5-2
「グラファイト、どうしてこんな事をしたの……?」
「旨そうだったから、喰ったまでだ。」
「長官を食べるなんて、酷いよ。」
教官が気を持ち直して本部に駆けて行った後、僕はグラファイトと向き合って座っていた。
「そもそも長官とは何だ。」
「長官は、……長官は軍の直接司令官だよ。軍部大臣が軍全体のトップで、その次に高い地位になるんだ。その次の階級は次官で――」
「なんとも面倒なものだ。何故、そのような物に縛られるのだ。我には理解できぬ。」
その時、何人かの足音と共に「ラグル・ヴァイルト!SD-9!」と声が聞こえた。
事の経緯を知った上層階級の人たちだ。
さっき話に上がった、黒縁眼鏡をかけて、少々太っているのが軍部大臣、その後ろで腕を組んで仁王立ちしている、ひょろっとして背の高いのが次官だ。そしてその付き人なども一緒だった。全員で十数人はいるだろう。
黒縁眼鏡が口を開いた。
「SD-9、お前が長官を殺した罪は重い。分かっているだろうな。」
「貴様らも旨そうだな。」
「……分かっているな。」
「人身売買は罪だと云うならば、誇り高き竜族を金で買うのは罪ではないのか。」
「あと、ラグル・ヴァイルト。お前も監督不行届きの罪に処される。分かっているだろうな。」
僕は俯いたままだった。
それ以上のことも、それ以下のことも、できなかった。
何を考えているのかさえ、自分の中で分からなくなっていた。
ただ、一つだけ、確実に訴えたいことがある。
「待ってください!」
僕は叫んだ。帰ろうとしていた十数人が一斉に振り返った。
そのうちの一人、軍部大臣が一歩前に出た。
「どうした、お前も罪にされるのが不服か。」
「違います。僕が止めなかったのが悪いんです。僕がしっかりと止めていれば、SD-9はこんな事はしなかったはずです。だから、僕だけを罰して下さい。」
「SD-9を庇うというのか。こんな邪竜のどこが良いんだ。」
「邪竜なんかじゃない、お前たちに邪竜にされたんだ!」
グラファイトと何日か接してみて、僕はそう確信していた。
グラファイトを見上げると、僕の方をただじっと見つめていた。
「まあ、我々に刃向かうというのなら、幾らでも打つ手はあるので。」
黒縁眼鏡は、ハハハと馬鹿にしたように笑い、そのまま十数人を引き連れて去っていく。僕はぐっと拳を握りしめ、奴らの背中を眺めた。そいつらに殴りかかり叩きのめす、という愚かな妄想をした。
「軟弱者。」
僕とグラファイトだけの空間になったとき、グラファイトは僕を呼んだ。
「何、」
僕は愛想のある返事が出来るほど心に余裕はなかった。
また何かこの上に非道いことをしてくるのか、僕は俯いた。
「その……すまない。」
僕は思わず「え、」と声を漏らして、頭を上げた。
いつの間にかグラファイトの顔がすぐ目の前まで迫っていた。
「お前を巻き込むつもりはなかった。」
なんだか、一気に別のドラゴンと接している気分になった。僕は自然とグラファイトに手を伸べ、その顔に触れ、撫でた。
「じゃあ、もう虐めない?」「それは無理だ。」
見事に華麗なまでに即答された。僕は思わず吹き出してしまった。
すると、グラファイトも、口角を上げて笑いかけてくれた。指を僕の頭に乗せてくれた。
「だが、手加減ぐらいはしてやろう。」
僕は嬉しくなって、ドラゴンの顔に思いっきり抱きついた。
とても硬くて、それでいて僕の体を受け止めてくれた気がした。
僕の目からはいつの間にか、止めどなく涙が流れ出ていた。
「……」
ふと目を開けると、僕はグラファイトのお腹にもたれて寝ていたのに気付いた。
ドクン、ドクン、とゆったりとした心地よい鼓動が、眠りから覚めた僕をまた微睡みへと誘う。
「起きたか。」
「うん、おはよう。」
グラファイトは僕の方を見て、穏やかに眼を細めた。心から嬉しいと思った。
「昨日は……迷惑をかけて、ごめんなさい。」
「何故、謝るのだ。」
グラファイトはじっと僕の目を見据えてくる。
「その……だって、あの状況で、もし長官に鍵を取られたら、僕はグラファイトと――」
グラファイトは顔を背けた。それで、何となく気付いた気がした。
「もしかして……、グラファイト、助けてくれたの?」
「わ、我はそのような事……我は全く知らぬ。」
グラファイトは、確実に狼狽えていた。
「ありがとう、嬉しいよ。」
僕の手は、グラファイトのお腹をじっくりと這っていた。
グルルゥ、と、どこか嬉しげに唸った。
「と、ところで、名前は何と言った?」
「え?」
グラファイトはどもりながら尋ねてきた。
グラファイトの心を覗いたような気がして、心が少し躍った。
「お前の名前だ。」
「あ、ラグル・ヴァイルトだよ。」
「ラグル、か。今度は覚えておこう。」
前の時は覚えていなかったんだな……、いや、覚えてくれることを喜ばないと。
「ありがとう、グラファイト。」
グラファイトは眼を逸らした。
グラファイトの視線の先には、鉄格子があった。
「やっぱり……外に出たいんじゃないの? こんな狭い所じゃ、退屈なんじゃないのかな?」
「ただ見ただけだ。」
「鉄格子なんて、火でも吹いて溶かしちゃえばいいのに。」
「馬鹿か。喉が焼け爛れるだろう。あれは伝説上の話だ。」
「えっ、そうなの?」
僕が驚いた顔で見上げると、グラファイトは鼻息を吐いた。
笑ったような、馬鹿にしたような、そんな鼻息だ。
「ドラゴンと云えど、万能ではない。」
どこか哀しげに言った。知らない一面に触れた、気がした。
その時、ぐぅ……とお腹が鳴った。僕のだ。
少し恥ずかしくなった。
グラファイトはククッと笑って見せて、僕の方へ顔を近づける。
「あの、食堂に行ってきていい?」
「駄目だ。」
グラファイトは鋭い爪を見せつけた。僕は思わず苦笑いした。
「寂しいの?」
少しぐらい冗談を、と訊ねてみた。
「さ……寂しくなど無い。」
グラファイトは巨体に似合わぬ素早い動きでさっと背を向けた。
「大丈夫、すぐに戻ってくるよ。」
グラファイトはグルルゥ、と唸った。
面倒そうか寂しそうかどっちかと聞かれると、そのどちらでもないような気がした。
「うわぁ……」
外に出てみると、雨がざぁざぁと降っている。
空はじっと見つめても灰色ばかりだった。
見るなと言っているように、ゴロゴロと遠くで不機嫌そうな雷が鳴った。
「仕方ないか……。」
僕は降りしきる雨の中、宿舎の方へ向かってずぶ濡れになる中、走り出した。
――――――――
グラファイトは人の気配を感じ取って振り返った。
「……何だ、貴様か。」
「ラグルを待っていたのか。化け物。」
「だ、誰が人間などを……」
グラファイトの眼が微かに揺れ動いた。




