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邪竜と軟弱者  作者: なが
第1部
10/35

5-2





「グラファイト、どうしてこんな事をしたの……?」


「旨そうだったから、喰ったまでだ。」


「長官を食べるなんて、酷いよ。」


教官が気を持ち直して本部に駆けて行った後、僕はグラファイトと向き合って座っていた。


「そもそも長官とは何だ。」


「長官は、……長官は軍の直接司令官だよ。軍部大臣が軍全体のトップで、その次に高い地位になるんだ。その次の階級は次官で――」


「なんとも面倒なものだ。何故、そのような物に縛られるのだ。我には理解できぬ。」


その時、何人かの足音と共に「ラグル・ヴァイルト!SD-9!」と声が聞こえた。

事の経緯を知った上層階級の人たちだ。

さっき話に上がった、黒縁眼鏡をかけて、少々太っているのが軍部大臣、その後ろで腕を組んで仁王立ちしている、ひょろっとして背の高いのが次官だ。そしてその付き人なども一緒だった。全員で十数人はいるだろう。

黒縁眼鏡が口を開いた。


「SD-9、お前が長官を殺した罪は重い。分かっているだろうな。」


「貴様らも旨そうだな。」


「……分かっているな。」


「人身売買は罪だと云うならば、誇り高き竜族を金で買うのは罪ではないのか。」


「あと、ラグル・ヴァイルト。お前も監督不行届きの罪に処される。分かっているだろうな。」


僕は俯いたままだった。

それ以上のことも、それ以下のことも、できなかった。

何を考えているのかさえ、自分の中で分からなくなっていた。

ただ、一つだけ、確実に訴えたいことがある。


「待ってください!」


僕は叫んだ。帰ろうとしていた十数人が一斉に振り返った。

そのうちの一人、軍部大臣が一歩前に出た。


「どうした、お前も罪にされるのが不服か。」


「違います。僕が止めなかったのが悪いんです。僕がしっかりと止めていれば、SD-9はこんな事はしなかったはずです。だから、僕だけを罰して下さい。」


「SD-9を庇うというのか。こんな邪竜のどこが良いんだ。」


「邪竜なんかじゃない、お前たちに邪竜にされたんだ!」


グラファイトと何日か接してみて、僕はそう確信していた。

グラファイトを見上げると、僕の方をただじっと見つめていた。


「まあ、我々に刃向かうというのなら、幾らでも打つ手はあるので。」


黒縁眼鏡は、ハハハと馬鹿にしたように笑い、そのまま十数人を引き連れて去っていく。僕はぐっと拳を握りしめ、奴らの背中を眺めた。そいつらに殴りかかり叩きのめす、という愚かな妄想をした。












「軟弱者。」


僕とグラファイトだけの空間になったとき、グラファイトは僕を呼んだ。


「何、」


僕は愛想のある返事が出来るほど心に余裕はなかった。

また何かこの上に非道いことをしてくるのか、僕は俯いた。


「その……すまない。」


僕は思わず「え、」と声を漏らして、頭を上げた。

いつの間にかグラファイトの顔がすぐ目の前まで迫っていた。


「お前を巻き込むつもりはなかった。」


なんだか、一気に別のドラゴンと接している気分になった。僕は自然とグラファイトに手を伸べ、その顔に触れ、撫でた。


「じゃあ、もう虐めない?」「それは無理だ。」


見事に華麗なまでに即答された。僕は思わず吹き出してしまった。

すると、グラファイトも、口角を上げて笑いかけてくれた。指を僕の頭に乗せてくれた。


「だが、手加減ぐらいはしてやろう。」


僕は嬉しくなって、ドラゴンの顔に思いっきり抱きついた。

とても硬くて、それでいて僕の体を受け止めてくれた気がした。

僕の目からはいつの間にか、止めどなく涙が流れ出ていた。



「……」












ふと目を開けると、僕はグラファイトのお腹にもたれて寝ていたのに気付いた。

ドクン、ドクン、とゆったりとした心地よい鼓動が、眠りから覚めた僕をまた微睡みへと誘う。


「起きたか。」


「うん、おはよう。」


グラファイトは僕の方を見て、穏やかに眼を細めた。心から嬉しいと思った。


「昨日は……迷惑をかけて、ごめんなさい。」


「何故、謝るのだ。」


グラファイトはじっと僕の目を見据えてくる。


「その……だって、あの状況で、もし長官に鍵を取られたら、僕はグラファイトと――」


グラファイトは顔を背けた。それで、何となく気付いた気がした。


「もしかして……、グラファイト、助けてくれたの?」


「わ、我はそのような事……我は全く知らぬ。」


グラファイトは、確実に狼狽えていた。


「ありがとう、嬉しいよ。」


僕の手は、グラファイトのお腹をじっくりと這っていた。

グルルゥ、と、どこか嬉しげに唸った。


「と、ところで、名前は何と言った?」


「え?」


グラファイトはどもりながら尋ねてきた。

グラファイトの心を覗いたような気がして、心が少し躍った。


「お前の名前だ。」


「あ、ラグル・ヴァイルトだよ。」


「ラグル、か。今度は覚えておこう。」


前の時は覚えていなかったんだな……、いや、覚えてくれることを喜ばないと。


「ありがとう、グラファイト。」


グラファイトは眼を逸らした。

グラファイトの視線の先には、鉄格子があった。


「やっぱり……外に出たいんじゃないの? こんな狭い所じゃ、退屈なんじゃないのかな?」


「ただ見ただけだ。」


「鉄格子なんて、火でも吹いて溶かしちゃえばいいのに。」


「馬鹿か。喉が焼け爛れるだろう。あれは伝説上の話だ。」


「えっ、そうなの?」


僕が驚いた顔で見上げると、グラファイトは鼻息を吐いた。

笑ったような、馬鹿にしたような、そんな鼻息だ。


「ドラゴンと云えど、万能ではない。」


どこか哀しげに言った。知らない一面に触れた、気がした。

その時、ぐぅ……とお腹が鳴った。僕のだ。

少し恥ずかしくなった。

グラファイトはククッと笑って見せて、僕の方へ顔を近づける。


「あの、食堂に行ってきていい?」


「駄目だ。」


グラファイトは鋭い爪を見せつけた。僕は思わず苦笑いした。


「寂しいの?」


少しぐらい冗談を、と訊ねてみた。


「さ……寂しくなど無い。」


グラファイトは巨体に似合わぬ素早い動きでさっと背を向けた。


「大丈夫、すぐに戻ってくるよ。」


グラファイトはグルルゥ、と唸った。

面倒そうか寂しそうかどっちかと聞かれると、そのどちらでもないような気がした。




「うわぁ……」


外に出てみると、雨がざぁざぁと降っている。

空はじっと見つめても灰色ばかりだった。

見るなと言っているように、ゴロゴロと遠くで不機嫌そうな雷が鳴った。


「仕方ないか……。」


僕は降りしきる雨の中、宿舎の方へ向かってずぶ濡れになる中、走り出した。








――――――――



グラファイトは人の気配を感じ取って振り返った。


「……何だ、貴様か。」


「ラグルを待っていたのか。化け物。」


「だ、誰が人間などを……」


グラファイトの眼が微かに揺れ動いた。



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