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“深き森”の狼たち



 休憩も終わり開拓作業は再開していたけれど、僕はこっそり作業現場を抜け出した。

「男爵家のおぼっちゃんにはキツかったんだろうよ」とかおじさんたちに好き放題言われているんだろうなあ。なんと言われても別に構わない。そんなことより、そのおじさんたちの安全を確保することが最優先だ。


 で、抜け出した僕は何をしているかというと、さっきの戦闘でわざと逃がしておいた狼の痕跡を追っているのだった。


 技能目録(スキルインベントリ)で管理されている職能(クラス)の中にあって、野伏(レンジャー)は珍しく一般的な名称のままだった。いつの王様がどう使ったのだろうかと思ったけど、今、僕もこうして使ってるんだから千年の間には似たようなことをした王様がいたのかもしれない。


 使用するスキルは《追跡(トラッキング)》。


 常人には判別できないような僅かな痕跡を察知する技能だ。狼の残した足跡や獣毛が俺の視界にはおそろしく明瞭クリアに認識できている。具体的には、痕跡にカーソルが付いた上に白く光る縁取りまでされていて、それらに沿って追跡経路がぐいーんと伸びているという塩梅だ。


「ハハッ」


 便利すぎて変な笑いが出た。世の中の野伏(レンジャー)はみんなこんな視界で世界を見ているんだろうか。それともこれは〈王の器〉を持つ僕だけに見えるのか?


 答えの出ない疑問はさておき、追跡を開始する。


「ねぐらに案内させるために敢えて逃がしたのじゃな。存外考えておるな、我が主よ」

「エンズは褒めてんのか馬鹿にしてんのかどっちなの?」

「決まっておろう。どちらもじゃ」


 ははは、こやつめ。


 追跡に集中しすぎてうっかり不意打ちとか食らうと危険なのでエンズを魔剣召喚(呼び出)して人型になってもらっている。周囲の警戒よりも僕をイジるのに熱心になっているのが困りものだけど。


 王都西側の開拓地を北に進むと山岳地帯にぶつかり、その麓には広大な森林が広がっている。地図上では“深き森”と名前がついていて、慣れた狩人(ハンター)野伏(レンジャー)でも死の危険がある、という話だ。

 そんな深き森に差し掛かろうというあたりで、逃がしておいた狼を発見した。狼ははっきりとこちらに鼻先を向けて、僕たちのことを認識していた。


「気付いておるようじゃな。追跡していたつもりが、追跡させられておったのやもしれぬな」

「良い笑顔してるなぁ、神剣様は」

「犬っころに踊らされておる我が主をなかなかに滑稽じゃな」

「うわ……、酷いこと言うねキミ」


 エンズの物言いにげんなりしていると、


「……あ、逃げた」


 狼は森の奥へと姿を消した。

 ここまで来て後を追わないという選択肢は無い。


「追いかけよう」

「よかろう」


 足を踏み入れた“深き森”の中はかなり薄暗かった。鬱蒼と生い茂った木々が陽の光を遮っている。まだ日も高い時間帯だというのに夕暮れ時のようだ。それでも、野伏技能(レンジャースキル)のおかげで狼の痕跡は問題なく追えるている。


 少し進むと狼がこちら向きに寝そべって待っていた。

 僕の姿を認めると立ち上がり、また奥へと去っていく。


「完全に誘われておるぞ、我が主よ」

「う、うーん。やっぱりそうだよね……」


 なおも少し進んだ後、エンズが鋭く声を放った。


「我が主よ、戦闘準備じゃ」

「えっ」

「急げ。すぐに来よる」

「えっえっ」

 

 僕たちの周囲の茂みが生き物みたいにガザガサと動き出した。違う。動いているのは茂みの中を駆けまわっている連中だ。いつの間にか囲まれている。数が多すぎやしないだろうか?


 僕は「クラス:剣匠(ソードマスター)」を有効化(アクティベート)

 更に《身体強化(フィジカルブースト)》×2

 その直前、茂みから狼が飛び出してきた。


「あっ、ヤバいっ」


 また同じミスを犯した。


「我が主はいよいよもってポンコツじゃな」

 

 溜息混じりのエンズが僕を庇うように動いた。僕を軽く突き飛ばすと同時、手刀を物凄い速さで振りぬいた。エンズの手刀は文字通り刃物のような切れ味で狼の頭部を吹き飛ばした。頭は跡形もなく霧散。こわっ。どんな威力してるんだ一体。

 

「我の手助けはここまでとしようかの。あとはしっかりするんじゃぞ」

「アッハイスイマセン」


 エンズはそう言い残して剣の姿になり、地面に突き立った。

 僕は気を取り直して聖魔の神剣を握り、構える。

 

「せいっ!」


 最高位まで鍛えられた剣術系技能でもって神の加護を得たの魔剣を扱ったらどうなるか。その答えが僕の放った一撃の結果だった。


 空間が白と黒の斬撃によって断裂した。剣圧ひとつで森の木々が切り倒される。森に隙間ができて日光が届く。少し明るくなった。森林破壊のそしりも免れない一撃。


 狼の何匹かが巻き込まれた。彼らの俊敏さをもってしても、聖魔両方の属性を持った斬撃波は回避しきれなかったらしい。


 斬撃を繰り返し重ねることで、僕の線の攻撃は面の制圧と化した。狼は次々と森の木々と一緒になって吹っ飛んでいく。


「それににしても」


 狼の数が多すぎる。

 斬っても斬っても湧いて出てくる。

 どうなってるんだ一体。

 群れってレベルじゃないんだけど。

 この“深き森”、狼多すぎ……?


『我が主よ、召喚円(サークル)があるぞ』


 漆黒の刀身からエンズの声がする。


「は? 召喚円?」

『森全体に生息しておる犬っころを際限なく召喚し(集めて)おるわ』

「ほっといたら無限に狼の相手をしなきゃならない、ってコト?」

『我が主にしては“よくできました”じゃな。さっさと召喚円を見つけ出し、潰すがよい』

「……わかった」


 狼が開拓地を襲いにくるのは人為的な要因があったということで確定かな。なかなか手の込んだ嫌がらせをしてくれるものだ。どこの誰の仕業か知らないけど、よほど農地開拓を失敗させたいらしい。


「ふっざけんなあ!」


 僕は(エンズ)を担ぐようにして構え、思いきりぶん回した。怒りに任せて放った一撃は周囲にあるあらゆるものを刈り取った。


『我が主よ、やりすぎじゃ』

「ご、ごめん。つい」

『だが、召喚円は発見できたな』


 エンズの言う通り召喚円は見つかった。

 刈り取られた茂みに隠されていたのだった。

 召喚術の魔法陣がうすぼんやりと光っている。


 俺は「クラス:大召喚術師(グランドサモナー)」を有効化(アクティベート)して《召喚円破砕(サークルクラッシュ)》を使用した。パキン、と氷を砕くような音がして召喚円は砕け散り輝きを失った。


「よし、これで狼は打ち止めだよね……ってちょっと嘘でしょ」


 僕は絶句した。

 さっきまで相手をしていた狼たちの三倍以上はありそうな巨大な獣が、いつのまにやら姿を現し、すぐそこに佇んでいたのだ。


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