第3話
煤はらい姫と男と千本の箒は、黄金の国を目指して歩きます。
三つ目の山を越えたところで、二人と千本はとうとう目的の黄金の国にたどり着きました。
黄金の国は、その名に違わず全てが黄金でできておりました。
道も、家も、お店も、何もかもまばゆい黄金でできあがったそれらは、太陽の光を照り返し、目が痛いほどに輝いております。しかしそんな豪奢な街並に反して、黄金の国は日がまだ高いというのに、まるで深夜のように静まり返っておりました。
それもその筈です。黄金で作られているのは、なにも物だけではありません。
黄金の国は、住人までもすべて黄金でできていたのです。
黄金でできた住人たちに声を掛けますが、当然ながら返事はありません。一人残らず彫刻ように、ただその場に立ち尽くしているだけでした。
煤はらい姫は困ってしまいます。
これでは、黄金の箒を譲って貰うために交渉することすらできません。
どうするべきか途方にくれてしまった煤はらい姫に、声を掛けたのはここまで共に旅をして来た男でした。
「何の縁もないのに魔女の墓に花を咲かせてやるほど優しくて、何の得にもならないのに妖精の里を掃除してやるほど親切なお嬢さんに、頼みがある」
探し物があって黄金の国から旅に出たという男は、煤はらい姫の前に立つと深々と頭を下げました。
「どうかこの黄金の国を、助けてくれはしないだろうか」
人も家も道も何もかもが黄金でできている黄金の国でしたが、ひとつだけ黄金ではないものがあります。
それは国の中心にそびえ立つ、お城でした。
日が落ちて月が昇る頃。煤はらい姫たち一行は、黄金でできた門番に頭を下げ、黄金でできた門をくぐり、黄金ではないお城へ入っていきます。
お城は、もう何年も人の手が入っていないようであちこちに蜘蛛の巣が張られ、埃がうずたかく積もり、先頭を歩く男が一歩足を踏み出すたびに、足跡が残りました。また、どこからか吹き込んで来た砂や枯れ葉が、あちこちで山を作っていました。
しんと静まり返ったお城の奥には、このお城で唯一黄金でできた王座があります。しかし、そこでふんぞり返っていたのは、この国の王さまではなく、一匹の悪魔でした。
「やあ、随分と久しぶりだね、黄金の王さま。おいらとの知恵比べに、勝つ方法は見つかったかい?」
悪魔は男に気が付くと、にやにやと笑いながら声を掛けます。
煤はらい姫と旅をしてきたこの男の正体は、なんと黄金の国の王さまだったのです。
かつて黄金の国の王さまは、黄金が何よりも大好きでした。
王冠から玉座からフォークやナイフに至るまで、身の回りのものをすべて黄金で作らせた王さまでしたが、まだまだ満足しませんでした。
どうにかして国中のすべてを黄金にできないかと考えていた王さまに、甘い声で囁きかけたのはこの悪魔です。
自分の出す問題に答えられれば、望みのものを黄金に変えてあげると言う悪魔に、王さまはうかうかと唆されてしまったのでした。
「悪魔さん、あなたの問いには私が答えましょう」
煤はらい姫が、悪魔の前に出て言います。
悪魔はわざとらしく、眉を上げて驚いた声を出しました。
「あんたが替わりにおいらに挑むと言うんだね。いいよ、あんたが勝てば、望みのものを何でもひとつ黄金に変えてあげよう。この国の住民だって、元の姿に戻してあげるとも」
その代わり、と悪魔は言います。
「失敗した時には、あんたの大切なものが黄金になってしまうからね」
悪魔の言葉は煤はらい姫にとって、本当に恐ろしいことでした。
三つ山を戻ったところにある国には、煤はらい姫にとって何よりも大切な姉である花香る姫と妹の梢歌う姫がおります。
大切な姉妹を黄金に変えられてしまう訳には決していきませんでしたが、自分の国も国民も黄金に変えられてしまった男を見捨てることも、煤はらい姫にはできませんでした。
「実に簡単な問題だよ。この砂時計が落ち切る前に、この城の中から七粒の砂金を見つけてくればいい」
悪魔はできっこないと言わんばかりに、腹を抱えて笑います。
砂時計はたいそう大きいものでしたので、一晩くらいの余裕は充分にありそうです。
しかし長く人の手が入っていない荒れ果てたお城から、七粒の砂金を見つけ出すなんて、とんでもない話としか言いようがありません。
けれど煤はらい姫は、考えます。
煤はらい姫は三つの山を越え、千本の黄金の箒を手に入れる為にここまで来たのです。
それに比べれば、お城の中から七粒の砂金を見つけることがどれほどのものでしょう。
煤はらい姫はさっそく、砂金の粒を見つけにお城の中を探して歩き出しました。
お城は埃が積もり、砂や枯れ葉がそこかしこで山を作っております。しかし煤はらい姫が歩けばそれだけで、あたりのゴミや汚れは吸い寄せられていくのです。長い年月、誰も掃除をする人のいなかった城でしたが、まるで念入りに掃除をした後のようにぴかぴかになっていきます。
男も煤はらい姫を、自分の城の端から端まで余さず案内して回りました。さらにはその後を、千本の箒が隅から隅まで念入りに掃いて行きます。
お陰で、小さな小さな砂金の粒を、煤はらい姫たちは次々に見つけることができました。
一粒目の砂金は、厨房の竃の中にありました。
二粒目の砂金は、謁見の間の絨毯の下にありました。
三粒目の砂金は、食料倉庫の隅にありました。
四粒目の砂金は、物見櫓の上にありました。
五粒目の砂金は、地下牢の中にありました。
六粒目の砂金は、侍従の部屋の箪笥の隙間にありました。
しかし、どこを探しても七粒目の砂金は見当たりません。
砂時計の砂は、さらさらと落ち続けています。
「どうする? 見つけられなかったら、さあ大変。お前さんの大切なものが、黄金になってしまうよ」
悪魔はにやにやと笑いながら、歌うように囃し立てます。
お城は隅から隅まで探しました。それでも見つからないのですから、果たして最後の一粒はどこにあるのかと煤はらい姫はひどく頭を悩ませます。
けれど、一刻ばかり頭を抱え込んだ末に、煤はらい姫はついに閃きました。自分たちがまだ探していない場所が、ひとつだけあることに気が付いたのです。
あとは、どうやってその場所を確かめるかです。
煤はらい姫は、妹の梢歌う姫から貰った鳥笛を取り出しました。
梢歌う姫の不思議な力が込められた笛です。これを吹けば、いつでも好きな時に望む鳥が歌声を返してくれました。
煤はらい姫は、そっと鳥笛を吹きます。すると高らかに、にわとりの鳴き声が響き渡ります。
玉座に座っていた悪魔は、ぎょっとしたようにそわそわと辺りを見回しました。
煤はらい姫は、もう一度鳥笛を吹き鳴らします。にわとりの鳴き声が再び、気持ちよくお城に響きました。
「おかしいぞ、まだ鶏が鳴き出す時間じゃないはずだ!」
悪魔は叫んで、玉座から飛び上がります。
すかさず、煤はらい姫は悪魔のお尻の下を覗き込み、声を上げました。
「七粒目の砂金は、ここにあります!」
ずるく狡猾な悪魔は、誰にも見つからないように、砂金の粒を自分のお尻の下に隠していたのです。悪魔は悔しそうに、地団駄を踏みました。
「ああ悔しい。やれ悔しい。だけど約束だから仕方がない」
悪魔はしぶしぶと、黄金の国に掛けた悪い魔法を解きます。そして煤はらい姫に、何を黄金にしたいのか尋ねました。
すると千本の魔法の箒が、自分を黄金に変えるように飛び跳ねて主張します。
魔法の箒は世話になったお礼に、自らが黄金の箒になって煤はらい姫の役に立ちたいと思ったのです。しかし悪魔は眉をひそめて、首を振ります。
「黄金に変えてあげるのは、ひとつだけだと言っただろ」
「だが、この箒らは元は一本だったぞ」
黄金の王さまは、しれっと答えます。
言い負かされた悪魔はしぶしぶと、千本の魔法の箒を黄金に変えました。
「さあ、次の知恵比べをしよう。これに答えられれば、何でもひとつ願いを叶えてあげるよ」
悪魔はそう言いましたが、次はどんな無理難題を吹っかけられるか分かったものではありません。
煤はらい姫は、黙って鳥笛を吹き鳴らします。にわとりの鳴き声が三たび、黄金の国のお城に響き渡りました。
「こいつはいけない! 長居し過ぎたみたいだ。太陽が昇ってしまう!」
悪魔は慌てて、お城を飛び出して逃げて行きました。
こうして煤はらい姫は、見事黄金のくにから悪魔を退け、千本の黄金の箒を手に入れることができたのでした。
千本の黄金の箒を連れて、自分の国に戻った煤はらい姫はたいそう驚きました。
何しろお城の周りは、長年掃除をする人もいなかった黄金の国のお城や、掃除が苦手だった妖精の里。掃除のやり方を知らない使い魔たちが守る魔女のお墓よりもずっとずっと、ゴミだらけの埃だらけの、とんでもなく汚い有様だったのです。
これはどうしたことかと唖然とする煤はらい姫でしたが、その理由は簡単でした。
煤はらい姫が歩けば、それだけで辺りは念入りに掃除をした後のようにぴかぴかになります。煤はらい姫は自分が散歩をしたあとの、ぴかぴかになった街や城の様子を塔の上から眺めるのが好きでした。
しかしそれを当たり前のように感じていた街の人たちは、いつしか自分たちで掃除をするやり方をすっかり忘れてしまっていたのです。
煤はらい姫は、千本の黄金の箒とともに街を掃除しながらお城に戻ります。
自身はますます汚く真っ黒になりながらも、街中をぴかぴかにしていく姿を見て、人々はこれまでずっと街を綺麗にしていてくれたのは、煤はらい姫だったのだとようやく気付きました。
街と同じようにすっかり汚れきってしまったお城に、煤はらい姫は入っていきます。
しかし、お城の中は何やら騒がしく、ただ事ではない様子でした。
見れば父親である王さまと母親であるお妃さまが、見知らぬ男たちに傲岸不遜に詰め寄られ、助けを求めるような顔をしているではありませんか。
これは一大事と、煤はらい姫が慌てて駆け寄りますと、詰め寄っていた男たちは大きな悲鳴をあげました。
街中の、そして城内のありとあらゆる屑や汚れを引き寄せながらやって来た煤はらい姫には、途方もない量のゴミがまとわりつき、いまや巨大なゴミのかたまりにしか見えなかったのです。
化け物が現れた、悪かった許してくれと、口々に叫びながら逃げていく男たちの後ろでは、王さまとお妃さまががっくりと肩を落とし、へなへなと座り込んでいます。
煤はらい姫を見て逃げ出した男たちの正体は、西の大国と東の大国の使者たちでした。
花香る姫と梢歌う姫の縁談の為にやってきた彼らでしたが、ゴミだらけの汚い街や城の様子に、すっかりこの国を見下すようになってしまいました。
彼らは、やれ下働きの下女としてなら姫を国に連れ帰ってやっても良い。やれ持参金に領土の大半を明け渡すなら嫁に貰ってやっても良いと、無理難題を吹っかけ始めたのです。
もちろんそんなこと到底承諾できるわけもなく、かといって大国に面と向かって逆らうわけにもいかず、王さまもお妃さまも、大変困り果ててしまったのでした。
ですが、使者たちが逃げ帰ってしまったからには、縁談はご破算です。
そのことに、王さまもお妃さまもほっと胸を撫で下ろし、もごもごと言い辛そうに煤はらい姫にお礼を言ったのでした。
一方、煤はらい姫は、結局、縁談を駄目にしてしまったことを申し訳なく感じ、姉である花香る姫と妹の梢歌う姫の元へ謝りに行きました。
しかし、姉姫も妹姫も煤はらい姫を責めず、むしろ感謝した様子すら見せます。
それもそのはず。
実は姉の花香る姫は、隣の国の幼なじみの王子さまのことを、昔からずっと恋慕っておりました。
また妹の梢歌う姫も、鳥のお医者さまになる為に南の国に留学をしたいと思っておりましたので、二人とも嫁ぐ必要がなくなって、本当はほっと胸を撫で下ろしていたのです。
なので、姉姫と妹姫は煤はらい姫の帰りを心から喜び、三人で固く抱き合ったのでした。
最後に、この後のお話をほんの少しだけいたしましょう。
塔に住み、不思議な力を持っていた三人の姫のうち姉の花香る姫は、長年想い合っていた隣の国の王子さまと無事に結婚することができました。末の妹である梢歌う姫は、留学した先で良き出逢いを得ました。
王さまやお妃さま、そして街の人は自分たちが煤はらい姫にしてきたことをすっかり反省し、毎日念入りに掃除をするようになりました。
黄金の国の王さまの元には黄金の千本箒がやってきましたが、それは箒が三姉妹の中で一番最初に嫁いだ姫の持参金になったからです。
そして千本の黄金の箒は、時どき魔女のお墓に帰っては、他の使い魔や妖精の里に残った箒といっしょに、一生懸命に掃除をするのでした。
これは善き隣人である妖精が本当に隣人だったり、悪魔が人間に知恵比べを挑んで来ることがあったりと、誰もが知っている幾多のおとぎ話がもっと身近であった時代のお話です。
おしまい。