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世界が壊れる音がする  作者: 久慈望
第九話 復活
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魔素を捉える

 町から戻って数日もすると、訓練が始まった。


 後は荷物があれば始められるといった感じだったのに、結局何日も時間がかかってしまった。

 

 準備のためだといっていたけど、たぶん家の中をひっくり返して、必要なものを探していたのだと思う。


 わたしはその度に一階を片付け、ゴアルガスが威嚇をしていた。


 まだ踏み込んだことはないけれど、スララギが自室としている二階はそれはもうとんでもないことになっているに違いない。


「いよいよだな。準備は出来ているかい?」


 いつものようなだらしない服と違って魔術師の服を着ているのだけは評価したい。


「……」


「なんだ?」


「探してるものは見つかったの?」


「ん? ああ、見つかったぞ。普段使わない本だったから古い地層に隠れてた」


 案の定の返答でわたしは大きくため息をつく。


「いい加減片付けなさいよ。よくもまあ今までやってこれたものね」


「うーむ。少し前までは、わたしの弟子が片付けてくれていたんだがなあ。資料一つ探すにも時間がかかってしょうがない」


「あきれた」


「む……今から人にものを教わろうというものが、そんな態度ではいかんな!」


 片付けてもらっているのに強がっているので、


「反省はしてんの?」


 と言ってやる。


「う……うん。まあ、それはな。自分でもやらないといけないとは常々思っているよ」


「はあ……まあいいわ。始めましょう」


「そうだな……」


 スララギはちょっと落ち込んでいる。


 ククク、という声が聞こえたのでゴアルガスを見てみると、口を開けて笑っていた。スララギがしょげているのが嬉しいらしい。


「ねえ、何を教えてくれるの?」


 落ち込んだままだと困るので先を促す。


「ふむ。まずはこれをつけてくれ」


 少し気を取り直したのか、手に持った木箱をわたしに見せる。町に取りに行ったものだ。


 スララギは、その小さな箱を開けて見せる。


 中には腕輪が入っていた。


 赤い宝石が一つ埋め込まれた銀の腕輪だった。


「なにそれ?」


 スララギは腕輪を箱から取り出し、わたしに向けて差し出す。


「手を」


 スララギに言われるがまま左手を出す。それはまるであつらえたかのようにわたしの腕におさまった。


「これは君の力を制御するためのものだ。大きめの宝石は、ダンジョンから得られた魔石と呼ばれるものでね。知り合いの迷宮師にたのんで加工してもらった」


「ふうん」


 わたしは左手を掲げ、腕輪をよく観察してみる。赤い宝石が怪しげな光を放っている。


「これからやってもらうのは、力を限界まで出し切り、暴走する限界点を見極めることだ。まずはやってみるといい」


「それって、わたしにまたあの姿になれってこと?」


「ならないために訓練するんだ」


 スララギの断固とした口調に、素直に従うことにした。


 恐れはある。けれど一度わたしと戦ったスララギのことだ。わたしの体が変わってしまっても、きっと止めてくれるだろう。


「ああ、腕輪の変化を気をつけてもらいたい」


 スララギの声と同時に、わたしの周囲を闇が纏う。


 確かにこれまで、自覚的に力を出したことはなった。体の内から湧き上がる魔素。それが体から外に向かって広がっていく。


 首にちりちりとした痛みがある。


「首の違和感は君の力に反応しているだけだ。殺意を私に向けない限り発動することはない」


 わたしは出力を高める。魔素の範囲がさらに広がり、上空に闇が立ち上る。


 スララギとの戦闘で、一度本気を出したからだろうか。生まれ変わったときよりもずっと操作が楽になっている。


 体を襲う疲労感も減っていた。


「こんな感じ?」


 わたしは聞いてみる。これでも十分全力のつもりだった。


「いや、まだ出せるだろう」


「これが限界、これ以上出したら、自分を保っていられない」


 限界を前に出力を調節していることに気づく。


 わたしの頭の中に、もう一人の私がいる感覚がある。だが、そこにはまだ届かない。あと一つ何かが居る。


「安心しろ。いざとなれば、ここの結界を破壊してでも止めてやる。出力に係る条件。それはおそらく感情だろう。君の記憶の中から怒りを呼び起こしてみるといい」


「怒り……」


 駄目だ。と思いながらも、わたしは怒りの感情を自分のうちに探す。それはもちろん、ガルファスを失った。あの時のことだ。


 一度考えてしまったら止まらない。


 意識が薄れ、あいつがやってくる。わたしを支配し、塗りつぶしてしまうあいつ。


 カチリ。


 何か音がした気がした。


 わたしをとどめていた制限が解除される。


 魔素が吐き出され、放出の範囲が一気に拡大する。


 闇が周囲を覆う。また、こうなってしまった。


 こわい。恐れがわたしをつつみ、どこかへ連れ去ろうとする。


 その時――


 ガクン!!


 と体の力が抜けた。


 わたしの意識が戻る。


 魔素が一瞬で掻き消えた。


「おお! 成功だ」


「なにが起こったの?」


「気づかなかったか? 腕を見てみるといい」


 スララギに言われてはっとする。腕輪に注意を向けると、宝石が赤黒く変色していた。


「これは……?」


「そいつは安全装置だ。魔素を吸収し、無効化させる効果を持つ。そいつを身に着けていれば、滅多なことでは暴走することはないだろう」


「すごい道具ね。これも人間の力?」


「いや、この世界に二つとない魔石の力だな。とある男から譲り受けたものでね。あまりに強力な魔石のため、学院に寄贈していたが、君のために取り寄せた」


「これで私は、自分の力に怯える必要もないってわけ?」


「いや、本題はそこじゃない。君にはこれからも力を使い、限界を見極めてもらう。そのための安全装置だ。力ってのは使うことよりも、制御することの方が難しい。最終目標はその腕輪がなくても制御できることだな」


 なるほどよく考えられている。


 わたしはスララギのやり方に素直に驚いていた。


「面白そうじゃない」


 と言ったところで、わたしは力が抜け、その場に膝をつく。


「あれ……?」


「言っただろう。その魔石は魔素を吸収する。よくぞ今まで立っていられたものだよ。だから私はそれをずっと封印していたんだ。常人が扱うには力が強すぎるのでね」


「あ……だめかも。立ち上がれない」


「まあ、初日にしては上々だ。今日はもう休むといい


 そう言いながら、スララギは私を浮かせ、館に連れて帰った。


◆    ◆    ◆    ◆


 その日から、わたしの修行が始まった。


 何かを倒すためではない。自分との戦いだった。


 朝起きて、ゴアルガスの文句を聞きながら部屋の片づけをやって、軽い食事を作る。


 その後は外に出て、全力で魔素を放出する。


 一度にすべてを出し切ることもあれば、一定の魔素を放出し続けることもある。


 休憩を挟み、食事の時間を終えると、再び魔素を放出する。


 ただそれだけで終わるのではない。


 自身を構成する魔素が、一体どのような流れを作っているのか確認する。全身から放出させることもあれば、手や足など、限定的な部位から放出させることで、魔素の操作方法を体に覚え込ませた。


 たまに、スララギがわたしの様子を見に来ることがある。


「魔素の操作は一朝一夕で身につくものではない。それは、人間だろうが魔物だろうが、魔素の塊であろうが変わらない。必要なのは、意志の力だ。意思が魔素を方向付ける。出力の方向を一定にし、あるいは偏らせることで、その流れを掴むんだ」


 などと助言をしては去っていく。


 一日中そんなことをやっていると当然、疲労も大きい。


 夜になれば、私はへとへとでベッドにもぐりこむのが常だった。


 けれど、日を追うごとに何かを掴んでいるような感覚がある。


 魔素を制御するのではない。


 流れを掴み、方向を調整するのだ。


 それがわかったときには、わたしは疲れることがなくなっていた。


 ある時、わたしはスララギに聞いた。


 いつものように散らかった部屋で食事を取っていた時のことだった。


「最近はずいぶんと魔素の扱いにも慣れてきたようだな」


 そういうスララギは相変わらず、紙を宙に浮かせながら、パンを口に運んでいた。


「食べるときくらいそれやめなさいよ」


 わたしはスララギをにらみつける。


「いやしかし、探している記述がどうも見つからなくてな」


「メリル様、そいつに言っても無駄ですって」


 さすがのゴアルガスも完全に諦めてしまっていた。


「そういえば、聞きたいことがあるんだけどさ」


 わたしが言う。


「なんだ?」


 スララギが神から視線を外してわたしの方を見た。


「どうして、教える、なんてことをやり始めたの?」


「どういう意味だ?」


「あんたってさ。一人で完結してるっていうか。あんまり自分以外のものに興味なさそうじゃない。なのに、わたしのほかにも、人に教えてたんでしょう? あまり理解できないなって」


「ふむ。たしかにそうだ」


 スララギは、紙の束を机に積み上げる。


 だからやめなって。


「私も考えたことがあるんだが、そうもそれは私の出自に関係があるらしい」


「へえ、人に教えて楽しかったとか?」


「いや、というよりも、わたしは人から教えられることによって、自分の生き方を知ったのだ。だからこそ、道を迷うものに助言をしなければという義務感がある」


「なんだか面白そうな話ね」


「そうだな。せっかくだから、わたしのことを話しても良いかもしれない。興味はあるかな?」


「ええ、とっても」


 わたしは頷く。


「おれは興味ないっすね。こいつの話なんて」


 クク、とトカゲが不満を言う。


「ゴアルガス」


 わたしが名を呼ぶと、とても嫌そうな顔をする。


「じゃあいいっすよ。おれは外に出てるんでね」


 そういうと、ゴアルガスは床をガサガサ言わせながら、食卓を離れていった。


「フフ、嫌われてしまったな」


「ゴアルガスのことなら気にしないで」


「ふむ。では、わたしが魔術師に至るまでの話をしようか」

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