森の出口にいた盗賊たちが逃げた方向に少し進んで再度森に入って行けば、隠れ村の一つがあるらしい。(あみ)に絡めとられた十二人が住む村でもある。むろん、十二人の戒めは解かれている。


 今夜はそこに行こうと言うワダにリオネンデが同意し、しぶしぶサシーニャもついてきた。ほかの五人もサシーニャ同様、一緒に来る以外の選択肢はない。サシーニャが途中で射止めたシカを、ワダの手下が運んでいった。


「盗賊なんて、悪人に入らねぇかもしれない。もちろんズッコみたいなのもいるけどな」

もっともっと酷い人間はいくらでもいるとワダが言う。


「散々こき使っておいて、その日の飯代にもならないような給金しか払わねぇ。そういうヤツはたいていゴマンと金をため込んでいる」


 ワダは手下の一人を先に行かせ、客が来ると村に報せた。

「金持ちの中にもいいヤツはいる、ちゃんと暮らしが立つようにしてくれる。でもそんなのほんの一握りさ。給金に不満があるならほかに行けと、それまでの分も払わないで追い出されたこともある」


 気が付くと、リオネンデ一行を囲むのはワダと、シカを担いでいる男たちだけだ。ほかは先に村に帰ったのだろうか。


「フェニカリデ・グランデジアはいい所だった。王の威光がいきわたり、無法なことをするのは難しい。すぐに警備兵に見つかって牢に繋がれちまう。盗賊には少々住み難くはあったな――でもよ、それだって警備兵に訴えることができれば、の話だ。泣き寝入りするのが大半だ。だけど『方法がないわけじゃない』ってのは希望だ」


 進む先の枝が払われているところを見ると、姿が見えなくなった男たちが先行して枝打ちし、馬が通りやすいようにしたようだ。


「そんなフェニカリデ・グランデジアでも、まじめに働いていればいい目が出るかって言うと、そう簡単な話じゃない。無法者はいなくても、さっきも言ったように安い給金で飼い殺しにされる、それはどこに行っても同じだ。運のいいヤツだけがいい主人に巡り合って、人間らしい暮らしができる」


 村――と言っても僅かばかりの開けた土地に建屋が三棟あるだけだ。住んでいるのは三十人余りらしい。


 広場には大きな焚火が燃え盛っていた。シカを担いできた男たちがすぐ解体に取り掛かる。


「土地や家を持っているヤツらはまだマシだ。頑張って収穫すれば稼ぎになる。だがそれも、ちゃんと収穫できての話だ。凶作に見舞われれば借金することになる。その借金はまず返せねぇ。挙句、土地も家も奪われる。奪うのは(かね)を持っているヤツらだ」


 火を囲んで腰を下ろし、ワダが話し続ける。少し離れた場所でシカを解体している。サシーニャが、何も言わずにそちらに近付いていく。シカを(さば)くのを見物(けんぶつ)しようとでもいうのか? それとも手伝うのか? と、男の一人にサシーニャが何か包みを渡した。


「あれは?」

ワダがリオネンデに問う。

「たぶん『塩』だろう」

「シカ一頭にはずいぶんな量に思えるが?」

海が遠いグランデジアでは塩は高価なもののうちに入る。


「好きに使え、と言うことだ――(ほどこ)しだなどと思うなよ」

「施しじゃないのか?」


「施しではなく、報酬の一部だ」

「なるほど……」


 建屋の横では井戸から水を汲み上げて馬に飲ませている。どこからか飼葉(かいば)も運ばれてきたようだ。


「静かだな」

リオネンデがぽつりと言う。

「うん……」

ワダが軽く溜息を吐く。


「女や子どもたちは建屋の奥に隠れている。ここによその男が来るのは初めてだ。怖がっている」

「普段は子どもの明るい声も?」


「いや……ここに連れてくるときには相当ひどい目にあった後だ。もっと早く助け出せればいいんだけれど、使い物にならなくなって捨てられてから、ってのが大半だ。獣を恐れないのに、人間を怖がる子ばかりだ」


「使い物にならなくなって捨てられる?」

「ひどい折檻(せっかん)を受けて大怪我したり、女なら孕まされたり、だな。医者に見せる金より、新しいのを雇い入れ……実質的には買ったほうがヤツらにとってはいいらしい」

炎がワダの顔を仄赤(ほのあか)く染める。


 リオネンデがワダに問う。

「それで? おまえたちは日々食えているのか?」

「――飢え死にしない程度にはな」


 リオネンデがシカの解体を見ていたサシーニャを呼び、近くに何か獲物はいないかと問う。目を閉じ(ひたい)に手を当て考え込むサシーニャ、すぐに目を開け答えた。

「五頭の子を連れたイノシシがいるが、どうする?」

「ワダ、イノシシの子を飼うか? それとも食うか?」


「あんた……」

ワダがサシーニャを見上げる。

「魔法使いか?」


「フン、魔法使いを見るのは初めてか?」

サシーニャが面白くなさそうな顔をする。


「いや、魔法使いに知り合いはいるが、てっきり……」

「てっきり?」

ワダを睨みつけるサシーニャをリオネンデが笑う。


「まぁ、そうワダを虐めるな――で、イノシシをどうする?」

サシーニャに詰め寄られ、あたふたしていたワダがリオネンデに向き合う。

「うん、どこにいる? 狩ってくる。食おう」

「子もか?」

「可哀想だが、この村の子どもらに、たまには(・・・・)まともに食べさせてやりたい」


「では……」

と、サシーニャが森の中を(ゆび)さす。

「この方向に男たちを行かせろ。眠らせてあるから息の根を止めて運ぶといい」


「へぇ……魔法でそんなこともできるんだねぇ」

ワダが目を丸くする。そしてすぐさま手下に命じて森に行かせた


 サシーニャがリオネンデに並んで腰を下ろす横で、リオネンデが再びワダに問う。

「魔法使いに知り合いがいると言ったな。なんという名でどこに住んでいる?」

「住処は決まっちゃいない。旅の一座だ」


「旅の一座?」

「ガンデルゼフトと言う、女だけで曲芸を売りにしている。その座長のジャジャは魔法使いだ」


 ワダの言葉に、サシーニャが動揺を隠したとリオネンデは感じている。が、気が付かないふりでワダへの質問を続けた。


「本人がそう言ったのか?」

「あぁ、本人が言っていたさ。曲芸のなかには幻惑を見せてるのもあるってね。切り落とされた首がまた繋がるなんて、普通じゃないからなぁ。売り(・・)もしてるが一服盛って、やったつもりにさせてるだけなんだと。孕まされでもしてみろ、曲芸どころじゃなくなるし、子も育てなきゃならない。はした金なんぞで抱かせてやるものか、って言ってたな――大金を積んででも抱きたくなるようないい女だ」


 シカ肉を焼き始めるころにはイノシシも担ぎ込まれる。焼きあがったシカ肉をワダがリオネンデとサシーニャに持ってこさせるが、リオネンデは『先に建物の中に隠れている者たちに食べさせろ』と受け取らない。


「俺たちは、飢えってものを知らない。腹が減ることはもちろんあるが、それを飢えとは言わないと思う」

経験しておくのも悪くはないと笑う。


「いや、俺たちだけで食べきれるもんじゃない。だいたい、俺だけ食ったら咽喉に(つか)えそうだ」

ワダの言葉に

「ならば少し貰うか……が、この男は肉や魚を口にしない」

リオネンデがサシーニャを横目で見る。するとサシーニャが

「では、わたしはあそこに見えるサルナシでも貰おうか」

と、一本の樹を眺める。見ると、巻き付いた(つる)に小さな実がたわわに()っている。


「あんなんでいいのかい? どこにでも()ってるもんだ」

すぐに持ってこさせようと言うワダに、サシーニャがそれは不要と微笑む。サシーニャの手元に一蔓のサルナシが瞬時に現れていた。

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