初恋
兼の過去を少し書きました。詳しいことはまだですが、基之君も大変な奴と友人になってしまったというところです。
お吟の屋敷近く、妙な動きをする連中に基之は気がついた。
隠れているようだが、そうでもない。強いて言えば「ここへ近づくな」という感じがする。表を見張るように警戒する様子は普通ならば、まずは避けるだろうが、基之はそうではない。どんどん近付きさっさと表門に立つ。
そのまま、基之はしばしその場に立ち尽くすことになった。
兼がそこにいる。いつも見慣れている姿である。
お吟がいる。こんなに泣いているお吟を見たのは初めてかもしれない。
しかも、お吟は背の高い男の首筋にしがみついているのだ。
そういう商売だから多少のことがあることは、基之も理解はしているが、しかし、このようなお吟を見たことはない。そのお吟が男の肩越しに基之に気がついて、泣き顔のまま唇に人差し指を一本当てて見せたのだ。
(「何も言うな」ということか?)
「鬼龍殿・・必ずまた来てくださいませ。今度は和泉さまとともに・・」
「そうだな、お前が無事なことを伝えておこう。商売の中身はどうかと思うが、生きていけるのならば、良しとせよ」
男から離れたお吟はそのまま二人を見送るためか、表へ出てきた。
「お客人のようだな、商売に励めよ」
門柱に寄り掛かっていた基之に目を止めてから、お吟に笑いかけ兼を伴い表へ出て大きな通りへ去って行く。
一瞬ではあったが、自分を見た男の目が殺気に似たものを閃かせたのを基之は感じている。表から戻って来たお吟はもう泣いてはいなかった。むしろどこか沈鬱な雰囲気さえ漂わせている。
部屋へ通されてからもお吟は口数が少ない。商売上手は口のうまさも必要で、それに関しては申し分ないほどの才能の持ち主であるのに、今の状態はなんだと言いたい・・・
「兼はあの男と一緒なのか?」
最初に聞いたのはそのことだった。
「そう・・鬼龍どのと和泉さまといてはるらしいわ」
その名は基之が知らない名である。あの兼がおとなしくついてゆくほどの相手であることが以外だった。
「基之さま、兼、危ないかもしれへん・・」
「危ない?何が?」
「昔の兼に戻らんかったら、ええのやけど・・」
昔、兼が荒れていたことは知っている。その頃に戻るというのか?
「昔、子供の頃の話え。あのおひと、鬼龍どのの所にいてたことがある。その頃に兼におうたんよ。うちはこんなんで、世間様からはじかれて生きてた。いじめられて嫌われて、だあれも声かけてくれる人なんか、いてへんかってんよ。それが何でやろ・・天寿丸だけが、うちをかばってくれて・・・」
部屋にいつの間にか、小さな灯が入っている。大きな影を背負いながらお吟は基之の知らない、過去を話す。
「天寿丸は私らとは明らかに違ごてた。お父様が学者さんやったから字が読み書きできた。太刀さえ使えて、きっと、親御さんに大事に育てられはったんやな、そんな子が、なんで鬼龍どののとこにいてたんか、今でもわからへんけど・・」
「天寿丸」無意識なのだろうか、お吟はそう呼ぶ。
「鬼龍どのも認めてはった。うちらとは違うとこに生きる子なんやろうって、うちが勝手に思てるのんは和泉さまがいてはったからやないかな・・・」
先ほどまでの暗さは少し消えて、遠い日を懐かしむような、淋しいような目をする・・
「和泉さまはな、それはきれいなお方で優しゅうて憧れてたんよ。鬼龍どのの想い人。それが、何があったんやろ・・ある日、天寿丸はうちを連れてお屋敷へ戻ってしもて、あのお人らも都を離れてしまわはったそうな・・」
基之にはあの時の殺気に似た目が普通ではないと思える。
もしかしたら、子供であった兼やお吟にはわからない何かがあったのかもしれない。こうして帰ってきた男に一抹の不安を感じるからこそ、お吟は戸惑っているのだろう。そして、兼が子供心に憧れたほどの人ゆえに、どこまで追うつもりなのかわからない不安がある。
「薫子ちゃんのこと考えて、ちょっとはましになってるとええのやけどなあ・・・」
そう、その薫子のことも基之にとっては、考えあぐねるほどの存在であるのだ。似たもの兄妹。どこまで突っ走るかわからない。たいへんな兄妹としりあったのかもしれないと思う。ただ、お吟は自分の情報網を持っているらしく、薫子の無事は確認しているのだという。
「無事でいればいいというものではないのだが・・」
これが宮中に知れた時、どのような事態になるものか容易に想像ができるだけに、基之は自分の行動に思いをめぐらさねばならない。
(謹慎処分三度目、後がないぞ、兼!!)
あの二人が好きなのだ。それは、藤原家の御曹司としては幸なのか不幸なのかわからないことではあったが・・・




