第7話 悩み多き中学生、それが私なのです
いつもと変わらない朝。
通学路を歩く私の足取りは少し重かった。
別に学校に行くのが嫌だとかそんなことではない、気分が重い理由は昨日の出来事だった。
(ギーガーク帝国が私を直接狙ってくるなんて……)
いや、もちろんあいつらにとって私は敵だからそうなるのはわかってたことだったけど、まずは奴らは自分たちの目的――シックザールクリスタルの探索を優先すると思ってたのに私狙いで来たことに驚いたのと、どうもシャイニーフェニックスの正体、つまり変身前の私を探し出すことを考えてたみたいだということが私の不安感を募らせていたのだった――。
さらに、ただの変態お笑い怪人だと思っていたブーミが予想以上に強いという事実も無視できないものだった。
私はあの時のことを思い出して思わず身震いしてしまう――もしあのまま捕まっていたらと思うとゾッとする……!
(それにあのヤーバンって奴……)
私の脳裏にブーミを殴り飛ばした赤銅色の肌を持つ大男の姿が過る。
助けられた形になったけど、あいつも敵であることには変わりない、ブーミに関しては体力さえ万全だったらどうにか出来た可能性もあるけど、あいつに関しては私がフルパワーだったとしても勝てるかどうかわからない相手だった。
そんな強敵たちが私を捕まえるために襲ってくるかもしれないと考えるだけで背筋が寒くなる。
って、いけないいけない! 弱気になっちゃ! シュナイダーさんが言ってたじゃない、宇宙戦士の力は心の力、諦めない限り可能性は無限だって!
そう、私は宇宙戦士、スーパーヒロインシャイニーフェニックスだもの、きっと大丈夫!!
そんなことを考えていた時だった、私の肩が後ろから誰かにとんとんと叩かれた。
私は全く無警戒に振り向く、すると……。
ぷにっ……頬に人差し指が突き刺さる感触がした!
「ひゃうっ!」
そんな声を上げながら思わず飛び上がる私、そして慌てて後ろを振り返る、そこには案の定悪戯っぽい笑みを浮かべる翔くんの姿があった。
「朝っぱらから何を暗い顔をしてんだ? もっと明るくいこうぜ、なっ?」
翔くんはそう言いながら私の頭をくしゃくしゃっと撫でる。
「やめてよっ!」
私は思わずその手を払い除けてしまった。そんな私に彼は少し驚いたような顔をするも、「ククッ」と笑うと「やれやれ昔はこれで喜んでくれたのになぁ」と残念そうに言うのだった。
「昔と一緒にしないでよ! 私はもう子供じゃないんだから!!」
大体同級生なのに、昔から翔くんは私の事を妹扱いしていっつも頭を撫でたりしてくるんだから……!
昔はよくても、いつまでもそれを継続されても困るのよ、私のプライド的にも!
もう私だって中学生なんだからね!?
そんな抗議の意味を込めてキッと睨みつけると、翔くんは相変わらずニヤニヤしながら私を見ていた……むぅ……全然効いてないみたい……悔しい……。
「どうやら調子が戻ったみたいだな。よかったよかった、理由はわからねーけど、お前が沈んでるとオレもちょっかいの出し甲斐が無いからな、いつも通りでいてくれないと困るぜ」
「ふんっ、これからもちょっかい掛けられます宣言されたりしたら、ますます元気無くなっちゃうんですけど?」
私がそっぽを向きながらそう言うと、翔くんは楽しそうに笑いながら言った。
「ハハッ、そいつは悪かったな」
そう言ってまた私の頭を撫でようと手を伸ばしてくるものだから、私は身を引いてそれから逃れると、「何度も同じ事をしようとしないで! それより早く学校行こ!」
と言って先に歩き出すのだった――。
(全くもう……翔くんってばいつもこうなんだから……)
私は歩きながらそんなことを思うのだった――でも、そんなやりとりもなんだか楽しくて、ついつい笑みが溢れてしまう私だった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
宇宙空間に浮かぶギーガーク帝国の移動要塞基地では、定例会議が開かれていた。
「ヤーバンよ、何故もう一息でシャイニーフェニックスを倒せるところだったブーミの邪魔をしたのだ?」
円卓上のテーブルの最も上座に座る司令官シィ・レガーンがヤーバン将軍に尋ねる。彼の隣ではブーミがどこかおどおどした様子で立っていた。
「ブーミはゲームキングとの戦いで疲れ果てたシャイニーフェニックスを一方的に甚振っておりました、確かにあのままいけばシャイニーフェニックスを始末できたでしょう、しかし、果たしてそれで良いのでしょうか?」
静かな口調で答えたヤーバンの言葉にレガーンは首を傾げた。
「どういうことだ?」
「レガーン殿も我らがギーガーク帝国の最高指導者、アーク・ノヴォス皇帝陛下の方針はご存じでしょう? すなわち、帝国の圧倒的な力を見せつけ、二度と歯向かう気が起きぬよう恐怖を植え付けることです」
「それはわかっておるわ、しかし、それと貴様の行動に一体どんな関係があるというのだ!?」
苛立ったように声を荒げるレガーンにヤーバンは冷静に答える。
「シャイニーフェニックスは優秀な才を持った戦士ではありますが、所詮は宇宙戦士になりたての未熟者の小娘……。そんな相手に対して疲弊したところを狙うなどという言ってみれば姑息な手段を用いたと言うことが知られれば、ギーガーク帝国の名に傷がつくのではないでしょうか……?」
「むぅ……」
ヤーバンの指摘に思わず唸るような声を出すレガーン。そんな彼に追い打ちをかけるかのようにヤーバンは言った。
「ただでさえ我ら地球方面軍は本星の者たちからは軽く見られているのです。我らの実力が疑われるような真似は避けるべきでしょう」
その言葉に苦虫を噛み潰したような表情をするレガーン。
ヤーバンはわかっていた、レガーンが自分たちが本星の連中から軽んじられているのを自覚していると。
「戦いはただ勝てばいいと言うものではないのです。勝ち方によってはたとえ勝者となっても周囲からの評価が悪くなることがあるのですよ」
「ぬぅ……わかった、貴様の言い分も一理あるだろう、今回の事は不問としよう」
「ありがとうございます」
ヤーバンは頭を下げつつニヤリとほくそ笑んだ。
レーガンに対して言った言葉はすべて彼の本心であったが、もう一つだけ彼にはまだシャイニーフェニックスに負けて欲しくない理由があったのだ。
(俺の直感が正しければ奴は強くなる、そう、俺が戦うにふさわしいほどにな……! それまではつまらん負け方をしてもらうわけにはいかんのだ……!!)
そんなヤーバンの心中など知る由もなくレガーンはブーミに顔を向けると、叱るような口調で言う。
「ブーミよ、引き続きシャイニーフェニックスに関しては貴様に任せるが、くれぐれもギーガーク帝国の一員として恥ずかしくない戦い方をするのだぞ?」
「は、はい……」
(くそっ、ヤーバン様が余計なことを言ってくれたせいで面倒な事になったぞ……何が恥ずかしくない戦いをしろだっつーの、勝てりゃいいだろ勝てりゃ……)
釘を刺されてしまい内心で愚痴りながらも表面上はあくまで平静を装ってレガーンの言葉に答えるブーミだったが、その胸中では激しい苛立ちを感じていた……だが、上司に口答えするわけにもいかないので、必死に抑え込んでいたのである。
「さて、シャイニーフェニックスに関しての話はここまでにして次の議題に移ろう」
ブーミから視線を外したレガーンが発したその言葉に場の空気が変わるのを感じたのか、皆の表情が引き締まったものになる。
それを確認するとレガーンは言葉を続ける。
「我らの目的はシックザールクリスタルの探索、これは諸君らも知っての通りの事である。しかし、我らもギーガーク帝国の端くれ。地球を訪れた以上、クリスタルの探索だけをして帰るわけには行かないのだ」
彼がそこまで言うと、今まで沈黙を保っていた作戦参謀ズゥ・ノーハーが口を開いた。
「つまり、地球侵略作戦を開始するということですね?」
「そうだ、クク、流石に理解が早いな」
「ありがとうございます。しかし司令、クリスタルの特性がある以上、あまり派手な侵略活動は行えないのでは?」
シックザールクリスタルは人々の幸せの感情を受けて成長する特性がある。ギーガーク帝国という宇宙からの侵略者が大規模な作戦を決行すればその幸福度が低下してしまう恐れがあるため、派手に動くことはできないのである。
そんなノーハーの疑問の言葉にレガーンはテーブルに肘を突き、手を組んで答えた。
「その通りだ、当面は密やかに侵略を進めていくこととなる。差し当たり作戦の第一号として、地球人の子供の誘拐を行うことにする」
「ほう、誘拐ですか……」
感心したような声を上げるノーハーにチラリと視線を向け「うむ」と頷くと、レガーンは続けた。
「どの星においても子供は使い道が豊富だ。洗脳教育して奴隷化するも良し、商品として好事家どもに売り飛ばすも良し……いずれにせよ我らにとって有益な存在となるだろう」
その言葉にその場にいた者たちは納得したように頷いた。
「もちろんあまり派手に動けば地球人どもは騒ぎ出し、シックザールクリスタルの成長に必要な幸せの感情が失われてしまうだろう。しかし、地球での年間の行方不明者の数を考えれば、子供の一人や二人、いや、数十人単位で誘拐したところで、せいぜい親や周辺の人間が騒ぐ程度で、さほど大きな問題にはなるまい」
「なるほど、確かにおっしゃる通りですな」
「流石はレガーン司令ですね」
称賛を浴びせる部下たちにレーガンはニヤリと笑う。
「異論はないようだな、ではさっそく作戦の準備に取り掛かる。ノーハーよ、研究室に連絡を入れ今回の作戦に適した怪人の作成を命じるのだ」
「了解しました、司令!」
ノーハーは敬礼をすると足早に会議室から出て行った。
「さて、それでは今日のところは解散とする。各自地球侵略のための作戦を練っておくように」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
再び地球、秋桜学園――
「うーん、扱いが小さいなぁ……」
休み時間、私はスマホでニュースサイトを見ながらため息を吐いた。
昨日のゲームセンターでの一件についての記事を調べていたのだけど、昨日の事件は地域ニュースの欄に【ゲームセンターに怪ロボット出現、謎の美少女ヒロイン・シャイニーフェニックスの手により無事解決】と小さく載っていただけだった。
(……大きく報道されるってことは、それだけ被害が大きいってことだから、記事が小さいのはいいことだけど……)
そう理解はしているのだけど、もっと大きく扱ってほしいという思いがある。
これは別に私が目立ちたいとかそう言うことを思ってるわけじゃなくて(そんな気持ちがないと言えば嘘になっちゃうけど!)地球人はもう少しギーガーク帝国に対して危機感を持った方がいいんじゃないかと思うからだ。
私がシャイニーフェニックスになったあの日、シュナイダーさんがしてくれたギーガーク帝国についての話……今思い出しても背筋が寒くなる。
10年足らずで全宇宙の8割以上を制圧した大帝国……彼らが本格的に攻めて来たら、地球なんてひとたまりもない……。
彼らが地球侵略に積極的じゃないのは、ひとえに彼らが探しているシックザールクリスタルというものの特性のおかげなのだ。
彼らは地球の幸せを壊さない……ううん、壊せない。だけど……それは彼らの気分一つでどうにでもなってしまう危ういバランスの上に成り立っているものなのだ。
実際昨日のロボットだって、主目的は私だったけど、勘違いで智子を連れ去ろうとし、その邪魔をしたお客さんのお兄さんのことも殺そうとした。
つまり、あいつらは人の一人や二人死んでも何とも思わず、殺人も平然と行えるほどの残虐性を持っているということなのだ。
だから、私はもっと多くの人にこの事実を知ってもらって、注意するようにしてもらいたいのだ。
(まあ、あまりに恐れすぎてパニックになっちゃうのも問題あるんだけど……)
そんなことを考えながらも、スマホの画面を眺めていた私だったけど、その時画面に影が差した。
「よっ、みう、何を真剣な顔でスマホなんて眺めてるんだ?」
また出た……。と私は心の中でため息を吐いた。
顔を上げた私の前には、翔くんが立っていて、ニヤニヤ笑いながらこっちを見ていた。
「な、何よ、なんだっていいでしょ」
私は彼を一睨みするとそっぽを向く。
私は翔くんとの会話が苦手だ、いじわるされるからとか、すぐ言い合いになっちゃうとかの理由もあるのだけど、もう一つ、単純に彼と接するのが気恥ずかしいのだ。
昔からの付き合いのある幼馴染で仲良くしてきた、だけど、彼は男で私は女、そして世間的にはともかく、意識としてはもう子供じゃない中学生……。
昔みたいに気軽に接するのは、ちょっと難しいのだ……。
――だというのに……。
「つれないこと言うなよ、オレとお前の仲だろ?」
そんな事を言いながら翔くんは私の隣の席――智子の席だけど、今は彼女はいない――に座ってくる。
「何が仲よっ!」
私は顔を引き攣らせつつ叫んだ、少しだけ顔が熱い気がするけど気のせいだ! そう自分に言い聞かせる私だったけど、しかしそんな私の態度を見てか知らずか、翔くんはますますニヤニヤしてくる。
あ、ヤバッ……この会話の流れって絶対あれだ、いつものあれでからかわれちゃう流れだよ……!
思わず身構える私に、翔くんは案の定こう言うのだ。
「昔一緒に風呂に入った仲、だろ?」
(ほらきたぁ~!)
やっぱりこういう展開になったよ!! だから嫌だったんだよぉ~!!! もう恥ずかしくて死にそうだよぉ~~っっ!!!!
私のバカバカバカ! 自分からこの話になる流れを作っちゃったよぉぉ~~っっっ!!! 頭を抱えて机に突っ伏す私を他所に、彼は楽しそうに笑いながら続ける。
「だからよ、オレに隠し事なんかするなって。何見てたのか教えてくれよ?」
翔くんの言葉に私はゆっくりと顔を上げた。
よく考えてみれば、ニュースを見てたことを隠す必要なんて何もなかったのに、無駄に言葉を濁した結果がこれだ、私はため息を吐きつつ、スマホの画面を翔くんに見せながら言った。
「ニュースチェックしてたのよ」
「なんだ、そんな事かよ。隠すから何かと思ったぜ」
そう言って笑う彼を見て、私は、
(万が一にでもシャイニーフェニックスの事がバレたりしたらどうしようかと思っちゃったのよ!)
と心の中で悪態を吐く。
私の心の声なんて聞こえるはずもなく、翔くんは私が見ていたニュースに目を通すと顔を上げて言った。
「シャイニーフェニックスのニュースを見てたのか。相変わらずお前はヒーロー好きだな」
私は彼の言葉に「まあね」と頷くと言葉を続ける。
「だけど、そればかりじゃなくて、このニュース、私にも関係ある話なの」
「ん? どういうことだ?」
「私昨日このゲームセンターにいたのよ、ここに書かれてるロボットっていうのにも会ったの、そして、シャイニーフェニックスにもね」
どうせ知られることならこっちから言ってやろうと思いそう口にした私に、翔くんは思いのほか驚いた顔をした。
「なんだって!? お前大丈夫だったのか!?」
本気で心配している様子の彼に、思わず苦笑してしまう私だった。
(ほんと……こういうとこズルいよね……)
昔から変わらない彼の優しさに内心ドキドキしながらも平静を装って言う。
「うん、平気、というか本当に危なかったのは智子だったの、何しろロボットからシャイニーフェニックスの正体なんじゃないかって疑われて、危うく連れ去られそうになったんだから」
「森野が……? なんでまた? あいつ、シャイニーフェニックスっぽいところあったか?」
首を傾げる翔くんに私は肩をすくめつつ答える。
「なんでも、自分にゲームで勝てる相手が普通の人間のはずがないからって理由で疑ってたみたいよ?」
私の答えを聞いた彼は呆れたようにため息を吐いた。そしてそのまま言葉を続ける。
「なんだそりゃ? そんなんで疑いかけられてたらキリがないぜ?」
やれやれといった様子で首を振る彼に私は、「そうだね~」と苦笑を返す。
「でもま、確かに森野のゲームの腕は人間離れしてるよな。実際そのロボットにゲームで勝ったんだろ? つまりあいつはロボット以上かぁ?」
そう言って笑う彼に、私もつられて笑ってしまう。
「あはは、それ言われたら智子怒るかな? それとも、光栄だって喜ぶのかな~?」
私がそう言うと、彼は一層楽しそうに笑った。
「そうだな、あいつゲームの腕を褒められることが何よりの喜びみたいなところあるからな」
うんうんと私は智子の顔を思い浮かべながら頷いた。
「しかし、森野がシャイニーフェニックスか……。実際その可能性ってあるのか?」
ふと真剣な顔になり腕を組む翔くんに私は片手を振りつつ言う。
「それはないよ、何しろ智子とシャイニーフェニックスが別々にいるのを色んな人が目撃してるんだから」
「そっか、なるほど。それじゃあいつがシャイニーフェニックスの可能性は0なんだな。ところで……」
と翔くんは言葉を切ると私へと視線を向ける。
「ん?」と首を捻る私に対して彼は言う。
「お前は疑われなかったのか? いや、ほらさ、あくまでニュースの映像で見ただけだからよくわからないが、お前ってシャイニーフェニックスと顔立ち似てるだろ? それに、ヒーロー好きだからさ、森野よりは疑われる要素あるんじゃないかと思ってな」
彼の言葉に私は思わずギクリとする。
確かに、変身で髪型や色が変わってるけど、根本的な顔の作りはそのままでマスクをつけてるわけでもないし、性格なんかは変えようもないので(一応変身時は意識してより正義のヒーローっぽく振舞おうとしてるけど)、もしも本気で注目されたりしたらすぐにバレてしまうかもしれない。
彼の言葉に急にそんな不安に駆られつつも、私はなんでもない顔で、「全然。あのロボットは私の事なんて気にもかけてなかったみたい」と答えた。
まあ、実際私のことはスルーしてたわけなんだけど、きっとあのロボットにとってはゲームの腕がすべてだから、私があっさりとゲームで負けた時点で興味がなくなったんだろうと思う。
私の答えを聞いた翔くんは、「そっか、なるほどな」と納得したように呟くと、ニヤリと笑う。
な、なに、この反応?
「そりゃそうだよなぁ。顔立ちがちょっと似てても、ヒーロー好きだったとしても、お前みたいな勉強も運動も苦手なドジっ娘じゃとても務まらないよな?」
そう言ってケラケラと笑う彼に対して私は思わずムッとしてしまう。
文句の一つも言ってやりたくなったけど、二つの理由でやめることにした。
一つは、翔くんの言ってることは紛れもない事実なので、どれだけ腹が立とうが反論できないから。
もう一つは、こう思ってくれてた方が都合がいいからだ、もしシャイニーフェニックスの正体が私だと誰かにバレるとしたら、それはきっと翔くんなのだろうという確信めいた思いが私の中にあった、だけど、彼がそう思ってくれているのなら、バレる可能性はかなり低いということだ。
正体は誰にもバレて欲しくない、その中でも翔くんにはバレて欲しくないという思いが強かった……だって、シャイニーフェニックスの正体を知るということは、戦いに巻き込まれるということに他ならないのだから……。
「うん! そうだよね~! 私はヒーロー大好きだけど、自分がなるのは無理だよね~」
怒りを引っ込めてそう言う私だったけど、その態度は逆に翔くんに違和感を抱かされるものだったみたい。
「ん? どうしたお前、なんか変なもんでも食ったか? いつもだったら、あんなこと言われたら怒って怒鳴り返してきただろ?」
私が怒ることわかっててやってたんかい! と心の中で突っ込みつつ、私は誤魔化すように笑った。
「わ、私だって毎回怒ってばかりいないよ~、散々からかわれて慣れたし、翔くんの言ってることが間違ってないのもわかるしね~」
私がそう言うと彼は頬をポリポリと掻きつつ言う。
「なんだつまらないな。そこは怒ってくれなきゃ張り合いがないぜ?」
「じゃあ、逆に私怒らないよ、残念でした」
「そっか、まあいいけど。ところでオレはずっと疑問に思ってたんだが、お前って昔は運動にしろ、勉強にしろ、めちゃくちゃ優秀で神童とか言われてたのに、どうして今はこんなポンコツになったんだ?」
いきなりなんて失礼ないことを言いだしてるのよこいつは!
だけど、確かにその通りなのだ、翔くんの言うとおりに私は昔――幼稚園から小学校低学年くらいまでは、成績や運動神経が良かった、いわゆる天才児だった、だけど今は見る影もないポンコツダメダメ女子中学生に成り下がってしまっている……一体どうしてこんなことになってしまったのか?
思い当たる原因はいくつかあるのだけど、一番の理由はこの秋桜学園入学だと思う。
この秋桜学園は小中高の一貫教育でよほどの問題でも起こさない限り自動的に内部進学できる。
つまり、怠けるのにこれほど適した環境はないというわけだ。もちろん大半の生徒は真面目に学園生活を送ってるんだけどね。
私は元々人と競い合うことが苦手で、小学校受験の時もそのギスギスとした雰囲気に嫌な気持ちになったこともあって、入学後はすっかりだらけた怠惰な学生生活を送ってしまっていたのだ。
ママもパパもこの長すぎる受験疲れとも言うべき私の症状を気にしてか、あまり口うるさく言わないし、先生も適度に緩くて優しいのでとても過ごしやすい空間になっていると思う。
結果、あれよあれよという間に勉強も運動もできなくなっていき、今やすっかり落ちこぼれてしまったというわけである。
ただ、勘違いしないで欲しいけど、これはあくまでも私自身の怠け癖が招いた事態なのであって、学園や両親、他の誰かが悪いというわけでは断じてないし、責任転嫁をするつもりもない。
そしてもう一つ、自分の名誉のために言っておくけど、落ちこぼれといってもこの学園の生徒失格というほどのレベルではなく、(何故かテストだけは得意だし)エリートの中の底辺という感じなので、実は一般レベルで見ればそこまで酷くもないのである。
そんな過去について思い返しつつ言葉に詰まっている私に翔くんはやれやれと肩をすくめる。
「お前もヒーローになりたいとか言ってるんだからさ、もう少し色々と頑張った方が良くないか?」
「うるさいなっ! 翔くんに言われなくてもわかってますよーだ!」
私はべーっと舌を出すとそっぽを向いた。
私だってわかってるんだ、このままじゃいけないって……!
シャイニーフェニックスとして、ヒーローとして、相応しくなるためにもっと頑張らなくちゃいけない、そう思って努力を始めようとしたところだったのに……!
宿題をやろうとしたまさにその時、部屋に入ってきた親に宿題しなさいと言われた時の気分ってわかる? 今私はそれと全く同じ気持ちだった……。
私のある意味理不尽な怒りをぶつけられた当の翔くんはと言えば、特に気にした様子もなく仕方ないなといった感じの顔をしていたのだけど、ふと時計に目をやる。
そして、「もう休み時間も終わりだな、さて、オレは自分の席に戻るか」と立ち上がった。
自分の席へと戻っていく彼の背中を横目で見送りながら、私は小さくため息を吐いた。
なんでこうなっちゃうのかなぁ……。途中いい感じで話が進んでたと思うのに、結局最後はいつもと同じ喧嘩みたくなっちゃったよ……。
でも、これも翔くんが余計なことを言ったせいなんだからね! それに毎回毎回意地悪されてるんだもの、まともな事を言われても、素直に聞く気になれないよ!
私が心の中でそう文句を言っている間にも時間は過ぎていき、やがて授業開始のチャイムが鳴り響き、先生が教室へ入ってきたのだった。
この時間は数学だったっけ。私の特に苦手な教科だけど……よしっ、頑張ると決めたんだし、翔くんを見返すためにも授業をしっかり受けて、少しでも勉強できるようにならないと!
そう決意しなおし教科書を開いた私だったけど、そこには暗号としか思えないような数字の羅列が並んでいたのだった。
……勉強頑張りたいって思うよ? だけどさ、一度遅れちゃったらそう簡単に追いつけないんだよ……!
そんな事を考えつつ、早くも挫けそうになる。
(ギーガーク帝国に翔くんのちょっかい、そして勉強……。あーもう! シャイニーフェニックスには敵がいっぱいだよ~!)
私は心の中で悲鳴を上げたのだった――。
こんな感じで数日は何事もなく(翔くんからのちょっかいはもはや日常なのでわざわざカウントしないことにした)過ぎて行ったのだけど、私の知らないところで、すでに事態は動き出していたらしい……。
第3章はラブコメ色強め?