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丘の上の雑貨屋と魔王モール  作者: 登石ゆのみ
第1章 転生開始編
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コンビニバイト一日でクビになったら転生したけど異世界も無情

最初は真面目に進んでいきますが、基本はコメディ展開です。言葉や文字はすべて自動翻訳される設定です。

「お前なんてクビだ!」


就活10年の末決まったコンビニバイト初日、品出しからレジ打ちまで全てに置いて致命的なミス。


「体力には自信があります!」なんて言って初日から深夜に入れてもらったけど、寝不足には弱かった。 深夜のレジでお釣り二千円を間違って二万円渡してしまっていた。

……我ながらひどい。


店長の鬼説教を受けながら、趣味の粘土細工を考えていた。つらいことがあっても粘土細工を作ることを考えれば乗り越えられる。

僕は、趣味に思いを馳せることで苦境(説教時間)を乗り越えるのだ。


ーー今日は粘土でハニワを作ろう。と反省した顔を演じていたら、「何だその顔は! もういい! 外の掃除でもしとけ!」と重大任務を仰せつかった。


一応、お年寄りに親切にしたり、誰も掃除していなかったスペースを掃除したり、懸命にしていたつもりだったけど。


朝五時、外の掃除をしていたら明るむ空に消えかけた月が浮いているのが見えた。次の瞬間、めまいがしてよろめいて、お高いチリトリを踏み壊した。


……冒頭に戻る。

朝六時、予想通り僕はクビになって

予想通り黒猫が目の前を横切って

予想通り寝ぼけたトラックにはねられて

――予想通り転生した。

予想通り下世話なことを考えて倒れる。――だれか、AI彼女のサブスク解約してくれ。

チリン……。


スマホのストラップにつけた鈴が音を立てる。


――ただ、予想に反して、最後に見た下弦の月はとても美しく見えた。


かくして、僕というダメ人間は、転生することになった。


**

転生した僕は、谷間の山村を見下ろす丘の上にいた。姿形は転生前の若返った普段着の格好。黒いズボンに無地のワイシャツに深緑のハーフコート。


「ああ、転生か」

普段から転生ファンタジーに接していた僕は、この状況をすんなり受け入れた。


うすうすと感じてはいた。仕事にも女性にも縁のない男。ついにお迎えがきた、という感じだ。


「現実で悲惨な人生だったからさぞかし強いチートスキルを与えられたのだろう」

独り事をつぶやきながら、ちょうどいい感じの小枝を拾い、振りかぶりながら近くにある岩に向かって叫ぶ。

「はあ!」


しかし魔法も何も出ない。

「いやいやきっと岩に亀裂が入っているはずだ」

近寄ってみるが、ない。


――しかし重大なことに気がつく。

「この岩、上質の土だ! 焼き物ができるぞ!」

……最高じゃないか。もうチート能力とかどうでもいいから、土こねてスローライフ系の異世界ライフを楽しもう!


「いや、ハニワ、もとい土人形作成チートスキルがあるかもしれないな……」

ともかく、土細工の作成道具を手に入れようと、村へと向かった。


村の中へ踏み入れる。見たところ、中世ヨーロッパとも日本の里山とも取れないような何の変哲もない村だった。


村人を除いて。


そう、この村は人間もいたが、オーガやコボルトもいる。転生を覚悟していた僕はすんなりとその世界観を理解する。


「あの、このあたりに道具屋はありますか?」

通りを掃除していた恰幅の良い女性に話しかける。すると背格好をじーっと見て、女性は言う。

「あんた、転生者かい?」


「え、そうですけど。なぜわかったのです?」と返事をする。


「こんな田舎だけど、たまに来るんだよ。だけどあんた、今日の宿はあるのかい? というか道具屋探していたけど、お金はあるのかい?」


「あ、そういえば、お金って、……このお金、日本円は使えますかね?」

日本円を見せる。女性は残念そうに首をふる。


「これじゃあだめだね。……ああでも、あんたニホンってところからの転生者なら……別の転生者が不動産銀行業とかいうのやっているから。もしかしたらこのお金とこちらのお金を交換してくれるかもしれないよ」

実に怪しいが、今はそこに頼るしかない。


「それはいいですね。同じ日本人なら気も合うかもしれないし。住むところも貸してくれるかも」と僕が言うと、女性も大きな声で返事をする。


「そうよ。頼んでみなさいよ! 歩いて4時間くらい! すぐよすぐ!」

――田舎者の歩いてすぐは、信じてはならない。僕は鋭い観察で、元の世界と異世界の共通点を見つけた。


**

都市部の入り口にたどり着くと、確かに看板には『ニホン不動産兼銀行』と書かれていた。

店には、黒髪の中分けのマッシュルームの髪型の、黒縁眼鏡のスーツ姿の男が出迎えた。見た目は完全に日本の不動産屋だ。


「いらっしゃいませ。お客様、……転生者でいらっしゃいますか?」

「は、はい、日本から来ました」

一瞬で見抜かれて、驚く。あ、この普段着か。


「それはそれは……! 異世界へようこそ。何か物件をお探しです?」

「はい、住むところが……。あと、日本円ってこちらのお金に変えてもらないかと思いまして」

日本円を見せると、営業マンは少し考えた後、メガネを小指で上げてにやりと笑った。小指で上げる人初めて見た。


「そうですね、日本円の直接使用は難しいですが、特別な為替レートでこちらの通貨に交換することができますよ。しかもちょうど、素晴らしい物件をご紹介できます!」

「素晴らしい物件?」


「ええ! 山が丸ごと一つ付いてくる、広々とした店舗付き空家です! ちょうど今空いたんですよ! 価格は600万、しかも年1%の低金利ローンをご提供できます!」

「そ、そんなに安いんですか!?」

山一つと店舗付きの家。それで600万は破格だ。


差し出された資料に目を通す。これは、僕が転生して粘土を見つけた場所だ。

つまり、良質の粘土がある。


僕はぼんやりとスローライフを求めていたが、いきなりこんなに好条件がいきなりやってくるなんて。ついているかもしれない。


「日本からの転生者にだけの! 格安物件です! いやあ、あなたは運が良い!  自然豊かな環境はスローライフを楽しむには最適なんですよ! 今なら家具一式がついてきます!」


急に、声高なテレビショッピングの社長のような喋り方になる。しかしついてくるものはまともである。


ぼんやりとスローライフに憧れていた僕は、その話に乗ることにした。

「よし、買います!」

「素晴らしい決断です! 契約書等は今日中にすべてお送りしますので! 良き異世界ライフを!」


僕は日本円を異世界紙幣に代えてもらい、足取り軽くその店を後にした。


**

新居に到着してみると、外観の古さとは裏腹に、内側は広くて清潔だった。大きな窓から差し込む光が、内側を優しく照らしている。


家の奥に進むと、崖側の壁がひんやりと湿気を帯びているのを感じた。この湿度は粘土をこねるのにはいいかもしれない。

「まあ、粘土さえあれば、なんとかなるかな……。創作物を売って異世界スローライフだぜ」

そう自分に言い聞かせなる。

前向きに捉えようとするも、どこか不安が拭えない。不安を取り除くように粘土を採取しに外へ出た。


家の裏手に回ると、崖のふもとには確かに良質な粘土があった。

「おお! これでしばらくは粘土細工に困らないな!」


そこで、不思議と光る箇所があった。家と崖の隙間の仄暗い空間に、小さく淡く光る土。


「これは……!」

光る竹を見つけた翁みたいに顔をほころばせ優しく掘ってみる。小さな少女が出てくること期待したが、そうはならなかった。光る土が手元に残るが、光はすぐに消えてしまった。


「異世界の土は魔力でも含んでいて光るのが当たり前なのかもしれないな」


ともかく粘土を大量に家に運び込み、粘土をこね始めた。手に馴染む粘土の感触に、思わず顔が緩む。

その日は粘土細工を楽しんだ。

最高の時間。


――思えばこれがピークだった。


**

しばらくこねていると、郵便物が届く。家の契約書だ。それを読んで金額の欄を確認し、目を疑った。


――この空家の価格、600万「円」じゃなくて、600万「ドル」だったんかい!

契約書のほかに手紙が入っていた。


『この異世界も国際化しています。よって、通貨は「円」ではなく、「ドル」になっています。異世界国際通貨レートですねぇ。契約の金額600万「円」だと勘違いしたかもしれませんが、600万「ドル」ですよ。契約はもう締結済みですので、いかなることがあろうと変更は許されません。まあ同郷のよしみとして、10万円分の紙幣をお渡ししておきます。それではよき異世界ライフを』


同封されていた封筒に、確かにお金らしきものが10枚入っていた。

「だまされたー!」

そもそも山一つ購入できて600万円なわけがなかった。手紙には続きがあった。

『ちょうど円安のときに転生した不運ですが、私たちにはどうすることもできません。1ドル160円で計算して約10億ゲル、年に1%のローンで、1年に利子1000万です。支払いは毎年末にお伺いしますよ』

転生前、時給1000円切ってた僕の、年の利子支払額が1000万……?


……ひとまず粘土をこねだした。精神を落ち着かせるのには粘土をこねるのが一番だ。

だけど僕は転生前から、粘土をこねて何がしたかったのだろう。きっと誰にも必要とされなかった手で、何かを特別な世界を作り出したかったんだろう。


しばらくしても粘土は、水の配分を間違ったのか、全然固くならない。

「あれ、粘土が固まらない……」

ポタ……。

ポタポタ……。

いつの間にか、僕の目から涙が溢れていた。

涙のせいで、粘土はどんどん硬さを失っていっていた。


悲しいんじゃない。……もっと別の感情だ。人生を失い、転生したらすぐに騙され、粘土細工による癒やしも失った。きっと、自分自身をも、失った。子どもじゃあるまいし……、と理性が止めようとするが、止める理由が思い浮かばない。

ーーもう、この僕という人間そのものが、むなしすぎる。


「転生したのに、全然変われてない……。僕が、いったい何したんだよ……。10億って、ガキのジョークでもありえないぞ……」

ああ、……もうどうしようもない。


でも、こういうときこそ、創作に没頭するしかないんだ。


何十年も生きてきたにもかかわらず、僕は、乗り越える方法をそれしか知らない。

粘土の粉を足して、程よい硬さに調整する。


「きっと、粘土細工で借金なんてすぐに返してみせる……」

混濁した頭で強がりを言う。


何とか形になったものの、納得とは程遠い形のまま、家を飛び出した。残された創作物……ハニワが、静かに僕を見ている――そんな気がして、振り返れないまま、裏の森へと走った。


**

崖を迂回し、山へと入る。とても暗い上に、倒木がいくつもあり、足場が悪い。道なき道を進む。目的地もない。行けども行けども雰囲気の悪い森が続く。陰鬱というのにふさわしい森だ。


「これは手入れにめちゃくちゃ時間かかるぞ……」

なんとか木々の隙間を歩いていると、小さな湖が見えた。浅い湖だ。透明に澄んだ湖の底がボコボコとわずかに揺れている。

「湧き水だ」


よく見たら小川も流れている。きっと借金のことがなかったら素晴らしい気分になっていたことだろう。

そのとき、ふと背後に気配を感じた。

「……?」

振り向いても誰もいない。気のせいかと思い、再び湖の観察に戻る。しかし、またしても背後に何かの視線を感じた。


――まずい。このままでは森のモンスターに襲われて、速攻で異世界生活が終わることになりかねない。

「異世界でまで、虚しく終わってたまるか!」

僕が駆け出すと、背中に衝撃が走る。


〈ガシュ!〉


「ッ!?」


爪の攻撃!? 背中に鋭い痛みが走る。


倒れざまに振り返ると、クマとゴブリンを合わせたようなモンスターがいた。

相手は野生の勢いだ。遠慮などなくこちらに追撃してくる。


戦っては駄目だ、逃げなければ……!


道なき道を走る。背中の痛みをこらえ走り出す。

〈ブンッ!〉


獣が爪を空振りする。僕は必死に走る。背中の傷が気になるが、とにかく走る。

次第に相手の攻撃の手が緩む。


疲れさせて弱ったところを仕留める戦略に出たのだろう。

甘いな、こちとら就活のために走り込みしてたんだよ。


息を整え、森の中を走る。相手の足音が遠ざかる。


ペースを緩め振り向くと、相手の姿は、なかった。

――もちろん、フラグであった。


次の瞬間、上空からものすごい音が聞こえた。

バキバキッ!


見るとクマゴブリンの巨体が宙に浮いていた。

僕と目が合うと、咆哮を上げ、上空から突進するように攻撃してくる。


――あまりの迫力に、体が動かない。

もう駄目だ。僕は目をつむる。

――しかし、いつまで経っても何も起こらない。痛みもない。


空気が震え、歪む。森が静寂に包まれる。

同時に、まばゆい光を放つ魔法陣が出現し、世界が反転し、クマゴブリンの巨体がひっくり返る。


……ついでに僕もひっくり返る。


ひっくり返って目を丸くしたクマゴブリンは何が起こったかわからないといったふうにキューンと鳴きながら逃げていった。


「だい、……じょうぶ?」


僕はひっくり返ったまま動けない。視線をめぐらし、声の主を見る。


――助けてくれたのは、家に残していた不格好なハニワだった。


異世界最初のピンチはとても静かに幕を閉じた。


**

立ち上がり、改めてハニワを見る。まだ固まるには早いはず。

……森の静寂は続く。


「キミは、僕の作った、……ハニワか?」

肯定するように体を動かす。

「名前は?」


「る、ルドな。あなたの、創作物」

くぐもった声。しかしそれは声を枯らした少女のような声だった。


「いい名前だ」

僕は表面を撫でてみる。ザラザラとサラサラの間のような質感をしており、ピンと張った心地よいの布のようであった。


「傷が、できている」

急速に乾燥したせいか、表面に多くのヒビが入っていた。

きっと異世界の魔力で急速に固まったのだろう。


「無茶してきてくれたんだな」

変な形に作ってしまって申し訳ない気持ちになる。


「わたし、あなた、みかた、なかないで」

その言葉を聞いた瞬間、僕はまた涙をこぼす。


あれだけ泣いたのに、またしても。

――味方なんて、どこにもいなかったから。


「……ありがとう」

しばらく沈黙が流れる。


僕は冷静さを取り戻し、質問をする。

「だけど、先ほど使ったのは、重力魔法?」


あのとき、敵と一緒に僕もひっくり返っていた。

ボケたのではない。

重力方向がわからなくなったのだ。

「……わか、らない」


どうやら無我夢中で助けてくれたようだ。


「ともかくここは危険だ早く帰らないと」

そう声をかけたとき――彼女の後ろにまた、先程のモンスターより更に大きな影。


振り下ろされる大きな腕。


「危ない!」

思わず僕は小さな相棒をかばおうと前に出る。

――だけど。


ルルドナは吹き飛ばされる。


パリン。

転がり、動かなくなるハニワ。


「……ルルドナ!」

僕は思わず駆け寄るが、ひび割れた体はぴくりとも動かない。


うなだれて涙を落とす。

そのとき、突風が、森を揺らす。


ハニワの周りに月明かりのような魔法陣が幾重にも展開される。

次の瞬間。

――割れたハニワから、小さな影が飛び出した。

2025.4.18 ほぼ書き直しました。


流れは変わっていません。


2025.6.14 読みやすく修正しました。

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