基之、困惑す
目の前にいる御二方、中宮・周子さま(ちゅうぐう・ちかこ)と春宮が基之の言葉を待っている。
(困ったぞ・・・)
中宮・周子さまが兼のことをお訪ねになられるのは、御身内であることと、検非違使に推挙したのがご自分であることの責任からであろう・・
このお方が兼と薫子兄妹の叔母に当たることは聞いている。亡き母がこのお方の姉に当たるとか、権力者四条内府と兄妹であったこととか。
兼は実に気負いもなくさらっと告げて、こちらのほうがぶっ飛びそうになったほどであったが。
めったと宮中には姿を見せない兼のことを、時にこうしておふた方が気にかけて御尋ねになることがある。
「兼は、やんちゃをしておりませぬか?」
今も、中宮様はそう問いかけてこられたのだ。
正直に答えられることではない。
ここ数日、如月家の兄妹が屋敷から消えたというのは、老家人からの連絡で知ってはいる。そのために、検非違使庁が必至の探索に動いていることもである。それと同時に、お吟の手の者も動いているらしい・・
「相変わらずではございますが、何とか勤めて居りましょう程に、何とぞ、御心安んじ奉りましょうこと、お願いいたします」
「それならばよいが・・賊を追っておるそうな。無茶をせねばよいが・・」
まるで母のような言葉を兼と薫子に聞かせてやりたい。
穏やかに顔を見合せながら話す高貴な方たちとこうして話している時間がもったいなくも思えるが、これも仕事のうちだ。
「基之どのが参っておられるそうな」
突然廊下から声を掛けられて、基之の背に緊張が走る。
威圧感さえ感じられる大貴族のいでたちの人は、四条内府その人・・
中宮と春宮に頭を下げてから、基之に向き直る。
「最近我が家に妙な因縁をつけてくるものがあるのだが、検非違使は動けそうか?」
問われても肝心の兼が行方不明とは言えないではないか・・・
それに、因縁ごときでおたおたする人でもあるまいに。
いかに、藤原家の貴公子といえども、この貫禄には遠く及ばないことくらい自分で分かっている。
「ただ今は、賊を追っておりますゆえなかなか、あれも大変なようでございますが・・」
「そうか・・・」
何故か、思ったよりあっさりと四条内府は引き下がった。少し何かを考える風であったが、基之はこれ幸いと中宮達の許を下がった。
その足で、お吟の店へ走って、そこで、思いがけず兼に会うこととなった。