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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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恋の病

 王の寝室――正しくは執務室の寝台の撤去は割と簡単に終わった。執務室ならば男でも入れるからだ。


 だが、本来の王の寝室への寝台の運び込みは後宮の女たちがやらねばならず、寝室に運び込んだ材料を組み立てる方法が採られた。それでも三日かかった。


 三日目、先達(せんだっ)て王の執務室に入れられた衝立(ついたて)や長椅子などの備品が撤去され、寝台がなくなると、広々とした執務室には王が座るに相応しい豪華な装飾の椅子と、がっしりとした、けれどやはり優雅な彫刻飾りが施された大テーブルが設置され、リオネンデが地図を見るのに使っていたテーブルは片づけられる。そのほか、いくつかの椅子、テーブルが壁ぎわに置かれたが、これは複数名の利用を想定したものだ。


 執務室に入ると右手に護衛の控室がある。左手奥に後宮への入り口があるが、そこは布が掛けられて仕切られているだけだった。また、護衛の控室は執務室への出入りとは別に、直接廊下に出られるようになっている。


 部屋の奥は壁で、装飾のための布が掛けられていた。その布の一部が模様替えとともに取り払われる。するとそこには庭に面した部屋への入り口が現れた。


 執務室との間に扉が設えられていて、特別な部屋とひと目でわかる。この王宮内の建物には特別な部屋以外に扉はなく壁を()()いたままか、布で仕切られているだけだ。特別な部屋――そこが王の寝所だった。


 王の寝所は執務室からはその扉、後宮へは、扉はないが布で仕切られただけの出入り口が使えるようになっている。


 大きな寝台が置かれ、壁際にはチェストが並べられていた。寝台の足元に広くスペースが取ってあり、厚い毛織の敷物の上にはローテーブルが置かれ、更にその先には豪奢(ごうしゃ)なテーブルと椅子、長椅子が並べられている。後宮への出入り口はその先にあった。


 寝室からは庭に出られる作りとなっている。夜になれば幾重にも重ねられた(とばり)を降ろし、夜風が忍び込むのを防いだ。また、降ろす帳の枚数を季節ごとに調整できるように作られていた。


 リオネンデが執務室でジャッシフを迎えたのは、スイテアがレムナムとともに自分に与えられた部屋から衣裳などを王の寝室に移しているときだった。リオネンデがいては邪魔だとレナリムが態度で示すものだから、執務室に退避した。小言が多い王をレナリムが追い出したと言っていい。


 リオネンデは王の寝室の寝台を見た途端、無駄に大きい、と難癖(なんくせ)をつけ、スイテアの部屋に新たに入れた寝台が無駄になったと苦情を言った。


「スイテアの部屋の家具はレナリム、おまえが使え」

と言われ、レナリムはやられた(・・・・)と思っている。リオネンデは初めからそのつもりでいたと悟ったのだ。


 リオネンデがレナリムの部屋を訪れたことはない。が、レナリムの寝台が(きし)む音は聞かれたかもしれない。王は後宮の入り口でレナリムを呼ぶことがある。レナリムの部屋は後宮入り口のすぐ横で、慌てて起き出したレナリムの寝台の軋みに王が気づいていても不思議な話ではなかった。


 新装なった王の執務室にジャッシフが持ってきたのはスイテアの紋章――死神の紋章の意匠案だった。


「どれも似たり寄ったりだな……」

一枚一枚目を通しながらリオネンデが(つぶや)き、大テーブルにおいていく。

「死神と言うよりもただの髑髏(どくろ)だな。どこの意匠屋に頼んだんだ? もうちょっとマシな……」

リオネンデの手に残る意匠案が残りわずかとなった頃、不意にリオネンデの手が止まった。


「ふむ……長マントに身を包み、両手には短剣を構え、(ほら)となった目から血の涙を流している――よし、これにしろ」


 えっ? と、ジャッシフが聞き返す。ジャッシフとしてはこんな薄気味の悪いのはない、と思っていたのだ。

「スイテアの容姿では相手を威圧するのは難しい。見下されるのがオチだ。だが、この紋章ならば、見ただけでゾッとする。打って付けだ。スイテアを守るだろう」

「はぁ……本気で剣を仕込み、兵の一人として近くに置くつもりなのですね」

ジャッシフが(あき)れるべきか驚くべきか、はたまた称賛するべきか、迷い顔でリオネンデを見る。


「では、これをサシーニャさまにお届けしておきます」

リオネンデが選んだ意匠案を別にして、没になった物をかき集めてジャッシフが言った。サシーニャは意匠案を(もと)に、スイテアのために作らせる剣の(つか)に装飾をさせるだろう。それとともに、スイテアが正式な儀式のときに着用する衣裳の手配もするはずだ。


 そして披露目(ひろめ)(うたげ)までには、出来上がった剣と衣裳に()(びょう)(まじな)いを施し、衣裳はスイテアの部屋に運び込ませる。


 披露目の宴で、スイテアを王家の一員であり王の片割れであると宣言し、集まった衆目の面前で剣をスイテアに授ける。披露目の宴まであと四日だ。サシーニャもあれこれ忙しくなる事だろう。


 レムナムが後宮から、盆を持って現れる。縦長の杯が湯気を立てている。リオネンデが命じていたものだ。

「オレンジ?」

レナリムがテーブルに杯を置くのを見ながらジャッシフが呟く。

「オレンジ・レモン・アナナスの果汁を絞ったものにハチミツを加え、湯で割ったものでございます」

レナリムがチラリとジャッシフを見てそう言うと、一礼して下がる。ジャッシフがその後姿を見送る。リオネンデは杯に手を伸ばし、なにも言わずにその様子を観察していた。


「そう言えば、この冬は寒波が来ると、星読みが言っていた」

リオネンデがぽつりと言う。

「寒波? どれほどの物なのでしょう?」

「さぁな。星読みはそこまでは言わない。サシーニャにも調べさせよう」

「その際は星読みから聞いたとは(おしゃ)らない方がいいかもしれません」

リオネンデが肩を(すく)める。


「相変わらず、サシーニャとメルデカは不仲か。あの二人の(いさか)いは、いったい何が原因なんだ?」

「それは……」

ジャッシフが口籠(くちごも)る。


「どうせつまらないことだろう? いいから話せ」

「メルデカの従姉(いとこ)が原因かと」

「メルデカの従姉? 大臣マジェルダーナの娘オルディカフトのことかな?」

「はい、そのオルディカフトとの縁談をサシーニャが断ったのが発端と聞いております」


 キョトンとリオネンデがジャッシフを見る。

「王家の守り人は任を解かれるまで妻帯しない。妻帯者が任じられれば、辞するまでは独居と決められている。なぜ縁談?」

「それが少々複雑で……もともとサシーニャとオルディカフトは許嫁の間柄。親同士が決めたのだとか。ところが、サシーニャの父親はサシーニャが五歳になるころ暗殺され、破談になったのです」

「うん、その話は聞いた事がある」


「後ろ盾を無くしたサシーニャを前王は魔術師に預け、サシーニャは魔術師の道を進むことになります。サシーニャは母方の血――王家の血を濃く引き継いでいたようです。魔術師として頭角を現し、今では魔術師筆頭で、守り人に任じられております」

「サシーニャの母親は我が父王の姉。王の血を受け継ぐ者の一人だ。サシーニャの事は知っている。細かい説明はいらないぞ」

リオネンデが苦笑する。


「一方、オルディカフトも年頃となり、どこかに縁付けたいと父マジェルダーナは考えます。が、どんな縁談を勧めてもオルディカフトは首を縦に振らない」

「ふーーん。なんだか話が見えてきそうだ」

「その理由はサシーニャ――何かの折にサシーニャを目にしたオルディカフトはかつての許嫁サシーニャに恋心を抱いたようです」

「ふんふん……サシーニャの容姿に目を奪われ、心を奪われる者は多そうだな。男女を問わず」


「そこでオルディカフトはサシーニャに文を(したた)めた。これをサシーニャは完全に無視した。それ以来、オルディカフトは()せってしまい、マジェルダーナが手を尽くしても回復の(きざ)しがない」

「恋の(やまい)はどうにもならぬと聞くな」


「ここでメルデカが出てまいります」

「オルディカフトを(した)っていたか?」

「あ……」

リオネンデにさらりと言われ、ジャッシフの言葉が止まる。

「お察しの通り」


「どうせ、メルデカがサシーニャを一方的に敵視しているだけだろう?――メルデカは星を読ませれば、古株(ふるかぶ)の星読みよりも精度が高い。守り人に敬意を示さぬだけで辞めさせるわけにはいかない。まぁ、釘をさしておくよ。身分を(わきま)えろ、とな」


「サシーニャはいつまで守り人に?」

ジャッシフがサシーニャの身を案じる。

「サシーニャほどの魔術師が今はいない。四年前の事件で、殆どの魔術師が殺されたか所在不明になっている。サシーニャも人材を探しているようだが、なかなか見つけられないようだ」

「あの時、サシーニャだけでもベルグに(おもむ)いていてよかったのでしょうね」

「ふむ……」

リオネンデが杯を傾けて果汁の湯割りを飲む。


「ハチミツの入れ過ぎだ――ジャッシフ、おまえ好みの味だぞ」

と笑い、ジャッシフが顔を赤くした。

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