赤い背中と敗走
『魔法』なんてこの世から消えてしまえばいい
そう思うことがよくあった
人々が便利に生きるため
安全に生きるため
魔法は生まれたはずだ
でも魔法のせいで生きられない人の方が圧倒的に多くなってしまった
魔王、勇者、精霊、神……
圧倒的な魔法力で弱きものたちを凌駕する
ただ、どれも魔法がなければ生きてもいけない
経済で世界を支配する魔王の方が、案外正しかったのかもしれない
だが――それでも
***
《シャラン》
銀髪の小さなツインテールがゆれる。
「裏方にしては、少々図体がでかいようだな」
大きな黒い魔女帽子。ボロボロのローブ。
〈ドォォオーーー〉
遠慮無く巨人の武器が俺たちに振り下ろされる。
「絶対領域空間〈パーフェクト・プリンシパル〉」
小さな魔女の静かな声。巨人の武器が目前に迫る。
――が。
〈キィン!〉
まるで床に落としたスプーンのように弾かれる、巨人の武器。
不自然にはためくローブの裾。白と黒の縞模様の靴下。わずかに見える太もも。
「質量で圧倒しようなんて野蛮な奴らではこの魔法は敗れない」
続いて、巨獣たちも飛びかかるが、光の膜に弾かれる。
光の膜がはじき返すが、目前まで迫るその迫力に、足が震える。
「とはいっても、魔力不足では防ぐのが精一杯か……」
文字通り、数百倍の大きさの巨人の攻撃を、何度も防ぎ、小さな魔女が冷静に自分を分析する。
彼女の後ろ姿。不自然な立ち姿の姿勢。まるでダンスが終わった直後のようなポーズ。
「師匠!」
俺だけは気がついた。他の皆はぽかんとしている。
うれしそうに小さな背中が一瞬だけ揺れる。
振り向いた横顔が、意地悪を思いついた悪ガキのようだ。
「説明はあとだ、不肖の弟子よ。私は今動けないから、キミが動け」
横顔に赤い夕日が反射してよく見えない。
「動くって……?」
「自分を信じろ、と言ったのを忘れたのか?」
「覚えてますけど……、どうにもならないですよ」
おろおろとしてしまう。ため息をつく少女。
「仕方ない。緊急事態だ。背中を押すか」
「え?」
俺が嫌な予感にクビを捻った瞬間。
少女の声で、呪文が唱えられる。
「劇場型コスプレ魔法――あの日見た河川工事後の親父の背中」
《シャラン》
その瞬間、空間が転移する。
–*-*-*-
「いい夕焼けだなぁ」
親父たちを迎えに来たような幼い子ども。ぴょんぴょん跳びはねている。
それを見つめる親父たち。赤い夕日を照り返している。
工事が終わった直後のようだ。皆で集まって報告をしている。
「ここの工事が終われば、皆が苦労しないですむべ」
「順調だなぁ」
「問題ないべ。カラスが鳴くから帰るべ」
少し離れたところから子どもが大きな声で声をかける。
「父ちゃん銭湯いこー!」
どうやら親父たちと銭湯にいくために子どもたちが待っていたようだ。
「おお、いくべか」
父親に肩車される子どもたち。
帰り道も親父たちは同じ道を歩く。
「もうすぐ完成だべ」
「んだなぁ。皆が幸せになればいいんだがねぇ」
「んだぁ。しっかり固めておかねえとなぁ!」
親父たちの会話を聞きながら、肩車され、夕日を見上げる子どもたち。
世界の美しさをかみしめているような瞳。
親父たちの背中は、赤い夕日に照らされ、頼もしく輝いていた。
彼等の影は長くどこまでも伸びていき明日へと繋がっているようだった。
-*-*-*-
《シャラン》
目が覚める。
夕焼け。
同じ夕暮れが、空に広がる。
――あの空は、また見ることができるだろうか。
一筋の涙が頬を伝う。
視線を戻すと、巨人と巨獣たち。
大地には泥沼が広まっている。
情緒に浸っていると、かわいらしくも冷淡な声がかかる。
「さあ、キミの出番だ」
気がつくと衣装が替わっていた。
汚れたカーゴパンツに、汚れた白シャツそれに……茶色い腹巻き。
「昭和のおやじじゃねえか!」
「つべこべ言わずに、地面に手をつけ。泣き虫」
ポーズを決めたまま動かない小さな魔女は無常にもこちらに命令を下す。
「俺、ああいうノスタルジックなのに弱いんだよ! 雪国の鉄道マンとかさ!」
「ネタのリクエストしてないで手をつけ。時間がないぞ」
「リクエストなんてしてません!」
非情な魔女にいわれるがまま、ヤケクソで泥の大地にに両手を突っ込む。
――すると。
〈パキン〉
大地が、固まった。先ほどまで広がっていた泥沼の大地が、全て土器のように固まった。
「おや、ちょっとバフをかけ過ぎたか……いや、魂の干渉か」
魔女の驚いた声。
巨人と巨獣たちが、動かなくなる。足が泥から抜け出せなくなっているようだ。
「クタニ、あんた……何をしたの?」
ルルドナが珍しく放心している。
「何って、泥の中に手を突っ込んだだけだ」
「魔法、使えないんですよね?」
イゴラくんがおろおろと質問する
「というかこのチビは何者だ」
ペッカもいぶかしんで腕を組む。
皆の質問を小さな魔女が遮る。
「細かいことはいいんだ、さあ、この間に逃げよう。私の魔法も限界だ」
「逃げるって、どこに?」
小さな魔女ヒルデはにやりと口の端を上げ、道を指さす。
「大丈夫だ。優秀な助っ人を呼んでいる」
その瞬間、俺たちは道からふわりと伸びてきた巨大な黒い帯に包まれた。
「こちらです」
知らない声が脳に直接響く。
「え?」
だけど、疑問に思う間もなく。
《ドォン!》
無作為に巨人と巨獣が攻撃を始める。噴煙が巻き上がり、土器にヒビが入る。
「行くしかないようね!」
ルルドナが攻撃に警戒しながら声を上げる。
走り出そうとした、そのとき袖を引っ張られる。
「おい、私をおぶってくれ。もう限界だ」
魔女ヒルデだ。幼児のようなサイズ。へたり込んで立てないようだ。
「……あいかわらず、限界までかっこつけてたんですね」
「お互い様だ」
俺が小さな師匠を背負うと、黒い帯が皆を誘導する。
安心するような、包まれるような、そうまるで陽だまりのような。
にしても、この状況ではあまりに不自然な魔力。
「安心してください。味方です」
短く声が響く。
「あなた方の存在を希薄にしました。こちらです」
布に引かれるように俺たちは歩き出す。
魔獣も巨人も足が土器に固められ動かないことに気を取られ、俺たちの移動に気が付いてない。
土器を割ろうと地面を攻撃している。だが、土器はなかなか割れない。
〈ドォンドォン!〉
その衝撃だけで、肝が冷える。
皆は背を低くして、音を立てないように移動する。
偶然かどうかはわからない。黒い布に引かれるままに、右に左に緩急をつけて歩き、すべての魔獣の死角をすりぬけるように、俺たちは移動する。
まるで、未来でも見えていないとできないような。
街の城壁が赤く染まっている。その側に大地の裂け目のような入り口が口を開けていた。
「早く! 時間がありません!」
顔だけ出して呼び込む人影。黒い帯もそこから伸びている。
巨人、巨獣たちはついに土器の地面をたたき割り、襲いかかってきた。
「クッションが用意されている! 飛び込め!」
俺の背から魔女ヒルデの声が響く。それに合わせて皆が大きな穴へ飛び込む。
爆発でも起こったかのような衝撃の風が、背中に当たる。
間一髪、地下道への入り口へ、俺たちは流れ込んだ。最後に見えた城壁は、夕日を受け赤く不気味に染まっていた。




