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丘の上の雑貨屋と魔王モール  作者: 登石ゆのみ
第1章 異世界転生編
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転生、借金、土器の少女

 その森の闇は、不安に満ちていた。

 空には紅を一滴落としたような、赤金色の月。


 襲いかかる巨体のモンスター。

 飛び出した小さな影。

 赤い魔法の光。蹴り。

 逃げていく巨体。


 「大丈夫。私は……味方だから」


 そう言うと小さな影はゆっくりと――倒れた。

 

 これが彼女、――ルルドナとの出会いだった。


***  

 ブラック企業を転々とし、空白の10年間を引きこもってネットばかり見て過ごし、コンビニバイトを一日でクビになり、トラックにはねられて、――転生した俺。


 気がつくと谷間の山村を見下ろす丘の上にいた。  

 見慣れない、なだらかな草原が広がる。どこか懐かしい風景。朝の空気が新鮮だ。


 近くの湖へしゃがみ込み、水面をのぞき込んだ。

 そこに映っているのは、転生前より若返った自分の姿だった。


 黒いズボンに、くたびれた灰色のシャツ。深緑の薄いハーフコート。特徴がなさ過ぎて異世界でもそのまま来ても違和感がないかもしれない。顔は若い。だが、目だけが妙に死んでいた。やる気のない目つきと、締まりのない口元。ぼさぼさの短髪。


「ああ……転生か」

 しかも、若返り。顔はもちろん膝にも腰にも痛みが無い。


 ――そこで重大なことに気がつく。

「ここの土、かなり上質だ! いい焼き物ができるぞ!」


 何を隠そう、俺の趣味は土いじりだ。土いじりと言っても野菜では無い、焼き物だ。


(……最高じゃないか! 土こねてスローライフを楽しもう!)


 すぐ近くに、立派な屋敷が見えた。土を分けて貰おうと近づいたら、玄関に張り紙が書かれていた。


『売り家、1000万ゲル』(文字は自動翻訳)


「これって、いくらくらいの価値なんだ……?」


 張り紙に書かれている住所を頼りに、ふもとの町の不動産へいった。


***

「これはこれは、日本からの転生者さま! 実は私もでして!」

「あ、そうなんですか」

「通貨価値も同じ、生活水準もほぼ同じ!」


 1ゲルが約1円らしい。


「ということは1000万ゲルも妥当か」

「そうです! 今なら転生者ローンもあります!」


 大きな屋敷に大きな山がついて1000万なら、妥当な気がする。特に良質な土があるし。


 ――結果、買ってしまった。


 細かいことは気にしていられない。サインをして屋敷に戻る。

「スローライフ、やるぞ!」

 丘の上の空き家の前で拳を突き出す。


***

 ――だけど、機嫌良くスタートできたのは、わずか半日だった。

 機嫌よく土をこねていると、契約書が届いた。

 ……それを読んで目を疑った。


『ゼロが多くて桁を言い間違っていました。そこ、100億ゲルです。しかし契約済みですので、いかなることがあろうと変更は許されません。年利は1億ゲルです』    


(転生前、時給1000円だった俺の、年の利子支払額が1億……? )


 転生したのに借金スタートかよ。

 混乱した俺は……粘土をこねだした。

 精神安定には粘土をこねるのが一番だ。


***

 しばらくしても粘土は、水の配分を間違ったのか、全然固くならない。

「あれ、固まらない……」


〈ポタポタ……〉


 涙が落ち続け、粘土は固まりきれなくなっていた。

 悲しいんじゃない。……もっと別の、虚しいとか悔しいとか入り交じった別の感情だ。

 転生し人生をやり直そうとしたのに、すぐに騙される。


 ――もう、この俺という人間そのものが、むなしすぎる。


「転生したのに、全然変われてない……。俺が、いったい何したんだよ……」

 泥を足し、程よく硬くした。


「……粘土細工で、借金なんてすぐ返してみせる」

 空元気でも、そう言わずにいられなかった。何度もそう呟きながら、土をハニワの形に整える。

 だけどその場にいることがもう苦痛になって、借金してまで買った豪邸を飛び出した。


***

 森の中を早歩きで進む。残された創作物……ハニワが、静かに俺を見ている――そんな気がして、振り返れないまま山道を目的地もないまま早足で。


 行けども行けども、同じ木々と土の匂い。足音が吸い込まれるようで、不気味なほど静かだった。その沈黙を破るように、茂みの奥から――咆哮。


〈グオォォ……!〉


「これ、ヤバい……?」

 森から現れたのは、クマとゴブリンを合わせたような巨大なモンスター。


 心臓の音が喉の奥からこみ上がる。鋭い爪が月光を反射している。走り出す。が、逃げ場はない。

 道なき道を進むが、すぐ追いつかれ、転んでしまう。

 巨大な腕が振り上げられる。


「だ、だれか……!」


 ドッと胸が鳴る。

 その瞬間――光が爆ぜた。


 月明かりのような白い紋様が地面を覆い、夜が昼に変わったように明るい。


〈ガツン!〉

 巨体の一撃を、光るハニワが受け止めて俺を守っていた。


(これは、俺がさっき作ったハニワ……!?)


 さらに、赤い光の魔法陣がハニワの前に展開される。

〈ドォン!〉

 赤い光がはぜ、巨体を吹き飛ばす。


 だが、クマゴブリンも最後に一撃をハニワに与える。


〈パリン!〉

 乾いた音が響く。ハニワは、――無残にも真っ二つに割れた。


「……あ」

 這うようにして、欠片へと手を伸ばす。

 真っ二つに割れたハニワの断面には、底知れない、不気味な「闇」が渦巻いていた。


 背後で、倒れていたクマゴブリンが起き上がる。

 絶望的な咆哮。跳躍。

 死を覚悟した瞬間、視界が極端にスローモーションになった。


 俺の涙と、無意識の執念が混ざり合った土の欠片。

 そこから、黒い泥のような闇が溢れ出した。

 ――そのときだ。世界が、一転したのは。


 視界を埋め尽くす、赤金色の月。

 次の瞬間、ハニワの闇から、小さな影が飛び出す。

 宙を舞い、月光を反射する。

 赤い光の尾を引きながら、影は空中で一瞬だけ静止した。


 ――直後。

 大気を爆ぜさせ、少女の形をした「何か」が、魔獣の脳天にかかと落としを叩き込む。


〈ドォォォォン!!〉


 それは生物の立てる音ではなかった。

 重戦車が激突したような衝撃。魔獣は断末魔すら上げられず、森の奥へとよろよろと敗走していった。

 

 ……静寂が、戻る。

 影が、ふわりと俺のそばに降り立った。

 

 それはまるで――神話の時代から掘り起こされたような、紅赤の髪の少女だった。

 深紅の瞳が、俺の「死んだ目」をじっと覗き込む。

 肌は素焼きの土器のように白く、けれど体中には痛々しいヒビが走り、手足の一部はまだ、形を成しきれていないギプスのような粘土のままだ。


「大丈夫。私は……味方だから」


 彼女は哀れむように瞳を揺らした。

 その顔は、慈悲深い女神のようでもあり、持ち主の破滅を予見する呪いの人形のようでもあった。

 少女はそのままゆっくりと目を閉じ――俺の胸の中に倒れ込んできた。


「ちょ……おい!?」


 慌てて受け止める。その体は驚くほど軽く、……ひどく冷たかった。


 腕の中で眠る、土器の肌を持つ少女。

 俺は欠けた彼女の肩を抱き、重いため息をつく。


「……とんだスローライフになりそうだな」


 返事はない。

 見上げた空、赤金色の月が静かに揺れる。


 この時はまだ、俺は知らなかった。

 あの不気味な色の月が、100億ゲルという絶望の「数字」が、とんでもない未来を暗示していたことに。


 ただ静かに土をこねたかっただけの俺が、この「不気味なハニワ」と共に、世界の運命を塗り替えていくことになるなど――まだ、知るよしもなかった。

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