自営業やるなら最初の客が超重要
さて、最初の小さなお客さんがやってきたようですが、うまくいくのでしょうか?
声の主は、大きなローブマントとマスクで顔がよく見えないけど、声の質から子どものようだ。
俺はオドオドとしながら答える。
「え、まだ、だけど、場合によっては対応するよ」
「マリーさんからきいてやってきたのです。土細工を作って、お店をやるって。作ってもらいたいものがあるんですが」
「ああそういうこと。まあ大掛かりなものでなければ、作らせてもらうよ」
「では、植木鉢をひとつお願いします。サイズはこのくらいで」
差し出されたのは、大きな画用紙に原寸大で描かれた植木鉢の設計図。直径はおよそ25センチ、厚さまでしっかり描かれている。
「へえ、よくかけてるね。と、ととにかく入って」
子ども相手に緊張してしまう。
それもそうだ。初めて招き入れる客なんだから。
家の入口は広い土間のような構造で、奥の台所まで続いている。
その手前に並べた椅子に案内すると――
「うわああっ!?」
悲鳴が上がった。
ルルドナを見て驚いたらしい。
古びたソファに寝ているルルドナ。俺はその上にハニワのかけらをかぶせていた。落ち着くと思って。もはやほとんどソファに横になるハニワである。
それを見て、思わず悲鳴を上げたのだ。
たしかに初めてハニワを見ると驚くかもしれない。
「だだ、大丈夫、大丈夫。安心して。無害だよ」
初作品を見られた恥ずかしさもあって、しどろもどろになる。
「あんな不気味なゴーレムは初めて見ました」
「いや、ゴーレムじゃなくて……ハニワだよ。今は置物みたいなものかな」
「ハニワ? 置物? ……怖くないんですか?」
「うん。とにかく安全だから安心して」
ハニワの上からぽんぽんと叩く。反応はない。まだ眠っているようだ。強制的に眠ってしまうと言ってたし、悲鳴で起きなくてよかった。
「そうですか。……じゃあ、とにかく形だけでもお願いします! どのくらいでできますか?」
「そんなに急ぎ?」
「はい……実は、おじいちゃんの盆栽の鉢を割ってしまって……」
「国民的アニメの男の子がやりがちなやつね」
「……え?」
「いや、なんでもないよ」
「とにかく手伝いますので、早く作ってください! 今日の町内会の会合、夜の9時までなんです! それまでに仕上げないと、絶対バレます!」
そう言って、フードを取る。
現れた顔は、小さなレンガでできていた。
「ゴーレム……だったんだ」
「はい。体は小さいですが、力仕事はまあまあできます。ちょっと体力はないですけど」
「じゃあ、俺が土をこねて焼くから……薪集め、頼める?」
正直、俺が今までやったのは家庭用オーブンで焼くやつだけだ。でも、ドキュメンタリー番組で見たことがある。
火で包み込むように焼けば、縄文土器みたいにいけるはず。
「はいっ!」
ゴーレムくんは勢いよく飛び出していった。
種族は違えど、子どものバネはすごい。
「さて、急いで作らなきゃ」
負けていられない。残りの土を配合し、素早く混ぜていく。
「割れないように、配合……か」
こういうのは昔から得意だ。手の感覚だけで、何故かうまくいく。
ろくろはないから、千利休の楽焼みたいに手で整える。盆栽好きならきっと気に入ってくれるはず。
**
数分後。木の板に出来上がった鉢を並べる。気づけば6つも作ってしまっていた。
まあ、焼いてる間にひび割れるかもしれないし、数は多いほうがいい。
「ただいまー!」
ゴーレムくんが、山のような木材を抱えて戻ってきた。
「じゃあ、外で焼いてみよう」
作品を板ごと持って外へ出る。すっかり夕焼け空だ。
見晴らしの良さに浸っていたかったけど、今は依頼優先。
「まず、少し穴を掘ろう。鉢が円形に並ぶくらいの穴で」
「はいっ!」
彼はまるでショベルカーのように勢いよく掘り始めた。
あっという間に、深さ20センチ、直径2メートルほどの穴が完成。
「さすが異世界……。じゃあ次は、薪を敷き詰めて」
熱が均等になるように木材を敷き詰め、器を間隔を空けて並べていく。
「え、もう6つもできてたんですか?」
「まあね。急ぎだし、単純な形ならすぐに作れるよ。細部にはこだわれないけどね」
「ひとつだけでよかったんですけど……」
「焼いて割れるかもしれないから、念のためね。6つあると並べやすいし」
鉢を円形に並べながら答える。
「さすがプロですね!」
ゴーレムくんが目を輝かせてくれる。
「まあね」
――今日が初めてだけど。
その一言は飲み込んで、テレビで見た内容を思い出しながら、たきぎをかぶせていく。
そのとき、気づいた。
「……ん?」
なんと、鉢がもう焼き上がっている。
「えっ、これもう完成してる?」
器を手にとって光にかざす。確かに、焼き上がっているようだ。
「どういうことです?」
他の鉢もすべて、きれいに焼けていた。
「えーっと……俺のチートスキルのひとつ、なのかな?」
「これが……異世界人のチートスキル……!」
ゴーレムくんが感動したように呟く。
「よかった! 急いで割れたのと交換しに行かないと! お代は、これで!」
1万ゲル札を取り出す。1万円分。特注は高いけど、最初はこのくらいかも。
「手伝ってくれたし……まけておいてやるよ!」
俺はマリーさんのマネをして、お得感を演出してみた。
「ありがとうございます! また来ます!」
「ちょっと待って、君の名前は? 俺はクタニ」
「イゴラ・ゴレム……です」
「素敵な名前だ。よろしくな」
「はいっ! よろしくお願いします!」
イゴラくんは出来上がった鉢を大切そうに抱えて、麓のほうへと駆けていった。
**
「……誰、あれ?」
日が傾きかけたころ、寝起きで不機嫌そうなルルドナがぽつりとつぶやいた。
家に戻った俺を、じと目で睨みながら問い詰めてくる。
「えっと、おはよう?」
「おはよう。……でも、誤魔化しても無駄よ。窓から全部見てたから」
腕を組み、ふいっとそっぽを向く。
「私というハニワがありながら、あんなゴーレム――レンガの塊になびくなんて。浮気者」
2025.4.19 大幅に書き換えました。
2025.8.9 一人称を僕から俺にしました。