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第十七話:珍素材と味覚の壁

 榊原の屋敷での生活が始まって数日。

 私はアレクシスに日本の家庭料理を教えるという、異世界での新たな任務に追われていた。

 特に、フォルジェ王国の食文化の根幹にある、生で食べると危なそうだからとりあえず焼く。という調理法と、全体的にぼんやりした味の調味料の壁は、食卓改革にあたって非常に困難な問題だった。


「 この『ゴルゴン草』という野菜は、なぜこれほどまでに土の香りが強いのだろうか!? そして、この『ドラゴンの涙』という調味料は、何故これほどまでに味がしないのだ!? ただの水と変わりがしない」


 アレクシスは、私の指示通りに『攻めのシチュー』の材料を前に、首を傾げている。

 目の前には、鮮やかな緑色だが、確かに強い土の匂いを放つゴルゴン草、そして、巨大な鶏肉のような見た目のグリフィン肉、さらに無色透明で、舐めても味がほとんどしない液体調味料ドラゴンの涙が並べられている。


「ゴルゴン草は、セロリみたいなものだと思ってください。ドラゴンの涙は、うーん……こっちの水に近い塩みたいなもの、ですかね……」


 私は曖昧に答える。この世界の食材は、どれも個性が強すぎるのに、調味料は逆に個性がなさすぎる。

 とりあえずなんでも焼く文化が蔓延るのも納得がいった。

 素材の味を、そのまま、文字通りそのまま食べる。

 それが、フォルジェ王国の食文化なのだろう。


 とはいえ、主食となる麺や米、麦などの穀物類は想定の範囲内の味のため、榊原が薄い醤油風味の発酵酒をどんな料理にもかけていたという気持ちは、理解出来る。あれを主菜や野菜にかけて、穀物を食べれば、不味すぎて食べられない味からは脱する。


「ふむ……このゴルゴン草も、グリフィン肉も、確かにそのまま焼けばそれなりに美味い。だが、シチューとなると話は別だ。この素材が持つ『魂』を、どのようにして『愛の融合』へと導くか……」


 アレクシスは真剣な顔で、しかし目を輝かせながらぶつぶつと呟いている。

 彼の頭の中では、すでに壮大な『フォルジェ風攻めのシチュー』の概念が構築されているようだった。


 私が教えた日本のシチューのレシピは、牛乳やバター、小麦粉を使うものだったが、この世界には乳製品がほとんどなかった。そこで、榊原が用意してくれたのは、粘り気のある白い樹液である『マナの雫』と、甘みのない白い粉『大地の恵み粉』という、怪しげな代替品だった。

 見た目だけで集めた割に、なんとかなりそうな気もしないでもないのは、私がこの異世界ノリってやつにだいぶ慣れてきた証拠だろうか。寒気がちょっとする。


「 この『マナの雫』を『攻め』のように豪快に鍋に注ぎ込む」


 アレクシスは、巨大な鍋にマナの雫をドボドボと注ぎ込む。そのあまりの量に、私は思わず「アレクシスさん、それはおらおら攻め過ぎます! 多すぎます! 『受け』る鍋の気持ちも考えてください! やさしく繊細に!」と叫んだ。だが、彼の耳には届いていない。


「そして、『大地の恵み粉』を、躊躇なく投入。 これが『愛の濃度』を高める」


 彼はさらに、大地の恵み粉の大袋を逆さまにして鍋に叩き込んだ。

 鍋の中の液体は瞬く間に粘度を増し、まるでスライムのようになっていく。

 私は、すでに完成を諦めかけていた。

 

 シチューが煮詰まる間、香ってきたのは、日本のシチューの芳醇な香りとは似ても似つかない、得体の知れない匂いだった。土っぽいゴルゴン草の匂いと、グリフィン肉の野性的な香りが混じり合い、そこにマナの雫と大地の恵み粉の、ねっとりとした甘くない澱んだ匂いが加わる。


「 これぞ、私の『攻めのシチュー』フォルジェ王国の食卓を改革する、第一歩となるだろう」


 アレクシスが自信満々に差し出してきた『攻めのシチュー』は、見た目は灰色がかった粘性の塊で、所々にゴルゴン草の緑とグリフィン肉の茶色が見え隠れしている。その上には、ほとんど味がしない『ドラゴンの涙』が振りかけられている。


 私は、恐る恐るスプーンで一口すくった。

 口に入れた瞬間、土のような風味と、野性的な肉の香りが広がる。

 そして、得体の知れないねっとりとした食感。

 味は……ぼんやりとしているのに、なぜか個性が強い。

 不味いわけではないのだが、美味いとも言い切れない。


「魂を揺さぶられる味だろうか」


 アレクシスは、期待に満ちた瞳で私を見つめる。

 私は笑顔を引きつらせながら、なんとか言葉を絞り出した。


「ええと……斬新、ですね。とても、アレクシスさんらしい、攻めのシチュー……かなり、攻めてます」


 私の胃は、新たな異世界の味覚の洗礼を受け、完全に限界を突破した。

 本当にフォルジェ王国の食卓を改革できるのだろうか。私の不安は尽きない。


◇◇◇


 翌日、榊原の許可を得て、私たち一行はフォルジェ王国の王都へとやってきた。

 もちろん、アレクシスはフードとサングラスで厳重に(本人はそう思っている)変装済みだ。

 転移陣で一瞬にして到着した王都は、賑わいを見せていた。

 石畳の道には様々な人々が行き交い、見慣れない意匠の建物が立ち並んでいる。

 空気は活気に満ちており、香辛料のようなエキゾチックな匂いが漂っていた。


「王都におりるのは久しいな。隊商の出入りが少し増えたか」


 アレクシスは、変装姿も気にせず、周囲を見回している。

 そしてその発言は、なんというかいつもとは違い、民草を守る責務に忠実な王子としての物で、私はなんとなく、どきりとした。


 彼の完璧な顔立ちと怪しい変装は、周囲の視線を集めていたが、幸いにもフォルジェ王国第三王子殿下だと気づく者はいなかったようだ。


 私たちの目的は、アレクシスの新たな料理のための食材調達と、近々開催される予定の私のサイン会の会場下見である。

 案内役は、この世界の事情に詳しいシリル(真)が務めてくれる。


 そう、フォルジェ王国に到着したシリル憑き鈴村君とシリルは、ほどなくして分離したそうだ。


 しかし生身のシリルはというと、髪色と目の色を多少変えた程度で、私の良く知る鈴村君に実に似た容姿をしていた。榊原の説明によると、魂の構成が似ている場合、赤の他人でも似た容姿になるそうだ。しかしここまでそっくりなのは非常に稀なため、現在、私の担当編集者である鈴村君は、国立魔術研究院にご招待をうけている。無事を祈るしかない。



「まずは、食材市場へ向かいましょう。この世界の珍しい食材が手に入るはずです」


 シリルの案内で、私たちは王都の中心部にある巨大な市場へと足を運んだ。

 そこは、見たこともない野菜や果物、そして奇妙な肉や魚介類が所狭しと並べられており、独特の熱気に包まれていた。

 アレクシスは、子供のように目を輝かせ、様々な食材に興味津々だ。王都にお忍びで視察に下りたことはあっても、食材に着目して街を見るという発想は、以前の彼には無かったのだろう。


 異世界転移した先が、わりと食文化的に充実していた国だったという事実は、彼にはかりしれない経験をもたらした。彼は今、新たな料理のインスピレーションを得ようとしているようだった。


 私も、生まれて初めて見る異世界の食材に目を奪われた。

 鮮やかな色彩の野菜、鱗が虹色に輝く魚、そして、角が生えた獣の肉……どれもが魅力的だが、果たしてどんな味がするのだろうか。確かに見た目からして危険を感じる毒々しい鮮やかさに、気が済むまで焼きたくなる気持ちもわかる。


「こっちの世界って、図鑑みたいなのないんですか? 野菜とか動物とかなんでもいいんですけど」


 思わず出た疑問に、アレクシスが残念そうに頷く。


「学術書はあるのだが、すべて王立図書館に収められている。あまり市井には出回っていないのが現状だ。だからこそ、アヤノの指南書は、フォルジェ王国民にとっては新たな指標を与えてくれる。つまり、身分問わず書物を手にするという新たな機会を、我々は得るのだ」


 またもや、いかにも王子様っぽい発言に、背中の辺りがむずむずとする。

 料理している時の頓珍漢発言と、今のセリフには天と地ほどの差がある。

 先日から、これは何なのだろうか。

 こちらの世界に来てから、少し私の心境にも変化が訪れている。

 ストレスか。

 確か本人が意識していなくても、長距離移動は、身体に多大な負担をかけるはず。


 人ごみの中で道を失わないように、差し出された腕につい縋ろうとして、止めた。

 同じように身体を制止させたアレクシスがとある方向に掌を向ける。


「あ! ありましたね! ポスター……はこちらで通じないですね! 宣伝板です!」

 

 すっかり現代日本かぶれになっているシリルが、選挙ポスターを掲示するようなでかい板に貼られているイラストを見て、声を弾ませた。


 そこには、見慣れた私の描いたイラストが大きく印刷されている。

 あの光沢……。コート紙じゃないだろうな。

 書籍が一般的に普及していない世界で、どでかく貼って良いモノとはとても思えないのだが、そこにはデカデカとこう記されていた。


【絵師アヤノ様 ご署名入り指南書発売 開催決定】


 ポスターには、サイン会の告知と共に、アレクシスをモデルにしたイラストが大きく掲載されていた。

 しかも、数パターンあり、料理をしている姿だけでなく、剣を構えた凛々しい姿や、優しく微笑む姿など、まるでアイドル写真集のようだった。


「アヤノ先生、すごい人気です」


 シリルがなぜか得意げに言う。

 街行く人々も、ポスターを見上げては「絵師アヤノ様か……」「どんなお方だろう」と噂し合っている。彼らにとって『絵師アヤノ』はフォルジェ王国に突如現れた謎の絵師なのだ。まさか、異世界である日本から転移してきた人間だとは夢にも思っていないだろう。


 シリルの熱の入った解説によると、人々は、私の描く人物の内面性に強く惹かれているようだった。「王子の憂いを帯びた表情に心を奪われた」「料理をする彼の姿に、隠れた強さを感じる」といった具合である。


 どうやら、私の意図とは異なる解釈で、キャラクターがフォルジェ王国の女性たちの心を掴んでいるらしい。


 宣伝板の横にある大きな石造りの建物は、さながらオペラハウスの如き外観をしていた。

 なにやら由緒あるホールとのこと。

 先日のイベントでもいっぱいいっぱいだったのに、事態がますます大きくなっていく。

 

 下見した後、私たちは再び市場を歩いた。

 アレクシスは、先ほどの紫色の巨大な果物『キングプラム』と、羽の生えた魚『スカイサーモン』を興味本位で購入していた。


「今晩は、これらの食材を使って、新たな『愛の料理』を考案してみよう」


 彼の意気込みは素晴らしいが、これらの未知の食材が合わさった料理の味を想像し、自分の肉体的および精神的な耐久力はどこまで持つのだろうか、と考えこむしかなかった。




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