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残虐王は 死神さえも 凌辱す  作者: 寄賀あける
第1章 ふたりの王子

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雪がふりつもる国

 ところで、とリオネンデが話を変える。

「先日話した後宮の女たちの受け渡しの件だが……」

「はい、リストを作成して参りました」

ふむ、とジャッシフが差し出した数葉をリオネンデが受け取る。

「ふーーん……(めかけ)に欲しいと言うのが大半だな。養女はナシか」

「いかがいたします?」

「いや、即決はできない。レナリムと相談しておく――レナリムにも言われたよ、後宮が狭くなったとね」

ジャッシフが笑いを()み殺す。


「初めて戦場を見たのは十三の時だった。後方に控えていればいいからと、初陣(ういじん)もまだなのに連れていかれた――その経験がなければ、初陣で殺されていたかもしれないな。戦場の恐ろしさを知って、心構えができたと思う」

ジャッシフは穏やかにリオネンデを見るだけで何も言わない。


「逃げ(まど)う女たち、乱暴される中には年端(としは)もいかない幼女もいた――男たちの争いごとに、なぜ女を巻き込むんだと思ったさ。まぁ、侵攻先で女を好きにしていいと言うのは古くからの慣習、それを変えるのは難しい。いい理由が思いつかない。後宮に(はい)れるのは処女(おとめ)のみ、それを理由に(わず)かに拾えているだけだ」


「後宮の女たちはみな、リオネンデに感謝している。(なぶり)り者にされず済んだ」

「さぁ、どうだろう? 戦場から連れてきた女だけではない。意を含められ、貢物として差し出された女もいる。中には本気で王の子を宿したいと願っている者もいるだろう」

「それでも、後宮の暮らしは悪くないと聞いております」

「レナリムから聞いたか?……まぁいい、用事が終わったなら下がれ。杯は飲み干して行けよ」


 ジャッシフが退出すると、リオネンデが部屋を見渡す。面白くなさそうな顔だ。


 寝台があった場所は一段高くされ、そこに王の座が(しつら)えられている。謁見(えっけん)の間にある王座より少々小振りだが、さして見劣りしない椅子が置いてある。その椅子に腰かけ、もう一度部屋を見渡した。そして立ち上がると後宮の入り口へと向かった。


 中に入ればすかさずレムナムが姿を見せた。

「王の座の椅子は、部屋に向かって少し右に移しておけ。それで部屋全体が見渡せるようになる――それにしたって座り(づら)い椅子だ、他にもっと良いのはなかったのか?」

「お取替えいたしますか?」

「いや、それは無用――執務室の杯を片付けろ。大テーブルに置いてある数葉は、後宮の女を引き受けたいと願う者のリストだ、目を通して見合う女がいるか検討しろ。それから寝室に、そうだな、レモン水を。俺は少し休む。サシーニャが来たら呼べ」


 まったく王には困ったものだ、難癖(なんくせ)をつけるのがお好きで……笑いを隠しレナリムは『かしこまりました』とだけ口にする。


 その声を後ろに聞いて、リオネンデは王の寝所の後宮側の出入り口とへ向かい、掛けられた布を払った。


 中ではスイテアが長椅子に座っていて、リオネンデを見ると身を縮めた。

「なにをしていた?」

「……なにも。王のご用がない時は、何をしていればよいのでしょう?」

「うん……」


 スイテアの向かいの椅子に腰を掛け、リオネンデが問う。

「おまえ、本を読むのは好きか?」

「王妃さまにお仕えしているときは、物語などを読んでおりました」

「そうか。では、読むのは苦痛と言うほどでもないな?――サシーニャに命じて、おまえが読むに相応(ふさわ)しい書物を用意させよう。我が国の歴史や仕来(しきた)り、風土や風習、そんなものを学んでおけ。王の片割れには必要なことだ」


 スイテアは目を伏せて、表情を動かさない。

「あと、おまえは踊り子に(ふん)して俺に近づいたが、身体を動かすことは苦痛ではないな? 先達(せんだっ)てから言っているが、剣の稽古(けいこ)をして貰おう。四日後、おまえの()()()で剣を授ける。その翌日よりジャッシフから剣の扱いを学べ」


 場所は王の執務室……おまえの稽古の様子、俺が見守っていてやろう。


「七日後、俺はベルグに行かねばならない。八日ほど留守にする。ベルグにはサシーニャを伴うが、ジャッシフは留守居する。困ったことがあったら、まずはレムナムに相談しろ。レムナムの手に追えなければレムナムがジャッシフに頼むはずだ。判ったな?」


 そこへレムナムが水差しと杯を盆に乗せて入ってくる。そして盆をリオネンデとスイテアを隔てるテーブルに乗せた。

「レナリム……」

「はい?」

「――いや、あとにしよう。女たちの身の振り方を話す時で良い。下がれ」

レナリムが寝所から出て行く。


(王の姉の娘。本来ならこの後宮にいるべきではない……)

サシーニャを魔術師に預けた前王は、サシーニャの妹レムナムを己の妻に預けた。前王の後宮の女とはいえ、時の王の姪にあたるレナリムは王の女ではなく、娘と言える立場だった。それをリオネンデは自分の後宮に入れた。レナリムはいやではなかったのか? ふとそれが気になったリオネンデだった。


 スイテアを見ると、水差しから杯にレモン水を(そそ)いでいる。杯は縦長のものが二つと小ぶりなものが一つだ。小ぶりな杯にはハチミツが入れられている。そしてマドラーが差し込んであった。


「ハチミツはどれほどお入れしましょう?」

「いや、いらない。おまえは好きなだけ入れろ」

レモン水が注がれた杯を手に取ると席を立ったリオネンデ、庭に面した(とばり)を払うと庭を(なが)めた。


「この冬は寒波が来るそうだ」

「カンパ?」

リオネンデの(つぶや)きにスイテアが問いかける。

「うん、北方より吹いてくる冷たい風だ。冬の冷えが強いものになるという事だ」

「どれほどの寒さなのでしょう……」


「心配は要らない、おまえは俺が温めてやる――そうだ、おまえ、雪を見たことはあるか?」

「ありません。物語で読んだくらいです。白い物が空から落ちてくる、と」

「わが国では滅多なことでは降らない。百年に一度降るかと言ったところだ――雲が上空で冷やされ、水が氷の結晶となって降ってくる。それが雪だ」


「雨と同じということですか?」

「まぁ、そう言う事だな。結晶のままで降ってくることもあるし、結晶が一塊(ひとかたまり)となって降ってくることもある。結晶は複雑で美しい形をしているが、塊となったら一つずつを見る事はできない」

「塊で? あたったら大変なことになりそうですね。農作物は?」


 リオネンデが楽しそうに笑う。

「塊と言っても、雪の塊は柔らかい。それに降るのは冬だ。農作物への影響はそこまでではない。雪にあたって味が良くなるものもある――吹雪(ふぶき)と言って、雨で言うなら嵐だな、それでも当たって怪我をすることはない。冷たさを痛みと感じる事はあるかも知れない。雪は地に落ちて融けるが、多く降れば融けずに積もる。冷たくて、でも柔らかくてふかふかしている。積もった雪は、時には水っ気が多くなり、再び凍って氷となり硬くなる事もある。そうなるとつるつる滑って歩き辛くなる」

「雪とは不思議なものなのですね」


「北方の国では冬の間、雪に包まれて身動きできなくなるところもあるらしい――そこまでの雪は見たことはないが、バイガスラ国……母の故郷では雪が降るし積もりもする。子どもの頃、まだ祖父が存命の時、母に連れられて行ったことがある。一面が雪に(おお)われ、世界が静まり返る。白い世界が広がっている……美しい景色だった」


 ここでリオネンデはスイテアの様子を窺(うかが)う。ぽかんとしたスイテアの顔を見てリオネンデが苦笑する。想像もつかいないのだろう。

「いつか雪景色を見せてやる。俺を殺すのはそれからにしろ」

リオネンデが戻ってきて()いた杯をテーブルに置き、スイテアに(ささや)く。

「誰にも()らすな、バイガスラ現国王は我が父と母の仇、俺は必ずヤツを討つ。そのためにバイガスラへ行く。あの国に攻め込む。おまえもついて来い」


 えっ? と驚くスイテアの答えも聞かず離れると、リオネンデはゴロッと寝台に横になった。

「それまでには剣の腕をあげ、死神と呼ばれるようになっていろ。俺の死神は俺を守り、最後には俺を殺せ。それがおまえの役目だ」


 そう言って、寝てしまうのかと思うと急に起き上がり、

「そうだ、紋章が決まった。披露目までにはおまえの正装をサシーニャが(あつらえ)て、清めた上で持ってくる。楽しみにしていろ。見事な死神に仕上がりそうだぞ」

それから再び横になると、右手を目の上に乗せた。やはり少し眠るようだ――

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